精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第9章 王都の冬

第251話 潜入? ③

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 ニッコリと笑って自己紹介をしたミルトさん、反対にリストの方は愕然とした表情を隠せないでいる。

「皇太子妃、何でこんなところに…。」

「あら、こんなところとは失礼な、立派な応接室ですよね、ドライブルネンさん。
 今日、ドライブルネンさんが持つアロガンツ家に対する貸し金の買取交渉のため、あなたがここに現われると知って見に来たのではありませんか。
 配下の貸金業者が捕縛されたのを知ったあなたがどういう顔をするかを。」

 ミルトさん、その言い方だと性格の悪い人に聞こえますよ。
 
「ドライブルネン、きさま、謀ったな!」

「おや、口の悪い、それが地ですか?
 謀ったも何も、私は何もしていませんよ。
 今朝、ミルト様が尋ねてこられて臨席したいとおっしゃるものですから、従ったまでです。」

「ええ、ドライブルネンさんは何もしてませんよ。
 私が勝手に押しかけてきたのですから。
 ドライブルネンさん、書類の方は用意できているかしら?
 約束通り、臨席を許してくれたお礼に王宮の担当者を呼んでありますわ。
 この雪の中、王宮まで来ていただくのは大変でしょうから。」

「はい、用意してございます。
 この雪の中出向く必要がないのは助かります。恐縮ですがよろしくお願いします。」

 ドライブルネンさんがソファーの端においてあった鞄を手に取るとミルトさんに差し出した。
 ミルトさんは鞄を受け取ると、よく通る声で「入ってらして。」と廊下に向けて声をかける。
 と同時に扉の外からいかにも役人と言った身なりの若者が現れミルトさんに歩み寄る。

「これ、ドライブルネン氏が担保に取ったアロガンツ家の屋敷の買取申請書です。
 今この場で不備がないか確認してくださる。」

 ミルトさんが指示すると担当の役人は鞄の中の書類を一点毎に丹念に確認して言った。

「間違いなく申請書類一式、何の不備もなく揃っております。
 今この時点を持って、アロガンツ家の屋敷に関する買取手続きを開始いたします。
 こちらが、買取手続きに関する受理証明書になります。
 買い取り代金は一ヶ月以内には交付できる見通しです。
 買い取り代金の交付の際に、受理証明書と引き換えになりますので無くさないよう。」

 ミルトさんの話では、買取手続きは買い取り代金の交付前なら取り下げられるらしい。
 買い取り申請を出した後に資金状態が回復し、返済が可能となった場合に取り下げが出来ないと困るからだそうだ。
 本来ならこの買取手続きは半年くらい掛かるそうだ、今回はリストが新たな資金調達をする前に決着をつけるため一ヶ月以内で処理するように急がせたらしい。


 ミルトさんはその担当者に言った。

「じゃあ、処理をお願いします。
 重要書類を持ち帰るのです、ちゃんと護衛は付けているのでしょうね。
 それと他の件はどうなりました。」

「はい、皇太子妃殿下のご指示通り、近衛騎士を三名、護衛に同行願っています。
 それと、ドゥム伯爵他十二家の屋敷の買取申請に付きまして、本日午前九時に間違いなく全件受理しております。」

 そうそう、リストをここに引き止めている間に他の貴族をまとめて処理してしまおうと根回ししていたんだよね。
 リストには、買取申請をする日が違う日であるかのように偽の噂を流したうえで。
 ミルトさん自ら、御用商人たちを回って今日九時に申請するように説得して歩いたの。
 どうやら、上手くいったみたいだね。

「大変結構です。では、それらについても粛々と手続きを進めてくださいね。」

「はい、承知いたしました。」
 
 ミルトさんの指示を了承した若い担当者は立礼をして部屋を出て行った。

 いきなりのやり取りに蚊帳の外に置かれていたリストであったが、担当者が部屋を出て行くと声を荒げて言った。

「ミルト、テメー、やりやがったな!おまえの一存でなんてことしてくれたんだ!」

「王族、しかも、次代の皇后をおまえ呼ばわりとは随分ですね。
 あなたの国だったら不敬罪で無礼打ちにされても文句言えないのでは?
 それに何も私の一存ではありませんよ。
 計画を立てたのは私ですけど王族や国の重鎮の承諾はとってありますよ。
 今丁度社交シーズンなので主だった人が王都にいて助かりました、根回しが楽で。」

