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3-0. 純白で清澄な現象
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二人の聖職者がいなくなった店内で、小柄な男は空になったコップを弄んでいた。
男の名はムルド・シュタイナー。
ろくでなしの親の下に生まれた、ろくでなし。
日雇い労働で稼いだ端銭で安酒を飲む事だけが生き甲斐の生活を続け、とっくの昔に空っぽになっていた男の心に、先ほど聖職者の少女に言われた言葉が虚しく響いていた。
自分のために真剣な眼差しで話をしてくれた少女に怒りの感情は湧いてこず、だからと言ってあの話を聞いただけで胸に希望が溢れてくるほど幸せな思考回路を持ち合わせていないムルドは、風通しのいい懐にある小銭で残り何杯の酒が飲めるかを考える事で、収拾のつかない頭の中を落ち着かせようとしていた。
「あなた、どうして生きているの?」
そこで、私は問いかける。
奥の席で聖職者達とムルドの会話を聴いていて、ムルドの言動に興味を持ったから。
自分が正しい生き方をしていないと自覚していながらも、希望を持つ事に恐怖しているムルドに、真に純粋な人間らしさを感じたから。
「なんだ、いきなり」
「私の事なんてどうでもいいでしょ。それより、質問に答えて。自分で自分の生き方を否定しているあなたが、それでもなお、明日を生きようと思っているのはどうしてなの?」
唐突な質問に困惑した様子のムルドは、しばらく私の事を怪訝な目で見た後、質問に答えてくれた。
「んな事、いきなり訊かれてもわかるわけねぇだろ。強いて言うなら、そう簡単にゃ死ねねえからだよ」
私が期待した通りの反応だった。
「そうね。確かにその通り」
彼には資格がある。
死を超越する資格が。
真の生を謳歌する資格が。
「あなた、私に賭けてみる気はない?賭けて欲しいのはあなたの命で、得られるのは新しい世界。きっとあなたの頭にかかっている靄を取り払えると思うわ」
私の提案に、ムルドはしばらく唖然としていた。
それから、私の問いかけに対する答えを虚空のどこかから探し出そうとするみたいに目を泳がせた。
自分の内心を見透かされている事に対する動揺と、命を賭けてくれたら新世界を見せてあげるなんて狂言を大真面目に言われている事に対する困惑とが表情から滲み出てて、冷静に回答を出せる状態じゃなさそう。
「今すぐに答えは出ないでしょう」
私は飲んでいた泥水みたいな珈琲の代金を支払い、席を立つ。
「明日の夜、またこの店にいます。その気になったら声をかけて」
外に出ても日はまだ高い。
けれど、すぐに沈んでまた昇る。
永遠に繰り返されるわけではないだろうけれど、今日で最後なわけでもない。
翌日の夜、ムルドはやってきた。
昨日よりもしっかりと見開かれた両目は少し充血していて、酒の臭いは薄れていた。
どうやら、私の言葉を質の悪い冗談だと受け取ることなく、真剣に自分の頭で答えを導いた結果として、ここに来てくれたみたい。
「決めたぜ。俺の命、あんたに賭けてやらぁ。希望の光って奴が本当にあるとしたら、あんたの事なのかもしれねえって思ったからな」
軽い口調とは裏腹に表情は固く、緊張が手に取るように伝わってくる。
それでも彼は精一杯の見栄を張り、笑顔で私の前に立つ。
「それに、どうせ詰んでる人生だ。あんたみたいな美女に賭けるなら悪くねぇ」
そんな彼の、等身大の自分から少しでも背伸びしようとする振る舞いが、私の目には美しく映った。
「そう言ってくれて良かった」
私は立ち上がって彼の手を取る。
「ついてきて。あなたが言うような希望の光かは分からないけれど、今までにない景色を見せてあげる」
世界は変わらない。でも、自分は変えられる。
ならば、見る目を変えればいい。生命という色眼鏡を捨てて、もっとクリアな媒体へと。
