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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第437話 時に事実は残酷で……
しおりを挟む皇帝崩御から七日後、わたし達は帝国の東の辺境、ロッテちゃんの村に来ている。
あの日、ミルトさんがウンディーネおかあさんに懇願したこと、それはわたしが帝国各地に配置した魔導車を借り上げることとそれをロッテちゃんの村に集めること、そして追悼使節団をロッテちゃんの村まで転移で送ることだった。
転移でいきなり帝都に乗り込むのは上手くないと言うことで、ミルトさんの発案で帝都までアリバイを残すように車団を組み主要な町に宿泊しながら移動することになったの。
本来であれば、王国から魔導車で移動するのだけど、流石にそれでは時間が掛かりすぎ『黒の使徒』に付け入られる隙が出来てしまう。
それで、瘴気の森を抜けた場所までは転移を使わせてもらおうとミルトさんは考えたの。
瘴気の森方面から魔導車を連ねて来れば、王国から来たことを疑う人はいないだろうからね。
**********
リタさんが九死に一生を得て戻って来た日以降は非常に慌ただしかった、大人たちは。
あの日、ミルトさんの願いを聞き入れたウンディーネおかあさんは、すぐにクロノスお姉ちゃんを呼んでここにある魔導車四台をロッテちゃんの村に送るように指示したの。
そして、帝都近郊の屋敷に配置してある魔導車を除いて帝国においてある全ての魔導車をロッテちゃんの村に送るようにも。
流石にこの時はわたしの体調を気遣って、クロノスお姉ちゃんもわたしのマナが欲しいとは言わなかったよ。
クロノスお姉ちゃんを見送った後、わたし達も王都へ帰還することにした。
ミルトさんは、帝国の皇帝崩御の知らせが届いたのですぐに王都に戻ると、領主のクラフトさんに伝えたの。
夜の帳も降りた時間にいきなり王都へ帰ると告げられ、クラフトさんは慌てていたよ。
何よりも、闇の中を夜を徹して帰ると思ったようで凄く心配していた。
ミルトさんが転移で帰ると伝えていたけど、詳しい説明もしてないみたいで半信半疑な顔をしていたよ。まあ、目の前で全員が消えたので信じるしかないだろうけど。
王宮に着くと夜遅い時間だというのにまだ執務をしていた宰相を捕まえ、王様の許に一緒に連れて行った。
そして、王様、皇太子様、宰相が揃っている前で、リタさんから皇帝崩御の経緯についての説明してもらったの。
説明を聞いた三人は愕然としていたが、流石に国の重鎮だけあって呆けることなく、王国としてどう対応するかの打ち合わせになった。
大人の話になったので、わたし達子供は学園の寮に戻ることにしたの、ここが自宅のフローラちゃんを残して。
翌日は、ヴィクトーリアさんがリタさんを伴って、王都にある帝国大使館を訪れ大使及び大使館幹部に皇帝崩御を伝えた。
王都にある大使館の職員は皆、皇帝に疎まれて左遷されてきたヴィクトーリアさんの派閥の人だそうだが、流石に昨日皇帝が崩御したと聞かされてもにわかには信用しなかったみたい。
リタさんが詳しい経緯を説明した上で、王国には転移術を使える者がいてリタさんがケントニスさんと頻繁に接触していたことを説明するとやっと信じる気になったそうだ。
ヴィクトーリアさんは大使館の幹部に皇帝の葬儀に出席するので、同行する者を選抜するように指示したと言う。
**********
そして、一番の難問は皇帝と側妃の死を、誰がどうのように実の子であるザイヒト皇子に伝えるかということだった。
側妃の子であるザイヒト皇子には葬儀に出席してもらう必要もあり、伝えないわけにはいかない。
しかし、十二歳の子供に悲惨な側妃の最期をどう伝えるべきか悩ましかったの。
「それは義理とは言え母親である私の役目です。
私がザイヒトをポルトまで迎えに行きます。
申し訳ございませんが、ポルトまでお連れ願えないでしょうか。」
側妃の政敵であった皇后のヴィクトーリアさんが伝えるのはどうかという点がネックだったのだけど、ヴィクトーリアさんは自分から行くと言ったの。
皇帝崩御から二日目、大使館に説明に行ったその日の内にヴィクトーリアさんはポルトへ渡った。 わたしも一緒に行ったよ、リリちゃんを迎えに行かないといけないし、王都にいてもみんな何もさせてくれないのだもの。
ポルトの孤児院、談話室へ行くとザイヒト皇子はネルちゃんと一緒に本を読んでる最中だった。
わたしの来訪に気付いたネルちゃんは一瞬喜びの表情となった後、顔を曇らせたの。
わたしがザイヒト皇子を迎えに来たとわかったのだろう。
「ごきげんよう、ザイヒト。楽しく過ごしていますか。
ネルちゃんもザイヒトと遊んでくれて有り難うね。」
そう言って二人に穏やかに話しかけたヴィクトーリアさん。
「はい、義母上、みんなのおかげで楽しく過ごしています。」
朗らかに答えたザイヒト皇子に対しヴィクトーリアさんは屈んでその手を握った、そして、出来るだけ穏やかな口調を保つようにして言ったの。
「それは良かったです。
ザイヒト、私はこれからあなたに非常に辛い事を知らせなければなりません。
心して聞いてください。」
