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4-5. 当惑する正義
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「先ほどの旋毛風は目立ちましたから、ひとまずここから離れましょう」
これ以上の反省は後でする事にしたディエスに対し、ラリアは考え続けていた。
あの女性は、いったい何者だったのだろう。外見も、纏う雰囲気も、言葉の話し方も、全てが人間らしさに溢れていた女性から唯一感じた非人間的な不気味さは、一体彼女のどこから来るものだったのだろうか、と。
しばらく歩いて人通りがある大通りまで来た二人は、ディエスの提案で近くのカフェに入った。先ほどの出来事を今すぐに教会へ報告すべきだとディエスは考えていた。
テラス席に座り、注文したコーヒーに一口もつけることなく羊皮紙に万年筆を走らせているディエスの対面に座るラリアは、ディエスが注文したものと同じコーヒーを飲み、落ち着きを取り戻しつつあった。
勿論、落ち着いて考えたからといって、あの女性について何かわかるわけではない。
修道騎士の斬撃を跳ね返すほどの魔法障壁と、補助魔法陣を使わない転移魔法を一度の詠唱で唱え切れるような魔導士はそれほど多くない。真っ当な手段――魔法学校で実践魔法学を専攻する、名のある魔導士に弟子入りする等――で魔法を会得しているのなら、調べれば顔や髪色等の特徴から名前が分かるだろう。
とはいえ、女性の名前が分かったところで、それが人間である事の証明になるわけではない。人間の体を乗っ取って悪事を働くゾンビに代表されるような魔獣や、人間の姿に化ける偽人魔のような魔獣も少なくないから。
けれど、今まで見聞きした魔獣の中に、あれほどまで人間らしい会話ができるものはいなかった。
魔獣が人語を扱うのは人間を騙すために過ぎず、会話によって人間と意志疎通を図ろうなどという気は毛頭無い。それゆえ魔獣と人間との会話には、人間同士の会話にはない違和感が生じる。
その違和感が、あの女性には無かったのだ。
それに、あの女性はこちらの話に耳を傾け、曲がりなりにも私の質問に答えてくれた。
仮にあの女性が魔獣なのであれば、自分が魔獣であると疑われた時点で会話を切り止め、私達を殺すか、私達から逃げるのが自然ではないだろうか。
「ねえ、あなたはどうしてあの女性に斬りかかったんですか」
自分で考えるだけでは結論が出ないという結論を出したラリアは、いつの間にか筆が止まっていたディエスに尋ねた。
人間の外見をした謎の存在に遭遇し、強力な魔法を使われた事と、その存在を勇者が斬らなかった事を書き終えたディエスは、冷めきったコーヒーに軽く口を付け、涸れた井戸のように深い溜息をついた。
「あの女は殺せるうちに殺しておくべき存在だと判断したからです。今でもその判断が間違っていたとは思っていません。あれほどの魔法を扱いながら、騎士に対して自分の正体を隠すような存在は、人間であろうとなかろうと危険極まります」
ディエスは、ラリアの戸惑いを理解できなかった。
勿論、一般の人間であれば、どんな理由があれ人間を殺す事にに戸惑いを覚えるのは分かる。
だが、危険分子は誰であれ、芽が出ないうちに異教徒として排除する事で長きにわたり歴史の中心に立ってきた教会が丹精込めて造り上げた勇者に、相手が人間であるかもしれないという理由だけで命を奪うのを躊躇するような心があるとは思えなかったのだ。
「私は人民を救済する事を使命としていますから、人間であるか、そうでないかは重要なんです」
ディエスが言外に込めた疑問に、ラリアは答える。
「人命の価値は、天秤で測れるようなものではありません。多くの人民を救うために、少数の人民を切り捨てるのは、神の意志に反します」
「崇高なお考えですね」
心の内で嗤ったディエスは、その感情が表情に出ないよう、苦味と酸味だけが残ったコーヒーを一気に飲み干してから言葉を続けた。
