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輪廻巡

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鬼の章

違和感の正体らしきもの・後

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「優はね。『多重人格』なんだよ」

「多重…人格?」

頷く希。

「そうだよ。聞いたことくらいはあるだろう?難しい名前でいうと、『解離性同一性障害』ってやつ」

「かいりせい…どういつせい?つまりどういうことだ」

希の言葉は俺に思ったより大きな衝撃を与えていて、俺はこめかみを押さえた。
なんというか、非現実的に思えてしまう。

「いつもハルくんと喋っているのが優の主人格。あれが素の、ほんものの優だよ」

で、と希は自分を指差して続けた。

「僕は希っていう別人。正確に言えば、希は優が三歳の時に死んだ兄の名前なんだ」

「は?!」

俺は素っ頓狂な声をあげた。
死んでる???

「死んでるって…じゃあお前誰だよ?」

「だから希だって。さっきからそう言ってるじゃん」

「ちょっと待ってくれ…」

整理しよう。
暁浦には兄貴がいたらしい。
そいつが希という名前らしい。
暁浦が三歳の時に希は死んだらしい。

俺は思考を放棄して痛む頭を抱えた。
うん、さっぱり分からん。
イライラして、若干八つ当たり気味に俺は希を睨んだ。
さっきまでの説明だと、希は死んでいる。だが目の前のこいつは希だという。
意味不明過ぎる。

だがなんとなく分かった。
暁浦優という少女は、二重人格らしい。
そしてどうやら、今俺と話しているのは暁浦優ではないらしい。

俺は顎に手を当てて呟いた。

「つまり…お前もある意味暁浦の一部なんだな」

希は頷く。

「ハルくん、理解が早いね」

「理解力はある方だ。それに自分自身がこんなだから」

自分の赤い目を指差して俺は苦笑いした。

「多重人格とか、正直小説の中の話としか思えないけどな」

けど希がこうして俺と会話しているのだから、紛れもなく現実なのだ。
まだ少し非現実的に思えるが。
だがそれを言ったら俺も普通はあり得ないような色の目をしているし、人のことは言えない。

「時間もそんなにないし詳しく言えないけど、色々あってね。僕は死んだ。優は多重人格になった」

希は窓の外に目を向けて、ため息をつく。
雨足が弱まってきたらしく、少しだけ外は明るくなってきている。

「僕は今日みたいな土砂降りの雨の日に死んだ。優はそのことをきちんと覚えていない。なのに、激しい雨が降る日は、優はいつもこうやって人のいない場所に隠れようとする。今までずっとそうだった。僕が気がつくと、保健室とか誰もいない教室とかにいる」

暁浦が今日屋上に来なかった理由が分かった気がした。あの涙の理由も。

希は土砂降りの雨の日に死んだ…だから、暁浦はきっと雨が嫌いなのだろう。
記憶がなくても頭のどこかできっと覚えていて、だから雨を見たくないのだろう。
そんな気がする。

「あの日を無意識に思い出すんだろうね、雷の音を聞くと優は耳を塞ぐ。訳もわからずに泣きじゃくる。精神の底に、奥深くに逃げ込む。そうして優は優じゃなく僕になるんだ。雷だけじゃない、本当に何気ないきっかけで優と僕は入れ替わる」

目が合う。
ここまで聞いてしまうと、もう納得せざるを得なかった。
暁浦は二重人格なのだと。

「僕と優の記憶は何一つ共有されてない。だから入れ替わってる間の記憶はない。一応優も僕も、自分が多重人格と診断されていることは知ってる。でも優は過去のことをいくつか忘れているし、僕は今の優のことが全部はわからない。そもそもお互いの存在に気づくこと自体、ほとんどないはずなんだ」

僕は僕で、優は優。
あくまで違う人物なのだと希は言う。

「入れ替わってる間の記憶が飛んでるせいで、周りからいつもおかしい奴扱いされてきた。今は入れ替わった時は僕が優のフリをしてるけど、いつまで続くか分からない。優はあんまり人間が好きじゃなかったからそれを隠そうともしないだろうし…僕だって、周りに合わせるのが好きなわけじゃない」

俺の中で、希の印象はこの短時間の間に変わってきていた。
最初名乗られたときはふざけた奴だと思ったし、何より現実味がなかった。
暁浦優の中の二人目の人格だとか、急に言われても到底信じられるものではない。

けれど希という人物は確かにここに、この場所に重みを持って存在している。
話を聞いたのはたった十分かそこらだが、話している希には大きな感情があり、温度があった。妹だという暁浦優の名前を呼ぶ声は、静かな優しさで満ちていた。

人格のみの存在だとしても、小さなことに悩んだり妹のことを考えたりしている、血の通った人間だ。
そう肌で感じる。

「一応、わかった。お前は俺の知ってる暁浦優じゃないんだな、でもお前も暁浦ではあるんだ」

「信じられない?」

「そりゃ、いきなり聞かされるとな。さっきも言ったが映画やら小説やらに迷い込んだ気分だよ」

俺が軽く首を振ると、希はどこかすがるような顔になった。

「でも本当のことだよ、全部。だから僕はたまに分からなくなる。本当に僕は僕なのかってね」

「…そうか」

その気持ちはなんとなく分かる気がする。
自分が確かにここにいるという認識は、他人が居てこそ成り立つからだ。

俺自身も、自分の輪郭がぼんやりしていた。
周りに誰もいなかったから。
鬼だかなんだか知らないが俺は夜部一族が大嫌いだし、あいつらも俺を嫌っている。
だから全部どうでもいい、俺がどうなったってどうでもいい。
それでよかったはずだったけれど、今は少し違う。

