ぶっ壊れ錬金術師はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になりました

赤白玉ゆずる

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1巻

1-2

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(ふー、焦ったわ。いきなり捕まって牢獄行きなんてことになったらたまらないわよ)

 地球から来た自分がこの世界でどう扱われるか分からないうちは、そう易々やすやすと正体を知られるわけにはいかない。
 この世界を救うために送られてきた『勇者』ならいざ知らず、自分はたまたま来ることになったよそ者なのだ。
 可能なら、一生この秘密は隠して生きたいところ。

(えっと……さっきの門番は、ここはユーディスって国の王都って言ってたわね)

 ユーディスという国は、確かこのアウグリウム世界の北部西側にあったはずだ。
 リーヴェは『ラジエルの書』で見た地図を思い出す。
『世界の北部西側』という表現なのは、この異世界アウグリウムが、球体の地球と違ってだからである。
 球体であれば、『世界の北部西側』などという表現にはならない。
 こんな物理法則を無視した世界があるなんて、とリーヴェは驚きとともに少し感心していた。
 さて、防壁の内側に入ってみると、そこは巨大な街だった。ここからは見えないが、この街には王城も存在するらしい。
 人口も非常に多いようで、行き交う人の群れの様子は地球の大都市と変わらない。ただしその外見は様々で、人間だけじゃなく、ファンタジーに出てきそうな者たちも大勢いた。
 見た目はほとんど通常の人間と変わらないが、獣耳や尻尾しっぽなど、体の一部に特徴があるのが『獣人』だ。ファンタジーでは定番の『エルフ』や『ドワーフ』までいる。
『ラジエルの書』のおかげでリーヴェはこのことを知ってはいたが、実際に見てみるとやはり驚きは隠せなかった。
 そして街を歩く人々は、皆リーヴェのこと――正確には銀色の髪を珍しそうに眺めていく。
 明らかに警戒している者までいる。
 異世界に来たばかりなのにこれほど注目されてしまうのは、リーヴェとしても困った事態だ。

(これ……まずいわ。帽子でも買って隠さないと!)

 と思ったところで、ふと自分がお金を持っていないことに気付く。
 正確には、銅貨が一枚だけポケットに入っていた。
 色々と問題が山積みだったので、リーヴェは一番大事なことを忘れていた。

(銅貨一枚って、これ多分あんまり価値ないよね? あの女神~っ! ……いや、お金くらい自分で稼げってことか。私だって子供じゃないんだから、それくらいは当然よね)

 とリーヴェは考えるが、一応十六歳に若返ったので、まあ子供といえば子供だ。
 それについてはすっかり頭から抜けているみたいだが。
 とはいえ、自分からあれほど『食えるスキル』をねだったのだから、金銭は自分で稼ぐのがスジというものだろう。
 わがままで強引なリーヴェだが、この辺りは物分かりが良かった。

(さて、何か良い案はあるかしら?)

 リーヴェは『ラジエルの書』を出現させて、自分にできそうなことを探す。
 ちなみに『ラジエルの書』は自分以外には見えないので、人前で出しても問題はない。

回復薬ポーション作り……興味あるわね。これにしてみるか)

 自分が授けてもらった『魔導器創造』は、魔導具に関する装置や器具、そして魔導具そのものを作ることができるスキルだった。
 こう聞くとなんでも製作可能に思えるが、能力の発動条件としてまず素材を揃える必要があり、その製作工程や科学理論なども理解していなければならないらしい。
 普通なら面倒とも思える条件だが、科学者気質のリーヴェはむしろやりがいを感じていた。

(まさに私向きのスキルね。異世界もなかなか楽しそうじゃない)

 スキル能力を理解したリーヴェは、早速ポーション作りの仕事を探すことにした。


   ☆


「はあ……全然ダメね。雇ってくれないのは、やっぱり外見が子供だからかしら?」

 乗合馬車に揺られながら、リーヴェはボツリと呟く。
 ポーションは道具屋で作られるため、片っ端から街の道具屋を回って雇用を願い出てみたのだが、どこのお店でも門前払いされた。
 この異世界アウグリウムでは十六歳で働きに出るのは珍しくないが、リーヴェの外見は少々幼いため、店主も積極的に雇う気にはなれなかったようだ。
 というより、家出少女に見えるので、厄介ごとに首を突っ込みたくなかったのかもしれないが。
 仕方なく、ほかに雇ってもらえそうなお店がないか聞いてみたところ、街外れなら人手を求めているお店があるかもしれないと言われて、現在乗合馬車で移動している最中である。
 幸い、乗車賃はちょうど銅貨一枚だったのでなんとかなった。

