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鬼の章
日常2
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「ねえねえ」
今日も勝手に屋上に来た暁浦が、突然話しかけてきた。こいつがここに来るようになって、もうかなりの日数が経っている。
少々面倒に思いながら、一応返事をする。
「なんだ」
暁浦はいつもより少し真面目な顔で俺を見つめてきた。
「名前を呼んでもいい?」
「……ああ」
何を言っているのか一瞬わからなくて、反応が遅れた。
名前というのがどういう意味でのものなのかによるが、普通そんなものは勝手に呼ぶものだろう。だからなのか、どいつもこいつも俺を夜部様とか悠久様とか呼びやがる。
夜部一族が有名なのは分かっているが、ここまであからさまだと腹が立つ。
まあ、暁浦なら多分様はつけないだろう。
そんな気がする。
ここ一ヶ月ほど暁浦と会話をして思ったが、こいつはどこか変だ。
会話が噛み合わないとかそういうレベルではなく、根本的にどこかが飛んでいる感じがひしひしと伝わってくるのだ。
例えばある日の会話。
「ねえ」
「なんだよ」
「昨日、飛び降り事故があったらしいんだけど」
「はぁ…は?!」
「え?なんで驚いてるの?」
「飛び降りって事故じゃないだろ!」
「え、電車に突っ込むのって飛び降りでしょ?」
「そっちかよ!」
「そっちだよ!それで、その人のせいで電車が遅れちゃってさ。家に着くのも遅くなっちゃったんだよー。迷惑な話だよね」
「迷惑ってお前な…」
「だって迷惑じゃない?そんなに死にたいなら他人に迷惑かけない方法で死ねばいいでしょ?電車で飛び降り事故起こすと、親族とか親とかが何百万とか払わないといけないらしいよ」
「それはまあ、そうだが」
「でしょ。まったく理解できないなぁ」
「はあ…」
正直、暁浦が何を言いたかったのかがよく分からなかった。
だが人身事故を飛び降りと表現し、ひとりの人間の死を『迷惑なこと』と笑顔で片付けた暁浦を、俺は少しおかしいと思った。
暁浦は大抵、にこにこと笑顔を浮かべている。
嫌な感じはしないし、むしろ親しみやすい。
一度だけ、屋上ではなく廊下で暁浦を見かけたことがある。
その時暁浦は、見知らぬ女子と一緒に歩いていた。ちらっと目をやって俺は驚いた。
暁浦はもちろん、いつものように笑っていた。その笑顔が貼り付けられたもののように薄っぺらく見えて、思わず二度見してしまった。
目は合わなかった。
というより、暁浦の目は誰も見ていなかった。
俺に向かって話している時、あいつはいつも楽しそうだ。最初におかしな質問をしてきた時も楽しそうだった。
だが廊下ですれ違った時、暁浦の目は虚ろだった。誰も見ていない、何も写していない真っ暗な目。
あの目が脳裏にこびりついて離れない。
俺には、暁浦は明るい人物に見えていた。
おかしな言動を抜きにすれば、明るいといって差し支えないはずだ。
だが時折、暁浦はぞっとするほど虚ろな表情になる。
屋上にいる時にそんな顔になったことはほとんどない。でもたまに廊下や昇降口ですれ違う時、一緒に歩いている人物に向ける笑顔が俺には笑顔に見えないのだ。
隣を見ると、暁浦はやはりにこにこと笑っている。
その表情に、あの虚ろさはカケラも見られない。
「聞いてるー?」
話しかけられて俺は我に返った。
「あー…なんの話だっけ」
暁浦は子供っぽく頰を膨らませて不機嫌そうになった。
「聞いてなかったのー?!ひどい!名前!名前呼んでいい?って訊いたじゃない!」
「ああ、そうだった。別に、勝手にすれば」
俺が投げやりに答えると、暁浦は不機嫌そうなふくれ顔から一転、元の笑顔に戻った。
「ありがとう!ハル!」
「は?」
「え?」
「ハル?」
誰だそれは。
「えー、はるひさっていうんでしょ?だからハルだよ!」
「悠久だ!ハルじゃない!」
ハルだと?なんか間抜けで嫌だ。
それがあだ名だなんて俺は絶対認めないからな。
「ハルはハルだよ!だってハルだから!」
「そんな間抜けにぽややんとしたあだ名は断固拒否する!」
「ハルのケチ!」
俺はむっとした。
誰がケチだと?
「ケチじゃない!」
「ケチだケチ!」
「違うっつってんだろうが!」
思わず俺まで怒鳴り返してしまった。
落ち着け俺。
暁浦はニヤニヤしている。
「えー?ケチじゃないってことはあたしがなんて呼んでも怒らないってことだよね!」
「………くっ…!」
俺としたことがうっかり乗せられてしまった。
暁浦は謎の高笑いをしている。
「ふっふふふ、ふっふっふ!勝った!」
「覚えてろよ…!」
「ふふふふ、ふははははは!ん?なに?」
うん、やはりこいつはおかしい。
俺は確信した。
なんだか俺の方が、倒されたラスボスの捨て台詞みたいな終わり方になってしまったが気にしてはいけない。
……気にしてない!気にしてないからな!
