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第9章 王都の冬

第252話【閑話】職を失いました、大雪の中放り出されました。

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「リタさん、あなたは今日付けで当家を解雇となります。
 今日まで約四年間、大変よく働いていたことを感謝します。
 ついては、大至急私物をまとめてこの別邸から退去をお願いします。」

 いきなり別邸を訪ねて来た私の上司に当たる方、アロガンツ家の家宰が私に言った。

 寝耳に水だった、まさかいきなり解雇を言い渡されるとは思ってもいなかった。
 私が何悪いことをしたと言うのであろうか、私は一切不正を働いた覚えはない。
 これでも伯爵家に勤め始めてから約四年、若様の我が儘にもじっと耐えてまじめに仕事をしてきたという自負がある。

 それは、若様の食費予算の一部をちょろまかして、使用人みんなのおやつ代に充てたりしたが。
 それだって、好き嫌いの多い若様が食べ残す食材が勿体ないので少し減らして浮いた予算を、使用人の福利厚生のために使ったのだ。
 けっして、私欲のために使ったのではないと胸を張っていえる。…と思う、たぶん。


「予め申しておきますがあなたに非があった訳ではございません。
 どの道世間様には知られてしまうことなので申し上げますが、アロガンツ家は本日破産手続きに入りました。既にアロガンツ家は爵位を喪失し、貴族ではなくなりました。
 破産手続きが開始されたことにより、不正にアロガンツ家の財産が持ち出されることを防ぐため、王宮より管財人が送られると共に、私たち使用人に対し早期に退去するよう申し付けられたのです。
 私も含めて使用人は今日付けで解雇となりますが、破産手続き上、私達の給金は最優先で支払われますので今日までの給金は後日ちゃんと支払われますので安心してください。」

 いや、安心してくださいって言われても、これからの収入はどうすればいいの…。

 こんな大雪の中、わざわざ王都の外にある別邸まで使用人筆頭の家宰が来るから何事かと思ったら、とんでもないことだった。

 まさか、伯爵家がなくなってしまうとは思わなかった。
 貴族様が潰れる事などないと信じてたのに、ましては宮廷貴族最高位の伯爵家が…。

 家宰が私に事情を説明してくれた。
 アロガンツ家は数代前までは宰相や大臣を輩出しており非常に収入が多かったらしい。
 しかし、ここ数代の当主は鳴かず飛ばずで重要な役職に付くことができず、収入が激減していたそうだ。一方で、染み付いた贅沢な暮らしをやめることが出来ず、貴族の見栄もあって支出は減らなかったとのこと。
 結果として赤字が続く訳だが、さすが長い歴史を誇る伯爵家、長年の蓄積は膨大でここ五十年ほどそれを取り崩しながら家を維持してきたそうだ。
 しかし、今の当主は人一倍虚栄心が強く、上級貴族はかくあるべしといって贅沢をしたため、過去の蓄えを全て使い果たし借金財政に陥ったらしい。

 だが、ここ数年、帝国の商人から多額の資金援助があり何とか収支が持ち直していたそうだ。
 ああ、だから羽振りが良かったんだね、私の給金も良かったし…。
 収支が持ち直している間に少しでも借金を返済しておけば良かったのに、帝国の商人からの資金援助が恒久的に続くと考えた当主は借金を返済せずに、贅沢な生活を続けたらしい。

 そして、昨年の夏、資金援助をしていた帝国の商人が悪事に手を染めていたとかで捕縛されたことから資金援助が途切れてしまったとのことだ。
 ああ、あの胡散臭い帝国の商人か…。

 それ以降、何とか借金の返済を待ってもらうことで凌いできたが、捕縛された帝国の商人から資金援助を受けていた貴族の一人が王族に噛み付いたことから、その商人から資金援助を受けていた貴族達の財政状態が公表されてしまったらしい。
 当然、そこにはアロガンツ家も含まれているわけで…。

 信用をなくしたアロガンツ家は、待ってもらっていた借金の返済を迫られてこうなってしまったと…。

 結局、あの帝国商人と手を結んだことが仇となりましたか、若様が起こした殺人未遂事件といい、本当に迷惑な奴らですね。


     **********


 この大雪の中、私は職を失うと共にねぐらを失ってしまった。
 今までは、アロガンツ家の別邸の使用人頭として別邸の中に部屋を与えられてので、そこに住んでいたのだ。
 王都に実家はあるものの、典型的な貧乏子だくさんの家である実家に私の居場所はない。面積的に…。

 幸いにして王都までは、家宰が用意してくれた馬車に使用人全員が乗ることができた。
 いや、この大雪の中、放り出されたらマジで遭難するから…。

 とりあえず、今日は王都で宿を取らないといけない。
 今まで、十九歳という小娘には分不相応なくらいの給金をいただいていたのでそれなりの身なりはしている。
 この恰好ならそこそこのホテルへ行っても宿泊拒否されることはないだろう。
 王都は治安が良いと言うものの、繁華街の安宿に年頃の娘が一人で泊まるのは危険だ。
 それこそ、狼さんの群れの中に子羊が自分から飛び込んで行くようなものだ。


 私達は中央広場で馬車を降ろしてもらい解散となった。
 私は重いトランクケースを引き摺って、そこそこホテルが建ち並ぶ一角へ向かう。
 ヴィーナヴァルトとまではいかなくても、今日ぐらいは多少の贅沢をしてもいいだろう。

 雪で滑る足元に難儀しながら精霊神殿の前に通りかかったとき、神殿の中から声が掛かった。

「あら、あなた、確かリタさんじゃない?アロガンツ家の侍女でしょう?」

 振り向くと扉が開け放たれた精霊神殿の中に下町のおばちゃんと楽しげに話をする高貴な人がいた。
 この国の皇太子の唯一人のお妃様、将来の皇后ミルト様だ。なんか、いつもおばちゃんとだべっているような…。

「はい、リタでございます。私のような市井の者に、皇太子妃殿下、御自らお声掛け頂き恐縮でございます。」

 私が頭を垂れると、ミルト様が言った。

「そんな、堅苦しい挨拶はいいわよ。
 どうしたのこんな大雪の中、そんな大荷物を持って。
 そこでは、凍えてしまうわ。
 温かいお茶でもご馳走するから、ちょっと寄ってらっしゃい。」

 私は迷った、高貴の人のお誘い、これは断ったらいけないのか、断らなければならないのか。
 正直、こういうマナーは教わっていないからわからない。

 高貴な人のお誘いを断ったら非常に失礼な気もするし、単なる社交辞令を真に受けて図々しい者と思われるのもいけない気がする。

 しかし、私の直感が告げていた、この人の誘いを断ったら拙いと…。




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