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1巻
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この装置でクラルハーブを温め、成分を充分抽出したところでリーヴェが聖水を加えると、またしても『魔導器創造』スキルの声が頭に響く。
〈要素万全。素材、器材、理論が全て揃ったので、魔導具を作製できます。完成アイテムは『回復薬:ランクE』×5〉
(えっ、なに? いきなり完成品ができちゃうの!?)
スキルが言うには、アイテム製作の条件が全て揃えば、そのまますぐ完成するらしい。
さすがのリーヴェもビックリだ。
〈素材があれば収納容器も作製できます〉
(容器って、ポーションの入れ物か。それまで作ってくれるなんて親切ね。金属だと缶コーヒーみたいになっちゃうから、まあガラスがいいよね)
勝手ながら、リーヴェはそばにあるビーカーを一つ取って『定温加熱器』に近付ける。
すると一瞬でビーカーが消え、芸術品のような美しい細工が施された手のひらサイズの小ビンに変化した。
中にはもちろんポーション液が入っている。
無事完成したことにリーヴェは胸が躍ったが、ただし『ランクE』というのが少し気になるところ。
(Eランクってことは、あんまり良い出来じゃないのかしら? う~んでも、これで作り方は合ってるのよね?)
〈あと四つ作製できます〉
スキルによると、さらにポーションを作れるみたいだったが、とりあえずは出来を判断してもらいたい。
リーヴェは完成したものをテオのほうへと持っていく。
「テオさん、できました。こんな感じでどうでしょう?」
「えっ? もう完成したんですか!? いくらなんでも早すぎじゃ……?」
まだグツグツとクラルハーブを煮ていたテオが、いったんその場を離れてやってくる。
『魔導器創造』スキルには『ランクE』と評価されてしまったため、リーヴェは少し及び腰になってぎこちなく小ビンを渡す。
それを見たテオは、まず驚きの声を上げた。
「なんですかこの綺麗なビンは!? こんなのどこにあったんです!?」
「あ、それは……私が持っていたヤツです」
「いやあ驚きました。とても繊細な作りをしてますが、でも大事なのは中身ですからね」
おっしゃる通りで……とリーヴェは首を縮める。
なんとなく自信もなくなってきた。
考えてみれば、このスキルはアイテムや装置を作れるだけで、出来に関しては自分で頑張るしかない。
子供のときからずっと優等生だったリーヴェは、新しい世界で大きな挫折を味わうのではないかと、つい落ち込みそうになる。
そんな不安を覚えながら、恐る恐るテオの反応を窺っていると……
「ちょっ、こ、この回復パワーはいったい!? 回復数値……1890!?」
テオはリーヴェが作ったポーションから少量の液体を取り出し、何かの装置に慎重に入れたあと、またしても驚きの声を上げた。
恐らくはポーションの回復効果を測定する装置なのだろう。
どうも悪い結果ではなさそうということで、リーヴェは少しホッとする。
「どうでしょう? 上手くできてましたか?」
「上手くできてるも何も、これはハイポーションじゃないんですか!?」
「ハイポーション?」
確か、ポーションの一ランク上のアイテムだったはずだ。
リーヴェは『ラジエルの書』に書いてあったことを思い出す。
言われた通りの素材で作ったら、違うものができてしまったということだろうか?
「なんであの素材でハイポーションなんかできたんですか!? リーヴェさん、聖水とクラルハーブしか使ってませんよね?」
「は、はい、そうですね」
「なのに、どうしてこんなものが……しかもこれは、ハイポーションの中でもかなり上質な部類ですよ」
どうやら自分が作ったポーションはかなり出来が良かったらしい。
ひょっとして、七十五度できっちり抽出したのがそれに繋がったのかもしれない。
リーヴェは持ち前の頭脳を活かして、だいたいの見当をつける。
「あのう、本来のハイポーションには、ほかにどんな素材が入ってるんでしょうか?」
リーヴェは正式なハイポーションの素材を訊いてみる。
素材が足りない状態で良いポーションが作れたなら、ちゃんと素材を揃えればさらに効果は上がるはず。
「ほかに必要なのは、そこにある『レフリヘリオの実』ですね。果汁を何度もろ過して、純度の高い液体を加えればハイポーションになりますが……リーヴェさんはそれも知らないんですか?」
「い、いえ、ちょっと訊いてみただけです。今からそれを使ってもいいですか?」
「それは構いませんが、レフリヘリオの実は貴重ですから気を付けて使用してください。まあハイポーションは作るのに手間がかかる割にそれほど売れないので、普段からあまり作ってないんですけどね」
「そうなんですか。じゃあ少しだけ、レフリヘリオの実を使わせていただきます」
リーヴェは実を一つだけ受け取り、自分の机に戻る。
大きさは小さめのミカンくらいで、色はライトブルー、手触りはかなり弾力のあるグミのような感触だ。
(この果肉を搾ってろ過するわけね。……その前に、『ラジエルの書』で一応調べてみるか)
該当する項目を読んでみると、確かに治療成分を含んでいる実だった。
ただし、効果が高いのは果肉ではなく、そのさらに内側にある種とのこと。種の中に、より高純度の液体が入っているらしい。
テオが言っていたこととは違うので、リーヴェは少し混乱する。
実を切って中を開いてみると、中心に直径二センチほどの黒い玉が入っていた。
恐らくこれが種だろう。指でつまんでみると、パチンコ玉のように硬かった。
「テオさん、レフリヘリオの種って、何か使い道あるんですか?」
「種はとても硬いので、特に使うことはないですね。ハンマーで割っても、中には少量の汁しか入っていませんし」
(なるほど、中身の抽出が難しいから、利用されてないってことか)
種のほうが治療効果が高いなら、なんとか取り出したいところ。
先の尖った金属などを使えば、穴を開けられるかもしれない。
「テオさん、いらなくなった金属とかありますか?」
「ふぅむ、君はさっきからおかしなことばかり聞きますね。捨てようと思っていた器材がそこにあるので、好きなものを使っていいですよ」
「ありがとうございます!」
リーヴェは隅に置いてある箱から、金属が付いている器材を適当に選ぶ。錆びたハンマーなどもあったので、量としては充分だった。
それを机に並べ、また『魔導器創造』スキルを発動する。
すると素材が消え、金属ドリルの付いた穴開け機に変化した。
レフリヘリオの種をそれに固定し、装置の上に付いているハンドルを回してドリルを回転させる。それによって徐々に外殻が削られ、しばしの後にポスンと穴が開いた。
(これで中の液体が取り出せる)
穴の開いた種を固定台から外し、中身を確かめようとしたところで、またスキルの声が頭に響き渡る。
〈器材と理論の条件クリアにより、『搾汁加熱調合機』を作製できます〉
(えっ、まさかこれ、装置が進化するの?)
