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しおりを挟む第一章 錬金術師への転生
一.迷惑な女神
「あっれ……ここどこ?」
瀬立理英はふと目を覚ますと、見覚えのない場所に自分がいることに気付いた。
周りにはもやがうっすらと立ちこめ、どこまでも果てしなく白い地面が広がっている。
空には太陽も何もないのに、空間自体が光っているように妙に明るい。
そして目の前には金髪ロングヘアーの美女が立っていた。
「すみません、手違いであなたの人生を終わらせてしまいました」
特に大きな声を出したわけでもないのに、どこまでも届くような不思議な声。
それはとても心地の好い声調で、ずっと聴いていたいと思わせるほど。
(この人めっちゃ綺麗だし、女優さんかな? 古代のギリシャ人みたいな仰々しい服も着てるし。……ひょっとして、私ってば何かの撮影にまぎれ込んじゃったのかしら?)
心当たりのないことでいきなり謝罪されて、普段は冷静な理英もさすがに混乱した。
瀬立理英――彼女は生まれながらの天才で、わずか十二歳にして飛び級で世界最高峰の理工大学に入学。十六歳で応用物理学と生物物理学のダブル博士号を取得し、その後は現代最高の研究機関である、ドイツの物理学研究所に入所する。
恐れというものを知らない彼女の科学に対する大胆な発想は、研究所でも大いに発揮された。
二十二歳で特殊科学研究室長に就任した理英は、狂気の天才テスラの再来とも言われ、ついたあだ名は『レディ・テスラ』。
そんな彼女が何故こんな場所にいるのか?
理英はゆっくりと立ち上がり、目の前の女性に問いただす。
「あのう……手違いってなんですか? 失礼ですが、あなたは誰ですか?」
「わたしは女神アフェリース。ここは現世と天界の狭間にある、亡くなられた方の魂を一時的に留め置くための『導きの間』です」
……やばいヤツと会ってしまった。
理英は直感的に恐怖を感じ、身構えた。
基本的には怖いものなしの彼女だが、科学的理屈が通じないヤツは大の苦手だ。
これ以上話すと思考回路がショートしてしまう。そう結論に至り、理英はすぐさま後ろを向いて逃げ出そうとした。
「お待ちください、これは本当のことです。あなたは手違いで死んでしまって、ここへ送られてきたのです」
「いい加減なこと言わないでちょうだい! 私は現にこうして生きてるじゃないの!」
「いえ、死んでます。その証拠に、ほら……」
と、女神アフェリースと名乗った女が理英に向かって小石のような物体を投げると、それは理英の体をスゥーッと素通りしてしまった。
「あ、ホントだ! 私死んでる!」
即座に納得した理英に、女神アフェリースは思わずズッコケた。
超天才的思考を持つ理英は、理解も早かった。
「あ、あの……ええ、信じていただけて何よりです」
「で、私が死んでるのは分かったけど、さっきアンタは手違いがどうのこうの言ってたよね? それを説明してちょうだい」
女神を『アンタ』と呼ぶなど、まさに神をも恐れぬ行為。
というより、科学こそ絶対と考える理英は、これまで神など信じていなかった。
普通の人間ならここで神の存在に驚くところだが、理解力に優れた理英はそれも瞬時に納得して呑み込む。
話の早い女である。
「実は地球とは違う世界、つまり『異世界』が現在、窮地に陥ってまして……」
「ほほう、異世界なんてものがあると」
「はい。異世界に魔王が復活しそうなので、それを倒す使命を持った人間『勇者』を選別して、異世界へ送っているのです」
「その『勇者』ってのに私が選ばれたと?」
「いえ、選ばれたのは別の人間です。その方を異世界に送るため、トラック事故で……」
「ああっ、思い出したっ!」
理英は、道路を普通に歩いていたら、大型トラックが自分目掛けてまっしぐらに突っ込んできたことを思い出す。
「慌てて避けたのに、あのトラックってば、私が逃げた方向にわざわざハンドルを切って追っかけてきたんだった! もしかしてアレはアンタの仕業か!?」
「はい、そうなんです。本当はあなたの後ろにいた男性が『勇者』だったんですけど、あなたが男性と一緒の方向に避けたので、仕方なく一緒に轢いちゃったんです」
理英はあのとき、ちゃんとトラックの進行方向から身を躱していた。
それなのに、逃がさないとばかりに進路を変えてきたのが不思議だったが、あれは意思を持って轢き殺しに来ていたのか。
「なんつーハタ迷惑なことしてくれたのよっ! っていうか、手違いじゃなくて意図的に私を殺してるじゃない! アンタ邪神かっ!?」
「本当にすみませんっ」
神様のクセして、そんな手荒な方法で異世界へ送るだなんて、さすがの理英も呆れた。
ほかにやり方はなかったのか?
