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4-1. 束の間の休息
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三日間に渡って貧民街を歩き回った挙句、何の手掛かりも得られなかった勇者達は今、首都デトログロスの南部に隣接する都市:アイロディラの街中にいた。
いくつもの国立学校が立ち並ぶ学園都市として有名なアイロディアは、白を基調とした統一感のある街並みをしており、道行く人々もどこか知的な雰囲気を帯びている。
貧民街の不衛生な簡易宿泊所や、アイロディアに向かう途中の街道で軽い睡眠を取った以外、碌な休憩も取らずにここまできた修道騎士の顔には、疲労の色が滲み出ていた。
それに対し、同じ道程を辿っているはずの勇者の足取りは軽い。
「今夜はちゃんとした場所で眠れそうですね」
とはいえ、流石の勇者様にも多少の疲れはあるらしい。
”清浄の風”という魔法による清潔化で、外見上は騎士としての面目を保っている二人だけれど、体を洗わない事による不快感は魔法では解消されない。
「清潔なベッドとシャワー室があって欲しいです」
普段は頭で考えてから発話する男も、このときばかりは心に浮かんだ素直な思いを口にした。
その後男は、窓枠によって切り取られた外景の中で沈みゆく太陽をボーっと眺めていた。
いつもなら暗くなろうとも月明りを頼りに歩き続けるのだけれど、疲労の限界に達していた男を見兼ねたラリアの厚意により、今日は空がまだ黄昏ている頃から宿を探し始め、陽が沈み切る前には、三階建ての家屋の二階にある屋根付きの部屋で、ふかふかのベッドの上に座る事が出来ている。
「ここのシャワー、温水が出てきてびっくりです」
薄手のシャツにキュロットパンツ姿でシャワー室から出てきたラリアは、髪が濡れ、頬が火照っていた。
ラリアと入れ替わるように小さい脱衣所に入った男は、現状の異常性を充分に理解した上で、意識をしないようにしていた。
いくら監視対象だからとはいえ、年頃の女性と同じ部屋に泊まるのは倫理的によろしくないと思っていた男に対し、一人の女性である前に勇者であるラリアは、男と一緒の部屋で眠るという行為に特別何かを感じはしないのだ。
(ま、気にしたら負けだな)
男は脱いだ服を鞄に突っ込んで更衣室に残し、裸一貫でシャワーを頭からを浴びる。
「かつての戦争時、北方へと進軍した兵士達を寒さから守るために考案された保温の魔法術式が、今こうして平和的に活用されているのは感慨深い。戦争が無ければこの心地良さを得られなかったのかもしれないと思うと、”争いは何も生まない”なんて事もないのではないか。俺みたいな人間も、争いが無きゃお役御免なわけだし」なんて、哲学っぽい戯言を考えながら、一週間の内に溜まった汚れと疲れを洗い落としていく。
熱いシャワーで冷静になった男は、鞄からタオルを取り出す。
教会からの支給品であるこの鞄は、ほとんど際限なく物が入るし、物と物が混ざる事も無く、汚れた物を入れても鞄の中身に汚れが移ることが無いのに加え、中に手を入れれば自分が取り出したい物が勝手に来る優れ物だ。
鞄に入れられた物質はエネルギーと情報に分解され、エネルギーを魔力へ、情報を魔法術式へと変換されてから保存されており、取り出す際には手から発せられる意志に反応して魔法術式が起動し、鞄内のエネルギーを用いて元の物質が再構築されるという仕組みになっている。
そんな、現代魔法の叡智の結晶とも言えるような鞄を、小さくて便利なクローゼット程度にしか思っていない男は、鞄にタオルをしまい、適当な部屋着を取り出し着替え、先ほど座っていたベッドの上に戻った。
隣のベッドで座るラリアは、背筋正しく窓から空を見ていた。
優しい橙色だった空が、上の方から段々と仄暗い藍色になっていく空を。
ラリアは不安だった。自分が正しい道を歩んでいるのかどうか。
かつての彼女にとっての善とは、枢機卿達の指示に従う事だった。
人民の事を最も考えている人間の命令を遂行する事が、ひいては人民の為になると、理屈抜きに教えられていたから。
教会にとって誤算だったのは、ラリアが賢明だった事だ。
ラリアは教育という洗脳を自らの理性で解き、彼らにとって最優先なのは自分達の組織の保身である事に気付いた。
そして、真に人民の為の行動をすべく、教会から飛び出した。
彼女は今、自分の行動が本当に人民の為になっているのかが分からずにいる。
けれど、頭の良い彼女は知っている。
自分が神ではない事を。
だから、行動してみるしかないのだ。