リーヴェが頭の中でOKを出すと、『定温加熱器』と穴開け機が消滅し、『搾汁加熱調合機』という一辺が三十センチほどの箱形装置が出来上がった。
上部には投入口が開いていて、そこに素材を入れればいいらしい。
種の中にあった汁を投入口に注ぐと、またスキルの声が聞こえてくる。
〈要素万全。素材、器材、理論が全て揃ったので、魔導具を作製できます。完成アイテムは『回復薬:ランクD』×4〉
(あ、ランクがDに上がった!)
予想通りの結果が出て、リーヴェは心が躍った。
これは楽しい。あまりに簡単すぎて少々物足りなさは感じるが、素材と理論を追求すれば色んなものが作れそうな気がする。
今回もポーションを一つだけ完成させ、テオのところに持っていく。
「ハイポーションできました!」
「えええっ!? またしても早すぎですよ! そもそも時間をかけてろ過しないと、良い成分は抽出できませんよ?」
テオは一時作業を中断し、さっきと同じようにリーヴェのポーションを検査機にかけて測定する。
直後、テオから驚愕の声が上がった。
「か、か、回復数値9560~っ!? これはハイポーションどころか、上質なDXポーション並みの数値ですよ!?」
テオは手に持った小ビンと検査機を何度も交互に見ながら、その数値に驚いている。
どうやらこの世界の調合知識は少し間違っているらしく、正確に調合すれば想定よりも一ランク上のポーションができるらしい。
このことをリーヴェはすぐに理解した。
「リーヴェさん、どうやってこんなすごいポーションを作ったんです!? ここにある素材じゃ絶対に無理なのに。疑って申し訳ないですが、本当に今作ったものなんですか?」
「あの……じゃ、じゃあ作るところをお見せしますので、こちらに来てください」
リーヴェは自分の能力を見せるのをためらったが、隠したままここで働くのは無理だと判断した。
テオは信頼できそうな人だし、むしろ教えることで力になってくれるかもしれない。
この世界で生きていくためにも、協力者は必要だろう。この人なら大丈夫。
「な、なんですかこの装置は!?」
リーヴェの作業場所に行くと、机の上に見たこともないものが置いてあってテオは驚く。
「これはポーション自動製作機です」
「ポ……自動!? そんなもの聞いたことないですよ!? 君が作ったんですか!?」
「はい。あっ、そういえば、勝手に器材をこの材料に使っちゃったんです。すみませんっ」
「いやまあ、それくらいは構いませんが……」
リーヴェは断りもなしに、ここの備品を素材として使ってしまったことを謝罪する。
替えの器材はいくつもあるため、テオのほうは特に気にしていないようだった。
「では実際にポーションを作りますので見ててくださいね」
リーヴェはそう言って、製作可能だった残り三つのポーションをポンと出す。
「ポ、ポーションがいきなり!? げ、幻覚じゃないですよね!?」
「あ、ちょっと待ってくださいね。自然にポーションが湧いてくるわけじゃないので、もう一度最初から手順を見せます」
そう言って、リーヴェは聖水とクラルハーブ、レフリヘリオの実をそのまま上部の投入口から入れる。
そしてすぐに完成品のポーションを五本出現させた。
「ね、こんな感じです」
「なんですかそれ!? 手順も何も、材料を入れただけで完成してるじゃないですか! こんなの『上級調合』どころか、『魔導調合』でも不可能ですよ!?」
テオはワケも分からず、『搾汁加熱調合機』を触ったり持ち上げたりして調べる。
そして自分も同じように素材を入れて試してみようとしたが……何も起こらなかった。
リーヴェが作った魔導装置はリーヴェにしか使えない。リーヴェの魔力に反応しているからだ。
「ふぅ……僕もこの仕事をそれなりにやってきましたが、こんなすごいものを見たのは初めてです。リーヴェさんのこの能力、まさか伝説の『魔導錬金術』ですか!?」
「魔導錬金術?」
はて、自分のスキルは『魔導器創造』だが、ひょっとしてこの世界ではそう言われているのだろうか?