こんなことに巻き込まれたトラックの運転手にも同情する。
「それで、勇者の方はすでに異世界にお送りしましたので、次にあなたをどうしようかと悩んでいたところです」
「元の地球に帰しなさいよ! 女神ならそれくらいできるんでしょ!?」
「いえ、一度死んだ世界には戻れないルールなんです」
この女神、殺してやりたい……理英は思わず神を殺す者に目覚めそうになる。
「ですので、申し訳ありませんがあなたも異世界にお送りすることにしました。異世界の言葉や文字については自動翻訳されますので問題ありません。今回は完全にこちらの手違いですので、あなたにはお詫びに超有能なスキルを差し上げます。魔王は勇者たちに任せて、理英さんはそこで自由に生きてください」
今の言い方から察するに、『勇者』というのは何人もいるのかと、理英はこれもすぐに理解する。
ならば女神の言葉に甘えて、自分は遠慮なくのんびり第二の人生を過ごさせてもらうとしよう。
考えてみれば毎日研究三昧だったし、両親も事故で去年亡くなってしまった。
よって、地球に対してそれほど未練はなかった。
「分かったわ。じゃあその『超有能なスキル』ってのをちょうだい」
「は、はい、では『超成長』というのはどうでしょう?」
「『超成長』? どんなことができるの?」
「これは一秒間に1経験値が自動的に入ってくるスキルです」
「経験値って何? ゲームみたいなヤツ?」
「そうです。地球人に分かりやすいように『経験値』と言いましたが、これは異世界での成長エネルギーです」
「ふーん」
「これなら絶対に満足していただけるかと……」
「やだ」
「………………え?」
即答で拒否されてビックリする女神アフェリース。
自分としてはかなり奮発したつもりだが、ちょっと説明不足だったかと反省する。
「待ってください、一秒間に1経験値入ってくれば、一日で86400EXP、一年で31536000EXPにもなるんですよ?」
「そんなこと、〇・一秒で計算できたわよ。でも経験値もらったってしょうがないでしょ」
「あのですね、経験値というのは異世界では非常に重要でして……」
「経験値でメシが食えるかーっ!」
「は、はいいっ!?」
想定外の反論を受け、女神アフェリースはパニックになる。
「け、経験値がたくさんあれば、多分異世界でも上手くやっていけると思いますけど? 一秒間に1経験値もらえたら、あっという間に最強クラスになれますし……」
「経験値でメシが食えるのか? どうなんだ女神、答えてみろ!」
「ええっ!? ? ? ……は、はい、経験値ではご飯は食べられ……ません?」
自分でもなんだかよく分からないまま、アフェリースは理英の勢いに押されてあやふやに答えてしまった。
「そら見ろ。私を騙そうとしやがって、やはり信用できない女神だ」
理英は勝ち誇っているが、アフェリースが提案した『超成長』は食うには困らない能力を持つスキルだ。
確かに、経験値をもらっても直接的には生活できないが、強くなればできる仕事も増える。
だから間接的には問題なくご飯を食べていけるわけだが、しかし、その説明をさせない迫力が理英にはあった。
(こ、この人怖い……)
実はアフェリースは異世界転送の担当になるのは今回が初めてだったのだが、理英と会うまでにすでに何人も勇者を送っていた。
しかし、女神である自分に反抗するようなタイプはいなかった。
自分はとんでもないミスをしてしまったのではないかと、改めて理英のヤバさに女神アフェリースは気付く。
「で、ではですね、本来は『勇者』にしか授けないスキルですが、『破壊の勇者』という……」
「それは食えるスキルか?」
「さ、最強の破壊力を持つスキ……」
「そんなのいらない。破壊力で食えたら苦労しないっつーの!」
けっしてそんなことはないのだが、研究一筋で生きてきた理英には、破壊力をどう仕事に活かすのかが分からなかった。
いや、まったく理解できないというわけではないのだが、科学者気質の理英は、何かを生み出すような生産的な仕事を生業にしたいと思っているのだ。
「じゃ、じゃあ、『神眼の勇者』……」
「食えるか?」
「た……食べられませんっ。では、『暴食の勇者』なら……」
「お、ようやく良さそうなの出てきたじゃない。『暴食』ってことはお腹一杯食べられるってことよね? いったいどんな能力なの?」
