精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第436話 リタさんがもたらした知らせ

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 リタさんがフェイさんに支えられるようにして帝国から戻って来た。
 その姿は、着衣が所々焼け焦げており、明らかに尋常な様子ではなかったの。

 そのリタさんから、力なく発せられた言葉は

「帝国の皇帝陛下が崩御されました。」

だった。

 風雲急を告げる知らせだった。
 ヴィクトーリアさんは手に持ったティーカップを取り落としてしまい、床にお茶の染みが広がったよ。

 みんなが呆然とする中、ミルトさんが落ち着いた声で言う。

「リタさん、お疲れ様でした。
 とりあえず座って頂戴、まずはお茶でも飲んで気分を落ち着けて。 
 報告はそれからで良いわ。」

 憔悴しきったリタさんを労わり、少しの休息を挟むようにしたみたい。
 でも、今日は休ませて報告は明日という訳にはいかないんだね。
 それで良いのなら、リタさんもボロボロの格好で駆けつけることはないか。

 饗されたお茶をすすり、少しは気分が落ち着いたのか、リタさんはポツリポツリと話し始めたの。

 側妃が魔獣を生んだことから始まり、皇帝の死、皇宮の大火災、次々と語られる驚愕の出来事。
 みな息を飲んでリタさんの報告に耳を傾けている、途中で口を挟む者は誰もいなかったの。

「魔獣はソール様のお力で討伐していただきました。
 おかげで、魔獣が街中に出るという最悪の事態は回避することが出来ました。
 また、フェイ様のご尽力でケントニス様及び離宮に仕える者に死者はございませんでした。
 加えてフェイ様は皇宮から逃れた者の治療及び皇宮の火災鎮火にもご尽力いただきました。
 私は鎮火後速やかにこちらに報告に戻りましたので被害の全容は明らかではございません。」

 リタさんはこの様に言って報告を終えた。

 皇宮の外に逃げ出せた人の命は、フェイさんが全て救ってくれたらしい。
 でも皇宮の外に逃げ出せた人は少数派で、皇宮から逃げ出せなかった多数の者は、恐らく全員が絶望的だろうとリタさんは言っていた。それだけ酷い火災だったみたい。

 報告を聞いて一番最初に口を開いたのはミルトさんだった。

「報告、ご苦労様でした。状況はよく理解できました。
 ケントニス皇太子が無事だったの不幸中の幸いだったわ。
 それはともかく、リタさん、あなたは大丈夫なのですか。
 見れば、焼け焦げて凄いボロボロの服装ですけど。」

「それに関しては、ソール様、フェイ様に一緒に行って頂き、本当に僥倖でした。」

 フェイさんとソールさんがいなければ、自分もケントニスさんも命を落としていただろうとリタさんは言った。
 リタさんは瀕死の大火傷を負ったそうだけど、フェイさんが念入りに治療してくれたそうだ。
 今まで以上に健康体になっていると、リタさんは冗談めかしている。
 ただ、生きながらにして炎に焼かれるというのは、さすがに精神的ダメージを受けたようで、しばらくはうなされるのではないかとリタさんは言っていた。

「死にかけるという経験は今回限りにして欲しいものです。」

 リタさんが最後にポツリと呟いた。
 いつもは飄々としていて多少のことには動じないリタさんだけど、臨死体験をした今回はさすがに憔悴している様子だった。


      **********


 リタさんが報告を終え、部屋全体が重苦しい雰囲気に包まれる中、沈黙を破ったのは意外な人物(?)だった。

「人が魔獣を生むだと、なんとも愚かな真似をしたものだ……。」

 そう呟いたのは部外者と言ってよい、ウンディーネおかあさんだった。

「ウンディーネ様のおっしゃる通りです。
 私の夫ながら愚かな男だと常々思っておりましたが、これほどまでとは。
 皇帝は以前から言っていたのです。
 初代皇帝の再来を生み出し、自分の後継に充てると。」

 ヴィクトーリアさんはウンディーネおかあさんの言葉に同意を示し、亡くなった皇帝のことを語った。

 皇帝はケントニスさんが帝位を継ぐ事に納得しておらず、法に従い皇太子になったケントニスさんを超法規的に皇太子の座から排除する方法を探っていたようだ。もちろん、暗殺もその一つなのだけど。

