人を愛したら魔女と呼ばれていた

トトヒ

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第6章

ルチルという男「ルチル主任を無理やり食事に誘ったわ」

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お仕事終わりに、小洒落た個室つきのバーにルチル主任と入店した。
前にリアと読んだ雑誌『穴場の飲食店ガイド』に載っていた隠れ家バーとして紹介されていたお店。
雑誌に掲載されてしまったら穴場でも隠れ家でもなくなるのではないかと思ったけれど、地下にあり個室まであるバーは密会には最適だと思い選択した。


ルチル主任の予定を全てチェックし、仕事を早く切り上げられる日を狙って声をかけた。
相変わらず目元があまり見えず表情は分かりにくかったけれど、明らかに警戒されていることは間違いなかった。
自分で言うのもなんだけど、私に誘われてそんな態度をとる人はこの国には今のところいなかったのだけれど。
お店が会社から近かったこともあり、強引に連れ込むことに成功した。

「今日はありがとうございます。ルチル主任はお酒をお飲みになりますか?」

「……お茶にします」

ルチル主任がお茶ならと、私も同じものを注文することにした。
数分の後、ウェイターが個室の扉を開けて二つのグラスを持って来た。
まだ20代前半の若い男性だが、髪をしっかりセットしこのお店に馴染む出で立ちをしている。
私とルチル主任を見比べて戸惑っている様子だけれど、私の方を見て微笑んでから退出した。

「お腹は空いてませんか? お茶だけでよろしいですか?」

「あの……ご用件は何でしょうか?」

あら、まずは軽く談笑でもしようかと思っていたけれど、普通の会話はやっぱり苦手な男なのかしら。
相変わらず私に目を合わせないしね。

「用件だなんて。ルチル主任とあまりお話したことがなかったから、勇気を出して誘ってみただけですよ」

「二人きりで、こんなお店にですか?」

「ごめんなさい。ご迷惑だったかしら?」

「僕を誘っても、ダチュラさんにメリットがあるとは思えないので」

ガードが固すぎるわね、この男。
それとも……。

「本当のことを言いますと、ルチル主任が私に目を合わせないのが気になって。私の事嫌いでしょうか?」

さて、どう出るかしら?

「そのように思わせてしまい、申し訳ありませんでした。そういうわけではありません。以後気を付けます」

詰まらない回答。
どっちが上司なのかしら。
ここまで萎縮しなくてもいいじゃない。
やっぱり……彼は何かに感づいている。
こっちから切り出すしかないわね。
答え方次第では……また処理しなければ。

「ルチル主任は不必要なことを言わないのですね。それって、自己防衛ですか?」

ルチル主任はビクッと身体を震わせた。
より俯いて、私の視線を避けようとする。

「ルチル主任は私の事を嫌っているのではなく、怖がっているように見えます。それは何故ですか?」

「……」

「今後の為にもはっきりしておきたいのです。答えていただけなければ、今夜は帰しませんよ、なんて」

しばしの沈黙の後、ルチル主任は顔を上げて私と目を合わせた。
こんなにしっかりと目を合わせてくれたのは、これが初めてね。
良く見ると、切れ長の素敵な目だわ。

「失礼しましたダチュラさん。この期に及んで、はぐらかそうとしたのが間違いでした」

今までとは違い、私をまっすぐ見つめてはっきりとした口調。
本当にさっきまでと同じ人なのかしら。

「見逃してもらえませんか?」

「はい?」

あまりにも堂々とした態度で何を言うのかと思えば。

「何をでしょうか?」

「僕という存在です」

「私があなたに危害を加えると思っているのでしょうか?」

「その為に、このお店を選択したのでは?」

さっきの歯切れの悪い話し方とは段違い。
さすがね秀才君。
今ならかなりいい男よ。

「そう思う根拠を教えてくださるかしら」

「根拠は僕の勘としか言えません」

「勘? 随分とあやふやじゃないですか?」

「人間の直感には侮れないものがありますよ。僕は潜力が人一倍弱いこともあり、昔から周囲を気にしながら生きていました。人の行動や顔色には敏感なんです。訓練の賜物とも言うべきか、今では第一印象でだいたいどのような人間か分かるようになりました」