さようなら、濁り淀んだ黒の世界。
そして、ようこそ。澄み渡った白の世界へ。
男の名はムルド・シュタイナー。
ろくでなしの親の下に生まれた、ろくでなし。
日雇い労働で稼いだ端銭で安酒を飲む事だけが生き甲斐の生活を続け、とっくの昔に空っぽになっていた男の心に、先ほど聖職者の少女に言われた言葉が虚しく響いていた。
自分のために真剣な眼差しで話をしてくれた少女に怒りの感情は湧いてこず、だからと言ってあの話を聞いただけで胸に希望が溢れてくるほど幸せな思考回路を持ち合わせていないムルドは、風通しのいい懐にある小銭で残り何杯の酒が飲めるかを考える事で、収拾のつかない頭の中を落ち着かせようとしていた。
「あなた、どうして生きているの?」
そこで、私は問いかける。
奥の席で聖職者達とムルドの会話を聴いていて、ムルドの言動に興味を持ったから。
自分が正しい生き方をしていないと自覚していながらも、希望を持つ事に恐怖しているムルドに、真に純粋な人間らしさを感じたから。
「なんだ、いきなり」
「私の事なんてどうでもいいでしょ。それより、質問に答えて。自分で自分の生き方を否定しているあなたが、それでもなお、明日を生きようと思っているのはどうしてなの?」
唐突な質問に困惑した様子のムルドは、しばらく私の事を怪訝な目で見た後、質問に答えてくれた。
「んな事、いきなり訊かれてもわかるわけねぇだろ。強いて言うなら、そう簡単にゃ死ねねえからだよ」
私が期待した通りの反応だった。
「そうね。確かにその通り」
彼には資格がある。
死を超越する資格が。
真の生を謳歌する資格が。
「あなた、私に賭けてみる気はない?賭けて欲しいのはあなたの命で、得られるのは新しい世界。きっとあなたの頭にかかっている靄を取り払えると思うわ」
私の提案に、ムルドはしばらく唖然としていた。
それから、私の問いかけに対する答えを虚空のどこかから探し出そうとするみたいに目を泳がせた。
自分の内心を見透かされている事に対する動揺と、命を賭けてくれたら新世界を見せてあげるなんて狂言を大真面目に言われている事に対する困惑とが表情から滲み出てて、冷静に回答を出せる状態じゃなさそう。
「今すぐに答えは出ないでしょう」
私は飲んでいた泥水みたいな珈琲の代金を支払い、席を立つ。
「明日の夜、またこの店にいます。その気になったら声をかけて」
外に出ても日はまだ高い。
けれど、すぐに沈んでまた昇る。
永遠に繰り返されるわけではないだろうけれど、今日で最後なわけでもない。
翌日の夜、ムルドはやってきた。
昨日よりもしっかりと見開かれた両目は少し充血していて、酒の臭いは薄れていた。
どうやら、私の言葉を質の悪い冗談だと受け取ることなく、真剣に自分の頭で答えを導いた結果として、ここに来てくれたみたい。
「決めたぜ。俺の命、あんたに賭けてやらぁ。希望の光って奴が本当にあるとしたら、あんたの事なのかもしれねえって思ったからな」
軽い口調とは裏腹に表情は固く、緊張が手に取るように伝わってくる。
それでも彼は精一杯の見栄を張り、笑顔で私の前に立つ。
「それに、どうせ詰んでる人生だ。あんたみたいな美女に賭けるなら悪くねぇ」
そんな彼の、等身大の自分から少しでも背伸びしようとする振る舞いが、私の目には美しく映った。
「そう言ってくれて良かった」
私は立ち上がって彼の手を取る。
「ついてきて。あなたが言うような希望の光かは分からないけれど、今までにない景色を見せてあげる」
世界は変わらない。でも、自分は変えられる。
ならば、見る目を変えればいい。生命という色眼鏡を捨てて、もっとクリアな媒体へと。
さようなら、濁り淀んだ黒の世界。
そして、ようこそ。澄み渡った白の世界へ。
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