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2-3. 純真と混濁
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小屋に入ると、浅黒い顔に無精髭を生やした老人が濁声で「いらっしゃい」と言って二人を出迎えた。
外観から想像したよりは綺麗で小さな店内には、カウンター席と四人掛けのテーブル席が数か所。他に客は三人いて、店員は老人一人だけ。昼時にこの状況という事は、さほど繁盛はしていないらしい。
「お客さん、見ない顔だね」
老人は、カウンター席に座った二人を怪訝な目で見た。
この街で料理を口にするのには度胸がいるが、料理を提供するのにはもっと度胸がいる。料理を振る舞った挙句、代金を踏み倒そうとする客や、店の金を狙ってくる強盗への対処も自分でしなくちゃならないからだ。
「初めましてご老人。私は教会の構成員、ラリア・アンフェリルです。怪しい者ではありませんし、料理の代金を支払えるだけのお金は持っています」
年相応に可愛らしいラリアの声は、老人の表情を軟化させた。
「帯剣出来るほど身分の高い教会関係者さんが、こんな掃き溜めに何の用だい?まさか、単に料理を食べようと思って来たわけではあるまい」
聖職者は武器を持てない。命を奪うための道具を持っていると心が穢れるとされているから。
けれど地位の高い聖職者は、信仰心が厚くて心が穢れにくいため、教義上は武器を持っても問題ないとされている。地位の高い人間は自衛のために自分で武器を持ったり、自分の周りに武器を持つ護衛を付けなければならないから、このように例外的な教義が定められているのだ。
教義は案外簡単に、実利によって捻じ曲げられる。
「いいえ、単に料理を食べに来たんです。この店のおススメを二人分下さい」
ラリアのどこまでも嫌味のない言葉に、老人は若干困惑しながらも、二人前の野菜と魚の入ったスープと硬そうなパンを二人の前に並べる。
「どうだい。教会のお偉いさん方にゃあ分からんだろうが、こんなんでもここら辺じゃあ一番マシな食い物なんだぜ」
そう言って自嘲する老人を見て、食べ物の中に毒物の類が入っていない事を確信したラリアは、パンを一口大に割り、スープに浸して食べた。
「美味しいです」
とうとう老人は、少女の純粋な笑顔を直視し続けられず、顔を背けた。
するとラリアは、その笑顔を男の方へ向けた。
「美味しいですよ」
大きな権力には逆らわない主義である男は、パンを握り砕いてスープと混ぜ、木製のスプーンで一気にかきこんだ。
「どうです。美味しいでしょう」
まるで自分が作った料理を自慢するかのような表情のラリアに、
「昔を思い出す味ですね。貧しかった頃にこんな感じの食べ物をよく食べたものです」
男は真顔で言葉を返す。
地方で小さな武具店を営む一家の次男であり、寝食に使うべき時間とお金を勉学のために費やす事で修道騎士となった男は、貧乏な暮らしをしていた時期が長い。まあ、彼が経験した貧困とは一般社会における相対的貧困であり、この街に住まう人々のような絶対的貧困に喘いでいたわけではないけれど。
「ケッ、こんなご馳走を食って貧しかった頃を思い出すたぁ、いい身分ですなぁ」
突如として会話に割って入ってきたのは、だらしない無精髭を生やし、ボロボロの服を着た小柄な男。
「俺も、あんたらみたいに毎日神様に祈ってるんだぜ。この街にゃロクな教会が無いからよ、暇な時に地べたに座って、ちゃんと両手を合わせてな。あんた達よか真剣に祈ってるはずだぜ。こんな地獄みたいな毎日から早ぇこと抜け出したいからよ。だってのに、俺の生活はちっとも良くなりやしねえんだ。」
酒臭い息で一呼吸置き、男は続ける。
「なあ、やっぱ神様ってのは嘘っぱちなんじゃねぇか」
昼間から空酒で悪酔いしている男に、修道騎士は一瞬だけ、自分の姿が重なった。
本当は神なんて信じちゃいないのに、生活のために神へ形だけの祈りを捧げる男と、神を言い訳にして腐った自分を正当化しようとしている男。
二人の違いはたった一つ。生まれ落ちた環境だけ。
天に見放された地で生まれた人間もまた、神の慈悲の対象ではない。
男は心の中で「ご愁傷様」と呟いて、男から目を逸らした。
「そんな事はありません」
酒気を帯びた昏い雰囲気を、ラリアが両断する。
「希望の光を信じる事を諦めてはいけません。神は、信じる者に救いの手を差し伸べますが、その手を取るのは貴方自身なんです。諦めて目を閉じてしまったら、その手に気付けませんから」
完膚なきまでの正論で。
諦めなければ夢は叶う。もしくは夢への道半ばで無念の死を迎える。そのため、”信じ続ける者はいずれ報われる”というロジックが破綻する事はない。
それを聞いた小柄な男は――あまりにも眩しすぎる理想論を説かれて馬鹿らしくなったのか、酒のせいで頭が回らなくなったのかは分からないけれど――口をもごもごと動かしただけで何も言わなかった。
ラリアはその沈黙を納得だと捉え、自分の食事を再開した。
兵器として育て上げられた勇者に、只人の思考回路を理解しようとする器官は備わっていない。
「ごちそうさまでした」
食事を終え、多少のチップと料金を支払い出ていく際、修道騎士はコップ一杯の酒をちびちび飲み続けている小柄な男を一瞥する。