「まあ、すごい。それで、私の印象はどうだったのでしょうか?」

「気を悪くされたら申し訳ないのですが……」

「構いませんよ、今更」

ルチル主任は私の目の奥を覗きこむように見つめた。
そんなに見つめることもできるんじゃない。

「あなたは、得たいが知れない」

「……それは、どういう人間か分からないということでは無いのですか?」

「そのとおりです。だから恐ろしい。僕のような弱い人間が近づいてはいけない存在だと思います」

「そんな、人を化け物みたいに言わなくても」

「得たいが知れないものを化け物と呼ぶならば、その表現が正解かもしれませんね」

ちょっとこの男を見くびっていたかもしれないわね。

「そんなに私を警戒していたのなら、私について何か調べたりもしているのでは?」

「いえ、先程も言ったように近づいてはいけない存在を詮索したりしません。僕はそんな男なんです。危険には首を突っ込みたくない。好奇心よりも安全を優先する。それが、能力値が低い人間がこの国で生きていくための処世術ですよ」

なるほど、だから勘止まりというわけね。

「こんな平和な国なのに、そのような考え方なのですね?」

「そうですね、ぼんやりしたベールに包まれた平和な国です。でも人間の本質は欲望と破壊。能力値が低い人間の幼少期なんてろくなものではない。いや、今もそうか……」

「ルチル主任は能力値がなくても頭がいいエリートじゃないですか。能力値に遺伝は関係ありませんし、引く手数多なのでは?」

「自分の手で守れもしない家族を作ろうとは思いませんね。それに、僕は遺伝じゃない事の方が怖いですよ。ただの運じゃないですか、生まれながらにして。神様がいるとしたら、僕は最初から嫌われていたわけですからね」

この国の闇の部分と言うべきかしらね。
こんなひねくれて育ってしまう人も多いのかもしれない。
でも、彼のように頭がいい人と話すのは久しぶりで少し楽しいかもしれない。

「今の話からして、ダチュラさんは僕より能力値は高そうですね」

「そうでもありませんわ」

実際問題、あなたよりも潜力は低い……というより一切無いもの。

「さて、こんなか弱い僕をどうするつもりですか? 僕はこんなゴミクズです。あなたの障害にはならないし、邪魔もしません」

ルチル主任は開き直ったように深々と椅子に座りなおした。
こういう人間が私にとって、一番危険なのよね。
ブライトやジェイドなんかよりよっぽど危ない男。

もう少し詮索してから判断するとしますか。

「ルチル主任は自分の勘に絶対の自信があるのですね。でも、このままじゃまるで私が本当に悪い女みたいじゃないですか? 勘違いかもしれないですよね」

「確かに、証拠は何もありません。僕の勘違いなら謝ります。これでいいでしょうか?」

「何か他に、思い当たることでもあるんでしょ?」

口調を変えて、静かに囁く。
ルチルが眉間に皺を寄せた。
しばらく沈黙した後、ルチルが重い口を開いた。

「……ランダさんに、何かしましたか?」

ほらね、やっぱり出てくるじゃない。
ランダは私が入社してくる前に働いていた、ベテランの受付嬢。
入社当初から私に対して面白くなかったのか、ちょっかいを出してきた。
上手くあしらっていたつもりだけれど、私がジェイドに気に入られたり他の男性社員から声をかけられたことがさらに彼女を怒らせてしまったみたいだった。
でも、これって私は悪くないわよね。

「無断欠席が続いてますわね。そのランダ先輩の欠席理由が、私と関係あると?」

「ランダさん、あなたに嫌がらせをしていましたよね。そして突然失踪した。ご家族が警察に捜索願を出したのですが、未だに見つかっていません」 

「それで?」

「それだけです。ただ彼女がこの仕事を放り出す理由が考えられません」

「私が何かした思っているのですね?」

「ただの勘です。失礼なことを言っているのは分かっています」

私は笑い出してしまった。
私の笑い方が不気味だったのか、ルチルの顔は青くなる。
ルチルが臆病な性格で助かったわ。
狙いを定められて調べられたら、いろいろとバレてしまったかもしれない。

どうしようかしら、この男。
ランダの時のように処理するのは簡単だけど、彼女と彼の違いは利用価値があるかどうかね。
あの女の存在は私にとって何の利益にもなかったけれど、この男はまだ使い道がありそう。

「ねえ、ルチル主任。私に対する失礼な発言は水に流しますから、その代わりに私のお願いを聞いていただけますか?」

そろそろ飽きてきた、この詰まらない日常に変化が起きそう。
そう思いながら、わくわくしている自分がいた。
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