(えーっと、聞いた限りではこの辺りだと思うんだけど……)

 店があると言われた場所でリーヴェは馬車を降りた。
 教えられた道順を思い出しながら道を歩くが、どうもそれらしい景色が見えてこない。
 特に方向音痴というわけではないのだが、さすがに異世界に来てまだ初日なため、まるで土地勘がないのだ。
 しばらく歩いたが目的の店は見つからず、自分が迷っていることに気付いたリーヴェは、たまたま通りがかった男性に道を訊くことにした。

「すみません、この辺りにポーション専門の道具屋さんがあると聞いたんですが……?」

 男は二十代半ばくらいで、身長は百八十センチほどのガッシリした体格をしていた。
 できれば女性に声をかけたかったリーヴェだが、近くには彼しかいなかったため仕方ない。
 日もぼちぼち暮れてきたし、知らない世界をいつまでも彷徨さまよっているわけにもいかない。

「道具屋? …………ああ、知ってるよ。オレが案内するからついてきて」
「ありがとうございます!」

 男は一呼吸おいたあと、にこやかに笑って案内を願い出てくれた。
 異世界で迷子になって心細かったリーヴェは、彼の言葉に安堵する。
 男の言う通りについていくリーヴェだが、しかし、歩いているうちに周囲が徐々に寂れた景色に変わっていくのを見て、不安を覚えた。

(本当にこの方向で合ってるのかしら?)

 迷子で自分の居場所が分からなくなっていたため、男の案内が正しいのかどうか判断ができない。
 ただ、どうも違うような気がする。人気ひとけがほとんどなく、こんなところでは商売なんて成り立たない感じだ。

(なんかおかしいわ。どうしよう……)

 リーヴェは焦り始めたが、どうしていいか分からなかった。
 下手に逃げ出したら相手は怒って何をするか分からないし、逃げたところでもっと危険な場所に迷い込んでしまうかもしれない。
 異世界のことを全然知らないリーヴェは、黙って男についていくしかなかった。

(だ、大丈夫よ、きっと杞憂きゆうに終わるわ。なんだ、こんな場所にお店があったのねって、笑い話に……)

 と自分を勇気づけていたリーヴェだったが、残念ながらその期待は裏切られてしまう。
 殺風景な空き地まで来たところで、男が突然リーヴェの腕を掴み、反対の手で取り出したナイフを首元に突きつけたからだ。

「どこの家出娘か知らねえが、こんな場所までのこのこついてくるなんて馬鹿な女だ。さあ、殺されたくなかったら有り金全部出せ!」

 リーヴェが考えていた中でも最悪の展開だった。
 最初に見たときからなんとなく粗野な印象の男だったが、この世界の人間は地球とは少し違うので、見た目で判断しないほうがいいと思っていた。
 だが、見た目通りの人間だったらしい。

(どこの世界でも、人は見かけによるのね……)

 自分の迂闊うかつさを反省しつつ、リーヴェはこのピンチをどう乗り切ろうか思考をフル回転させる。
 しかし、相手はそんな時間の余裕すら与えてくれなかった。

「早くしろ。言っておくが、叫んだところで誰も来やしねーからな!」
「早くって言われたって、私お金持ってないんですけど!?」

 金銭で助かるなら全額渡したいが、リーヴェは現在無一文むいちもんだ。どうしようもない。
 だが、リーヴェの言葉を聞いた男は、ナメられたと勘違いして逆上した。

「てめえっ、オレをバカにしてんのか? いいぜ、素直に払わないってんなら、お前を無理やり連れ去って奴隷商に売り払ってやる!」
「ちょっ、いやっ、やめてっ、うむむっ」

 リーヴェは力ずくで引き寄せられ、男の大きな手で口と鼻を塞がれる。

(い……息ができないっ、これじゃ死んじゃう……!)

 声も出せないまま、リーヴェの意識が遠くなっていく。
 そして死を意識した瞬間、リーヴェの口から男の手が離れた。

「だ、誰だっ!?」

 男の叫びを聞いて、リーヴェはこの場に自分たち以外の人間が来たことを知る。
 体をよじって後ろを見ると、男よりも一回り体の大きい人間が、男の腕を掴んでひねり上げていた。

(この人……獣人だ。犬人ってやつかしら?)