 そして、思い至ったのは『黒の使徒』の目的でもある漆黒の肌を持つ子供を生み出し、『初代皇帝の再来』として皇帝の座に祀り上げること。

 そのために、皇帝は黒髪、黒い瞳で濃い褐色の肌を持つ側妃を寵愛し、子作りに励んだと言う。
 更には、皇宮周辺から樹木を一本残らず除去し、更には皇宮内に瘴気の森から伐り出した木材で作った調度品を設えたというわけ。

 濃い瘴気を身に纏う側妃を懐妊させ、濃い瘴気の中で懐妊期間を過ごさせた結果がこれだ…。

「その挙句に魔獣を生み出し、自分はその魔獣に噛み殺されるですか。
 自業自得としか言いようがないですね、呆れ果てた者です。
 それはともかくとして、ソール様、フェイ様、この度は帝都の民、それに私の子ケントニスを救ってくださり有り難うございました。」

 ヴィクトーリアさんはソールさんとフェイさんに深々と頭を下げたの。
 そこには亡くなった夫を悼む様子は欠片も見られなかった。
 それよりも、魔獣を退治し魔獣災害が帝都に及ぶのを阻止してくれたソールさん達への感謝の念の方がはるかに強いみたい。

 まあ、ヴィクトーリアさんとしても、常日頃皇帝から疎まれ、終には暗殺者を送られるのだから死を悼む気持ちにもならないか。


     **********


 話は今後の対応に移るのだけど、ヴィクトーリアさんはケントニスさんがスムーズに政権を掌握できるように速やかに帝国に戻り手助けがしたいという。

 もたもたしていると『黒の使徒』の妨害工作があるかもしれないと懸念しているみたい。
 早々にケントニスさんの政権基盤を磐石にして皇帝として戴冠させたいようなの。

「ターニャちゃん、厚かましいお願いをして申し訳ないけど、私とアーデルハイトを帝都まで送っていただけないかしら。」

 ヴィクトーリアさんがわたしに懇願するけど、わたしは躊躇した。
 本当に、今すぐ駆けつけるのが良いことなのだろうか?そんな疑問があったから……。

 リタさんの話では、皇帝や皇宮の中枢部にいる貴族はみな亡くなってしまったという。
 一方で、ケントニスさんの関係者は全員無事だということなの、勿論フェイさんのおかげだけど。
 
 これって、皇太子派が皇帝を弑した上で敵対派閥を葬ったと難癖を付けられる状況じゃない。
 勿論、生き残った人からの証言を積み上げれば、皇宮内に魔獣が現われて火を放ったと判明するけど。
 『黒の使徒』は無法者の集団だ、言いがかりを付ける取っ掛かりさえ有れば良いのだよね。

 ある日突然皇帝とその取り巻きが亡くなった、正式に皇太子の座にあるケントニスさんが事態の収拾に采配を振るうのはある意味当然のことだ。
 しかし、皇帝に疎まれているというのが周知のこととなっている皇后、しかも王国で静養しているはずの皇后が皇帝の崩御直後からケントニスさんの傍で働いているというのはどうか。
 あからさまに疑念を招く行為に思えるのだけど……。

 わたしがそんな感想を漏らすと、ミルトさんが賛意を示したの。

「ターニャちゃんの言う通りだわ。
 ヴィクトーリア様たちが変な因縁を付けられない様にしなくてはいけないわね。
 王国からも正式な追悼使節を派遣しましょう。
 ヴィクトーリア様には王国の使節、それと帝国の在王国大使と共に帰国していただきましょう。
 そこそこの規模の使節団を組んで、堂々と帝都に入るのです。」

 要するに、今王国から帰国したのだということをはっきり示そうということだね。
 でも、それだと二月くらい掛かるよ、それこそヴィクトーリアさんの懸念どおり『黒の使徒』が暗躍しかねないと思う。

 わたしがそんな懸念を口にするとミルトさんはウンディーネおかあさんに深々と頭を下げてお願いをしたの。

「ウンディーネ様、大変申し訳ございませんが、お力をお借りできませんか。」

 おや、そんなに改まってお願いするなんて珍しい……。 
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