もちろん今だって一族は大嫌いだし、こうして学校に通うのも全く好きじゃない。
でも、どうでもよくはなくなっている。
前よりちょっとだけ、学校に来るのが面倒ではなくなった。
多分それは暁浦と会話するようになってから。

少しだけでも毎日が楽しく感じるなんて、俺には初めての体験だった。

「ねえ」

俺の思考を遮るように、希が俺に声をかけてきた。
返事をする前に、すがるような顔のまま希は続けた。

「記憶はいつも中途半端に飛んでる。いつも自分が自分じゃないように思える。だから、本当に僕が僕なのかわからない……ねえ、僕は、誰なんだと思う?」

独り言のようにも聞こえる、かすれた小さな声。
きっとこれが、希が答えてほしい『質問』なのだろう。
この回答は間違えちゃいけない。
できる限り、思ったことを素直に答えた。

「お前はお前だろ。暁浦希だ」

「…!」

希は目を見開いた。
驚いているのだろうか。

多重人格だとか既に死んだだとか、そんな話を聞かされて確かに面食らってはいる。
しかも今目の前にいるのはいつもの暁浦ではない。

だがそんなこと関係なく俺にとって暁浦は暁浦だし、希は希だと思うのだ。
さっき希自身もそう言っていた通りに。

そこで、はっとした。

ああ、そうか。
俺は自分が自然と笑顔になっているのに気づいた。
真面目な話の途中で笑うのは変な感じもするが、嬉しくて仕方がなかった。
滅多に笑うことなんてなかったのに笑いたくなるとは。もうそんなところまで俺の心境は変わっていたらしい。

「暁浦希って名前の、俺の友達。なあ、そうだと、嬉しいな」

友達になってほしい。
そう思って俺は右手を差し出した。
希は泣き笑いのような顔で、俺の手を小さく掴んだ。

「そうだよ、…ハル」

「ああ、希。よろしく」

他人と仲良くしたいなんて思う自分がくすぐったくて、なんだか変に感じて、俺もまた少し笑ってしまった。

でも別におかしくってもいい。だって、希となら友達になってみたいと思ったから。
面倒くさい理屈抜きで、希と仲良くなれたら楽しそうだと思った。

俺を人間扱いする奴がいなかったから、今まで誰かとコミュニケーションをとるのは諦めていた。
でももしかしたら、友達とやらになるのに、時間はあまり必要ないのかもしれない。

暁浦も俺も『普通』からは大きく外れている。だから腫れ物に触るような扱いをされて、いつもやりきれないものを感じている。

そう感じていたところで、自分と同じことを感じている相手に思いがけず出会った。

この世界もそう捨てたもんじゃないかもしれない。
指先に希の手のひらの温度を感じながら、俺はそう思い始めていた。


※展開がこれでよかったものかと少々悩み中。
作者の中には、友人関係になるのに必ずしも時間は必要ではないというイメージ(願望)がありますが、他の方はどうなんでしょうか…汗
ぜひ感想をお聞かせください。
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みんなの感想(2件)

あかし
2018.10.02 あかし

読みやすい文章でここまで一気に読みました。
人物設定が少し荒いところもありますが、物語を構築していく力のある人だと思います。続きをとても楽しみにしています。
実の両親が優を嫌ったのは薄気味悪い子(多重人格)だからだとすると、優が3歳の時6歳の兄が亡くなって5歳で両親に捨てられた2年の間に多重人格があらわれ出したわけですよね? だとしたら、兄が生きていた頃にはそこまで愛されない理由がない気もします…(実は記憶にはないだけ?)生まれながらにして疎まれてたわけじゃない?
夜部悠久との出会いでおもしろくなってきました。救いのある物語になっていきますように!

2018.10.02 輪廻巡

感想を書いていただき、本当にありがとうございます。
続きを楽しみにしていると言っていただけると、作者としてはとても嬉しいです!

キャラに明確なモデルがいるわけではありませんが、ぼんやりと参考にしたものはあります。
特に理由が思いつかないのに親や周りから疎まれるって、この世には案外あることだと思います…

そういう人でも幸せにはなれるという希望を書けたらいいなと思っています!
この物語の中では、優が疎まれていた理由などもちゃんと書く予定です!

感想、本当にありがとうございました!
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

解除
深石千尋
2018.09.14 深石千尋

今晩は、輪廻様❁

初投稿作品、早速読ませていただきました。
僭越ながら以下感想です。

とても読みやすい文章でした。
初めて書かれたとは思えないです!
スムーズに読むことができました。
ただ勿体ないと思ったのはタイトルで、一見すると何のお話か分からなかったです。
パッと見てラブストーリーだと分かれば、もっと良いなぁと思いました。
(ネット小説は紙とは違って、タイトル、あらすじ、序章が大切なんだそうです。私はあまり上手ではないので、ここは何度も試行錯誤です)

内容はまだ始まったばかりで、シリアスな展開に胸が痛みますが、このまま優ちゃんが幸せになれることを祈っています!

最後に、執筆活動あまり無理せず、楽しんで続けてください!

2018.09.16 輪廻巡

雪田様、感想ありがとうございます。
アドバイス非常に助かりました!
一応恋愛要素が入っているとわかるように、タイトルをちょっと変えました。
楽しみながら続きを書いていきたいと思います!
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m 笑

解除

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