 リーヴェを助けてくれた男性は襲ってきた男以上のたくましい筋肉質な体格で、身長は百八十五センチほど。黒い半袖シャツの胸元のボタンを二つ外し、年季の入ったジーンズをはいていた。
 年齢は二十五歳くらいだろうか。濃灰色の髪をボサボサに伸ばしたその頭部には、犬のような耳がぴょこんとついている。
 全体的に野生児というイメージに近いが、顔の作りはかなり整っていて、通常の人間と比べてもイケメンの部類だった。
 まあ、リーヴェはそういうことには興味がないのだが。
 大事なのは自分と性格が合うかどうかだけ。

「こんなところで悪さしてんじゃねえよ。痛い目に遭いたくなかったらすぐに立ち去れ」
「な、なんだとこのやろーっ! おごおっ!」

 忠告に耳を貸さずに、男は獣人男に殴りかかる。
 しかし獣人男はそれを難なくかわし、男の腹を殴ってあっさり気絶させた。

「ホントにこういうヤツらってのは言うこと聞かねえなあ……おいそこのガキんちょ、大丈夫だったか?」
「え……? あ、はい、大丈夫です……助けてくれてありがとうございました」

 驚きの展開が立て続けに起こり、リーヴェはつい成り行きをぽかんと眺めてしまっていた。
 獣人男の言葉でようやく我に返り、お礼を言う。

「まったく、お前みたいなガキがこんな場所とこに来たらダメだろ。この男に簡単に騙されてたみたいだし、よく今まで生きてこられたな?」
(そんなこと言われたって、この世界にはさっき来たばかりだもん……)

 リーヴェは心の中で言い訳した。
 とはいえ、やはり警戒心が足りなかったと反省する。

「ここら辺になんの用があるのか知らないが、ガキはもう家に帰れ」
「失礼ね。ガキガキって言うけど、私はこう見えても……見えても……」

 獣人男に何度もガキと呼ばれ、つい反論したくなったリーヴェだったが、現在の自分の見た目と年齢を思い出す。

(そういえば、この世界では十六歳になっちゃったんだっけ)
「こう見えても、なんだよ?」
「こう見えても……十六歳なんだから」
「見た目通りじゃねえか! いや、見た目は十三、四だな」
(くっ、この私を子供扱いするなんて……!)

 立派な大人だった女性として悔しく思うが、実際その通りだから何も言い返せない。

「とにかく今日はもう帰れって。ガキが彷徨うろついていい時間じゃねえぞ」
「いえ、この辺りにある道具屋さんに行かないとダメなんです」
「道具屋? っていうと、テオのポーション店のことか?」
「あっ、多分それです! お願い、そこまで連れていってください!」

 不安ばかり募っていたリーヴェの心に光が差した。
 帰れと言われても、無一文むいちもんのうえにこんなところで迷子では、にっちもさっちもいかない。
 何はともあれ、まずは道具屋に行かなければ。

「すまねえが、今はちょっと案内できねえんだ。ここから少し離れてるが、行き方は難しくないから自分一人で行ってくれ」

 てっきり案内してもらえると思っていたリーヴェだが、獣人男は頼みを断り、その代わり詳しい行き方を教えてくれた。
 その説明は分かりやすく、これなら辿り着けるとリーヴェは思ったが、襲われたばかりのため道中に不安を覚えてしまう。

「あなたは一緒に行ってくれないの? また誰かに襲われたら怖いんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫。この辺りはもう危険な匂いはしねえよ。テオの店に何の用があるのか知らねえが、このオレ……シアンの紹介で来たって言やあ多分相手してくれるぜ。それじゃあな」

 そう言うと、シアンと名乗った獣人男は、気絶した暴漢を抱えて走り去ってしまった。
 無骨で無愛想なうえ、口の悪い男だったが、助けてくれたことを感謝するリーヴェだった。






    三.ポーション作りに挑戦


「すみませーん、ポーション作りのお手伝いをしたいのですが……」

 誰もいない店内に、リーヴェの声だけが響き渡る。
 すっかり薄暗くなった頃、リーヴェはなんとか目的の店に到着できた。
 だが、店番はいないし、店の中には閑散とした雰囲気が漂っていた。
 しかし、ここでダメなら、今夜は野宿するしかない。せめて宿代だけでも稼ぐため、リーヴェはどんなきつい仕事でもしようと覚悟を決める。
 しばらくしても反応がなかったので、カウンター奥に向かってさらに声をかけてみると、少し遅れて若い男が現れた。
 恐らく店主だろう。年齢は三十歳手前くらいで、身長は百七十五センチほど。
 清潔感のある好青年で、スラリとした体にはエプロンを着け、琥珀色の眼鏡をかけている。

(へえ~……この世界って、顔立ち整ってる人多いかも。テオってこの人かな?)