「ですが、その考えは聊か理想的過ぎではないですか。我々は神ではないのです。多少の犠牲を覚悟しなければ、多数の人民を救えはしないのでは?」
この言葉を聞いて、ラリアは理解した。
自分と彼とでは、根本的に考え方が違うという事に。
「理想を追わなければ、現実は変わりません。全ての奇跡は、理想を信じ続けた一部の勇気ある人々が為してきたのです。神は、未来のどんな可能性も否定しません。そして神が否定しない限り、私達にはどんな未来でも選び取る権利があります。人民の救済を使命とする私が、その権利を自ら放棄するわけにはいきません」
この勇者様は、自分が変われば世界を変えられると思い込んでいるタイプだとディエスは思った。
自分が変わると世界が変わったように思えるのは、成長した自分の広くなった視野により認識できる主観的世界が広がるからであり、客観的な世界が一人の人間によって目に見えるほどの変化をするはずがない、と考えている現実主義者のディエスとは正反対の、神に愛された者だけが抱き続けられる理想主義を、ラリアは今でも抱いている。
自分が世界の中心に立っていると思っている点で、勇者の思考は教会と一致している。
唐突に我に返ったディエスは、皮肉な言い方をし過ぎたと反省した。
「なんにせよ、あの女性についての情報が必要ですね」
ディエスは、あくまで自分は協力的である事を示すため、教会に飛ばす羊皮紙に、勇者が謎の存在についての情報を欲しているという旨を付け加えた。
書き終えられた羊皮紙は燕の姿へと変容し、翼をはためかせて飛び立った。
「教会に報告書を飛ばしたので、こちらで調べずとも近い内に何らかの情報が送られてくるでしょう」
これ以上の会話には利益がないと判断したディエスは話題を切り替えた。
「情報が来るまでは闇雲に動いても仕方ありませんから、今日は前の宿でもう一泊しませんか?」
「そうですね。そうしましょう」
教会からの情報が必要だとは思っていなかったラリアだが、ゆっくりと考える時間が欲しかったので、ディエスの言葉に賛同した。
ディエスの提案で、二人は昨日泊まった宿に戻った。
今回は、昨日とは違って一人一部屋になった。
これ以上の反省は後でする事にしたディエスに対し、ラリアは考え続けていた。
あの女性は、いったい何者だったのだろう。外見も、纏う雰囲気も、言葉の話し方も、全てが人間らしさに溢れていた女性から唯一感じた非人間的な不気味さは、一体彼女のどこから来るものだったのだろうか、と。
しばらく歩いて人通りがある大通りまで来た二人は、ディエスの提案で近くのカフェに入った。先ほどの出来事を今すぐに教会へ報告すべきだとディエスは考えていた。
テラス席に座り、注文したコーヒーに一口もつけることなく羊皮紙に万年筆を走らせているディエスの対面に座るラリアは、ディエスが注文したものと同じコーヒーを飲み、落ち着きを取り戻しつつあった。
勿論、落ち着いて考えたからといって、あの女性について何かわかるわけではない。
修道騎士の斬撃を跳ね返すほどの魔法障壁と、補助魔法陣を使わない転移魔法を一度の詠唱で唱え切れるような魔導士はそれほど多くない。真っ当な手段――魔法学校で実践魔法学を専攻する、名のある魔導士に弟子入りする等――で魔法を会得しているのなら、調べれば顔や髪色等の特徴から名前が分かるだろう。
とはいえ、女性の名前が分かったところで、それが人間である事の証明になるわけではない。人間の体を乗っ取って悪事を働くゾンビに代表されるような魔獣や、人間の姿に化ける偽人魔のような魔獣も少なくないから。
けれど、今まで見聞きした魔獣の中に、あれほどまで人間らしい会話ができるものはいなかった。
魔獣が人語を扱うのは人間を騙すために過ぎず、会話によって人間と意志疎通を図ろうなどという気は毛頭無い。それゆえ魔獣と人間との会話には、人間同士の会話にはない違和感が生じる。
その違和感が、あの女性には無かったのだ。
それに、あの女性はこちらの話に耳を傾け、曲がりなりにも私の質問に答えてくれた。