まあまだ試しに使った程度なので、真相はそのうち分かるだろう。
リーヴェはテオの言葉を待つ。
「僕も詳しくは知りませんが、『魔導調合』をも超える究極の秘術で、伝説ではまるで魔法のようになんでも作ってしまうという話です。『神の手』とも言われてますね」
(なるほど、確かに作業工程をポンと飛ばして完成するのは魔法みたいだわ。というか、この世界には色んな魔法があるのに、錬金術に関してはアナログチックな手作業なのね)
そう考えると、器具を融合したり瞬時に完成品を出すのは、魔法をさらに超えた能力なのかもしれない。
質量保存の法則はどうなっているのかと心配になるほどだ。
合成に際して、厳密には極少量の物質が必要だったり、本来は細かい手順なども関係してくるはずだが、大まかなことが合っていればスキルの能力で補完してくれるらしい。
よって、基本的には主成分を揃えるだけで問題ないようだ。
「いやこれは驚きました。その銀髪といい、君はひょっとして伝説の『白銀の魔女』なんですか?」
「いえいえまさか! 私はただの駆け出しの錬金術師です」
「駆け出しでこれですか!? こんな高位ポーションを作ろうと思ったら、本来は『シードラゴンの骨』や大司教が祝福した『超聖水』が必要なのに……末恐ろしくなってきましたよ」
テオは驚いたような呆れたような複雑な表情で、手に取ったポーションを見つめる。
「テオさん、ちょっと気になったんですが、回復数値について教えていただけると助かります」
「ふむ、ポーション水を検査機にかければだいたいの回復パワーが分かるんですが、リーヴェさんのポーションは、素材からは考えられないような数値が出ました。数値の目安については……」
テオ曰く、回復数値の目安は次の通り。
・通常ポーション 50~200 通常の負傷を治す
・ハイポーション 500~2000 そこそこの大怪我も治す
・DXポーション 3000~10000 重傷を治す
・EXポーション 20000~50000 重体を治す
・エリクサー 100000~ 瀕死の状態でも治す(身体欠損は修復不可)
回復効果には各ポーションごとに限界があり、たくさん使えば下位のポーションでも大怪我が治るというわけではなく、状態に合った上位のポーションじゃないと治療はできない。
数値に幅があるのは、調合による完成度で回復力が変わるからだ。
つまり、同じランクのものでも、出来のいいものと悪いものがある。
エリクサーより上位のポーション――身体欠損でも完全に治すものや、死後間もない状態なら生命すら復活させる究極のものもあるらしいが、まず流通などしない。
ちなみに、人の手で作れるのはEXポーションがほぼ限界で、エリクサー以上は迷宮などで手に入れるしかないとのこと。
「リーヴェさんの作ったハイポーションは、上質なDXポーションにも匹敵します。お店で売れば、軽く金貨二枚……二十万G以上になるでしょう」
「二十万G……?」
と言われても、リーヴェにはその価値がどれほどなのか分からない。
そっと『ラジエルの書』を開いて調べてみたが、金銭に関する項目は載っていなかった。
恐らく、頻繁に価値が変動するのが理由だろう。
仕方ないので、これもテオに訊いてみることにした。
「二十万Gというと、ほかの仕事で例えるならどの程度の労働作業ですか? 私、働くのが初めてなので比較がしたいんです」
「んー……二十万Gは、通常の日雇い労働二十日分ってところですね」
(日雇い労働だと、だいたい日給一万円って感じかしら? 二十日分だと二十万円ほどで、それが二十万Gなら一G=一円と思っていいわね。二十万×九本だから、この短時間で私は百八十万円も稼いだってこと? あ、でもこれは販売価格であって、私の給料はもっと低いか……)
リーヴェはざっくりと金銭価値を計算する。
Gは数値的に日本円とほぼ同じらしいので、感覚的に分かりやすかった。
「これほどのポーションを作ってくれたリーヴェさんには調合作業代をはずんであげたいところですが、今は金銭的余裕がないので、相場通りの給料しかお支払いできません。ですので、リーヴェさんさえ良かったら、ポーションを売った金額を折半するってことでどうでしょう?」
「えっ、売り上げの半分をいただけるんですか!? そんなに!?」
「いえ、こっちが半分ももらうのは気が引けるほどですよ。どうしますか?」
「もちろん、それで問題ありません! よろしくお願いします!」
リーヴェは勢い良く頭を下げて了承する。
俄然やる気が出てきた。作業は簡単なだけに、お金が湧いてくるような気持ちだ。
女神アフェリースに心から感謝するリーヴェだった。
四.エリクサーできました
「あ~、長い一日だったわね。大したことしてないのに、どっと疲れちゃったわ」
リーヴェはテオから紹介してもらった宿屋に行き、食堂で遅い夕食をとったあと、部屋のベッドにドサッと腰を下ろした。
何もかも分からない異世界ではあるが、『ラジエルの書』もあるし、なんとかやっていけそうだと自信を持つ。
(そのためにも、『ラジエルの書』を読み込んでおかないとね)
元々研究の虫だっただけに、知識を詰め込むのは好きな作業だ。
ベッドに寝転び、『ラジエルの書』を片っ端からめくっていく。
あのあと、通貨価値についてもだいたい理解した。やはり一Gはほぼ一円、そして貨幣の価値は、
・小鉄貨一枚:十G
・鉄貨 一枚:百G
・銅貨 一枚:千G
・銀貨 一枚:一万G
・金貨 一枚:十万G
・白金貨一枚:百万G
ということまで分かった。
今の手持ちは六千G。テオから給料一万G(ポーション売買の折半分とは別)をもらい、この宿屋に宿泊費四千Gを払った残りだ。
あまり贅沢はできないので、今のリーヴェには相応の簡素な造りの部屋である。
(身の回りのものを揃えていくのも、もう少し稼いでからにしないと)