 さっきのシアンという獣人がワイルドな男前といった雰囲気なら、こちらは知的なイケメンという感じだ。
 異世界人の特徴なのか、地球人よりも美形が多いのかもしれない。

「お待たせしてすみません。お客さんが来るなんて珍しいので……。何をご所望しょもうでしょう?」

 店主はリーヴェの前まで来ると、短いダークブラウンの髪をポリポリかきながら、申し訳なさそうに言葉を発した。

「あの……実はポーションを買いに来たわけじゃなくて、店員として雇ってもらいたいんです。私にポーション作りのお手伝いをさせてください!」

 リーヴェは単刀直入に、店に来た目的を告げる。

「ポーション? 君はまだだいぶ若く見えるけど、ポーションを作れるのかい?」
「ああ……いえ、その……多分作れます」
「多分? うーん、それだとどうかなあ。申し訳ないですが、充分手は足りているんですよね」
「待ってください、とりあえずちょっとだけでも手伝わせてほしいんです。ダメならすぐクビにしていいですから」

 リーヴェの必死な様子を見て、店主の男は不思議そうにリーヴェを観察する。特に、銀髪が気になるようだった。
 ただ、イヤな目線ではなかった。
 単純にリーヴェのことが気になっただけらしい。

「君、おうちはどこなの? もし家出とかしているなら、こんなところにいないですぐに帰ったほうがいいですよ。僕が送っていってあげますから」
「違います、家出なんかしてません! どうしても仕事がしたいんです。じゃないと私……」
「そう言われても、このお店は見ての通り、あまり繁盛してないんです。だから人手を雇う余裕もなくてね。本当に申し訳ないけど……」

 人の好さそうな店主だけに、今の言葉は真実だろう。そのことはリーヴェにも分かった。
 ただ、自分も必死だ。
 繁盛してないのなら、自分の力できっとこの店を流行はやらせてみせる!
 とにかく、まずは雇ってもらわないことには始まらない。どう説得しようか考えていたところ、さっきのシアンという男の言葉を思い出した。

「あの、シアンさんがこのお店を紹介してくれたんですけど……」

 小さな声でアピールするリーヴェ。
 他人の力を使うようで、なんとなく引け目を感じたからだ。
 果たして、店主がどんな反応をするかうかがっていたところ……

「シアンさんのご紹介? なら話は別ですね。分かりました、ぜひうちのお店を盛り上げるためにお手伝いしてください」
「あ、ありがとうございますっ! 私、頑張ります!」

 拍子抜けするくらい、店主はあっさりとリーヴェを雇ってくれたのだった。

「それじゃ早速こっちに来てください」
「よろしくお願いします!」

 店主の案内で、二人はカウンターの奥へと入っていった。


   ☆


 店の奥にはポーションを作るための工房があって、店主はいつもここで調合作業をしているらしい。
 店主の名はテオで、シアンが言っていたのはやはりこの男だった。
 ただ、店の状況はかんばしくなく、客足が遠のいていて、今や一部の客がたまに来るだけだとのこと。
 それというのも、街の中央にユーディス王国一の超大型魔導具店――地球で言うところの総合デパートのような店が建造され、そこにほとんどの客を取られてしまったからだった。
 その店の評判はあまり良くないが、とにかく品揃えが豊富で、ポーション専門であるテオの店では太刀打ちできなかった。
 テオの腕は非常に優秀な部類だったが、店の立地が良くないうえ、何故かテオの店に対する悪い噂――ポーションの質が低いという評判があちこちで囁かれたこともあって、売り上げが大きく落ち込んでしまった。
 これらのことが原因で働いていた店員も辞めてしまい、今はテオ一人でコツコツとポーションを作るような状況だったが、そこにリーヴェが来たわけである。

「じゃあリーヴェさん、調合機器や素材は好きに使っていいからポーションを作ってみて。製作に必要な『聖水』と『クラルハーブ』はあそことそこにあります。完成したら、問題がないか検査するので僕に見せてください」
「分かりました!」

 元気良く返事をして、リーヴェは作業に取りかかる。
 異世界の器材は初めてだが、見ただけで用途はだいたい理解できた。
 伊達だてに科学者をやっていたわけではないということだ。
 何よりも『ラジエルの書』があるので、分からないことは簡単に調べられる。
 リーヴェに不安はなかった。

(え~っと、『聖水』ってのはこれね。司祭から祝福されたことにより、聖なる力を含んでいる水か……非科学的だけど、ここはそういう世界なんだもんね)