仮にあの女性が魔獣なのであれば、自分が魔獣であると疑われた時点で会話を切り止め、私達を殺すか、私達から逃げるのが自然ではないだろうか。
「ねえ、あなたはどうしてあの女性に斬りかかったんですか」
自分で考えるだけでは結論が出ないという結論を出したラリアは、いつの間にか筆が止まっていたディエスに尋ねた。
人間の外見をした謎の存在に遭遇し、強力な魔法を使われた事と、その存在を勇者が斬らなかった事を書き終えたディエスは、冷めきったコーヒーに軽く口を付け、涸れた井戸のように深い溜息をついた。
「あの女は殺せるうちに殺しておくべき存在だと判断したからです。今でもその判断が間違っていたとは思っていません。あれほどの魔法を扱いながら、騎士に対して自分の正体を隠すような存在は、人間であろうとなかろうと危険極まります」
ディエスは、ラリアの戸惑いを理解できなかった。
勿論、一般の人間であれば、どんな理由があれ人間を殺す事にに戸惑いを覚えるのは分かる。
だが、危険分子は誰であれ、芽が出ないうちに異教徒として排除する事で長きにわたり歴史の中心に立ってきた教会が丹精込めて造り上げた勇者に、相手が人間であるかもしれないという理由だけで命を奪うのを躊躇するような心があるとは思えなかったのだ。
「私は人民を救済する事を使命としていますから、人間であるか、そうでないかは重要なんです」
ディエスが言外に込めた疑問に、ラリアは答える。
「人命の価値は、天秤で測れるようなものではありません。多くの人民を救うために、少数の人民を切り捨てるのは、神の意志に反します」
「崇高なお考えですね」
心の内で嗤ったディエスは、その感情が表情に出ないよう、苦味と酸味だけが残ったコーヒーを一気に飲み干してから言葉を続けた。
「ですが、その考えは聊か理想的過ぎではないですか。我々は神ではないのです。多少の犠牲を覚悟しなければ、多数の人民を救えはしないのでは?」
この言葉を聞いて、ラリアは理解した。
自分と彼とでは、根本的に考え方が違うという事に。
「理想を追わなければ、現実は変わりません。全ての奇跡は、理想を信じ続けた一部の勇気ある人々が為してきたのです。神は、未来のどんな可能性も否定しません。そして神が否定しない限り、私達にはどんな未来でも選び取る権利があります。人民の救済を使命とする私が、その権利を自ら放棄するわけにはいきません」
この勇者様は、自分が変われば世界を変えられると思い込んでいるタイプだとディエスは思った。
自分が変わると世界が変わったように思えるのは、成長した自分の広くなった視野により認識できる主観的世界が広がるからであり、客観的な世界が一人の人間によって目に見えるほどの変化をするはずがない、と考えている現実主義者のディエスとは正反対の、神に愛された者だけが抱き続けられる理想主義を、ラリアは今でも抱いている。
自分が世界の中心に立っていると思っている点で、勇者の思考は教会と一致している。
唐突に我に返ったディエスは、皮肉な言い方をし過ぎたと反省した。
「なんにせよ、あの女性についての情報が必要ですね」
ディエスは、あくまで自分は協力的である事を示すため、教会に飛ばす羊皮紙に、勇者が謎の存在についての情報を欲しているという旨を付け加えた。
書き終えられた羊皮紙は燕の姿へと変容し、翼をはためかせて飛び立った。
「教会に報告書を飛ばしたので、こちらで調べずとも近い内に何らかの情報が送られてくるでしょう」
これ以上の会話には利益がないと判断したディエスは話題を切り替えた。
「情報が来るまでは闇雲に動いても仕方ありませんから、今日は前の宿でもう一泊しませんか?」
「そうですね。そうしましょう」
教会からの情報が必要だとは思っていなかったラリアだが、ゆっくりと考える時間が欲しかったので、ディエスの言葉に賛同した。
ディエスの提案で、二人は昨日泊まった宿に戻った。
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