メイドは厄介事も掃除する!

RayRim

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25話 後始末もタダじゃない

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 怪獣大決戦から一夜明け、お昼過ぎにようやく子爵様から執務室へ呼び出しが掛かる。
 カトリーナさんがそれまで呼ぶなと脅していたと、様子を見に来て下さった方々からも証言を得ていた。ありがたいけど気の毒でもある…

「メイドよ。言いたい事は山ほどあるが、まずはだ。」

 机の引き出しから大金貨1枚が出される。

「この都市を守ってくれた報酬だ。10倍は出しても良かったが、理由は言わずとも分かるな?」
「は、はい…」

 9割減ということは、交易所を潰してしまったのが響いてしまったようだ。…いやいやいや、大金貨1枚でも高額すぎる報酬。いただけるだけでありがたい。

「残骸や下敷きになった物品は、一家の方で引き取らせていただきました。戻ったら『』仕分け作業が待っていますよ。」
「はい…」

 カトリーナさんの説明に、ただ短い返事をするしかない。その作業も、何日掛かってしまうのか…

「普通なら逆に金を取っているところだが、一夜で交易所がルエーリヴ並みになってはそうもいかん。身内に感謝するのだな。」
「は、はい…!」

 旦那様とカトリーナさんの言っていた後片付けとはこれだったようだ。
 工事風景はもう見れないが、完成した物だけでも見ておきたい。

「あとは〈魔国英雄〉えいゆう殿に付き合ってもらった内容になるが、今回の騒動で活躍したお前には伝えておこう。」

 【古律守護派】というより、【ブレイド・オーダー】から手打ちにする打診があり、捕まった【聖十二剣士】全ての即時解放が条件とされた。
 だが、子爵様はそれを突っぱねると、徐々に要求が小さくなり、最終的には1人の解放と無期限の不干渉で決着する。
 主力の多くと、東部への足掛かりも完全に失い、【ブレイド・オーダー】は瓦解すると子爵様は考えていた。だが、【古律守護派】はそれだけじゃない。

「【ロッド・セクト】の動きが早くてな。すぐに詫びを入れてきた。」
「そちらは内部で強硬派と穏健派で分裂していますからね。穏健派が主導権を握る好機と見たのでしょう。」

 カトリーナさんは表にあまり出て来ない組織ほど事情に明るい。
 私も見習いたいが、どうすれば良いか皆目見当もつかないのである。

「そういえば、私が相手をしたきょ…いえ、絵描き、どうしていますか?」
「大人しくしていますよ。後で接見に伺いますか?」

 カトリーナさんが答えてくれる。
 流石に子爵様は個の特徴まで把握していないようだ。

「子爵様、差し出がましいのは承知の上で申し上げます。あの画力を失ってはいけません。もっと色々な物を観て、経験したら更に伸びる余地があります。この大陸に必要な独創性を形にできる人ですから。」

 それは私たち、召喚者が常々感じている問題の一つ。
 ここの人たちは、なぜか独創性と発展性に乏しいのだ。
 
 何度か召喚が行われ、外から人や物が入って来ているのは間違いなく、かつての天空都市の遺産を頼りに運営している都市もあるくらいだ。
 1000年以上の歴史がある文明なのに、魔法だけ見ても発展どころか衰退してしまっている。最初の〈魔国創士〉が上手いこと魔法を普及させていなければ、とっくに全て滅んでいても不思議ではない。 
 
「そうかぁ…」
「接見はしないでおきます。多分、私たちはもう会わない方が良いですから。」

 切磋琢磨のためにわざわざ顔を合わせる必要はない。
 どこかで私の作品を見かける度に、歯噛みすれば良い。昨日の内にリリ様に治してもらったが、それは痛かった左腕の分のお返しだ。

「絵描きの需要はある。娯楽に限らず、報告の資料としてもな。正確に描けるほどありがたい。」

 写真機はあるのだが、風景はまだ上手く撮れない。機材が大きいので、堂々と撮影できる場面でしか使えない問題もある。
 絵描きの技能はまだまだ廃れることはなさそうだ。

「あとは性格次第だな。問題がないならうちで使っても良い。」
「ご依頼していただければ、いくらでも矯正いたしましょう。」
「お、おう。」

 カトリーナさん、いつの間にそんな恐ろしい副業を始められたのか…
 私も子爵様も冷や汗をかく。
 出会い頭に舐めた口をきいて、ボールのように蹴られる姿が目に浮かぶようだ…

「いつでも構いません。その気があるならこれをあげてください。私からの餞別です。」

 鉛筆を数本とスケッチブックを2冊を差し出す。
 『クソメイド』はあくまでもマウントを取ってやるのだ。

「贖罪が済んでからだ。それまでは…」
「私が預かりましょう。子爵様は多忙でしょうから。」

 そう言ってカトリーナさんが、鉛筆とスケッチブックを亜空間収納バッグに片付け、スカートの中にしまった。あのスカートの中はどうなっているのか。
 このスタイルも、身体能力も、メイドとしても抜群な方は、今でも謎だらけだ。

「正直、狙われて賠償金を一切払おうとしないのは腹立たしいが、手傷を負った男爵が不問に付したからな。無傷なワシが強く出過ぎるわけにもいくまい。」
「半壊したとはいえ、『古律守護派』の求心力は大きいですので。男爵は波風立てられる立場にないと考えての事でしょう。」

 男爵領は要所だが、保有戦力は多くない。
 手を出せば陛下もオラベリア領も黙っていないと思うが、援軍の到着まで持久戦ができるだろうか?

