9 / 29
4-1. 束の間の休息
しおりを挟む
三日間に渡って貧民街を歩き回った挙句、何の手掛かりも得られなかった勇者達は今、首都デトログロスの南部に隣接する都市:アイロディラの街中にいた。
いくつもの国立学校が立ち並ぶ学園都市として有名なアイロディアは、白を基調とした統一感のある街並みをしており、道行く人々もどこか知的な雰囲気を帯びている。
貧民街の不衛生な簡易宿泊所や、アイロディアに向かう途中の街道で軽い睡眠を取った以外、碌な休憩も取らずにここまできた修道騎士の顔には、疲労の色が滲み出ていた。
それに対し、同じ道程を辿っているはずの勇者の足取りは軽い。
「今夜はちゃんとした場所で眠れそうですね」
とはいえ、流石の勇者様にも多少の疲れはあるらしい。
”清浄の風”という魔法による清潔化で、外見上は騎士としての面目を保っている二人だけれど、体を洗わない事による不快感は魔法では解消されない。
「清潔なベッドとシャワー室があって欲しいです」
普段は頭で考えてから発話する男も、このときばかりは心に浮かんだ素直な思いを口にした。
その後男は、窓枠によって切り取られた外景の中で沈みゆく太陽をボーっと眺めていた。
いつもなら暗くなろうとも月明りを頼りに歩き続けるのだけれど、疲労の限界に達していた男を見兼ねたラリアの厚意により、今日は空がまだ黄昏ている頃から宿を探し始め、陽が沈み切る前には、三階建ての家屋の二階にある屋根付きの部屋で、ふかふかのベッドの上に座る事が出来ている。
「ここのシャワー、温水が出てきてびっくりです」
薄手のシャツにキュロットパンツ姿でシャワー室から出てきたラリアは、髪が濡れ、頬が火照っていた。
ラリアと入れ替わるように小さい脱衣所に入った男は、現状の異常性を充分に理解した上で、意識をしないようにしていた。
いくら監視対象だからとはいえ、年頃の女性と同じ部屋に泊まるのは倫理的によろしくないと思っていた男に対し、一人の女性である前に勇者であるラリアは、男と一緒の部屋で眠るという行為に特別何かを感じはしないのだ。
(ま、気にしたら負けだな)
男は脱いだ服を鞄に突っ込んで更衣室に残し、裸一貫でシャワーを頭からを浴びる。
「かつての戦争時、北方へと進軍した兵士達を寒さから守るために考案された保温の魔法術式が、今こうして平和的に活用されているのは感慨深い。戦争が無ければこの心地良さを得られなかったのかもしれないと思うと、”争いは何も生まない”なんて事もないのではないか。俺みたいな人間も、争いが無きゃお役御免なわけだし」なんて、哲学っぽい戯言を考えながら、一週間の内に溜まった汚れと疲れを洗い落としていく。
熱いシャワーで冷静になった男は、鞄からタオルを取り出す。
教会からの支給品であるこの鞄は、ほとんど際限なく物が入るし、物と物が混ざる事も無く、汚れた物を入れても鞄の中身に汚れが移ることが無いのに加え、中に手を入れれば自分が取り出したい物が勝手に来る優れ物だ。
鞄に入れられた物質はエネルギーと情報に分解され、エネルギーを魔力へ、情報を魔法術式へと変換されてから保存されており、取り出す際には手から発せられる意志に反応して魔法術式が起動し、鞄内のエネルギーを用いて元の物質が再構築されるという仕組みになっている。
そんな、現代魔法の叡智の結晶とも言えるような鞄を、小さくて便利なクローゼット程度にしか思っていない男は、鞄にタオルをしまい、適当な部屋着を取り出し着替え、先ほど座っていたベッドの上に戻った。
隣のベッドで座るラリアは、背筋正しく窓から空を見ていた。
優しい橙色だった空が、上の方から段々と仄暗い藍色になっていく空を。
ラリアは不安だった。自分が正しい道を歩んでいるのかどうか。
かつての彼女にとっての善とは、枢機卿達の指示に従う事だった。
人民の事を最も考えている人間の命令を遂行する事が、ひいては人民の為になると、理屈抜きに教えられていたから。
教会にとって誤算だったのは、ラリアが賢明だった事だ。
ラリアは教育という洗脳を自らの理性で解き、彼らにとって最優先なのは自分達の組織の保身である事に気付いた。
そして、真に人民の為の行動をすべく、教会から飛び出した。
彼女は今、自分の行動が本当に人民の為になっているのかが分からずにいる。
けれど、頭の良い彼女は知っている。
自分が神ではない事を。
だから、行動してみるしかないのだ。
直感を頼りに。
「勇気は昇ってくるお日様がくれる。だから夜、月明りを見て不安になっても大丈夫」と、ラリアは心の中ではっきりと唱える。