ヴィクトーリアさんに手を握られることなどついぞなかったザイヒト皇子は戸惑い、
「義母上…?」
ともらした。
「昨日、あなたのお母上がお亡くなりになりました。
同時に皇帝陛下も崩御されています。
あなたはお二人の葬儀に参列しなければなりません。
私達と一緒に帝都へ行ってください。」
ザイヒト皇子はヴィクトーリアさんの言っていることが理解できないようだった。
いや、信じられないことを言われ、理解することを頭が拒んでいると言った方が正しいのかな。
数拍おいて、ザイヒト皇子は何とか言葉を紡いだの。
「それは、いったい、いったい母上に何が起こったのですか。」
「皇宮の本宮が大火に見舞われたのです、逃げ出すことも叶わないような劫火に。」
その日朝一番で、ソールさんとフェイさんに帝都まで情報収集に行ってもらったの。
ケントニスさんに面談して得た情報では、ヴィクトーリアさんの言葉どおり本宮から逃げ遅れた多くの人の焼死体が運び出されたということ。
しかし、側妃と皇帝がいた産室付近は文字通り灰になっており、人骨の一つも見当たらなかったみたい。
「何故そんなことが……。」
ザイヒト王子が発した言葉に、ヴィクトーリアさんは声を詰まらせた。
側妃が魔獣を生んだ、その事実を伝えて良いものか迷ったみたい。
そのとき、ヴィクトーリアさんの後ろに控えていたリタさんが声を発したの。
「ザイヒト殿下、その点につきましては実際にその場に居合わせた私の方から説明させていただきます。」
リタさんは帝都にある大使館で皇太子との折衝に当たる特命公使をしていると身分を明かし、昨日は皇太子の婚姻についての打ち合わせで帝都にいたと言ったの。
そして、その災害が起こった時に偶々居合わせたと。リタさんはあれを災害と言ったの……。
「皇宮の本宮内で魔獣が発生したのです。
強大な力を秘めた魔獣で、その魔法であっという間に本宮全体が火の海になったのです。」
「なぜ、なぜ、皇宮に魔獣が発生したのですか。」
それだけの説明では納得しないザイヒト皇子が更にリタさんに問い掛けると、リタさんは言ったの。
「殿下、殿下には辛い事実ですが、聞く覚悟がありますか。」
ザイヒト皇子が頷くのを確認するとリタさんは昨日産婆から聞いたこと詳細に話し始めたの。
魔獣が側妃から生まれ、そのとき側妃が亡くなったこと。
皇帝がその魔獣に食い殺されたこと。
そして、魔獣が本宮に火を放ったこと。
魔獣はソールさんが討伐したこと。
本宮から逃れることが出来た人はフェイさんが治療したけど多くの人は本宮内で命を落としたこと。
最期にリタさんは付け加えた。
「私の説明に疑念があるようであれば、実際に産室で一部始終を目撃した産婆を保護しています。
直接話しを聞くことが可能だと思います。
あと、今回の魔獣の発生については『黒の使徒』が人為的に起こした可能性がございます。」
リタさんの話を黙った聞いていたザイヒト皇子だったが、最期の一言に酷く反応した。
「『黒の使徒』が?それはいったいどういうことだ?」
リタさんは説明するべきか逡巡 したようだけど、意を決して説明し始めた。
元々、皇帝と側妃の婚姻は漆黒の肌を持つ皇子を生み出したいと言う『黒の使徒』と皇帝の思惑によるものであったこと。
懐妊した側妃をより瘴気の濃い状態に置くことにより、胎児に瘴気の影響を過度に与えようと画策したこと。
その手段として、瘴気の森から切り出された強い瘴気を発する木材で作られた調度品を懐妊した側妃の部屋に多数おいていたこと。
リタさんが現時点でわかっていることをほぼ全てザイヒト皇子に聞かせたの。
「なんと、そんな馬鹿げた事のために母上は命を落としたというのか。
『黒の使徒』の奴ら、何処まで吾等を馬鹿にすれば気が済むのだ……。」
怒りに握り締めたこぶしにザイヒト皇子の涙が零れ落ちていた……。
静かに涙を零すザイヒト皇子に、ネルちゃんが無言で寄り添っていたの。
**********
こうして、今ロッテちゃん村に集まっているの顔ぶれはこんな風になったの。
まずは、帝国側がヴィクトーリア皇后、アーデルハイト第一皇女、ザイヒト第二皇子、在オストマルク王国大使館大使及び一等書記官。
王国側が、追悼使節団団長としてミルト皇太子妃、団員として宰相アデル侯爵、フローラ第一王女、ヒカリ王女、ミドリ王女、スイ王女。
王国側は団長のミルトさんは御輿で、実際の指揮を取るのは宰相のアデル侯爵、エルフリーデちゃんのお父さんだね。
仕事中毒のアデル侯爵に少し休めということで、王様がアデル侯爵の派遣を決めたの。
ヒカリ、ミドリ、スイは実際にはミルトさんとフローラちゃんの護衛だね。
他に随員として、リタさんを筆頭とした書記官、侍女、護衛の騎士などが多数いて、総員六十名になった。
本来王族が団長を務める使節団って百人以上の規模になるらしいけど、集められた十二台の魔導車の定員の関係でこの規模になったの。
この使節団は、ロッテちゃんの村を出発すると、オストエンデの町を最初に途中の主要都市三ヵ所に一泊づつしながら使節団の存在をひけらかすように四日かけて帝都まで進むの。
馬車なら三十日はかかる距離なのでこれでも異常に早いのだけどね。
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