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3-1. 騎士団の調査経過
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騎士団員殺人事件の調査を開始してから、三日が経った。
「事件が発生した墓地周辺を調査していますが、今のところ有益だと思われる情報は得られていません」
第三騎士団副団長は、相変わらずの冷めた口調で淡々とした現状報告を行う。
「しかし、教会もこの事件について調べているようで、調査に向かわせた我々の騎士団員が、教会の騎士団員らしき者を何度か目撃しています」
議会の管轄機関である第一から第三までの騎士団とは別に、教会は独自の騎士団を保有している。
教会の永世中立を護るために結成された、正式名称のないこの騎士団――通称:盾の騎士団は、構成員数的には大国と比較しても引けを取らない軍隊ではあるけれど、常備軍というわけではなく、少数の専属騎士(修道騎士もこれに含まれる)を除く大半の兵士は平時の際、教会関係の労働に従事している。
「教会が動いてるって事は、十中八九良からぬ天啓があったんだろうな」
第三騎士団長は、中身の殆どないであろう調査報告書をしかめっ面で斜め読みしながら、この事件が当初想定していた以上の面倒事になりつつあるという予感に、溜息を吐いた。
「まあ、そうでしょうね。以前、大型魔獣の襲来が予言された時は、最終的に我々への協力要請が来ましたし、今回も内々で調査して解決案を出した後、我々か第二騎士団に投げてくるのかもしれません」
「だとしても、教会が協力要請してくるのは大規模な武力行使が必要になった時だけだ。あいつらの隠蔽体質はもう少しどうにかなって欲しいが、情報が上がってこないのだから、こちらとしても調査を止めるわけにはいくまい」
最近の盾の騎士の任務は、専ら諜報活動だ。
国家間の諍いが滅多に起こらず、中立の立場を脅かされる危険性が薄れていた教会は次第に、神の慈悲の代行者として信者の安全を守護するため、一部の専属騎士を動員するようになった。
彼らの行動はいつも突発的で、動き出した当初は、教会が武力蜂起によって国を乗っ取ろうとしている前兆だと考えた議会が大慌てしたものだ。
後に教会から「我々は神から与えられた天啓に基づき、信仰を捧げる全ての人民、またその人民達によって構成されている主体である国家を護るため、兵を動かしているに過ぎない」という、国家転覆の疑いに対する否定的声明が出され、この騒動は一件落着となったのだけれど、その影響からか教会も大規模な軍事行動を避けるようになり、信者の守護のために大規模な武力行使が必要だと判断された時には、その国の議会に協力を要請するようになった。
「天啓などという説得力皆無の未来予知に、客観的な信憑性を持たせるために調査を行うというのは至極当然の流れですが、今までの功績を鑑みれば、天啓があった時点で議会にその内容を報告してくれさえすれば議会管轄の騎士団が解決に動くでしょう。それなのに教会は、自身の組織で調査した情報しか報告してこない。これってどういう事なんですかね」
逆に言うと、教会は自身が調査した情報しか議会側に提供せず、天啓の原文自体は公開された事がない。
「大方、天啓っての自体が具体性を欠いたものなんだろう。具体的にいつ、どこで、何が起きるのか分かっているのなら、調査なんてせずにそれっぽい嘘を吐いて議会を動かせばいい。教会からの進言を議会も無下には出来ないだろうし、正しさの証明は未来がしてくれるんだからな」
「抽象的であるなら尚更、早期から議会と協力すべきなんじゃないですか。調査するにしても、人数をかけた方が早く結論に辿り着けると思うのですが」
「皆が皆、お前みたいに事件解決が最優先なわけじゃない」
教会が何よりも守りたいのは、一人の信者の命ではなく、多くの信者達からの信仰。
予言された災厄が予防できる可能性を上げるより、災厄が起こってしまった時に怒りの矛先を向けられない事の方が、教会にとって大切。
だから恐らく、教会は予言された災厄が解決できるか否かを自力で判断し、解決出来る時は議会等に協力を要請し、解決出来ない時は見て見ぬふりを決め込むようにしているのだろう――と、バーデンは考えている。あくまで憶測に過ぎないので、考えるにとどめているが。
「私と違ってしがらみが多そうですからね、上流階級の人達って」
呆れたような眼差しで、シェーラはバーデンを見つめる。
「上から見ると、守らなきゃいけないものが多すぎるんだよ。自分の地位とか、部下の生活とかな。人類皆平等って口じゃ言うが、どうしても自分や、自分の周りの人間を優先しちまうんだ。人民を護るための騎士だってのにな」
その眼差しを受け、バーデンは苦笑いで言い訳をする。
「別に、あなたの批判をしていたんじゃないんですけど」
「一緒だよ。俺も、教会にいる連中も。一度高いところまで昇ると降りるのが怖くなるし、自分の部下達が他人よりも可愛い」
自分の事を買い被っている節があるシェーラに、バーデンは諭すように言う。
その言葉を受け、シェーラは微笑して言葉を返す。
「別に、身近な人を優先してもいいんじゃないですか。その上で人民を護れるのであれば、誰も文句は言えないでしょう。騎士道全書にも、人民全員を等しく愛せとは書かれていませんし」
恥ずかしいほど清々しい理想を、さも当然だというように話すシェーラに、バーデンは新芽のような若さを感じた。良い意味でも、悪い意味でも。
