ディストピア系アイドルゲームのモブに転生したので、クズ上司を演じながら推し活することにした

西嶽 冬司

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序章【来訪者、あるいは共犯者の苦悩】

第2話【庭師の憂鬱、あるいはクズの哲学】

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佐倉 美咲は、割れるような頭を抱えていた。
まるで爆音が漏れる、リリィのヘッドホンを付けられたような。
その上で、万里に鉄のドラムスティックで頭を叩かれているような感覚だ。
それって普通に死ぬのでは?

昨夜の第九部隊の打ち上げ ——それは宴というより狂乱。
超高級品の酒を湯水のように消費する彼らに、美咲は恐怖さえ覚えた。
しきりにグラスを押し付けてくるカレンの姿も、なんか悪魔っぽく見えたし。
というか、ウィスキーってそんなガバガバ呑むものだっけ?

そんな事よりやばいのが、コンダクターの篠崎 響。
「可愛い娘と仲良くなれるのは大歓迎だぜ?」 としきりに手を回してきていた。
焦点の定まらない瞳が、獲物を定める獣のようにギラギラと光っていた。
そのくせ霞む記憶の断片では、やたらカレンとイチャコラしていたような気がする。

——まさか、子どもの母親が違うという言葉が、比喩じゃないなんて——

おまけにその内の1人がカレンだなんて。
部隊員に手を出す。 『第九の種馬』 という異名の通りの軽薄さだ。

「やっぱりあの人は、ただのマジもんのクズでは?」

美咲の疑念は、頭痛とともに強くなっていく。
でもあの時、響が戻ってきた瞬間の部隊員の笑顔。
湊の「あの人は、絶対に帰ってくる」という揺るぎない信頼は、確かに本物だったように思える。

矛盾に苛まれながら、美咲は重い体を起こした。
近場にあったペットボトルを掴み、中身を一気に飲み干す。
そして頭を冷やすため、旧基地の広場に出ることに決めた。

もちろん二日酔いだったので、あちこちに体をぶつけながら。



***



かつて稼働していた航空自衛隊基地。
それがレヴェナス第九部隊の、歪で巨大な拠点だ。
大半がすでに廃墟だが、それでも第九部隊のメンバーには持て余す広大さ。
話によると、支援部隊である『オーグリー』や『レティエ』の施設も一緒になっているらしい。
まさか支援部隊も、悪鬼羅刹の玉手箱なのだろうか? 恐ろしい。

もはや美咲にとって、第九のメンバーはアイドルではない。
廃墟に屯する、半グレ集団にしか思えなかった。

戦々恐々と歩く、広大な基地の中央広場。
美咲の目に映ったのは、静かに土と向き合う男の姿だった。

「おはよう、記者さん。 昨日はハメ外しすぎちゃった?」

響は、昨夜のチャラさからは想像もつかないほど、爽やかに挨拶した。
その手は土壌の中に咲く色とりどりの花々を、実に丁寧に扱っている。
まるで愛おしい恋人を扱うような、そんな慈しみと温かみが見て取れた。

『希代のクズ』 『第九の種馬』 『弱者に擦り寄る人類種の恥』

そんな異名とは、およそかけ離れた好青年なスマイル。
口を開かなければ、ただのイケメン。 とんだ詐欺野郎だ。

傍らでは大柄な鏑木 万里が、摘みたての野菜を丁寧にカゴへと仕分けしている。
主婦かな? 私のお家にも1人欲しい感じだわ。

そして、毒舌ロリのリリィがノートPCの画面を睨みつけ、しきりにデータ管理をしていた。
響とのやりとりを探るに、どうやら土壌データを入力しているようだ。

——昨日の野犬っぷりと全然違うんですけどー——

なんだか2人が、穏やかな雰囲気を纏っていた。
まるで家族のような、くすぐったさを覚える空気を感じる。
篠崎 響……実はコンダクターではなく、トレーナーかテイマーなのでは?

ギャップに耐えられず視線をそらした美咲は、何気なく草花を眺めた。
すると花の中に、ひときわ異彩を放つ濃紫色の花があることに気づいた。
釣鐘状の暗紫色の花に、葉は卵形をしている。
日光に非常に弱い特性を持つので、丁寧に日よけが施されていた。
葉の表面には、微かに油が浮いているのが見て取れた。

イタリア語で『美しい女性』を意味する、散瞳薬にも使用される植物——

「毒草も育てるんですか? ベラドンナ、ですよね?」

響は土いじりする手を一切止めず、一瞬だけ声色を変えて答えた。

「お、詳しいね。毒も薬も使い方次第だろ? こいつらだって生きてるんだ。
 うちの子たちは、朝から元気があって助かるよ」

屈託なく微笑む響に、美咲は思わず面食らう。
だがすぐに、いつもの調子で軽口を投げつけてきた。

「それに『ベラドンナ』って悪役っぽくてかっこいいだろ? 推しなんだよ」

彼は、花のことを『推し』と言った。
その言葉の底には、第三地区の人間には理解し得ないもの——
深い愛情と諦観が混じり合っているように、美咲には聞こえた。
でも毒草が推しって、まるっきり悪役の発言では? 怖いんですけど。

