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あの人は、生き生きと死んだ

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 三か月後、九十九晴彦は死んだ。

 自分の部屋のベッドで、満足げな表情で息を引き取っていた。葬儀は近親者のみ、つまりは雪歩さんと私だけで行い、骨は地元の集団納骨場に収めた。生前に、自分が死んだらそうして欲しいと、雪歩さんに頼んでいたらしい。
 あの人は遺書を残していた。その内容は、九十九家の資産の一部を私と雪歩さんの退職金とし、残り全ての資産を芸術活動を支援しているいくつかの団体へ寄付する、というものだった。そのための手続きも全部雪歩さんに丸投げしていたのが、あの人らしくて面白かった。

 若き天才アーティストの死は、地方紙の一面を飾った。九十九家には彼のファンからの手紙がいくつも届き、改めてあの人は凄い人だったんだなと思わされた。

 晴彦様は、亡くなる前日に作品を完成させていた。
 長い黒髪で血色の悪い女の子が、荒廃したビルが立ち並んでいる灰色の空の下に一人で立っていて、その女の子は引きつった笑みを浮かべているのだけれど、彼女の目には美しい光景が映っている。そんな絵。題名は「明影」とだけ書いてあり、読み方はわからない。きっとあの人はどう読んでもらっても構わないのだろう。
 今週、あの絵はオークションにかけられる。九十九晴彦最期の作品として。

 私は、旅をすることにした。

 とりあえずは日本一周。色々な場所で様々なバイトをして、自分がやりたいことを探すつもりだ。この事を雪歩さんに話したら、「旅に出る前に、ご両親に会いにいって、自分が何をしたいのか、もう一度言いに行きなさい。家族なんだから」と強く言われた。
 突然帰るのもアレなので、「来週の土曜日に帰ります」と母にメールをしたら、「待ってます」と返ってきた。現在、持っていくお土産を思案中だ。
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