精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第6章 王家の森

第127話 冬の広場で ②

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「はははは、何も小細工せずに最初からこうしておけば良かったんだ。
 考えてみればこの国の国民のほとんどがわが創世教の信者じゃないか。
 邪教の神殿への立ち入りを禁じておけばすむことだったのだ。
 皆の者、創世教の信者を邪教の神殿に近づけさせるのではないぞ。
 逆らうものは、異端者として破門にすると警告すればよい。」

 グラウベ大司教が大きな声を上げ神官たちを指揮している。
 精霊神殿を邪教の神殿扱いするなんて、なんて失礼な……。
 そもそも精霊神殿は宗教じゃないっての!

 
 中央広場にいる人の中に精霊神殿に近づこうとする人がいなくなったのを見計らって、グラウベ大司教が精霊神殿に向かって歩いてきた。

「グラウベ大司教、道行く人の腕を掴むというのは迷惑行為ですわ。
 危険なことですので、配下の神官に止めるように指示していただけますか。」

 ミルトさんは、広場で創世教の神官がこちらに向かってくる人の腕を掴んで足止めしていることに注意をする。

「あれは、神官が信者を呼び止めて指導をしているだけです。
 さして危険な行為でもありませんし、止めるまでもないでしょう。
 王都の信者は少し規律が緩んでいるようなので、指導を始めたところなのですよ。
 創世教の信者が邪教の神殿に平気で足を踏み入れるなど不心得にもほどがある。」

 グラウベ大司教はミルトさんの注意など意に介さず、精霊神殿に向かって歩みを進める。

 グラウベ大司教は精霊神殿の正面の階段下で立ち止まると、後ろに随っていた体つきの良い若い神官が階段を上り開け放たれている精霊神殿の内部に向かって大きな声で呼びかけた。

「この建物の中にいる創世教の信者に告げます。
 創世教は、この建物を邪教の神殿として認定し、創世教の信者の立ち入りを禁じました。
 創世教の信者の方は即刻この建物から退去してください。
 従わない者は、異端者と認定して教会から破門することもあります。」

 また随分と酷い脅し方をするものだ。
 創世教の影響力の強い場所だと、異端者と認定されるとそのコミュニティーから爪弾きにされてしまうらしい。
 また、破門されると成人式に出席できない、結婚式や葬式を受けてもらえないといったことに留まらず、創世教が管理する墓地から先祖の遺骨まで追い出されてしまうらしい。


 ミルトさんは、グラウベ大司教の前まで進み出て言った。

「何度も言うようですが、精霊神殿は他に適切な言葉が見当たらないので神殿と呼んでいますが、宗教施設ではございません。
 私達王家の王祖様を育ててくれた精霊様に感謝の気持ちを表すために祀っているもので、他者に信仰を促すつもりはないのです。
 それを勝手に宗教団体として、しかも邪教と決め付けるとは随分なことをしてくれましたね。
 そもそも邪教認定というのは、グラウベ大司教、あなたの一存でできるものなのですか?」

 グラウベ大司教は勝ち誇ったように言う。

「この国の王族がなんと言おうが、わしが宗教団体だと言えば宗教団体になるんだ。
 大司教であるわしが邪教と認定するんだ誰が文句を言えるというのだ。
 あの時殿下がわしに詫びを入れて、マリアを創世教に戻してさえいれば、こんなに事を荒立てずに済んだのだ。
 わしが精霊神殿を邪教と認定した報告書を書いて教皇が判を突けば、この国の王族は邪教の信徒として創世教の敵になる。
 その時になって、改宗したいと言ってももう遅いぞ。」