「物質とか色んな攻撃とか、なんでも吸収しちゃうスキルです」
「それは物理的にものを食べる能力じゃないの! そうじゃなくて、仕事として食べていける能力が欲しいのよ! アンタ馬鹿なの?」
「ご、ごめんなさい~っ」
アフェリースはとうとう泣き出した。
こんなに怖い人間がいるなんて思ってもいなかったのだ。
アフェリースは女神でありながら、一秒でも早くこの場から逃げ出したいと神に願う。
「あ、あの、では逆に、どんな能力がお望みでしょうか……?」
もはや何を言っても怒られそうなので、理英の機嫌を損ねないよう、アフェリースはおどおどと顔色を窺いながら欲しいスキルを訊いてみることにした。
「う~ん……例えば一秒ごとに食べ物とかお金が湧いてくるようなヤツはないの?」
「物質を無限生成するのは物理法則的にも問題が生じそうですし、ちょっと無理ですね」
「今のはほんの冗談よ。そうね、やっぱり実験とか研究が好きだから、そういうことを仕事にして食べていけるようなヤツが欲しいわ」
「な、なるほど。では…………『魔導器創造』というのはどうでしょう?」
「それはどんなことができるの?」
「えーと、頭に描いた実験装置や魔導アイテムが作れるスキルです」
「何それ、すごいじゃないの! そういうのが欲しかったのよ!」
理英の喜ぶ姿を見て、アフェリースはようやく希望の光が見えた気がした。
「一応、なんでも作れるわけではありません。具現化するには、まずそれを構成する素材が必要となります。ほかにも条件はありますが、それはスキルを習得すれば分かります」
「それでいいわ。アンタもやればできるじゃない」
「きょ、恐縮です」
人間に上から目線で評価されたのに、アフェリースは心底ホッとしていた。
まるで厳しい上司に認められたような気分だった。
「では『魔導器創造』を授けますね……はい、これでもう理英さんはスキルを習得しました。ステータスも見られるようになってますので、あとで色々確認してみてください」
「ステータス? ホントにゲームみたいなのね。まあ分かりやすくていいわ。これで私を殺したことを許してあげる。アンタにも事情があるみたいだしね」
「り……理英さん……ありがとうございます!」
理英の手を取り、涙を流しながらアフェリースは感激する。
ひょっとしたら、この一連のやり取りでアフェリースは洗脳されたのかもしれない。
これまで生きてきた中で、上位神に褒められたとき以上に嬉しく感じていた。
「理英さん、満足していただいたついでに、この神具もお渡しいたします」
嬉しさが有り余って、アフェリースはさらに追加のアイテムも授けてしまう。
それは分厚いアルバムのようなものだった。
「何コレ? 見た目よりもずっと軽い。なんだか図鑑みたいな感じだけど……?」
「これは『ラジエルの書』というもので、これから行く異世界の色々な知識が書かれている本なのです」
「あら便利ね。でも、大きくて持ち運ぶには面倒ね……何か入れる袋とかないかしら?」
「それなら大丈夫です。これは理英さんにしか見えないアイテムで、必要ないときはその存在を消せます。そして出現させるのも自由自在です」
「……あ、ホントだ。考えただけで出したり消したりできるのね。こんなすごいの、もらっちゃってもいいの?」
「きっとお役に立つと思います」
アフェリースは頷きながら返事をする。
「ありがとう。さっきは厳しいこと言っちゃってゴメンね。アンタいい子よ」
「ああ、わたしなんかにもったいないお言葉……」
すでにアフェリースは、理英に喜んでもらえることが何よりの幸せになっていた。
理英は恐らく、とんでもない教祖になれるだろう。
なんなら神になれるかもしれない逸材だ。
「それでは、理英さんを異世界にお送りしますね……異世界へようこそ!」
こうして瀬立理英は光とともに異世界へ転送されたのだった。
二.銀髪美少女に転生
「…………はっ、今のは夢!?」
目を覚ました瀬立理英は、女神アフェリースとのやけにリアルなやり取りを思い出し、体をゆっくりと起こす。
そこで自分が草むらで寝ていたことに気付いた。
酔っ払って野外で寝てしまったんだろうかと、あいまいな記憶を辿りつつ周りを見渡すと、全然知らない草原が広がっていた。
(ゆ……夢なんかじゃない! さっきのは現実だわ!)