 リーヴェは大きめの容器に入った聖水を、手頃な大きさのビーカーに移す。
 作業のためにテオから白衣を借りているのだが、元々この白衣を着ていた従業員が男だったため、リーヴェの体には少しサイズが大きい。そのため、少し動きづらいところはあるのだが、作業するのに特に問題はないようだ。

(それで、この葉っぱが『クラルハーブ』っていう薬草か。七十五度のお湯で温めれば、良質な薬用成分が抽出されるのね)

 ポーションは、聖水とクラルハーブから取れる成分を調合することによってできる。
 リーヴェはその成分を抽出するため、『ラジエルの書』の手引き通り四十グラムほどのクラルハーブと二百ccの水を加熱用の容器に入れ、アルコールランプに火をつけようとした。
 ……マッチもライターもないので、火種をどうしたらいいのかが分からない。

「すみませんテオさん、マッチ……とかってあります?」
「まっちってなんです?」

 だよね……と予想通りの答えにガッカリするリーヴェ。

「あのう……火のつけ方が分からないんですけど?」
「もしかしてリーヴェさん、魔法が使えないんですか? ポーション製作したいのに?」
「ええっ、魔法を使えないとポーションって作れないの!?」
「いえ、作れないことはありませんが……魔法がないと、素材を温めたりするのが難しいですよ?」

 火を出す道具がないなんて、なんて不便な世界なんだ……
 リーヴェはこの世界で生きていく自信を少しなくす。
 科学が未発達なのは、魔法が存在するがゆえの弊害であった。

「テオさんは魔法が使えるんですか?」
「モンスターを攻撃するような『属性魔法』は使えませんが、一応『生活魔法』なら一通り使えますよ。調合師として当然のスキルですので」

 そういえば『ラジエルの書』をざっくり読んだとき、その辺のことが書いてあったのをリーヴェは思い出す。
 自分には関係ないと流し読みしてしまったが、重要なことだったとは……
 さりげなく『ラジエルの書』の『生活魔法』の項目を読んでみると、料理などに利用する加熱系や冷却系、食料などを保存する鮮度維持フレッシュネス、汚れ物を綺麗にする洗浄クリーンや光を出す照明ライトなど、日常で役立つ魔法全般を指すようだった。
 それほど難しい魔法ではなく、習得している人は割と存在するらしい。

(私も使えるようになるかしら?)

 リーヴェは少々不安になったが、自分はもうこの異世界の住人だ。
 恐らく大丈夫だろうと心を落ちつける。

「テオさん、申し訳ないんですけど火をつけてもらえますか?」
「それくらいはお安い御用ですよ」

 テオが呪文のような言葉を詠唱しながら右手の人差し指をアルコールランプに近付けると、フッと小さな火が出現して点火した。

「あと、温度計はありますか?」
「それならそこの棚の引き出しに入ってます。でも、温度計なんて何に使うんです?」
「えっ、お湯の温度を七十五度に保つためですが……?」
「七十五度に? それに何か意味があるのですか?」

 あれ? とリーヴェは首をかしげる。
 クラルハーブの薬用成分を抽出するのに七十五度が適温というのは、この世界では知られていないのだろうか?
 ふとテオがやっている作業を見てみると、グツグツと沸騰させてクラルハーブを煮ていた。

(あっ、やっぱり七十五度が適温ってこと知らないんだ! この世界であまり知られてないことも、『ラジエルの書』には載ってるのね)

 ということは、下手に知識をひけらかすと、自分の正体を怪しまれてしまう。
 こことは別世界から来た人間だと知られたら、どんなことになるか分からない。
 行動には注意しなくちゃと、リーヴェは自分を戒める。

「ではこの温度計でお湯の温度を計りながら……」

 抽出作業をしようとしたところで、『魔導器創造』スキルが反応した。


〈器材と理論の条件クリアにより、『定温加熱器』を作製できます〉


(な、なにっ? 頭の中に声が聞こえてきたんだけど? 今のが『魔導器創造』スキルの能力なの?)

 リーヴェは慌ててステータスを確認し、『魔導器創造』を調べてみた。

(なるほど、『定温加熱器』っていう装置が作れるみたいね。実験装置や魔導アイテムが作れるってのはこういうことか!)

 とにかく、実際にやってみないことには分からない。
 リーヴェはスキルの言う通り、『定温加熱器』を作製してみた。
 すると、目の前にあった容器やアルコールランプが消えて、この世界には少しそぐわない近代的な装置が出現した。

(おおっすごい、まるで魔法みたい! いえ、これは魔法なのね)

『定温加熱器』――それはスイッチ一つで点火ができ、水温を七十五度に保ったまま加熱できる装置だった。


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