いくつもの国立学校が立ち並ぶ学園都市として有名なアイロディアは、白を基調とした統一感のある街並みをしており、道行く人々もどこか知的な雰囲気を帯びている。
貧民街の不衛生な簡易宿泊所や、アイロディアに向かう途中の街道で軽い睡眠を取った以外、碌な休憩も取らずにここまできた修道騎士の顔には、疲労の色が滲み出ていた。
それに対し、同じ道程を辿っているはずの勇者の足取りは軽い。
「今夜はちゃんとした場所で眠れそうですね」
とはいえ、流石の勇者様にも多少の疲れはあるらしい。
”清浄の風”という魔法による清潔化で、外見上は騎士としての面目を保っている二人だけれど、体を洗わない事による不快感は魔法では解消されない。
「清潔なベッドとシャワー室があって欲しいです」
普段は頭で考えてから発話する男も、このときばかりは心に浮かんだ素直な思いを口にした。
その後男は、窓枠によって切り取られた外景の中で沈みゆく太陽をボーっと眺めていた。
いつもなら暗くなろうとも月明りを頼りに歩き続けるのだけれど、疲労の限界に達していた男を見兼ねたラリアの厚意により、今日は空がまだ黄昏ている頃から宿を探し始め、陽が沈み切る前には、三階建ての家屋の二階にある屋根付きの部屋で、ふかふかのベッドの上に座る事が出来ている。
「ここのシャワー、温水が出てきてびっくりです」
薄手のシャツにキュロットパンツ姿でシャワー室から出てきたラリアは、髪が濡れ、頬が火照っていた。
ラリアと入れ替わるように小さい脱衣所に入った男は、現状の異常性を充分に理解した上で、意識をしないようにしていた。
いくら監視対象だからとはいえ、年頃の女性と同じ部屋に泊まるのは倫理的によろしくないと思っていた男に対し、一人の女性である前に勇者であるラリアは、男と一緒の部屋で眠るという行為に特別何かを感じはしないのだ。
(ま、気にしたら負けだな)
男は脱いだ服を鞄に突っ込んで更衣室に残し、裸一貫でシャワーを頭からを浴びる。
「かつての戦争時、北方へと進軍した兵士達を寒さから守るために考案された保温の魔法術式が、今こうして平和的に活用されているのは感慨深い。戦争が無ければこの心地良さを得られなかったのかもしれないと思うと、”争いは何も生まない”なんて事もないのではないか。俺みたいな人間も、争いが無きゃお役御免なわけだし」なんて、哲学っぽい戯言を考えながら、一週間の内に溜まった汚れと疲れを洗い落としていく。
熱いシャワーで冷静になった男は、鞄からタオルを取り出す。
教会からの支給品であるこの鞄は、ほとんど際限なく物が入るし、物と物が混ざる事も無く、汚れた物を入れても鞄の中身に汚れが移ることが無いのに加え、中に手を入れれば自分が取り出したい物が勝手に来る優れ物だ。
鞄に入れられた物質はエネルギーと情報に分解され、エネルギーを魔力へ、情報を魔法術式へと変換されてから保存されており、取り出す際には手から発せられる意志に反応して魔法術式が起動し、鞄内のエネルギーを用いて元の物質が再構築されるという仕組みになっている。
そんな、現代魔法の叡智の結晶とも言えるような鞄を、小さくて便利なクローゼット程度にしか思っていない男は、鞄にタオルをしまい、適当な部屋着を取り出し着替え、先ほど座っていたベッドの上に戻った。
隣のベッドで座るラリアは、背筋正しく窓から空を見ていた。
優しい橙色だった空が、上の方から段々と仄暗い藍色になっていく空を。
ラリアは不安だった。自分が正しい道を歩んでいるのかどうか。
かつての彼女にとっての善とは、枢機卿達の指示に従う事だった。
人民の事を最も考えている人間の命令を遂行する事が、ひいては人民の為になると、理屈抜きに教えられていたから。
教会にとって誤算だったのは、ラリアが賢明だった事だ。
ラリアは教育という洗脳を自らの理性で解き、彼らにとって最優先なのは自分達の組織の保身である事に気付いた。
そして、真に人民の為の行動をすべく、教会から飛び出した。
彼女は今、自分の行動が本当に人民の為になっているのかが分からずにいる。
けれど、頭の良い彼女は知っている。
自分が神ではない事を。
だから、行動してみるしかないのだ。
直感を頼りに。
「勇気は昇ってくるお日様がくれる。だから夜、月明りを見て不安になっても大丈夫」と、ラリアは心の中ではっきりと唱える。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話
トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる