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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第434話 帝国に報告に行ったら、なにやら雲行きが怪しいです…
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五の月ももう後わずかになった今日、私は一応形になったケントニス様に対する支援策の草案を持って帝国へ渡りました。
普段は精霊様が私個人に力を貸してくれることはなく、ターニャちゃんに便乗して帝国まで連れて行ってもらうのです。
しかし、今回はターニャちゃんを帝国に行かせたくないみんなの総意で、フェイ様が私一人を送ってくれることになったのです。
もちろん魔導車の運転をするソール様も一緒です、結果としてこれが非常に幸運な状況をもたらすことになりました。
帝都近郊に設けたターニャちゃんの拠点に渡った私達を乗せた魔導車は、皇宮の敷地内に入ると帝国の中枢部たる本宮の横をすり抜けるようにして、皇太子の執務室がある離宮へ向かいます。
皇太子の居所と執務の場を兼ねる離宮は、ケントニス様がお生まれになったときに新たに建造されたものだそうです。
これまでの皇太子は例外なく本宮内の皇族の居住エリアに住まい、本宮内に執務室を持っていたと聞きました。
皇太子が本宮内に執務室を持っていないあたりで、皇帝がケントニス様をどう思っているかが透けて見えるようです。
本宮の横を通り過ぎる時、なにやら慌ただしく人が出入りしている様子が見て取れました。
雰囲気的には非常事態という訳ではないようです。
なにしろ、慌ただしく出入りしているのは皇宮侍女が殆んどで、白い布や水桶を運んでいるのですから。
いったい何事でしょう?
一寸興味をひかれますが、今は仕事が優先ですね。
私が離宮正面の車寄せで魔導車を降りるとすぐに警備の騎士がやってきます。
そして、私の姿を認めると大抵の場合そのままケントニス様のところへ案内してくれるのです。
もはや、顔パス状態です、仮にも皇太子様に謁見するのにこれで良いのでしょうか?
今日など、先触れも立てていないと言うのに……。
ケントニス様の執務室に通されると机の上に堆く積まれた書類に埋もれるようして仕事をしている部屋の主の姿がありました。
この方、皇帝に遠ざけられて、命まで狙われているというのに仕事を干されている訳ではないのでよね。その仕事ぶりは我が国の宰相を見ているようです。
というよりも、皇帝の周りに侍る者が無能すぎて、ケントニス様がいないと仕事が回らないそうです。
私は思わずこれは遠まわしな暗殺なのではないかと勘繰ってしまいます。
過労死を狙っているのではないかと…。
ケントニスさんの暗殺を企んでいるという皇帝の周囲の貴族は何を考えているのでしょうか。
それが、自分達の首を絞めることだと気付かないのでしょうか。
まあ、気付かないのでしょうね、無能なのですから。
それはともかく、私が執務室に入ると、ケントニス様が書類の中から立ち上がって言ったのです。
「おお、リタ殿、待ちわびたぞ。
それで、ソフィさんの件はどうなったのだ。」
今さっき、その仕事ぶりを見て多少持ち直したケントニス様に対する評価はこの一言で暴落しました……。やっぱり、少女愛好癖の変質者か……。
**********
私は嫌悪感を押し殺して、努めて笑顔で経過の報告を始めました。
私のケントニス様に対する評価はひとまず置いておいとくとして、政治の面で考えると今回の件は喜ばしいことですものね。
「ソフィさんは、ケントニス様の申し出を快く受け入れました。
既に、手続きを全て終えて正式にポルト公爵令嬢となられています。
もう、花嫁修業も始めていますよ。」
私の報告を聞いたケントニス様は相好を崩し、満面の笑顔で言いました。
「リタ殿、ご尽力頂いた事に感謝します。
今まで生きてきてこれほど嬉しいことはなかった、本当に有り難う。」
本当に嬉しそうですね、でもこれからする話の方が重要なのですからね。
仕事の話ですよ、仕事の。
私は心ここにあらずのケントニス様に何とか正気を取り戻してもらい、ポルト公爵からの娘の嫁ぎ先に対して出来る支援の話をしたのです。
もちろん、ポルト滞在中にポルト公爵と相談してあります、そこにミルト様、ヴィクトーリア様の意見を踏まえ若干の修正を施した形です。
帝国全体の利となる資金支援や食糧支援などの細々とした内容を説明した後、今回の支援策の目玉を持ち出しました。
「ポルト公爵は、娘婿を害そうとする『黒の使徒』に酷くご立腹です。
ついては、今回の婚約成立を機に、『黒の使徒』及びその関係者に対しポルト港への上陸及びポルトの町への立ち入りを一切禁止することにいたしました。」
これは、かなり思い切った措置です。
現在までの調査で、ポルト港へ入港する帝国船籍の船のかなりの部分が『黒の使徒』の傘下にある商会の持ち物だと判明しています。
もちろん、全てが悪事を働いている訳ではありません。真っ当な商会だってあるのです、隠れ蓑なのですから。
それを全て締め出すというのです、疑わしき者についてはケントニスさんの発行した『黒の使徒』とは関係ないとする証明書を要求するつもりでいるみたいです。
今後は、『色の黒い人』がポルトへ上陸する場合には、ケントニスさんのお墨付きが必要となります。
これにはケントニス様も驚いていました。
大陸最大の貿易港ポルト、『黒の使徒』はそこに於ける商業利権を全て失うことになるのです。
それだけではありません、従来『黒の使徒』は王国に工作員を送り込むのにポルトを使っていました。
これからは、瘴気の森を経由する陸路でしか王国へ立ち入ることができなくなるのです。
また、ポルト公爵がポルト公爵領内で『黒の使徒』の犯した犯罪行為を糾弾し、帝国政府に対し『黒の使徒』を排除するように要求していく計画があることも説明します。
私が説明を終えた時、予想を上回る支援策の充実ぶりにケントニスさんが頭を下げました。
いえ、私に頭を下げられても……、単なるメッセンジャーなんですから……。
**********
全ての報告を終え、一休みしようと応接でお茶をご馳走になっています。
私は、好奇心から本宮の方が慌ただしい様子に見えるけど、何かあったのかと尋ねてみました。
機密事項や大事でないなら答えてくれるでしょう、茶飲み話に丁度良いと思いました。
「ああ、リタ殿も気付かれましたか。
今朝、側妃が産気づいたのです。既に産室に移って出産に臨んでいるところです。」
ああ、王妃様のご出産では慌ただしくもなりますね。
しかし、その話を始めた途端、ケントニス様は顔色を曇らせました。
これは、新たな帝位を争う者の誕生に頭を痛めているのでしょうか。
聞くところによると今の皇帝は是が非でも『色の黒い者』を帝位に就けたいようですからね。
まだ生まれてもいない赤子と帝位争いの心配をしなくてはならないとは、この方も気の毒ですね。
そんな感想をついもらしてしまうと、ケントニス様が言ったのです。
「いえ、それは今は良いのです。
私が頭を痛めているのは、父上、皇帝陛下が出産に立ち会うといって産室に入ったことです。
しかも、『黒の使徒』の司祭を一人伴って。」
ここにも、ど変態が一人いました……。
ケントニス様の話では、産室付きの侍女や産婆が産室は神聖な場所だから男性立ち入り禁止だと強く止めたらしい。
この時ばかりは、侍女も産婆も不敬覚悟で強く反発したそうですが皇帝は聞く耳を持たなかったようです。
出産、確かに新しい命が誕生する神聖な瞬間です。
でも、男性立ち入り禁止なのは、本当はそんな理由ではないのです。
私は出産どころか、結婚すらしていない身、漏れ聞いた話で恐縮ですが。
出産する時の妊婦さんの様子は、余り殿方にお見せできるような姿では無いそうです。
男子禁制なのは女性の羞恥心を慮ってのことなのです。
因みに、私たち平民の間では近所の年頃の娘が産婆の手伝いをするという習慣があります。
産湯を用意したり、場合によっては妊婦さんの口に布を噛ませたり、手足を抑えつけたり色々と手伝うことがあるようです。
でも、一番の目的は自分の時の心構えを身に付けさせるためだそうです。
初めて出産に立ち会った私の友人が言っていました、その日は何も食べられなかったと。
聞くところによると側妃様はまだ二十八歳とのことです。
側妃の身を案じて出産の際に傍にいたいというのであれば、まだ同情の余地があります。
しかし、『黒の使徒』の司祭を連れて産室に入るなどというのは信じ難いことです。
うら若い妊婦さんの出産光景を赤の他人と一緒に観賞しようなど、なんと変質的な趣味なんでしょうか。
側妃様も恥ずかしいだろうに本当に気の毒です。
何と業の深い親子なんだと呆れていたその時のことです。
いきなり、部屋全体が黒い薄霞がかかったような状態になり、呼吸に息苦しさを感じました。
何事かと思っていると、隣の従者控え室にいたソールさんとフェイさんが飛び込んできて言ったのです。
「突然、皇宮全体が信じられないほど濃い瘴気に包まれました。」
