4 / 5
死という逃げ道
しおりを挟む
晴彦の所にお茶を汲んできた深咲は、自分に気付く様子もなく一心に空を見上げている晴彦を見て、声をかけたくなった。
「晴彦様は、どうして画家になられたのですか?」
内容は、彼女が一番気になっていた事。単純な興味から来るものだ。
深咲の素朴な問いに、晴彦は一瞬戸惑った。この女はどうしてこんな事を訊くのかについて一通り考えを巡らせた結果、特に考えなしでのものだろうと結論付け、回答を述べる。
「結論から言えば、絵が売れたから。小さい頃から色々な絵を描いて、色々なところに応募したり、持って行ったりしていて。それが少しづつ評価されるようになってきたから、学校を卒業する頃には絵だけで生活できるだろうって思えたんだ」
深咲が思いのほか真剣な眼差しで聴いているのを見て、彼はもう少し内容を付け足すことにする。彼は、彼女が自分の成功譚を聴きたいのではないだろうと感じていた。
「正直、親が残した資産があったから、食べることは困らないだろうっていう考えもあったよ。だけど、画家になろうと思った一番の理由はそこじゃない」
ここまで言っておいて、彼はこの先を話すか迷った。言ったところで彼女は信じないだろうから。
少しの間考えた彼は、久々に絵のこと以外を真剣に考えている自分に驚いた。いつの間にか眠気も覚めてきている。
彼は不思議と、彼女ならば自分の素っ頓狂な物言いを信じてしまうかもしれないという気がしてきた。直感に従って生きる彼は、話を続けることに決めた。
「九十九家は代々、悪魔と契約しているんだ。契約内容は、自分の寿命と引き換えに、自分の余命がわかるようにするってもの」
深咲は一瞬、冗談を言われたのかと思った。だが、晴彦の口元に浮かんでいた笑みは、彼女の両親が自分の夢を語った彼女に対して向けた嘲りではなく、彼女自身が自分の夢を思い出した時に浮かべてしまう自虐的な笑みだった。
「正確に言うと、契約し始めたのは初代の九十九家当主なんだけどね。それで、僕の一族は生まれた時から死ぬ日が確定してたんだ。だから今、僕はこうして芸術の世界へ挑戦することができている。この挑戦が報われなくても、報われない事に気付く頃には死んでしまえるとわかっているからね」
彼女は、彼の話が事実だと確信した。それゆえに彼女は、振り絞ったような声で言った。
「死んでしまうことがわかっているなら、別に、そこまで必死に何かをしなくてもいいんじゃないですか。何があなたを、そこまで突き動かすのですか」
彼女は今まで、どうやって生きていくかを考えていた。だから彼女は、彼の考え方を理解できなかった。どうせ死ぬのならば、何をやっても無駄になると考えているから。
彼はこれまで、死ぬまでに何をするかを考えていた。だから彼は、彼女の言葉の因果関係が理解できなかった。死んでしまうことがわかっているからこそ、彼は必死に今を生きているのだから。
「死んだように生きるより、生き生きと死にたいと思うんだ。僕は」
晴彦は静かに笑ってお茶を飲み干し、自分の部屋へと歩いて行った。
深咲はその場で立ち尽くし、静かに夜空を眺めていた。
「晴彦様は、どうして画家になられたのですか?」
内容は、彼女が一番気になっていた事。単純な興味から来るものだ。
深咲の素朴な問いに、晴彦は一瞬戸惑った。この女はどうしてこんな事を訊くのかについて一通り考えを巡らせた結果、特に考えなしでのものだろうと結論付け、回答を述べる。
「結論から言えば、絵が売れたから。小さい頃から色々な絵を描いて、色々なところに応募したり、持って行ったりしていて。それが少しづつ評価されるようになってきたから、学校を卒業する頃には絵だけで生活できるだろうって思えたんだ」
深咲が思いのほか真剣な眼差しで聴いているのを見て、彼はもう少し内容を付け足すことにする。彼は、彼女が自分の成功譚を聴きたいのではないだろうと感じていた。
「正直、親が残した資産があったから、食べることは困らないだろうっていう考えもあったよ。だけど、画家になろうと思った一番の理由はそこじゃない」
ここまで言っておいて、彼はこの先を話すか迷った。言ったところで彼女は信じないだろうから。
少しの間考えた彼は、久々に絵のこと以外を真剣に考えている自分に驚いた。いつの間にか眠気も覚めてきている。
彼は不思議と、彼女ならば自分の素っ頓狂な物言いを信じてしまうかもしれないという気がしてきた。直感に従って生きる彼は、話を続けることに決めた。
「九十九家は代々、悪魔と契約しているんだ。契約内容は、自分の寿命と引き換えに、自分の余命がわかるようにするってもの」
深咲は一瞬、冗談を言われたのかと思った。だが、晴彦の口元に浮かんでいた笑みは、彼女の両親が自分の夢を語った彼女に対して向けた嘲りではなく、彼女自身が自分の夢を思い出した時に浮かべてしまう自虐的な笑みだった。
「正確に言うと、契約し始めたのは初代の九十九家当主なんだけどね。それで、僕の一族は生まれた時から死ぬ日が確定してたんだ。だから今、僕はこうして芸術の世界へ挑戦することができている。この挑戦が報われなくても、報われない事に気付く頃には死んでしまえるとわかっているからね」
彼女は、彼の話が事実だと確信した。それゆえに彼女は、振り絞ったような声で言った。
「死んでしまうことがわかっているなら、別に、そこまで必死に何かをしなくてもいいんじゃないですか。何があなたを、そこまで突き動かすのですか」
彼女は今まで、どうやって生きていくかを考えていた。だから彼女は、彼の考え方を理解できなかった。どうせ死ぬのならば、何をやっても無駄になると考えているから。
彼はこれまで、死ぬまでに何をするかを考えていた。だから彼は、彼女の言葉の因果関係が理解できなかった。死んでしまうことがわかっているからこそ、彼は必死に今を生きているのだから。
「死んだように生きるより、生き生きと死にたいと思うんだ。僕は」
晴彦は静かに笑ってお茶を飲み干し、自分の部屋へと歩いて行った。
深咲はその場で立ち尽くし、静かに夜空を眺めていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
異母姉の身代わりにされて大国の公妾へと堕とされた姫は王太子を愛してしまったので逃げます。えっ?番?番ってなんですか?執着番は逃さない
降魔 鬼灯
恋愛
やかな異母姉ジュリアンナが大国エスメラルダ留学から帰って来た。どうも留学中にやらかしたらしく、罪人として修道女になるか、隠居したエスメラルダの先代王の公妾として生きるかを迫られていた。
しかし、ジュリアンナに弱い父王と側妃は、亡くなった正妃の娘アリアを替え玉として差し出すことにした。
粗末な馬車に乗って罪人としてエスメラルダに向かうアリアは道中ジュリアンナに恨みを持つものに襲われそうになる。
危機一髪、助けに来た王太子に番として攫われ溺愛されるのだか、番の単語の意味をわからないアリアは公妾として抱かれていると誤解していて……。
すれ違う2人の想いは?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる