死越者の行進

具体的な幽霊 

文字の大きさ
6 / 29

2-3. 純真と混濁

しおりを挟む
 小屋に入ると、浅黒い顔に無精髭を生やした老人が濁声で「いらっしゃい」と言って二人ラリアとディエスを出迎えた。
 外観から想像したよりは綺麗で小さな店内には、カウンター席と四人掛けのテーブル席が数か所。他に客は三人いて、店員は老人一人だけ。昼時にこの状況という事は、さほど繁盛はしていないらしい。

「お客さん、見ない顔だね」

 老人は、カウンター席に座った二人を怪訝な目で見た。
 この街で料理を口にするのには度胸がいるが、料理を提供するのにはもっと度胸がいる。料理を振る舞った挙句、代金を踏み倒そうとする客や、店の金を狙ってくる強盗への対処も自分でしなくちゃならないからだ。

「初めましてご老人。私は教会の構成員、ラリア・アンフェリルです。怪しい者ではありませんし、料理の代金を支払えるだけのお金は持っています」 

 年相応に可愛らしいラリアの声は、老人の表情を軟化させた。
 
「帯剣出来るほど身分の高い教会関係者さんが、こんな掃き溜めに何の用だい?まさか、単に料理を食べようと思って来たわけではあるまい」

 聖職者は武器を持てない。命を奪うための道具を持っていると心が穢れるとされているから。
 けれど地位の高い聖職者は、信仰心が厚くて心が穢れにくいため、教義上は武器を持っても問題ないとされている。地位の高い人間は自衛のために自分で武器を持ったり、自分の周りに武器を持つ護衛を付けなければならないから、このように例外的な教義が定められているのだ。
 教義は案外簡単に、実利によって捻じ曲げられる。

「いいえ、単に料理を食べに来たんです。この店のおススメを二人分下さい」

 ラリアのどこまでも嫌味のない言葉に、老人は若干困惑しながらも、二人前の野菜と魚の入ったスープと硬そうなパンを二人の前に並べる。

「どうだい。教会のお偉いさん方にゃあ分からんだろうが、こんなんでもここら辺じゃあ一番マシな食い物なんだぜ」

 そう言って自嘲する老人を見て、食べ物の中に毒物の類が入っていない事を確信したラリアは、パンを一口大に割り、スープに浸して食べた。
 
「美味しいです」

 とうとう老人は、少女の純粋な笑顔を直視し続けられず、顔を背けた。
 するとラリアは、その笑顔をディエスの方へ向けた。

「美味しいですよ」
  
 大きな権力には逆らわない主義であるディエスは、パンを握り砕いてスープと混ぜ、木製のスプーンで一気にかきこんだ。
 
「どうです。美味しいでしょう」

 まるで自分が作った料理を自慢するかのような表情のラリアに、

「昔を思い出す味ですね。貧しかった頃にこんな感じの食べ物をよく食べたものです」

 ディエスは真顔で言葉を返す。
 地方で小さな武具店を営む一家の次男であり、寝食に使うべき時間とお金を勉学のために費やす事で修道騎士となったディエスは、貧乏な暮らしをしていた時期が長い。まあ、彼が経験した貧困とは一般社会における相対的貧困であり、この街に住まう人々のような絶対的貧困に喘いでいたわけではないけれど。
 
「ケッ、こんなご馳走を食って貧しかった頃を思い出すたぁ、いい身分ですなぁ」

 突如として会話に割って入ってきたのは、だらしない無精髭を生やし、ボロボロの服を着た小柄な男。

 「俺も、あんたらみたいに毎日神様に祈ってるんだぜ。この街にゃロクな教会が無いからよ、暇な時に地べたに座って、ちゃんと両手を合わせてな。あんた達よか真剣に祈ってるはずだぜ。こんな地獄みたいな毎日から早ぇこと抜け出したいからよ。だってのに、俺の生活はちっとも良くなりやしねえんだ。」

 酒臭い息で一呼吸置き、男は続ける。

「なあ、やっぱ神様ってのは嘘っぱちなんじゃねぇか」

 昼間から空酒で悪酔いしている男に、修道騎士ディエスは一瞬だけ、自分の姿が重なった。
 本当は神なんて信じちゃいないのに、生活のために神へ形だけの祈りを捧げる男と、神を言い訳にして腐った自分を正当化しようとしている男。
 二人の違いはたった一つ。生まれ落ちた環境だけ。
 天に見放された地で生まれた人間もまた、神の慈悲の対象ではない。
 ディエスは心の中で「ご愁傷様」と呟いて、男から目を逸らした。

「そんな事はありません」

 酒気を帯びた昏い雰囲気を、ラリアが両断する。

「希望の光を信じる事を諦めてはいけません。神は、信じる者に救いの手を差し伸べますが、その手を取るのは貴方自身なんです。諦めて目を閉じてしまったら、その手に気付けませんから」

 完膚なきまでの正論で。
 諦めなければ夢は叶う。もしくは夢への道半ばで無念の死を迎える。そのため、”信じ続ける者はいずれ報われる”というロジックが破綻する事はない。

 それを聞いた小柄な男は――あまりにも眩しすぎる理想論を説かれて馬鹿らしくなったのか、酒のせいで頭が回らなくなったのかは分からないけれど――口をもごもごと動かしただけで何も言わなかった。

 ラリアはその沈黙を納得だと捉え、自分の食事を再開した。
 兵器として育て上げられた勇者ラリアに、只人ただびとの思考回路を理解しようとする器官は備わっていない。
  
「ごちそうさまでした」

 食事を終え、多少のチップと料金を支払い出ていく際、修道騎士ディエスはコップ一杯の酒をちびちび飲み続けている小柄な男を一瞥する。
 鼠色の哀愁漂う男の小さな猫背に、彼は少しだけ憐憫の情を覚えた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話

トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...