リーヴェは研究一筋だったので、元々派手な暮らしなどはしていない。研究所に泊まることも多かったし、こんな生活もそれほど苦ではなかった。
それよりも、これからどんな生活が待っているのか、ワクワクしている。
(地球とは科学の常識や物理法則が微妙に違うし、研究のしがいがあるわ)
自分が持つ『魔導器創造』スキルについても、なんとなく分かってきた。
ポーション製作はいきなりだったので、本当に手探り状態だったが、今はできることとできないことをだいぶ理解している。
まず当たり前だが、何もない状態から物質は生み出せない。よって、素材や器材などは自分で用意するしかない。
そして必要なものが揃えば、設備や完成アイテムが一瞬で製作できる。
もちろん、化学反応や物理法則の理論が合っていることが条件だが。
ただし、『魔導器創造』という名前の通り、作れるのは魔導アイテムだけだ。料理や雑貨などはもちろんのこと、剣や鎧などの通常装備も作ることはできない。建物を建てるなども当然不可能だ。
とはいえ、特別な効果が付与されている魔導装備なら製作可能だ。例えば『炎の剣』などは、素材と理論さえ揃えば作ることができる。
そう考えれば、通常の装備など作れなくても問題ないと言える。
ほかにも、この世界にはない技術も『魔導』と判定されるようで、自動車なども素材さえあれば製作可能だった。
もしも理論を勘違いしている場合は、想定通りには作れないか、または完全に失敗してしまうとのこと。
こういうデメリットも、むしろリーヴェの気に入るところだ。
『ラジエルの書』にはこの世界について様々なことが書いてあるが、各国の法律や生活の常識などは載ってないし、道具や建造物をはじめとする人工物の作り方も載ってはいない。
あくまでも動植物の種類や特徴、物質の詳細や一部の法則などが書かれているだけだ。
言ってみれば図鑑に近く、自分で発見しなくてはいけない部分も多い。
ポーションについても作り方が載っているわけではない。素材のほうに特徴が書かれていて、それを元に調合して作らなければならない。
つまり、『エリクサー』などの製作方法も書かれていないので、使う素材や調合方法はリーヴェが自分で見つけるしかないのだ。
これら全てを含め、やりがいがあるとリーヴェは奮起する。
そして『白銀の魔女』。
伝説では世界を滅ぼしかけた魔女らしいが、あくまで空想上の存在らしい。実在したという記録は残ってないようだった。
だから同じ銀髪のリーヴェを見ても、特に捕らえようとはしなかったわけだが、やはり気になるところだ。
(さ、今日はもうこの辺にして、また明日頑張ろう)
リーヴェは『魔導ランプ』を消し、布団に入って目を閉じた。
☆
「リーヴェさん、君に頼まれていた通り『シードラゴン』を仕入れておきましたよ。今日はこれでさらにすごいポーションを作ってくれるわけですね」
翌日、テオの店にリーヴェがやってくると、テオはシードラゴンという生物を三匹ほど用意してくれていた。
それは二十センチほどの細長い魚(?)で、ゴツゴツとした奇妙な体に翼のような形の背ビレが付いている。なるほど、ドラゴンという名がつくのも分かる姿だった。
一見グロテスクではあるが、タツノオトシゴにちょっと似ているかもと、リーヴェはなんとなく親近感が湧く。
「テオさんありがとうございます。ただ、それは今日は使いません」
「えっ、何故です? もしかして、これは食べるつもりなんですか? だとしたら、やめておいたほうがいいですよ? 不味くてとても食べられるものではありませんから」
「いえいえ違います。素材として使う前に、骨を一日、日干ししておくんです」
「日干し? なんのためにそんなことを?」
テオは不思議そうに訊いてくるが、もちろんこれには理由がある。
昨日テオの口から『シードラゴンの骨』という言葉を聞いたとき、サッと『ラジエルの書』で調べてみたのだが、骨を日干ししておくと回復成分の効果がアップすると載っていた。
ということで、まずは日干しすることにしたのだ。
「相変わらずリーヴェさんのすることはよく分からないですね。とりあえず、これは身を剥いて日干ししておきますね。では今日はどうしますか? せっかくだから中心街まで足を運んで、昨日作ったポーションを売ってみますか?」
「いえ、それも待ってください。まだ開発を始めたばかりですので、行くのはもう少し品を揃えてからにしましょう」
「それは別に構いませんが、昨日と同じ素材だと開発も進まないのでは?」
「ご安心ください、ちゃんと新しい素材を買ってきましたよ」
リーヴェは昨夜寝る前に、『ラジエルの書』で面白そうな素材を見つけていた。
この店に来る前に、まず市場に行ってそれを買ってきていたのだ。
「『ガラパゴ』っていう亀を買ってきたんですけど、テオさんは知ってますか?」
「ガラパゴ? 一応知ってますが、あれは物好きがペットとして飼うくらいで、素材として使えるなんて聞いたことないですよ?」
ガラパゴは体長二十センチほどの亀(厳密には少し姿は違う)で、目立った特徴など特にない生物だ。
ただ飼いやすいうえ、結構長生きするので、一部の人にはペットとして親しまれている。
基本的に食材として使うことはないが、実はその血液に強い細胞修復効果があるのだ。
しかし、血液には微量の毒も含まれているので、そのままでは使えない。
「ま、ちょっと見ててくださいよ」
リーヴェは廃棄用の箱から適当に器材を選び、『魔導器創造』スキルの能力である機器を作る。
それは……
「じゃ~ん、これが『遠心分離機』よ!」
「え……えんしんぶんりき? なんですかそれは?」
テオが驚きの表情でその機器を見つめる。
〈要素万全。素材、器材、理論が全て揃ったので、魔導具を作製できます。完成アイテムは『回復薬:ランクE』×5〉
(えっ、なに? いきなり完成品ができちゃうの!?)