「ハァ…信仰とはつくづく厄介なものだ。」
「北部の領主として、その厄介者と付き合っていくことになりますよ。」
「面倒なものを残してくれた。」
「以前のように幅を利かせる事もないでしょうが。」

 いい気味だと言わんばかりにカトリーナさん微笑む。
 やはり、宮勤めしていた頃に苦々しい思いをしてきたのだろうか? 
 
「『ブレイド・オーダー』の壊滅だけでも内々に褒賞が出るはずです。中央にとって頭痛の種でしたからね。」
「楽しみにしよう。」

 カトリーナさんの口ぶりだと、それだけでは解決にならないということなのだろう。
 やはり北部はまだまだ問題が山積みのようだ。

「ヒガン一家よ。今回は世話になった。まあ、こっちはまだ後始末は残っているが。」

 ちくりと刺される。
 交易所は場所だけ出来て終わりじゃない。物が無くては意味がないのだ。
 それなのに、全部潰してしまい、もうしわけありませんでした!

「その、もろもろは、エディアーナ商会を通じて賠償いたしますので…」
「では、請求しておこう。」
「アクア宛でお願いします。」
「分かった。」

 しっかり、カトリーナさんに逃げ道を塞がれた。
 い、いや、大丈夫。私にだって大金貨100枚くらいの貯蓄はあるはずだ…

「では、一度ルエーリヴに戻ります。性格矯正については後日またという事で。」
「優秀な部下になってもらいたいものだ。」

 第2の人生を歩むかどうか、それはあの人次第だ。
 でも、道が交わらない方がお互いのためだろう。私のシェアを奪われるのも悔しいし。

「子爵様、お世話になりました。」
「ああ、二度と厄介事を起こすなよ。」
「うぐぐ…」

 言い返せない。これは子爵様に会う度に言われそうだ…

「子爵様も立ち回りにお気を付けください。」
「うぐぐ…」

 今度はカトリーナさんの一言で、子爵様が言葉に詰まった。
 まあ、今回の件は子爵様が原因だし?私は巻き込まれたみたいなもんだし!

「では、失礼します。」
「ああ、失礼の極みだった。」
「夜、刃を研ぐ音が聞こえてきたら、私が来たと思ってください。」
「おい、やめろ!?」

 聞いてしまった私も鳥肌が立ってしまった。
 メイプルには夜の刃研ぎを禁止してもらおう…

 子爵邸を出ると亜竜車が待っており、カトリーナさんに促されるまま乗り込んだ。

「アクアさん、お疲れ様でした。」
「今回も大変でしたね。」
「でも、これで男爵領から始まった問題は落ち着くはずですわ。」

 クレアさん、リリ様、ソニア様が中で待っていて、優しく迎え入れてくださる。

「皆様…そうですね。そうじゃないと困りますよ。」

 直接的、間接的に一家が総動員で動いた一ヶ月。
 暑い盛りに始まった問題だが、夏服ともお別れの時期が迫っていた。

「でも、平穏は薄氷の上に成り立っていて、不断の努力が支えているのだと実感しました。領主はその上にただ座っているだけではいけないのですね。」

 そう言うクレアさんも、思いっきり振り回された側だ。
 それに、あの絵描きとの戦いでは、私を助けてくれた功労者でもある。個人的に何かお礼をしないと。

「だからといって、前線に出る必要はないですからね。それができるのは森の東部の総領様、西の山の総統閣下くらいですわ。」

 フェルナンド様は見た目からして最前線で戦う方なのは分かるが、ドワーフの総統もそうなんだ…
 
 あの方が年一で出品する武具一式は、大陸中で噂になる。今年はこう来たか、と美術分野でも話題に上がるので、私も無視できない。
 実用的でありながら、控えめに施された装飾はどれも美しい。それは一家の鍛冶担当であるアズサ様にも『真似できないよー』と言わせるくらいだ。

 あの仕事は彫刻や細工の領分なので、本当に芸術センスの高い人がドワーフの頂点にいるのだと毎年思い知らされている。

「天は二物を与えるんですねぇ…」
「ここで二物以上持たないのは私とあなただけですよ。」
『えっ。』

 カトリーナさんが私にそう言うと、全員が疑問の声を上げて一点に視線が集中する。

「いや、あの、そういうことではなくてですね…」

 流石のカトリーナさんも恥ずかしそうに言う。
 鬼上司は意外とそういう所に弱い。ただ、後ろからズバァッ!グサァッ!が怖くて、無闇につつけない弱点だが。

「そんなことは良いですから帰りますよ。出してください。」

 カトリーナさんが出発を促し、亜竜車が走り出す。
 今度こそ、大変な日々の終わり。そう安堵すると、いつの間にか眠ってしまっていたのだった。
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