 うーん、ということはミルトさんの指摘のとおり、邪教の認定というのはグラウベ大司教ができるものではないんだね。
 今は、大司教がそう言っているだけと。


    *********


「ところで、今精霊神殿にいる方々はどこかしら病気か怪我を患っている方なのです。
 かなり重傷な方もおられるようですが、創世教ではどうされるつもりですか。」

 ミルトさんの問いにグラウベ大司教は自信満々に答えた。

「もちろん、創世教が面倒見ますとも。
 きちんとした浄財さえいただければ、創世教の誇る治癒術師がたちどころに治して見せますよ。」

 ミルトさんは薄い笑いを浮かべて尋ねた。あ、この人、悪いことを考えている……。

「でも、創世教が要求する浄財ってとても一般市民に払える金額じゃないですよね。」

「何を言われる、治癒術というのは奇跡の力なのです安いわけがないでしょう。
 そもそも、治癒術を無償で施そうというほうが胡散臭いのですよ。
 ミルト様は正式に治癒術の教育を受けたわけではないのでしょう。
 急に使えるようになった治癒術なんて怪しげなものにすがろうとする者が浅はかなのです。
 浄財が払えないものが亡くなるのはしようがないことです。それは創世教の責任ではないですな。」

 グラウベ大司教が傲慢な態度でそういった。
 すかさず、ミルトさんが背後に向かって言った。

「ということですけど、みなさん、いかが思いますか?」

 すると精霊神殿の正面入り口開け放たれた扉の陰から剣呑な顔つきの人達がぞろぞろと現れた。
 ミルトさんとグラウベ大司教の話を陰で聞いていたらしい。

 きっかけは、小さな子供をつれたおばさんだった。

「ふざけるな!この守銭奴!」

そう言っておばさんは手にしていた巾着袋をグラウベ大司教に向かって投げつけた。
とっさのことに大司教もかわすことができずに顔で受けることになった。
きっとお金が入っていたんだね、鈍い音がした後には鼻血をこぼす大司教の顔があった。

「貴様、このわしに向かってなんと無礼な!この場で破門にしてくれる!」

激怒したグラウベ大司教が怒鳴りつけるが、おばさんも負けていない。

「こっちこそ、創世教なんか金輪際お付き合いしないよ!
 ミルト様に治療してもらえなくてうちの子に何かあったらどうするんだい!
 今まで、何の役にも立ちゃあしないのに、お付き合いだと思って寄進してきたけどもう止めた!」

 おばさんが切った啖呵に、周囲の人が涌いた。

「そうだ、そうだ!」

「創世教なんか、金を取るだけで俺達に何もしちゃくれないじゃないか!」

「もう創世教の信者なんか止めた!」

「金返せ!この泥棒野郎!」

 様々な罵詈雑言と共にグラウベ大司教に物が投げつけられる。
 グラウベ大司教の顔は、鼻血と青痣で酷いことになっていた。


     ***********


 この日、平和な王都で暴動が起こった。
 中央広場の彼方此方で創世教の神官が袋叩きにあっている。

 流石にミルトさんもこれには焦ったようで、近衛兵を指揮して怒る民衆を宥めて歩くことになった。
 中央広場の騒ぎはミルトさんの采配で何とか収まったが、事はそれでは済まなかったよ。

 常日頃から溜まっていた創世教に対する不満はミルトさんの想像をはるかに上回っていたみたい。
 何千という民衆が創世教のヴィーナバルト本部の前に抗議に詰め掛けちゃったんだ。
 一触即発の雰囲気の中、衛兵達が必死になって集まった民衆を宥めたが抗議行動は一週間にわたった。

 一週間後、簀巻きになされたグラウベ大司教とその取り巻きの司祭が民衆の前に引き出され土下座をさせられた。
 土下座をさせたのはグラウベ大司教と派閥の異なる司祭さん。
 その司祭さんは全ての非を認めて謝罪した。その上で、事の顛末を創世教の本部に送り大司教の解任を仰ぐと共に、本部から謝罪をするように進言すると約束をして民衆に理解を求めたんだ。

 グラウベ大司教とその取り巻きは、教会内にある反省室という名の牢獄に閉じ込められるようだ。
教会本部からの沙汰を待って、本部に送還することになるだろうって。

 グラウベ大司教の我欲から始まった騒動は、王都を巻き込んだ大騒動となって一段落した。
 でも、これで終わりじゃないよね…、だってミルトさんが悪い顔をして笑っているもの…。
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