スキルが言うには、アイテム製作の条件が全て揃えば、そのまますぐ完成するらしい。
さすがのリーヴェもビックリだ。
〈素材があれば収納容器も作製できます〉
(容器って、ポーションの入れ物か。それまで作ってくれるなんて親切ね。金属だと缶コーヒーみたいになっちゃうから、まあガラスがいいよね)
勝手ながら、リーヴェはそばにあるビーカーを一つ取って『定温加熱器』に近付ける。
すると一瞬でビーカーが消え、芸術品のような美しい細工が施された手のひらサイズの小ビンに変化した。
中にはもちろんポーション液が入っている。
無事完成したことにリーヴェは胸が躍ったが、ただし『ランクE』というのが少し気になるところ。
(Eランクってことは、あんまり良い出来じゃないのかしら? う~んでも、これで作り方は合ってるのよね?)
〈あと四つ作製できます〉
スキルによると、さらにポーションを作れるみたいだったが、とりあえずは出来を判断してもらいたい。
リーヴェは完成したものをテオのほうへと持っていく。
「テオさん、できました。こんな感じでどうでしょう?」
「えっ? もう完成したんですか!? いくらなんでも早すぎじゃ……?」
まだグツグツとクラルハーブを煮ていたテオが、いったんその場を離れてやってくる。
『魔導器創造』スキルには『ランクE』と評価されてしまったため、リーヴェは少し及び腰になってぎこちなく小ビンを渡す。
それを見たテオは、まず驚きの声を上げた。
「なんですかこの綺麗なビンは!? こんなのどこにあったんです!?」
「あ、それは……私が持っていたヤツです」
「いやあ驚きました。とても繊細な作りをしてますが、でも大事なのは中身ですからね」
おっしゃる通りで……とリーヴェは首を縮める。
なんとなく自信もなくなってきた。
考えてみれば、このスキルはアイテムや装置を作れるだけで、出来に関しては自分で頑張るしかない。
子供のときからずっと優等生だったリーヴェは、新しい世界で大きな挫折を味わうのではないかと、つい落ち込みそうになる。
そんな不安を覚えながら、恐る恐るテオの反応を窺っていると……
「ちょっ、こ、この回復パワーはいったい!? 回復数値……1890!?」
テオはリーヴェが作ったポーションから少量の液体を取り出し、何かの装置に慎重に入れたあと、またしても驚きの声を上げた。
恐らくはポーションの回復効果を測定する装置なのだろう。
どうも悪い結果ではなさそうということで、リーヴェは少しホッとする。
「どうでしょう? 上手くできてましたか?」
「上手くできてるも何も、これはハイポーションじゃないんですか!?」
「ハイポーション?」
確か、ポーションの一ランク上のアイテムだったはずだ。
リーヴェは『ラジエルの書』に書いてあったことを思い出す。
言われた通りの素材で作ったら、違うものができてしまったということだろうか?
「なんであの素材でハイポーションなんかできたんですか!? リーヴェさん、聖水とクラルハーブしか使ってませんよね?」
「は、はい、そうですね」
「なのに、どうしてこんなものが……しかもこれは、ハイポーションの中でもかなり上質な部類ですよ」
どうやら自分が作ったポーションはかなり出来が良かったらしい。
ひょっとして、七十五度できっちり抽出したのがそれに繋がったのかもしれない。
リーヴェは持ち前の頭脳を活かして、だいたいの見当をつける。
「あのう、本来のハイポーションには、ほかにどんな素材が入ってるんでしょうか?」
リーヴェは正式なハイポーションの素材を訊いてみる。
素材が足りない状態で良いポーションが作れたなら、ちゃんと素材を揃えればさらに効果は上がるはず。
「ほかに必要なのは、そこにある『レフリヘリオの実』ですね。果汁を何度もろ過して、純度の高い液体を加えればハイポーションになりますが……リーヴェさんはそれも知らないんですか?」
「い、いえ、ちょっと訊いてみただけです。今からそれを使ってもいいですか?」
「それは構いませんが、レフリヘリオの実は貴重ですから気を付けて使用してください。まあハイポーションは作るのに手間がかかる割にそれほど売れないので、普段からあまり作ってないんですけどね」
「そうなんですか。じゃあ少しだけ、レフリヘリオの実を使わせていただきます」
リーヴェは実を一つだけ受け取り、自分の机に戻る。
大きさは小さめのミカンくらいで、色はライトブルー、手触りはかなり弾力のあるグミのような感触だ。
(この果肉を搾ってろ過するわけね。……その前に、『ラジエルの書』で一応調べてみるか)
該当する項目を読んでみると、確かに治療成分を含んでいる実だった。
ただし、効果が高いのは果肉ではなく、そのさらに内側にある種とのこと。種の中に、より高純度の液体が入っているらしい。
テオが言っていたこととは違うので、リーヴェは少し混乱する。
実を切って中を開いてみると、中心に直径二センチほどの黒い玉が入っていた。
恐らくこれが種だろう。指でつまんでみると、パチンコ玉のように硬かった。
「テオさん、レフリヘリオの種って、何か使い道あるんですか?」
「種はとても硬いので、特に使うことはないですね。ハンマーで割っても、中には少量の汁しか入っていませんし」
(なるほど、中身の抽出が難しいから、利用されてないってことか)
種のほうが治療効果が高いなら、なんとか取り出したいところ。
先の尖った金属などを使えば、穴を開けられるかもしれない。
「テオさん、いらなくなった金属とかありますか?」
「ふぅむ、君はさっきからおかしなことばかり聞きますね。捨てようと思っていた器材がそこにあるので、好きなものを使っていいですよ」
「ありがとうございます!」
リーヴェは隅に置いてある箱から、金属が付いている器材を適当に選ぶ。錆びたハンマーなどもあったので、量としては充分だった。
それを机に並べ、また『魔導器創造』スキルを発動する。
すると素材が消え、金属ドリルの付いた穴開け機に変化した。
レフリヘリオの種をそれに固定し、装置の上に付いているハンドルを回してドリルを回転させる。それによって徐々に外殻が削られ、しばしの後にポスンと穴が開いた。
(これで中の液体が取り出せる)
穴の開いた種を固定台から外し、中身を確かめようとしたところで、またスキルの声が頭に響き渡る。
〈器材と理論の条件クリアにより、『搾汁加熱調合機』を作製できます〉
(えっ、まさかこれ、装置が進化するの?)