しかし、いくら相手がヤベェ狂戦士といえど、仕事を投げ出すわけにもいかない。
美咲はグッと拳を握り込む。
そして、昨夜の会話で聞き捨てならなかった言葉を問うことに決めた。

「篠崎コンダクター、昨日カレンさんが言っていた『退役したら終わり』というのは、どういう意味ですか?
 シントニアの公式見解は『保護施設での療養』のはずですが」

響は手を止めずに冷ややかに笑った。

「言葉通りの意味だよ。 使い終わった電池を、誰が後生大事に保管するんだ。
 記者なのに、その目で見てないものを信じてんの?」

低く突き放すような声に、美咲は息を呑んだ。
使い終わった電池。 そのあまりにも冷酷な言葉が、胸に突き刺さる。

和やかだった万里が、氷で出来たナイフのような鋭い目つきで美咲を見下ろす。
横目で確認すれば、リリィも露骨に舌打ちをしていた。 ガラ悪すぎじゃない?

——これ以上、響の邪魔をするな——

彼女達の目が、そう雄弁に語っていた。
OK とても膝に来る視線だ。 めちゃくちゃ怖い。 どうにかしてよ猛獣使い。

果たして、美咲の他力本願が通じたのだろうか。
響がリリィへ土壌データの送信を。
そして万里へ食事の準備を行うよう指示を出した。
見るからに不満そうな顔をする2人。 早く行ってくれ。

タオルで手を拭いた響が、そんな猛獣をひと撫でする。
たちまち2頭は柔らかな表情になり、それぞれ持ち場へと散っていった。

——今だけは、目の前のクズを神と崇めてもいいかもしれない——

「あんた、あんまスパイに向いてないな」

密かに喝采を送っていた美咲の心臓が凍りつき、「ヒュ」という音が喉から漏れる。
視線が定まらず、ブワッと背中に汗が溢れた。
なんとか取り繕おうと口を開くが、どうしても頬が引き攣り、上手く笑えなかった。

「な、なんのことですか? 私はA級災害を無傷で鎮圧した皆さんの広報として……」

「俺が呼び出し受けたタイミングで来といて?
 まぁどっちでもいいけど、三区から来た割に随分とピュアだね。 処女?」

美咲の狼狽など全く意に介さず、響は間髪入れず、どぎついセクハラをブチ込んだ。
その目は、美咲の心の奥底を全て見透かしてるようだった。

——言ってることが最低な上に、目がなんかやばぁい——

息を呑む美咲をしばらく見つめたあと、響は再び花に向き合った。

「腹芸が鬱陶しい中央の狸と違って、こいつらは真っ直ぐでいい。
 土さえあれば根を張って、次の春に命を繋ぐ。 実にスマートだ」

響はそう言うと、収穫したばかりの真っ赤なトマトを、無造作に美咲へ差し出した。 瑞々しい丸みが、朝日を浴びて宝石のように輝いている。

「食べてみるかい?」

響から受け取ったトマトを、警戒しながら口にした美咲。
一口噛んだ瞬間、その豊潤な味に言葉を失った。
果肉は信じられないほど瑞々しく、酸味より先に濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。
第三地区の工場で作られたような人工的な野菜とは、まるで比べ物にならない。
弾けるほどの生命力に満ち溢れた味がした。
いやうっま。 つぶつぶしてる上に青臭いからトマト嫌いだったけど、1番好きになれそう!

「ふむ。 やっぱノイズ以外でも、汚染土で育てた作物を食べられるようだな」

響の言葉に、美咲の喉が詰まる。

汚染土。
つまり今食べたトマトは、不毛な上にノイズ化の危険がある——
そんな土壌で栽培されたということだ。

「大丈夫、もう俺で実験済みだから。
 ただ他の一般人のサンプルが欲しかったんだ。 サンキュー」

美咲は信じられないものを見るような目を、響へと向けた。
あんまりなやり口に、思わず頬が引き攣ってしまう。
それに感謝するなら、もっと心を込めて感謝してほしい。
やっぱトマト1番嫌いかも。 食べるたびにこの男の顔を思い出しそうで。
顔を青くする美咲に、響は土にまみれた手を見せた。