そして、ソールさんが部屋の瘴気を一瞬で浄化してくださいました。
部屋が清浄な空気で満たされホッとした時のことです。
『ドーン!』
という耳をつんざくような炸裂音と共に離宮全体がカタカタと揺れたのでした。
普段は精霊様が私個人に力を貸してくれることはなく、ターニャちゃんに便乗して帝国まで連れて行ってもらうのです。
しかし、今回はターニャちゃんを帝国に行かせたくないみんなの総意で、フェイ様が私一人を送ってくれることになったのです。
もちろん魔導車の運転をするソール様も一緒です、結果としてこれが非常に幸運な状況をもたらすことになりました。
帝都近郊に設けたターニャちゃんの拠点に渡った私達を乗せた魔導車は、皇宮の敷地内に入ると帝国の中枢部たる本宮の横をすり抜けるようにして、皇太子の執務室がある離宮へ向かいます。
皇太子の居所と執務の場を兼ねる離宮は、ケントニス様がお生まれになったときに新たに建造されたものだそうです。
これまでの皇太子は例外なく本宮内の皇族の居住エリアに住まい、本宮内に執務室を持っていたと聞きました。
皇太子が本宮内に執務室を持っていないあたりで、皇帝がケントニス様をどう思っているかが透けて見えるようです。
本宮の横を通り過ぎる時、なにやら慌ただしく人が出入りしている様子が見て取れました。
雰囲気的には非常事態という訳ではないようです。
なにしろ、慌ただしく出入りしているのは皇宮侍女が殆んどで、白い布や水桶を運んでいるのですから。
いったい何事でしょう?
一寸興味をひかれますが、今は仕事が優先ですね。
私が離宮正面の車寄せで魔導車を降りるとすぐに警備の騎士がやってきます。
そして、私の姿を認めると大抵の場合そのままケントニス様のところへ案内してくれるのです。
もはや、顔パス状態です、仮にも皇太子様に謁見するのにこれで良いのでしょうか?
今日など、先触れも立てていないと言うのに……。
ケントニス様の執務室に通されると机の上に堆く積まれた書類に埋もれるようして仕事をしている部屋の主の姿がありました。
この方、皇帝に遠ざけられて、命まで狙われているというのに仕事を干されている訳ではないのでよね。その仕事ぶりは我が国の宰相を見ているようです。
というよりも、皇帝の周りに侍る者が無能すぎて、ケントニス様がいないと仕事が回らないそうです。
私は思わずこれは遠まわしな暗殺なのではないかと勘繰ってしまいます。
過労死を狙っているのではないかと…。
ケントニスさんの暗殺を企んでいるという皇帝の周囲の貴族は何を考えているのでしょうか。
それが、自分達の首を絞めることだと気付かないのでしょうか。
まあ、気付かないのでしょうね、無能なのですから。
それはともかく、私が執務室に入ると、ケントニス様が書類の中から立ち上がって言ったのです。
「おお、リタ殿、待ちわびたぞ。
それで、ソフィさんの件はどうなったのだ。」
今さっき、その仕事ぶりを見て多少持ち直したケントニス様に対する評価はこの一言で暴落しました……。やっぱり、少女愛好癖の変質者か……。
**********
私は嫌悪感を押し殺して、努めて笑顔で経過の報告を始めました。
私のケントニス様に対する評価はひとまず置いておいとくとして、政治の面で考えると今回の件は喜ばしいことですものね。
「ソフィさんは、ケントニス様の申し出を快く受け入れました。
既に、手続きを全て終えて正式にポルト公爵令嬢となられています。
もう、花嫁修業も始めていますよ。」
私の報告を聞いたケントニス様は相好を崩し、満面の笑顔で言いました。
「リタ殿、ご尽力頂いた事に感謝します。
今まで生きてきてこれほど嬉しいことはなかった、本当に有り難う。」
本当に嬉しそうですね、でもこれからする話の方が重要なのですからね。
仕事の話ですよ、仕事の。
私は心ここにあらずのケントニス様に何とか正気を取り戻してもらい、ポルト公爵からの娘の嫁ぎ先に対して出来る支援の話をしたのです。
もちろん、ポルト滞在中にポルト公爵と相談してあります、そこにミルト様、ヴィクトーリア様の意見を踏まえ若干の修正を施した形です。
帝国全体の利となる資金支援や食糧支援などの細々とした内容を説明した後、今回の支援策の目玉を持ち出しました。
「ポルト公爵は、娘婿を害そうとする『黒の使徒』に酷くご立腹です。
ついては、今回の婚約成立を機に、『黒の使徒』及びその関係者に対しポルト港への上陸及びポルトの町への立ち入りを一切禁止することにいたしました。」
これは、かなり思い切った措置です。