「ふざけるな!何の恨みがあって、俺達の計画を邪魔するんだ!」

「何の恨みも何も、私は違法な事を行っている者を摘発しただけですよ。
 別に何の罪もない人を虐げたわけではないでしょう。
 それにさっきあなた言っていたではないですか、この国に『埋伏の毒』を仕掛けるって。
 そんな事を言っている連中を見逃せる訳ないでしょうが。」

「俺を『黒の使徒』の者だと知った上でそういう態度を取るんだな、覚えてろよ!」

 そう捨て台詞をはいてリストは立ち上がろうとするが、その時いきなり踏み込んできた四人の近衛騎士がリストを囲んだ。

「な、なんだと…。」

「あら、捨て台詞はまだ早いわよ、おかけになったらどう?」

 ミルトさんは満面の笑みを湛えて言った。
 凄く愉快そうな顔をしてるよ…。

「リストさん、あなたを事件の重要参考人として拘束させていただきます。」

「ふざけるな、俺はあいつらの営業には無関係だと言っただろう。」

「しょうがないじゃない。
 人身売買という犯罪行為を繰り返していた貸金業者の唯一の資金提供者なのだから。
 重要参考人として話しを聞くのは当然でしょう。」

「なら、一旦帰らせろ、参考人として話が聞きたいと言うのなら後日こちらから出向く。」

 帰らせる訳ないじゃない。そうしたら、他の『黒の使徒』の連中に色々と情報が流れちゃう。
 証拠隠滅される可能性もあるしね。

「残念だけどそれはできない相談ね。
 証拠を積み上げていくうちにあなたの関与が見つかるかもしれないわ。
 あなたが直接関与していなくても、違法なことに使われると知っていて資金を提供したなら『ほう助罪』になる可能性があるわ。
 そんな人を野放しにしたら雲隠れするかもしれないじゃない。
 安心して容疑者じゃないからちゃんとした部屋を用意するわ、事件の全貌が明らかになるまでそこでゆっくりして行って。」

「ふざけるのも大概にしろ!俺は忙しいんだ、そんな事に付き合っている暇はねぇ!」

「そんな事を言われてもね、あんな違法業者に金を提供していたのだから自業自得だと思ってね。
 そうそう、あなたの出資金なのだけどね、後で騒がれると面倒だし先に説明しておくわ。
 あなたの出資した貸金業者は悪質な犯罪に手を染めていたので強制的に廃業処分になると思うわ。もちろん、この国の公正な裁判に基づいてだけどね。
 その場合、廃業の清算を行った残余財産から出資金の払い戻しがあるの。
 ただ、この国の法律では、商人が犯罪行為で得た利得は優先的に被害者へ返還されるのよ。
 本件の場合、法定利息の上限年利四割を超えて被害者が支払った金利は過払い金として優先的に被害者に返還されるわ。
 次に法に反して悪所の売られた女性に対する慰謝料が優先的に支払われるの。その際、女性が変な病気を貰っていれば治療費と見舞金が上乗せされるわ。
 それと、貸金業者五人とも潜りで商売していて税金を納めてなかったわね。
 これ脱税だから、追徴金その他の合計で毎年の利益の九割は優先的に差し引かれるの。
 更に、女性を悪所に売却したときに受け取った代金、これは犯罪行為で得た利得なので国に没収されるわ。
 これらを貸金業者の財産から差し引いて残余財産があれば出資者に返還されるのよ。
 果たしていくら残るかしらね。
 それに、随分と被害者が多いみたいだから、これらを確定するのにだいぶ時間が掛かるわ。
 それまで、残余財産の返還はないから覚悟してね、いったい何年掛かることやら。」

「おい、それじゃあ、俺の手許にほとんど残らないじゃないか。」

 リストの抗議にミルトさんは冷淡に言った。

「自業自得でしょう。」

 リストはうな垂れてしまった、リストの資金って『黒の使徒』の教団の資金だものね。
 元がいくらか知らないけど、何万枚もの金貨を失ったら教団での立場もなくなるね。
 きっと、『黒の使徒』には帰れないね。


     **********


 この日、長い歴史を持つ十四の貴族家が消滅した。

「やっと、うるさいだけで働かない連中の処理が終ったわ。」

 とミルトさんが清々しい笑顔で言う。

「それは良かったですね。お疲れ様でした。」

 わたしも疲れたよ、主に直立姿勢で立っていて…。

「ところでターニャちゃん、爵位がたくさん宙に浮いたのだけど一ついらない?
 伯爵なんかお勧めだけど、今なら伯爵の屋敷一つ付けるわよ。」

 要らないよ、爵位なんか…。


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