リーヴェが頭の中でOKを出すと、『定温加熱器』と穴開け機が消滅し、『搾汁加熱調合機』という一辺が三十センチほどの箱形装置が出来上がった。
上部には投入口が開いていて、そこに素材を入れればいいらしい。
種の中にあった汁を投入口に注ぐと、またスキルの声が聞こえてくる。
〈要素万全。素材、器材、理論が全て揃ったので、魔導具を作製できます。完成アイテムは『回復薬:ランクD』×4〉
(あ、ランクがDに上がった!)
予想通りの結果が出て、リーヴェは心が躍った。
これは楽しい。あまりに簡単すぎて少々物足りなさは感じるが、素材と理論を追求すれば色んなものが作れそうな気がする。
今回もポーションを一つだけ完成させ、テオのところに持っていく。
「ハイポーションできました!」
「えええっ!? またしても早すぎですよ! そもそも時間をかけてろ過しないと、良い成分は抽出できませんよ?」
テオは一時作業を中断し、さっきと同じようにリーヴェのポーションを検査機にかけて測定する。
直後、テオから驚愕の声が上がった。
「か、か、回復数値9560~っ!? これはハイポーションどころか、上質なDXポーション並みの数値ですよ!?」
テオは手に持った小ビンと検査機を何度も交互に見ながら、その数値に驚いている。
どうやらこの世界の調合知識は少し間違っているらしく、正確に調合すれば想定よりも一ランク上のポーションができるらしい。
このことをリーヴェはすぐに理解した。
「リーヴェさん、どうやってこんなすごいポーションを作ったんです!? ここにある素材じゃ絶対に無理なのに。疑って申し訳ないですが、本当に今作ったものなんですか?」
「あの……じゃ、じゃあ作るところをお見せしますので、こちらに来てください」
リーヴェは自分の能力を見せるのをためらったが、隠したままここで働くのは無理だと判断した。
テオは信頼できそうな人だし、むしろ教えることで力になってくれるかもしれない。
この世界で生きていくためにも、協力者は必要だろう。この人なら大丈夫。
「な、なんですかこの装置は!?」
リーヴェの作業場所に行くと、机の上に見たこともないものが置いてあってテオは驚く。
「これはポーション自動製作機です」
「ポ……自動!? そんなもの聞いたことないですよ!? 君が作ったんですか!?」
「はい。あっ、そういえば、勝手に器材をこの材料に使っちゃったんです。すみませんっ」
「いやまあ、それくらいは構いませんが……」
リーヴェは断りもなしに、ここの備品を素材として使ってしまったことを謝罪する。
替えの器材はいくつもあるため、テオのほうは特に気にしていないようだった。
「では実際にポーションを作りますので見ててくださいね」
リーヴェはそう言って、製作可能だった残り三つのポーションをポンと出す。
「ポ、ポーションがいきなり!? げ、幻覚じゃないですよね!?」
「あ、ちょっと待ってくださいね。自然にポーションが湧いてくるわけじゃないので、もう一度最初から手順を見せます」
そう言って、リーヴェは聖水とクラルハーブ、レフリヘリオの実をそのまま上部の投入口から入れる。
そしてすぐに完成品のポーションを五本出現させた。
「ね、こんな感じです」
「なんですかそれ!? 手順も何も、材料を入れただけで完成してるじゃないですか! こんなの『上級調合』どころか、『魔導調合』でも不可能ですよ!?」
テオはワケも分からず、『搾汁加熱調合機』を触ったり持ち上げたりして調べる。
そして自分も同じように素材を入れて試してみようとしたが……何も起こらなかった。
リーヴェが作った魔導装置はリーヴェにしか使えない。リーヴェの魔力に反応しているからだ。
「ふぅ……僕もこの仕事をそれなりにやってきましたが、こんなすごいものを見たのは初めてです。リーヴェさんのこの能力、まさか伝説の『魔導錬金術』ですか!?」
「魔導錬金術?」
はて、自分のスキルは『魔導器創造』だが、ひょっとしてこの世界ではそう言われているのだろうか?