「さ、手が止まってますよ。仕事してください」
「はいはい」
そうして、部屋には紙をめくる音のみが残った。
「事件が発生した墓地周辺を調査していますが、今のところ有益だと思われる情報は得られていません」
第三騎士団副団長は、相変わらずの冷めた口調で淡々とした現状報告を行う。
「しかし、教会もこの事件について調べているようで、調査に向かわせた我々の騎士団員が、教会の騎士団員らしき者を何度か目撃しています」
議会の管轄機関である第一から第三までの騎士団とは別に、教会は独自の騎士団を保有している。
教会の永世中立を護るために結成された、正式名称のないこの騎士団――通称:盾の騎士団は、構成員数的には大国と比較しても引けを取らない軍隊ではあるけれど、常備軍というわけではなく、少数の専属騎士(修道騎士もこれに含まれる)を除く大半の兵士は平時の際、教会関係の労働に従事している。
「教会が動いてるって事は、十中八九良からぬ天啓があったんだろうな」
第三騎士団長は、中身の殆どないであろう調査報告書をしかめっ面で斜め読みしながら、この事件が当初想定していた以上の面倒事になりつつあるという予感に、溜息を吐いた。
「まあ、そうでしょうね。以前、大型魔獣の襲来が予言された時は、最終的に我々への協力要請が来ましたし、今回も内々で調査して解決案を出した後、我々か第二騎士団に投げてくるのかもしれません」
「だとしても、教会が協力要請してくるのは大規模な武力行使が必要になった時だけだ。あいつらの隠蔽体質はもう少しどうにかなって欲しいが、情報が上がってこないのだから、こちらとしても調査を止めるわけにはいくまい」
最近の盾の騎士の任務は、専ら諜報活動だ。
国家間の諍いが滅多に起こらず、中立の立場を脅かされる危険性が薄れていた教会は次第に、神の慈悲の代行者として信者の安全を守護するため、一部の専属騎士を動員するようになった。
彼らの行動はいつも突発的で、動き出した当初は、教会が武力蜂起によって国を乗っ取ろうとしている前兆だと考えた議会が大慌てしたものだ。
後に教会から「我々は神から与えられた天啓に基づき、信仰を捧げる全ての人民、またその人民達によって構成されている主体である国家を護るため、兵を動かしているに過ぎない」という、国家転覆の疑いに対する否定的声明が出され、この騒動は一件落着となったのだけれど、その影響からか教会も大規模な軍事行動を避けるようになり、信者の守護のために大規模な武力行使が必要だと判断された時には、その国の議会に協力を要請するようになった。
「天啓などという説得力皆無の未来予知に、客観的な信憑性を持たせるために調査を行うというのは至極当然の流れですが、今までの功績を鑑みれば、天啓があった時点で議会にその内容を報告してくれさえすれば議会管轄の騎士団が解決に動くでしょう。それなのに教会は、自身の組織で調査した情報しか報告してこない。これってどういう事なんですかね」
逆に言うと、教会は自身が調査した情報しか議会側に提供せず、天啓の原文自体は公開された事がない。
「大方、天啓っての自体が具体性を欠いたものなんだろう。具体的にいつ、どこで、何が起きるのか分かっているのなら、調査なんてせずにそれっぽい嘘を吐いて議会を動かせばいい。教会からの進言を議会も無下には出来ないだろうし、正しさの証明は未来がしてくれるんだからな」
「抽象的であるなら尚更、早期から議会と協力すべきなんじゃないですか。調査するにしても、人数をかけた方が早く結論に辿り着けると思うのですが」
「皆が皆、お前みたいに事件解決が最優先なわけじゃない」
教会が何よりも守りたいのは、一人の信者の命ではなく、多くの信者達からの信仰。
予言された災厄が予防できる可能性を上げるより、災厄が起こってしまった時に怒りの矛先を向けられない事の方が、教会にとって大切。
だから恐らく、教会は予言された災厄が解決できるか否かを自力で判断し、解決出来る時は議会等に協力を要請し、解決出来ない時は見て見ぬふりを決め込むようにしているのだろう――と、バーデンは考えている。あくまで憶測に過ぎないので、考えるにとどめているが。
「私と違ってしがらみが多そうですからね、上流階級の人達って」
呆れたような眼差しで、シェーラはバーデンを見つめる。
「上から見ると、守らなきゃいけないものが多すぎるんだよ。自分の地位とか、部下の生活とかな。人類皆平等って口じゃ言うが、どうしても自分や、自分の周りの人間を優先しちまうんだ。人民を護るための騎士だってのにな」
その眼差しを受け、バーデンは苦笑いで言い訳をする。
「別に、あなたの批判をしていたんじゃないんですけど」
「一緒だよ。俺も、教会にいる連中も。一度高いところまで昇ると降りるのが怖くなるし、自分の部下達が他人よりも可愛い」
自分の事を買い被っている節があるシェーラに、バーデンは諭すように言う。
その言葉を受け、シェーラは微笑して言葉を返す。
「別に、身近な人を優先してもいいんじゃないですか。その上で人民を護れるのであれば、誰も文句は言えないでしょう。騎士道全書にも、人民全員を等しく愛せとは書かれていませんし」
恥ずかしいほど清々しい理想を、さも当然だというように話すシェーラに、バーデンは新芽のような若さを感じた。良い意味でも、悪い意味でも。
「さ、手が止まってますよ。仕事してください」
「はいはい」
そうして、部屋には紙をめくる音のみが残った。
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