理英はすぐに状況を理解した。
女神が言っていた通り、自分は『アウグリウム』という異世界に来てしまったのだ。
服装も、地球で着ていたはずのスーツではなく、麻のような素材でできたシャツとロング丈のパンツになっている。
ステータスウインドウも開けるし、間違いなかった。
(何よあの女神、こんな草原に放り出すことないじゃない!)
知らない世界に連れてこられたうえ、まさか周りに誰もいない場所に飛ばされるとは、さすがの理英も驚いた。
とはいえ、理英がいきなり人間のいる場所に出現したら、それはそれで問題が起こりそうだった。
仕方のないことかと理英は納得する。
よく見れば、遠くに人工的な建造物があった。城壁のような巨大な壁が、ずぅ~っと果てしなく続いている。
まるで万里の長城のようだが、高さはそれよりも遥かに高く、二十メートル以上ある。
地球では決して考えられない景色だ。
異世界ならこれも普通なんだろうか?
とりあえず、理英は女神からもらった『ラジエルの書』を出現させる。異世界の色々な知識が書かれているらしいので、これを読めば状況も分かってくるだろう。
頭の回転が速い理英は、サクサクと自分がすべき行動をしていく。
「……なるほど、そういう世界か」
かなり分厚い本なので、全て読むにはとてつもない時間がかかる。よって、最初に知っておくべき情報だけをかいつまんで理英は読んだ。
それによると、遠くに見えている建造物は、国や街などを囲う防壁だった。
つまり、あの壁の向こう側には大勢の人が住んでいる。
まず行くべきなのはあそこだろう。
そして、この世界は地球と違って科学は発達していないらしいが、代わりにまったく別の文明が成長しているとのこと。
なんとこの世界には『魔法』が存在するのだ。
地球で言うところの『猛獣』に相当する、『モンスター』がいることも知った。
まあ、猛獣とは比べものにならないほど危険な怪物なのだが。
「スキルとか魔法に加え、伝説に出てくるようなモンスターまでいるなんて、本当にゲームみたいな世界なのね。こんな偶然ってあるのかしら?」
ふと理英は、『比較神話学』を思い出していた。
地球の各地に残っている伝承には、無視できない共時性がある。その原因は謎だったが、ひょっとして異世界は地球の並行世界で、この様々な世界に共通の集合的無意識が存在しているのではないかと思い当たる。
それが地球での神話にも繋がり、魔法やモンスターなどのファンタジー要素を生み出したのではないだろうか?
(地球に帰ったら論文を発表したいところだけど、戻れないんじゃしょうがないわね)
『ラジエルの書』を消して、さて次にすべきことは何かと考えていると……
「あれ? 私ってば、背が縮んでない?」
自分の視点の高さがいつもと違うことに理英は気付いた。
服装が変わっていることには気付いていたが、まさか体格まで変化している?