そんなわけで、その日から暁浦は俺をハルと呼ぶようになった。
ちなみに、訂正させるべく何度か説得を試みたが、全て失敗に終わった。
それからも、俺と話している時は暁浦はあの虚ろな顔をしなかった。理由は分からないが。
だが暁浦がぼんやりすることは間違いなく増えた。今までは上の空になることなんてほとんどなかったのに、だ。
だから俺の中にはかすかに違和感が残った。
そしてその一ヶ月後、俺は目撃することになる。
それまでずっと感じていた、暁浦のおかしさの一端を。
今日も勝手に屋上に来た暁浦が、突然話しかけてきた。こいつがここに来るようになって、もうかなりの日数が経っている。
少々面倒に思いながら、一応返事をする。
「なんだ」
暁浦はいつもより少し真面目な顔で俺を見つめてきた。
「名前を呼んでもいい?」
「……ああ」
何を言っているのか一瞬わからなくて、反応が遅れた。
名前というのがどういう意味でのものなのかによるが、普通そんなものは勝手に呼ぶものだろう。だからなのか、どいつもこいつも俺を夜部様とか悠久様とか呼びやがる。
夜部一族が有名なのは分かっているが、ここまであからさまだと腹が立つ。
まあ、暁浦なら多分様はつけないだろう。
そんな気がする。
ここ一ヶ月ほど暁浦と会話をして思ったが、こいつはどこか変だ。
会話が噛み合わないとかそういうレベルではなく、根本的にどこかが飛んでいる感じがひしひしと伝わってくるのだ。
例えばある日の会話。
「ねえ」
「なんだよ」
「昨日、飛び降り事故があったらしいんだけど」
「はぁ…は?!」
「え?なんで驚いてるの?」
「飛び降りって事故じゃないだろ!」
「え、電車に突っ込むのって飛び降りでしょ?」
「そっちかよ!」
「そっちだよ!それで、その人のせいで電車が遅れちゃってさ。家に着くのも遅くなっちゃったんだよー。迷惑な話だよね」
「迷惑ってお前な…」
「だって迷惑じゃない?そんなに死にたいなら他人に迷惑かけない方法で死ねばいいでしょ?電車で飛び降り事故起こすと、親族とか親とかが何百万とか払わないといけないらしいよ」
「それはまあ、そうだが」
「でしょ。まったく理解できないなぁ」
「はあ…」
正直、暁浦が何を言いたかったのかがよく分からなかった。
だが人身事故を飛び降りと表現し、ひとりの人間の死を『迷惑なこと』と笑顔で片付けた暁浦を、俺は少しおかしいと思った。
暁浦は大抵、にこにこと笑顔を浮かべている。
嫌な感じはしないし、むしろ親しみやすい。
一度だけ、屋上ではなく廊下で暁浦を見かけたことがある。
その時暁浦は、見知らぬ女子と一緒に歩いていた。ちらっと目をやって俺は驚いた。
暁浦はもちろん、いつものように笑っていた。その笑顔が貼り付けられたもののように薄っぺらく見えて、思わず二度見してしまった。
目は合わなかった。
というより、暁浦の目は誰も見ていなかった。
俺に向かって話している時、あいつはいつも楽しそうだ。最初におかしな質問をしてきた時も楽しそうだった。
だが廊下ですれ違った時、暁浦の目は虚ろだった。誰も見ていない、何も写していない真っ暗な目。
あの目が脳裏にこびりついて離れない。
俺には、暁浦は明るい人物に見えていた。
おかしな言動を抜きにすれば、明るいといって差し支えないはずだ。
だが時折、暁浦はぞっとするほど虚ろな表情になる。
屋上にいる時にそんな顔になったことはほとんどない。でもたまに廊下や昇降口ですれ違う時、一緒に歩いている人物に向ける笑顔が俺には笑顔に見えないのだ。
隣を見ると、暁浦はやはりにこにこと笑っている。
その表情に、あの虚ろさはカケラも見られない。
「聞いてるー?」
話しかけられて俺は我に返った。
「あー…なんの話だっけ」
暁浦は子供っぽく頰を膨らませて不機嫌そうになった。
「聞いてなかったのー?!ひどい!名前!名前呼んでいい?って訊いたじゃない!」
「ああ、そうだった。別に、勝手にすれば」
俺が投げやりに答えると、暁浦は不機嫌そうなふくれ顔から一転、元の笑顔に戻った。
「ありがとう!ハル!」
「は?」
「え?」
「ハル?」
誰だそれは。
「えー、はるひさっていうんでしょ?だからハルだよ!」
「悠久だ!ハルじゃない!」
ハルだと?なんか間抜けで嫌だ。
それがあだ名だなんて俺は絶対認めないからな。
「ハルはハルだよ!だってハルだから!」
「そんな間抜けにぽややんとしたあだ名は断固拒否する!」
「ハルのケチ!」
俺はむっとした。
誰がケチだと?
「ケチじゃない!」
「ケチだケチ!」
「違うっつってんだろうが!」
思わず俺まで怒鳴り返してしまった。
落ち着け俺。
暁浦はニヤニヤしている。
「えー?ケチじゃないってことはあたしがなんて呼んでも怒らないってことだよね!」
「………くっ…!」
俺としたことがうっかり乗せられてしまった。
暁浦は謎の高笑いをしている。
「ふっふふふ、ふっふっふ!勝った!」
「覚えてろよ…!」
「ふふふふ、ふははははは!ん?なに?」
うん、やはりこいつはおかしい。
俺は確信した。
なんだか俺の方が、倒されたラスボスの捨て台詞みたいな終わり方になってしまったが気にしてはいけない。
……気にしてない!気にしてないからな!
そんなわけで、その日から暁浦は俺をハルと呼ぶようになった。
ちなみに、訂正させるべく何度か説得を試みたが、全て失敗に終わった。
それからも、俺と話している時は暁浦はあの虚ろな顔をしなかった。理由は分からないが。
だが暁浦がぼんやりすることは間違いなく増えた。今までは上の空になることなんてほとんどなかったのに、だ。
だから俺の中にはかすかに違和感が残った。
そしてその一ヶ月後、俺は目撃することになる。
それまでずっと感じていた、暁浦のおかしさの一端を。
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