「俺の仕事は、彼女たちが根を張れる土を作ることだ。
 たとえ死んだように見える土でも、肥料と綺麗な水を注ぐ。
 そうすれば、いつか綺麗な花が咲く」

その声は、普段の軽薄な響きとはまるで違っていた。
地に足のついた、揺るぎない確信。
彼は泥だらけの手で、まるで宝石を愛でるように土を握りしめた。

「ノイズだからって、死んで当然みたいな扱いはムカつくんだよ」

それはただの独り言のようでありながら、美咲の胸に深く突き刺さる言葉だった。
彼の視線の先にあるのは、ただの土ではない。

その上に立つ、すべての命だ。

「だからまあ、ちょっとだけ世界をマシにしようかなって」

何気ないその一言に込められた重み。
美咲は、彼の言葉を反芻した。

——世界をマシにする——

その壮大な理想は、彼の軽薄な言動とはあまりにもかけ離れている。
なぜそこまで拘るのか、まるで理解できなかった。

「どうして、そこまでノイズに拘るんですか ? どうせすぐ死ぬのに……」

ノイズ汚染された人間の生存率は、10年もないと言われている。
例え奇跡的にレゾナントになれたとしても、その運命は決して明るいわけではない。

それが、『ヴォイドハウリング』によって壊れた世界の常識。
そんな分かりきったことの為に、なぜこの男は努力しているのだろうか?

美咲の問いに、響は一瞬だけ鋭い目を見せると、全てを諦めたような表情に変わる。
だが瞬きの後その目には、この世界の誰も知らない、何かを知る者の光が宿った。
そんな風に、美咲には感じられた。
くそぉ……クズで最低なくせに、真面目な顔するとカッコいいから、余計ムカつく。

「逆に大切にしない理由があるのか?
 ノイズであろうがなかろうが、死は必ず訪れる。 彼らは葬式がちょっと派手なだけだ。
 苦しむなら早く死ね? 普通の人間は生きている間は必ず幸福なのか?」

響の目には、全てを愛する者の、激しく燃える炎のような思想が宿っている。
灼熱のような響の言葉に美咲は声を失い、胸の高鳴りを覚えた。

「短いと知っても苛烈に熱く生きるノイズこそ、人間らしく輝いてると思わないか?
 俺はその輝きを見たいのさ。 そのためなら、なんでもする」

そこまで言った響は、再び手元へと視線を戻す。
そして瑞々しいきゅうりを収穫すると、小気味良いい音を立てながら齧り付いた。
ボリボリという低く響く咀嚼音が、美咲の耳にまで届いてくる。

「それに俺は博愛主義なんで、少しでも綺麗な花を眺めていたいってわけ」

美咲の疑念は崩れ落ちた。
この男はクズなのではない。
あまりにも真摯すぎる理想を、クズという鎧で隠しているだけだ。

「だからさ——誰にも邪魔をされたくないだよ。
 例え美咲ちゃんみたいな、可愛い娘が相手でもね」

ぞわりと、美咲の背筋が総毛だった。
今、響は完全に背を向けている。
にも関わらず、彼から放たれる凄みを、美咲はしっかりと感じ取った。
第九のメンバーに感じた苛烈さにも引けを取らない。 いや、むしろ——

美咲の胸の奥がざわつく。
クズだと思っていた男が、まさかこんな真剣さを秘めているなんて。
戸惑いと同時に、惹きつけられている自分に気づいて、美咲は動揺を隠せなかった。

「今の話はみんなには内緒ね。 変に気を使われるのヤダし、何より恥ずいから。
 あ、それと俺の部屋の扉はいつでもオールフリーだよ」

響からは、すでに先ほどの気配は陽炎のように消えている。
そんな彼の様子に美咲もひとつ息を吐くと、次第に調子を取り戻していった。
あの真面目な姿は、口説くための演技なんだろう。 多分きっとそうだ。 おそらく。

その時、遠くから篠崎千紗の歌声が聞こえてきた。 訓練が始まったのだろう。
え、ということは、もしや私たちはご飯を食べ損ねた?

そんな苦悩などお構いなしに、透明で、どこまでも伸びていくような歌声が、荒廃した基地の朝霧を晴らしていく。
その歌声は優しく、そしてどこか切ない。
心の奥底に眠る記憶を呼び覚ますような、そんな感覚を想起させるものだった。

響の手が、ふと止まった。
彼は歌声が響く格納庫の方を静かに見つめている。
その横顔からは、先ほどまでの軽薄さも激情のような熱さも消えていた。
ただ、ひどく懐かしむような、それでいてどこか寂しげな色だけが浮かぶ。

「——ああ。 あの日も、こんな朝だった」

独り言のように漏れたその声は、美咲の耳に不思議な余韻を残す。 
あの日。 真面目な雰囲気なのに、彼が言うと下ネタかと警戒してしまう。

「あの日って……?」

記者の習性として美咲はつい聞き返すが、響は答えなかった。
ただ土で汚れた手で、眩しそうに空を見上げている。

その瞳は、こことは違うどこか遠い場所を見ているようで—— 
美咲はそれ以上、何も聞くことができなかった。

ただ、この男が何かを知っていることだけは、痛いほどに伝わってきた。



響の意識は、すでに目の前の美咲にはない。
千紗の歌声に導かれるように、彼の心は全てが始まった『あの日』へと遡っていく。
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