直感を頼りに。
「勇気は昇ってくるお日様がくれる。だから夜、月明りを見て不安になっても大丈夫」と、ラリアは心の中ではっきりと唱える。
いくつもの国立学校が立ち並ぶ学園都市として有名なアイロディアは、白を基調とした統一感のある街並みをしており、道行く人々もどこか知的な雰囲気を帯びている。
貧民街の不衛生な簡易宿泊所や、アイロディアに向かう途中の街道で軽い睡眠を取った以外、碌な休憩も取らずにここまできた修道騎士の顔には、疲労の色が滲み出ていた。
それに対し、同じ道程を辿っているはずの勇者の足取りは軽い。
「今夜はちゃんとした場所で眠れそうですね」
とはいえ、流石の勇者様にも多少の疲れはあるらしい。
”清浄の風”という魔法による清潔化で、外見上は騎士としての面目を保っている二人だけれど、体を洗わない事による不快感は魔法では解消されない。
「清潔なベッドとシャワー室があって欲しいです」
普段は頭で考えてから発話する男も、このときばかりは心に浮かんだ素直な思いを口にした。
その後男は、窓枠によって切り取られた外景の中で沈みゆく太陽をボーっと眺めていた。
いつもなら暗くなろうとも月明りを頼りに歩き続けるのだけれど、疲労の限界に達していた男を見兼ねたラリアの厚意により、今日は空がまだ黄昏ている頃から宿を探し始め、陽が沈み切る前には、三階建ての家屋の二階にある屋根付きの部屋で、ふかふかのベッドの上に座る事が出来ている。
「ここのシャワー、温水が出てきてびっくりです」
薄手のシャツにキュロットパンツ姿でシャワー室から出てきたラリアは、髪が濡れ、頬が火照っていた。
ラリアと入れ替わるように小さい脱衣所に入った男は、現状の異常性を充分に理解した上で、意識をしないようにしていた。
いくら監視対象だからとはいえ、年頃の女性と同じ部屋に泊まるのは倫理的によろしくないと思っていた男に対し、一人の女性である前に勇者であるラリアは、男と一緒の部屋で眠るという行為に特別何かを感じはしないのだ。
(ま、気にしたら負けだな)
男は脱いだ服を鞄に突っ込んで更衣室に残し、裸一貫でシャワーを頭からを浴びる。
「かつての戦争時、北方へと進軍した兵士達を寒さから守るために考案された保温の魔法術式が、今こうして平和的に活用されているのは感慨深い。戦争が無ければこの心地良さを得られなかったのかもしれないと思うと、”争いは何も生まない”なんて事もないのではないか。俺みたいな人間も、争いが無きゃお役御免なわけだし」なんて、哲学っぽい戯言を考えながら、一週間の内に溜まった汚れと疲れを洗い落としていく。
熱いシャワーで冷静になった男は、鞄からタオルを取り出す。
教会からの支給品であるこの鞄は、ほとんど際限なく物が入るし、物と物が混ざる事も無く、汚れた物を入れても鞄の中身に汚れが移ることが無いのに加え、中に手を入れれば自分が取り出したい物が勝手に来る優れ物だ。
鞄に入れられた物質はエネルギーと情報に分解され、エネルギーを魔力へ、情報を魔法術式へと変換されてから保存されており、取り出す際には手から発せられる意志に反応して魔法術式が起動し、鞄内のエネルギーを用いて元の物質が再構築されるという仕組みになっている。
そんな、現代魔法の叡智の結晶とも言えるような鞄を、小さくて便利なクローゼット程度にしか思っていない男は、鞄にタオルをしまい、適当な部屋着を取り出し着替え、先ほど座っていたベッドの上に戻った。
隣のベッドで座るラリアは、背筋正しく窓から空を見ていた。
優しい橙色だった空が、上の方から段々と仄暗い藍色になっていく空を。
ラリアは不安だった。自分が正しい道を歩んでいるのかどうか。
かつての彼女にとっての善とは、枢機卿達の指示に従う事だった。
人民の事を最も考えている人間の命令を遂行する事が、ひいては人民の為になると、理屈抜きに教えられていたから。
教会にとって誤算だったのは、ラリアが賢明だった事だ。
ラリアは教育という洗脳を自らの理性で解き、彼らにとって最優先なのは自分達の組織の保身である事に気付いた。
そして、真に人民の為の行動をすべく、教会から飛び出した。
彼女は今、自分の行動が本当に人民の為になっているのかが分からずにいる。
けれど、頭の良い彼女は知っている。
自分が神ではない事を。
だから、行動してみるしかないのだ。
直感を頼りに。
「勇気は昇ってくるお日様がくれる。だから夜、月明りを見て不安になっても大丈夫」と、ラリアは心の中ではっきりと唱える。
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