鼠色の哀愁漂う男の小さな猫背に、彼は少しだけ憐憫の情を覚えた。
外観から想像したよりは綺麗で小さな店内には、カウンター席と四人掛けのテーブル席が数か所。他に客は三人いて、店員は老人一人だけ。昼時にこの状況という事は、さほど繁盛はしていないらしい。
「お客さん、見ない顔だね」
老人は、カウンター席に座った二人を怪訝な目で見た。
この街で料理を口にするのには度胸がいるが、料理を提供するのにはもっと度胸がいる。料理を振る舞った挙句、代金を踏み倒そうとする客や、店の金を狙ってくる強盗への対処も自分でしなくちゃならないからだ。
「初めましてご老人。私は教会の構成員、ラリア・アンフェリルです。怪しい者ではありませんし、料理の代金を支払えるだけのお金は持っています」
年相応に可愛らしいラリアの声は、老人の表情を軟化させた。
「帯剣出来るほど身分の高い教会関係者さんが、こんな掃き溜めに何の用だい?まさか、単に料理を食べようと思って来たわけではあるまい」
聖職者は武器を持てない。命を奪うための道具を持っていると心が穢れるとされているから。
けれど地位の高い聖職者は、信仰心が厚くて心が穢れにくいため、教義上は武器を持っても問題ないとされている。地位の高い人間は自衛のために自分で武器を持ったり、自分の周りに武器を持つ護衛を付けなければならないから、このように例外的な教義が定められているのだ。
教義は案外簡単に、実利によって捻じ曲げられる。
「いいえ、単に料理を食べに来たんです。この店のおススメを二人分下さい」
ラリアのどこまでも嫌味のない言葉に、老人は若干困惑しながらも、二人前の野菜と魚の入ったスープと硬そうなパンを二人の前に並べる。
「どうだい。教会のお偉いさん方にゃあ分からんだろうが、こんなんでもここら辺じゃあ一番マシな食い物なんだぜ」
そう言って自嘲する老人を見て、食べ物の中に毒物の類が入っていない事を確信したラリアは、パンを一口大に割り、スープに浸して食べた。
「美味しいです」
とうとう老人は、少女の純粋な笑顔を直視し続けられず、顔を背けた。
するとラリアは、その笑顔を男の方へ向けた。
「美味しいですよ」
大きな権力には逆らわない主義である男は、パンを握り砕いてスープと混ぜ、木製のスプーンで一気にかきこんだ。
「どうです。美味しいでしょう」
まるで自分が作った料理を自慢するかのような表情のラリアに、
「昔を思い出す味ですね。貧しかった頃にこんな感じの食べ物をよく食べたものです」
男は真顔で言葉を返す。
地方で小さな武具店を営む一家の次男であり、寝食に使うべき時間とお金を勉学のために費やす事で修道騎士となった男は、貧乏な暮らしをしていた時期が長い。まあ、彼が経験した貧困とは一般社会における相対的貧困であり、この街に住まう人々のような絶対的貧困に喘いでいたわけではないけれど。
「ケッ、こんなご馳走を食って貧しかった頃を思い出すたぁ、いい身分ですなぁ」
突如として会話に割って入ってきたのは、だらしない無精髭を生やし、ボロボロの服を着た小柄な男。
「俺も、あんたらみたいに毎日神様に祈ってるんだぜ。この街にゃロクな教会が無いからよ、暇な時に地べたに座って、ちゃんと両手を合わせてな。あんた達よか真剣に祈ってるはずだぜ。こんな地獄みたいな毎日から早ぇこと抜け出したいからよ。だってのに、俺の生活はちっとも良くなりやしねえんだ。」
酒臭い息で一呼吸置き、男は続ける。
「なあ、やっぱ神様ってのは嘘っぱちなんじゃねぇか」
昼間から空酒で悪酔いしている男に、修道騎士は一瞬だけ、自分の姿が重なった。
本当は神なんて信じちゃいないのに、生活のために神へ形だけの祈りを捧げる男と、神を言い訳にして腐った自分を正当化しようとしている男。
二人の違いはたった一つ。生まれ落ちた環境だけ。
天に見放された地で生まれた人間もまた、神の慈悲の対象ではない。
男は心の中で「ご愁傷様」と呟いて、男から目を逸らした。
「そんな事はありません」
酒気を帯びた昏い雰囲気を、ラリアが両断する。
「希望の光を信じる事を諦めてはいけません。神は、信じる者に救いの手を差し伸べますが、その手を取るのは貴方自身なんです。諦めて目を閉じてしまったら、その手に気付けませんから」
完膚なきまでの正論で。
諦めなければ夢は叶う。もしくは夢への道半ばで無念の死を迎える。そのため、”信じ続ける者はいずれ報われる”というロジックが破綻する事はない。
それを聞いた小柄な男は――あまりにも眩しすぎる理想論を説かれて馬鹿らしくなったのか、酒のせいで頭が回らなくなったのかは分からないけれど――口をもごもごと動かしただけで何も言わなかった。
ラリアはその沈黙を納得だと捉え、自分の食事を再開した。
兵器として育て上げられた勇者に、只人の思考回路を理解しようとする器官は備わっていない。
「ごちそうさまでした」
食事を終え、多少のチップと料金を支払い出ていく際、修道騎士はコップ一杯の酒をちびちび飲み続けている小柄な男を一瞥する。
鼠色の哀愁漂う男の小さな猫背に、彼は少しだけ憐憫の情を覚えた。
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