死越者の行進

具体的な幽霊 

文字の大きさ
12 / 29

4-4. 歯車が噛み合う

しおりを挟む
 食後、部屋に戻って装備を整えてから外に出た二人は、昨日までと同様に、ラリアの根拠なき直感を頼りに歩を進めた。
 昨日と違うのは、ラリアの歩く速さだ。
 なぜかは彼女自身にもわかっていないけれど、いつにも増して直感が指し示す方向がはっきりとしていて、この道は右、この道を真っすぐ、といったように、次にどの方向へ歩けばいいのかを示していた。
 だから彼女は、刹那の迷いもなく初見の道を突き進めた。
 そしてディエスは、彼女の背中に追随した。
 
 そんなラリアが突然足を止めたのは、視界不良な曲がり角で女性とぶつかってしまったから。
 正確に言うと、ぶつかる寸前で人の気配に気付いて立ち止まったラリアに、相手の方が止まり切れずに突っ込んできたのだ。
 普段、持ち前の直感と超人的な感覚器官のために人とぶつかる事なんてまずないラリアは、内心少なからず動揺していた。
 
 「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 ぶつかった拍子に尻もちをついた女性に、ラリアは謝罪し、手を差し伸べる。
 
 「ええ、ありがとう」

 その手を取って立ち上がった女性の顔はやけに白くて、薄ら寒い不気味さを感じさせた。
 ラリアは、この不気味さに覚えがあった。
 
 それは、魔獣と対峙したときの感覚に似ていた。
 
 「あの、あなたは何者なの?」

 失礼なのを重々承知の上で、ラリアは女性に尋ねた。
 栗色の長髪をかきあげて、自分の顔をよく見えるようにした女性は、ラリアの質問に平然とこう返した。

 「騎士様から見て、私は何者に見えますか?」

 ガラス細工のように煌く緑色の瞳で見つめてくる女性から距離を取ったラリアは、腰に携えた剣に手をかける。
 
 「外見上は人間にしか見えません。ですが、あなたの内側には何か得体の知れないものがいる気がします」

 ラリアは、自分が女性に対して感じている事を包み隠さず率直に伝えた。女性の顔を見て、自分の考えに確信を持ったから。
 この女性は普通じゃない、と。
 その瞬間から、ラリアの理性は女性が人間でない事を証明すべく、客観的な根拠を探し始めた。

 この状況で、一番初めに動いたのはディエスだった。
 彼だけが、現状において最適だと思われる行動を導いたのだ。
 その行動とは、女性を拘束する事。
 一人の人間を間違えて拘束してしまう事により発生するリスクと、眼前の化け物を野放しにする事のリスクを天秤に掛け、リスクの低い方を彼は選択した。

 ディエスは女性に近づいて、右の手首を掴んだ。

 が、女性の細腕は全く動かせない。

 「なんですか突然。デートのお誘いなら心惹かれる口説き文句の一つでも言ってからにしてください」
 
 「それは失礼」

 ディエスは手を離し、女性からも離れた。
 彼の行動は概ね正しかったけれど、考慮すべき点が一つ抜けていた。眼前の女性が仮に化け物であったとして、自分にその化け物を倒せるだろうか、という点を。
 自分のひたいに滲んできた冷たい汗を、ディエスは手の甲で拭った。
 
 「もう一度だけ質問します。一体あなたは何者なの」
 
 覚悟を決めたラリアは剣を抜き、今度は女性の目を見て問いただす。
 ラリアの視線を真っ向から受け止めた女性は、ゆっくりと口を開く。

 「私は私です。それ以上でも、それ以下でもありません」

 ラリアが剣を握る手に力を入れたのを見て、女性は薄笑いを浮かべた。
 
 「はぐらかされたくないのなら、もっとはっきり質問すべきですよ。あなたは人間なの、それとも化け物なの?って。まあ、こんな事を言っている時点で答えを言っているようなものですけどね」

 ここまで聞いてもなお、ラリアは動かなかった。いや、動けなかったのだ。確かにラリアの直感は、女性が人間でないと告げていたし、女性自身も自分が人間でない事を半ば認めている。それでもなお、眼前の女性が人間でないという絶対的な根拠を、ラリアの理性は見つけ出せなかったのだ。
 
 だが、ディエスは違った。
 ディエスは前進し、刹那の逡巡もなく女性の首めがけて剣を振り下ろす。
 女性が紙一重で回避するのを確認するや否や、すかさずディエスは二撃目を振い、三撃目、四撃目と続けざまに斬りつけるも、女性はその全てを避けきった。

 「何してるんですか!相手は人間かもしれないのに!!」

 動揺の声を上げたのはラリア。
 修道騎士が手加減なく振るった斬撃を四度も躱した女性の事を、未だにラリアは人間だと感じていた。自分と同じように、目の前の女性も何か特別な力を持った人間なのかもしれないという可能性を、ラリアは未だ捨てきれていない。

 「そんな事は殺した後に考えればいい。相手が化け物だった時に発生するリスクを、一つの死体で解消できるなら儲けものでしょう」

 ディエスは女性を視界に収めたまま、ラリアの偽善者臭い意見に反論する。
 ディエスにとっては、女性が敵であると認識した時点で、それが人間であろうとなかろうと大した差はない。拘束が難しい以上、どちらにせよ殺すしかないのだ。

 「殺せれば、ですけどね」

 女性は、片手で自分の口元を隠した。

 瞬時にその行動の意図を理解したディエスは、再び女性に斬りかかる。
 しかし、突如として女性を中心として強い旋風が発生し、ディエスの剣は女性の首筋を掠めただけで、その風圧に押し返された。
 
 「また会う日まで、さようなら」

 風で舞う砂埃が収まる頃には、女性の姿は消えていた。
 
 「<風塵壁アネモス・トイコス>と、<瞬間転移スティグミィアキニシ>の連立高速詠唱か。追跡は無理だな」

 ディエスは剣を収め、頭に手を当てた。
 相手が魔法を使用できる事は予想出来ていた。女性の腕を動かせなかった時点で、何らかの自己強化魔法を使っているだろうと思っていたのだ。だからこそ、女性が口元を隠したのを見た瞬間に動き出せた。口元を手で覆う動作は、魔導士が相手に魔法詠唱の読唇をさせないために行うものだと知っていたからだ。

 それでも、逃げられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話

トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...