よく手足を見てみると、やけに肌が白い。腰まであった長い黒髪も、肩程度のボブカットになっている。
そして髪色は、キラキラと輝く銀色に変化していた。
自分の容姿を確認したくて、理恵は少し先に見えていた川へ慌てて駆け寄り、体を映してみた。
「何よコレ、全然日本人っぽくない! それに、十五、六歳くらいになってるじゃないの!」
そう、二十五歳だった理英は、十六歳に若返っていたのだ。
身長も、以前は日本人女性として比較的高いほう――百六十八センチあったが、今の自分はだいぶ低いように感じる。
体感では百五十五センチくらいではないかというところだ。
何より、元々あまり大きくなかった胸がさらに小さくなってしまった。それが悔しくてたまらない。
ただし、顔の作りは超絶美形だ。
以前も美人な部類ではあったが、今や絶世の美少女になっている。
とはいえ、顔の美醜にそれほど執着していない理英は、これについては特に喜んではいなかった。ブサイクじゃなくて良かった、と思う程度だ。
ちなみに、理英は地球では眼鏡をかけていたが、転生したこの体は眼鏡なしの裸眼でもよく見えている。そのことに理英はちょっと感動した。
「とりあえず、あの壁のところまで行かなくちゃ」
さっき開いた『ラジエルの書』には、この世界の地図も載っていた。
だが、自分のいる場所が分からなくては、それも活用することができない。あそこへ行けば、自分がどこにいるのかも分かるだろう。
念のため自分の持ち物を確認してみると、クレジットカードみたいなものが服のポケットに入っていた。薄いプラスチックのような素材で、そこには『ユーディス王国所属
リーヴェ・シェルム 年齢十六歳』などと表記されている。
ほかには何かの番号も書いてあり、恐らくこれは身分証なのだろうと理英は判断した。
「リーヴェ・シェルムって私の名前? ……もしかして『理英・瀬立』からモジってつけたの? あの女神ってばセンス悪いわね。どうせ生まれ変わるなら、もっと素敵な名前が良かったわ。ルルーシア・フランチェス・ドゥ・ノーティ・ギュンダーランド・メル・ハイデンバーグとか」
自分のセンスはさておき、ぶつぶつと文句を言いながら理英――リーヴェは、防壁に向かって歩き出す。
すぐに街道を見つけ、それに沿って進んでいくと、一時間ほどで到着した。
太陽(地球の太陽と同一ではない)の位置から考えると、現時刻はだいたいお昼前くらいだろうか?
巨大な防壁には通行用の門が存在し、そこを四人の衛兵が守っていた。
姿は見えないが、雰囲気からしてさらに多くの衛兵が近くに待機しているだろう。
何も分からないだけにリーヴェはかなり緊張したが、挙動不審な態度を取っているとかえって怪しまれる。
心を落ちつけて、身分証を見せながら堂々と門を通ろうとした。
「ちょっと待て!」
しかし、門番はリーヴェを不審な顔で呼び止めた。リーヴェはギクッと思わず体を強張らせる。
「な、何か問題でもありますかしら?」
口から心臓が飛び出そうになりつつも、リーヴェは恐る恐る答える。
女神が用意した身分証だ。まさか偽物なんてことはないはず……
いや、あの女神はちょっと抜けている印象があった。この身分証にも致命的なミスがあるのでは……?
リーヴェは脈打つ心臓を必死に抑え込んで冷静さを保つ。
「お前など見たことがないが、本当にユーディスの国民か?」
その口調と雰囲気から、門番はどうも必要以上に警戒しているように見えた。
特に、その目線がやたらリーヴェの頭部に集中している気がする。
見たことないと言われたのも不思議だ。『門から出たところを見てない』と言うならともかく、何故かそもそも国民ではないとまで疑われている。
もちろん、リーヴェとしてはそれを認めるわけにはいかない。
よって、堂々とウソをつく。
「と、当然ですわ。そもそもあなたは、国民の顔を全員覚えてらっしゃるの?」
「全員の顔など覚えてはいない。しかし、そんな銀髪の国民は見たことも聞いたこともない」
「ぎ、銀髪なんていくらでもいるでしょう?」
「確かに、銀色がかった髪ならいくらでもいる。だがそこまで完全な銀色の髪などそうはいない。思い当たるのは伝説の『白銀の魔女』くらいだ。そんな銀髪だったら、この王都で話題にならないわけがない」
(そ、そうなの~っ!? 異世界なら銀髪なんてたくさんいると思ってたのに……あの女神ってば、なんでこんな目立つ髪色にしたのよ!)
思わぬ展開に、リーヴェはかなり動揺した。
このままではまずい。なんとか言い訳をしなくては。
「こ、この髪は目立つので、いつもは帽子で隠しておりますの。だから知らなくても仕方ありませんわ」
「うーむ、そうは言ってもなあ。銀髪……白髪でも薄い金髪でもない、完璧なまでの銀色……」
門番はリーヴェの髪を見ながら考え込んでいる。
リーヴェは自分でもかなり苦しい説明と思ったが、ほかに良い言い訳が思いつかなかった。
じりじりと緊迫した時間が流れ、冷や汗がだらだらと顔や背中を伝っていく。
「……分かった。特に危険なところもなさそうだし、通行を許可する」
「あ、ありがとうございます!」
門番はしばらく怪しんでいたが、相手はまだ少女ということもあり、危険性はないと判断したようだ。
無事問題をクリアできたリーヴェは、精一杯の笑顔を作ってお礼を言う。
その笑顔を崩さずに、ゆっくりと門をくぐっていった。
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