まあまだ試しに使った程度なので、真相はそのうち分かるだろう。
リーヴェはテオの言葉を待つ。
「僕も詳しくは知りませんが、『魔導調合』をも超える究極の秘術で、伝説ではまるで魔法のようになんでも作ってしまうという話です。『神の手』とも言われてますね」
(なるほど、確かに作業工程をポンと飛ばして完成するのは魔法みたいだわ。というか、この世界には色んな魔法があるのに、錬金術に関してはアナログチックな手作業なのね)
そう考えると、器具を融合したり瞬時に完成品を出すのは、魔法をさらに超えた能力なのかもしれない。
質量保存の法則はどうなっているのかと心配になるほどだ。
合成に際して、厳密には極少量の物質が必要だったり、本来は細かい手順なども関係してくるはずだが、大まかなことが合っていればスキルの能力で補完してくれるらしい。
よって、基本的には主成分を揃えるだけで問題ないようだ。
「いやこれは驚きました。その銀髪といい、君はひょっとして伝説の『白銀の魔女』なんですか?」
「いえいえまさか! 私はただの駆け出しの錬金術師です」
「駆け出しでこれですか!? こんな高位ポーションを作ろうと思ったら、本来は『シードラゴンの骨』や大司教が祝福した『超聖水』が必要なのに……末恐ろしくなってきましたよ」
テオは驚いたような呆れたような複雑な表情で、手に取ったポーションを見つめる。
「テオさん、ちょっと気になったんですが、回復数値について教えていただけると助かります」
「ふむ、ポーション水を検査機にかければだいたいの回復パワーが分かるんですが、リーヴェさんのポーションは、素材からは考えられないような数値が出ました。数値の目安については……」
テオ曰く、回復数値の目安は次の通り。
・通常ポーション 50~200 通常の負傷を治す
・ハイポーション 500~2000 そこそこの大怪我も治す
・DXポーション 3000~10000 重傷を治す
・EXポーション 20000~50000 重体を治す
・エリクサー 100000~ 瀕死の状態でも治す(身体欠損は修復不可)
回復効果には各ポーションごとに限界があり、たくさん使えば下位のポーションでも大怪我が治るというわけではなく、状態に合った上位のポーションじゃないと治療はできない。
数値に幅があるのは、調合による完成度で回復力が変わるからだ。
つまり、同じランクのものでも、出来のいいものと悪いものがある。
エリクサーより上位のポーション――身体欠損でも完全に治すものや、死後間もない状態なら生命すら復活させる究極のものもあるらしいが、まず流通などしない。
ちなみに、人の手で作れるのはEXポーションがほぼ限界で、エリクサー以上は迷宮などで手に入れるしかないとのこと。
「リーヴェさんの作ったハイポーションは、上質なDXポーションにも匹敵します。お店で売れば、軽く金貨二枚……二十万G以上になるでしょう」
「二十万G……?」
と言われても、リーヴェにはその価値がどれほどなのか分からない。
そっと『ラジエルの書』を開いて調べてみたが、金銭に関する項目は載っていなかった。
恐らく、頻繁に価値が変動するのが理由だろう。
仕方ないので、これもテオに訊いてみることにした。
「二十万Gというと、ほかの仕事で例えるならどの程度の労働作業ですか? 私、働くのが初めてなので比較がしたいんです」
「んー……二十万Gは、通常の日雇い労働二十日分ってところですね」
(日雇い労働だと、だいたい日給一万円って感じかしら? 二十日分だと二十万円ほどで、それが二十万Gなら一G=一円と思っていいわね。二十万×九本だから、この短時間で私は百八十万円も稼いだってこと? あ、でもこれは販売価格であって、私の給料はもっと低いか……)
リーヴェはざっくりと金銭価値を計算する。
Gは数値的に日本円とほぼ同じらしいので、感覚的に分かりやすかった。
「これほどのポーションを作ってくれたリーヴェさんには調合作業代をはずんであげたいところですが、今は金銭的余裕がないので、相場通りの給料しかお支払いできません。ですので、リーヴェさんさえ良かったら、ポーションを売った金額を折半するってことでどうでしょう?」
「えっ、売り上げの半分をいただけるんですか!? そんなに!?」
「いえ、こっちが半分ももらうのは気が引けるほどですよ。どうしますか?」
「もちろん、それで問題ありません! よろしくお願いします!」
リーヴェは勢い良く頭を下げて了承する。
俄然やる気が出てきた。作業は簡単なだけに、お金が湧いてくるような気持ちだ。
女神アフェリースに心から感謝するリーヴェだった。
四.エリクサーできました
「あ~、長い一日だったわね。大したことしてないのに、どっと疲れちゃったわ」
リーヴェはテオから紹介してもらった宿屋に行き、食堂で遅い夕食をとったあと、部屋のベッドにドサッと腰を下ろした。
何もかも分からない異世界ではあるが、『ラジエルの書』もあるし、なんとかやっていけそうだと自信を持つ。
(そのためにも、『ラジエルの書』を読み込んでおかないとね)
元々研究の虫だっただけに、知識を詰め込むのは好きな作業だ。
ベッドに寝転び、『ラジエルの書』を片っ端からめくっていく。
あのあと、通貨価値についてもだいたい理解した。やはり一Gはほぼ一円、そして貨幣の価値は、
・小鉄貨一枚:十G
・鉄貨 一枚:百G
・銅貨 一枚:千G
・銀貨 一枚:一万G
・金貨 一枚:十万G
・白金貨一枚:百万G
ということまで分かった。
今の手持ちは六千G。テオから給料一万G(ポーション売買の折半分とは別)をもらい、この宿屋に宿泊費四千Gを払った残りだ。
あまり贅沢はできないので、今のリーヴェには相応の簡素な造りの部屋である。
(身の回りのものを揃えていくのも、もう少し稼いでからにしないと)
