死越者の行進

具体的な幽霊 

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2-1. 勇者の進言

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 第三騎士団が動き出したのと時を同じくして、異変に気付いた人間が一人。
 
「今朝、天啓を受けました」

 彼女は勇者。名はラリア・アンフェリル。

 いずれ来たる――と教会が根拠なく確信している――魔王の復活に備えて、教会が創り上げた純真無垢な人間兵器。
 教会が保護している数多くの孤児の中から才能がある者を選りすぐり、教会の教義こそが至善だとする刷り込み教育と、極限下での訓練、魔法による心身増強ドーピングを施し、生き残った者の中で最も能力が高く成長した人間。それが勇者。それが彼女。

 毎日、バビリア王国の首都:デトログロスの北部に位置する教会の総本山:ヴァイガルム大聖堂の中央にある祈りの間にて、神への祈りを捧げている彼女は、稀に誰かの声を聞く。

『安寧の捻れ木で四匹のカナリアが黙した。枝葉が枯れ落ち、やがては幹も腐り折れるだろう。だが、恐れてはならない。朽ちた巨木の残骸は、二重螺旋からの解放をもたらすのだから――』

 歴代の勇者だけに聞こえるその声を、教会は神から人間に授けられた天啓だとし、占星術よりも確度の高い未来予測として、長年重要視してきた。

「――以上が、聞こえてきた天啓の内容です」
 
 大聖堂の地下二階にある広間にて、彼女は首を垂らし、今朝聞こえてきた天啓を一言一句違える事無く報告する。

「『安寧の捻れ木』とは、おそらくバビリア王国の暗喩でしょう。この国の象徴旗シンボルフラッグに描かれているのが螺旋の塔ですから。そこで『四匹のカナリアが黙した』という事は、先んじて有毒な空気を吸い込んだ四人の何者かが死んだという事でしょう。その毒の影響で安寧の捻れ木の枝葉と幹が枯れる……つまり、王国で何らかの大きな災厄が訪れつつある事の暗示でしょうか」

 勇者の報告を聴き、意見を述べているのは五人の神官の内の一人。
 神官と一言に言っても、この五人の役職は枢機卿カーディナルであり、そこら辺にいる神官よりもよっぽど偉い。

「しかし、恐れてはならないという前置きがあるのですから、しばしの苦痛の後に何らかの恵みを授かる、と解釈するのが適切では」

 勇者が受ける天啓は修辞法に富んでおり、解釈の余地が大いにあるため、正しい意味を理解するのは難しい。だから、偉い神官達が集まって意見を交わし、なるべく正確に天啓を解釈しようとする。

「その場合、授かる恵みを指している言葉は『二重螺旋からの解放』だと思われますが、この言葉の意味は何なのでしょう。単なる螺旋ならばバビリア王国の比喩表現である可能性が高いですが、二重螺旋と表現しているからには他の意味である可能性が高いかと」
  
「螺旋は、運動性や生命等、様々な概念を表現する際に使われる言葉です。なので、互いに密接な関係性があり、螺旋に例えられる二種類のしがらみから我々は解放される、という風に捉えるのが自然ではないですか」

「確かに、その解釈の仕方ならば、『だが、恐れてはならない』という言葉の筋も通りますな」

 枢機卿カーディナル達の議論が一通り踊ったのを確認した勇者は、おもむろに進言する。

「私に、この件の調査をさせていただけないでしょうか」

 その一言は、顔に鉄仮面を被り、心に重厚な鎧を纏っている枢機卿カーディナル達を、明らかに動揺させた。無理もない。与えられた命令を遂行するだけの兵器として育て上げたはずの勇者が、自らの意志で言葉を発したのだから。
 
「それは、なぜだね」

 五人の中で最も高齢な男性が真っ先に動揺を抑え込み、勇者に問いかけた。
 けれど、この行為に意味など無い。勇者の意志は既に固まっていたから。

 勇者は至上命令に突き動かされていた。勇者の名を冠した時に天から与えられた、『人民を救済せよ』という至上命令に。

 ただの人間に、勇者を止められはしない。

「嫌な予感がするのです。根拠はありませんが、この天啓は人民に災いが降り注ぐ事の暗示である気がしてならないのです。私は人民を護る勇者として、これを未然に防がねばなりません」

 勇者の直感は外れない。特に、危険を察知する時は。
 理由なんていらない。1+1が2であることが自明なのと一緒。
 
「……分かりました。教会自衛法第三条に基づき、勇者の出動を認めます」
 
 勇者という超常的な存在を誰よりも深く理解している枢機卿カーディナル達に、勇者の進言を否定するという選択肢はない。

「ですが、出動の際には修道騎士を一名同伴させます。この点は理解していただきたい」

 彼らに出来るのは、勇者に形骸的な足枷を付けて、行動を監視する事くらい。
 監視したところで、干渉は出来ないのだけれど。

 「分かりました。明日の朝までにお願いいたします」 

 こうして勇者は、教会の管理下から離れた。

 もはや枢機卿カーディナル達は、神に祈る事しかできない。勇者として育て上げた超人が、後の世で魔王と形容されるような存在へとならないように。
 
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