現在までの調査で、ポルト港へ入港する帝国船籍の船のかなりの部分が『黒の使徒』の傘下にある商会の持ち物だと判明しています。
もちろん、全てが悪事を働いている訳ではありません。真っ当な商会だってあるのです、隠れ蓑なのですから。
それを全て締め出すというのです、疑わしき者についてはケントニスさんの発行した『黒の使徒』とは関係ないとする証明書を要求するつもりでいるみたいです。
今後は、『色の黒い人』がポルトへ上陸する場合には、ケントニスさんのお墨付きが必要となります。
これにはケントニス様も驚いていました。
大陸最大の貿易港ポルト、『黒の使徒』はそこに於ける商業利権を全て失うことになるのです。
それだけではありません、従来『黒の使徒』は王国に工作員を送り込むのにポルトを使っていました。
これからは、瘴気の森を経由する陸路でしか王国へ立ち入ることができなくなるのです。
また、ポルト公爵がポルト公爵領内で『黒の使徒』の犯した犯罪行為を糾弾し、帝国政府に対し『黒の使徒』を排除するように要求していく計画があることも説明します。
私が説明を終えた時、予想を上回る支援策の充実ぶりにケントニスさんが頭を下げました。
いえ、私に頭を下げられても……、単なるメッセンジャーなんですから……。
**********
全ての報告を終え、一休みしようと応接でお茶をご馳走になっています。
私は、好奇心から本宮の方が慌ただしい様子に見えるけど、何かあったのかと尋ねてみました。
機密事項や大事でないなら答えてくれるでしょう、茶飲み話に丁度良いと思いました。
「ああ、リタ殿も気付かれましたか。
今朝、側妃が産気づいたのです。既に産室に移って出産に臨んでいるところです。」
ああ、王妃様のご出産では慌ただしくもなりますね。
しかし、その話を始めた途端、ケントニス様は顔色を曇らせました。
これは、新たな帝位を争う者の誕生に頭を痛めているのでしょうか。
聞くところによると今の皇帝は是が非でも『色の黒い者』を帝位に就けたいようですからね。
まだ生まれてもいない赤子と帝位争いの心配をしなくてはならないとは、この方も気の毒ですね。
そんな感想をついもらしてしまうと、ケントニス様が言ったのです。
「いえ、それは今は良いのです。
私が頭を痛めているのは、父上、皇帝陛下が出産に立ち会うといって産室に入ったことです。
しかも、『黒の使徒』の司祭を一人伴って。」
ここにも、ど変態が一人いました……。
ケントニス様の話では、産室付きの侍女や産婆が産室は神聖な場所だから男性立ち入り禁止だと強く止めたらしい。
この時ばかりは、侍女も産婆も不敬覚悟で強く反発したそうですが皇帝は聞く耳を持たなかったようです。
出産、確かに新しい命が誕生する神聖な瞬間です。
でも、男性立ち入り禁止なのは、本当はそんな理由ではないのです。
私は出産どころか、結婚すらしていない身、漏れ聞いた話で恐縮ですが。
出産する時の妊婦さんの様子は、余り殿方にお見せできるような姿では無いそうです。
男子禁制なのは女性の羞恥心を慮ってのことなのです。
因みに、私たち平民の間では近所の年頃の娘が産婆の手伝いをするという習慣があります。
産湯を用意したり、場合によっては妊婦さんの口に布を噛ませたり、手足を抑えつけたり色々と手伝うことがあるようです。
でも、一番の目的は自分の時の心構えを身に付けさせるためだそうです。
初めて出産に立ち会った私の友人が言っていました、その日は何も食べられなかったと。
聞くところによると側妃様はまだ二十八歳とのことです。
側妃の身を案じて出産の際に傍にいたいというのであれば、まだ同情の余地があります。
しかし、『黒の使徒』の司祭を連れて産室に入るなどというのは信じ難いことです。
うら若い妊婦さんの出産光景を赤の他人と一緒に観賞しようなど、なんと変質的な趣味なんでしょうか。
側妃様も恥ずかしいだろうに本当に気の毒です。
何と業の深い親子なんだと呆れていたその時のことです。
いきなり、部屋全体が黒い薄霞がかかったような状態になり、呼吸に息苦しさを感じました。
何事かと思っていると、隣の従者控え室にいたソールさんとフェイさんが飛び込んできて言ったのです。
「突然、皇宮全体が信じられないほど濃い瘴気に包まれました。」
そして、ソールさんが部屋の瘴気を一瞬で浄化してくださいました。
部屋が清浄な空気で満たされホッとした時のことです。
『ドーン!』
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