リーヴェは研究一筋だったので、元々派手な暮らしなどはしていない。研究所に泊まることも多かったし、こんな生活もそれほど苦ではなかった。
それよりも、これからどんな生活が待っているのか、ワクワクしている。
(地球とは科学の常識や物理法則が微妙に違うし、研究のしがいがあるわ)
自分が持つ『魔導器創造』スキルについても、なんとなく分かってきた。
ポーション製作はいきなりだったので、本当に手探り状態だったが、今はできることとできないことをだいぶ理解している。
まず当たり前だが、何もない状態から物質は生み出せない。よって、素材や器材などは自分で用意するしかない。
そして必要なものが揃えば、設備や完成アイテムが一瞬で製作できる。
もちろん、化学反応や物理法則の理論が合っていることが条件だが。
ただし、『魔導器創造』という名前の通り、作れるのは魔導アイテムだけだ。料理や雑貨などはもちろんのこと、剣や鎧などの通常装備も作ることはできない。建物を建てるなども当然不可能だ。
とはいえ、特別な効果が付与されている魔導装備なら製作可能だ。例えば『炎の剣』などは、素材と理論さえ揃えば作ることができる。
そう考えれば、通常の装備など作れなくても問題ないと言える。
ほかにも、この世界にはない技術も『魔導』と判定されるようで、自動車なども素材さえあれば製作可能だった。
もしも理論を勘違いしている場合は、想定通りには作れないか、または完全に失敗してしまうとのこと。
こういうデメリットも、むしろリーヴェの気に入るところだ。
『ラジエルの書』にはこの世界について様々なことが書いてあるが、各国の法律や生活の常識などは載ってないし、道具や建造物をはじめとする人工物の作り方も載ってはいない。
あくまでも動植物の種類や特徴、物質の詳細や一部の法則などが書かれているだけだ。
言ってみれば図鑑に近く、自分で発見しなくてはいけない部分も多い。
ポーションについても作り方が載っているわけではない。素材のほうに特徴が書かれていて、それを元に調合して作らなければならない。
つまり、『エリクサー』などの製作方法も書かれていないので、使う素材や調合方法はリーヴェが自分で見つけるしかないのだ。
これら全てを含め、やりがいがあるとリーヴェは奮起する。
そして『白銀の魔女』。
伝説では世界を滅ぼしかけた魔女らしいが、あくまで空想上の存在らしい。実在したという記録は残ってないようだった。
だから同じ銀髪のリーヴェを見ても、特に捕らえようとはしなかったわけだが、やはり気になるところだ。
(さ、今日はもうこの辺にして、また明日頑張ろう)
リーヴェは『魔導ランプ』を消し、布団に入って目を閉じた。
☆
「リーヴェさん、君に頼まれていた通り『シードラゴン』を仕入れておきましたよ。今日はこれでさらにすごいポーションを作ってくれるわけですね」
翌日、テオの店にリーヴェがやってくると、テオはシードラゴンという生物を三匹ほど用意してくれていた。
それは二十センチほどの細長い魚(?)で、ゴツゴツとした奇妙な体に翼のような形の背ビレが付いている。なるほど、ドラゴンという名がつくのも分かる姿だった。
一見グロテスクではあるが、タツノオトシゴにちょっと似ているかもと、リーヴェはなんとなく親近感が湧く。
「テオさんありがとうございます。ただ、それは今日は使いません」
「えっ、何故です? もしかして、これは食べるつもりなんですか? だとしたら、やめておいたほうがいいですよ? 不味くてとても食べられるものではありませんから」
「いえいえ違います。素材として使う前に、骨を一日、日干ししておくんです」
「日干し? なんのためにそんなことを?」
テオは不思議そうに訊いてくるが、もちろんこれには理由がある。
昨日テオの口から『シードラゴンの骨』という言葉を聞いたとき、サッと『ラジエルの書』で調べてみたのだが、骨を日干ししておくと回復成分の効果がアップすると載っていた。
ということで、まずは日干しすることにしたのだ。
「相変わらずリーヴェさんのすることはよく分からないですね。とりあえず、これは身を剥いて日干ししておきますね。では今日はどうしますか? せっかくだから中心街まで足を運んで、昨日作ったポーションを売ってみますか?」
「いえ、それも待ってください。まだ開発を始めたばかりですので、行くのはもう少し品を揃えてからにしましょう」
「それは別に構いませんが、昨日と同じ素材だと開発も進まないのでは?」
「ご安心ください、ちゃんと新しい素材を買ってきましたよ」
リーヴェは昨夜寝る前に、『ラジエルの書』で面白そうな素材を見つけていた。
この店に来る前に、まず市場に行ってそれを買ってきていたのだ。
「『ガラパゴ』っていう亀を買ってきたんですけど、テオさんは知ってますか?」
「ガラパゴ? 一応知ってますが、あれは物好きがペットとして飼うくらいで、素材として使えるなんて聞いたことないですよ?」
ガラパゴは体長二十センチほどの亀(厳密には少し姿は違う)で、目立った特徴など特にない生物だ。
ただ飼いやすいうえ、結構長生きするので、一部の人にはペットとして親しまれている。
基本的に食材として使うことはないが、実はその血液に強い細胞修復効果があるのだ。
しかし、血液には微量の毒も含まれているので、そのままでは使えない。
「ま、ちょっと見ててくださいよ」
リーヴェは廃棄用の箱から適当に器材を選び、『魔導器創造』スキルの能力である機器を作る。
それは……
「じゃ~ん、これが『遠心分離機』よ!」
「え……えんしんぶんりき? なんですかそれは?」
テオが驚きの表情でその機器を見つめる。
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