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8-3. 穏やかな死を
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「じゃあ、俺の質問にも答えてくれるか?」
ラリアが沈黙したのを見て、ディエスが議論に割って入った。
ムルドが「もちろん」と言ったのを聴いてから、ディエスは問いかけた。
「お前は、どうやってその”こっち側”とやらに行ったんだ?まさか単に自殺しただけで、都合よく蘇ったってわけじゃないんだろう」
ラリアとムルドが問答をしている間に、ディエスの中には初めに立てたのとは別の仮説が出来上がっていた。
その仮説とは、ムルドは教会とは違う教義を信仰する集団に洗脳されているのではないか、というもの。そう考えれば、個人の妄言にしては勧誘の言葉がすらすらと出てくる事や、酔ってないにもかかわらず、自信に満ちた表情をしている事にも納得がいく。
「俺は、あんたらと会った後に、一人の女性に誘われたんだ。『私に賭けてみる気はない?』ってさ。それで―――」
その先に興味は無かったディエスは、ムルドの話を遮るように質問を重ねた。
「じゃあ、お前も今の俺達みたいに勧誘されたって事だよな。なら、お前が所属している集団は、俺達以外にも声をかけているはずだ。そうなると、お前のように話を信じた人間だけじゃなく、信じなかった人間も出てくるはずだ。その信じなかった人間を、お前達はどうしたんだ?仕方がないからって解放したのか?違うな。口封じのために殺したはずだ。教会に、お前達の行動が知られないようにするために」
教会は、信者を奪い取ろうとする存在を許さない。特に、教会とは別の教義を信仰する集団は、全身全霊で叩き潰しに来る。教会で噂が流れていない以上、ムルドが所属している集団は、情報の流失を何らかの方法で防いでいるはずだった。
「俺は知らない。俺が誘ったのはあんたらが初めてだ」
ムルドが、自分達が他の人間にも勧誘をかけているという事を否定しなかったのを確認したディエスは、間髪入れずに追求する。
「それにしては誘い方が流暢だったな。仮に、お前が直接勧誘したのは初めてだとしても、誰かから誘い方を教わったんじゃないか?それなら、誘いを断られた時の段取りも教わっているはずだ。まさか、『話を聞いて下さりありがとうございました』とだけ言って解放するわけじゃないだろう」
ムルドは、どうするべきか迷った。
”新しい知性”からの情報で、ムルドはディエスの質問に対する答えを知っていた。また、この事を言えば、平和的な勧誘が出来なくなる確率が高くなるだろうという事も分かっていた。
「そうだ。確かに、誘いを断った人間は殺すことになっている」
そして、その場しのぎの嘘は、すぐにバレるだろうという事も、ムルドは理解していた。
一度嘘を吐くと、その嘘を真実だと偽るために嘘を吐かなければならない。そうして次々と嘘を積み重ねていく内に、巨大な虚構が出来上がり、隠すのが困難になる。
「だが、殺した後は、ちゃんと蘇らせた。蘇った人達は皆、”こっち側”へ来た事に感謝したぜ。”こっち側”に来ると、言葉で言い表せないような解放感みたいなものがあるんだ。”こっち側”に来た奴で、元に戻りたいって言いだす奴はいない。それだけ、”こっち側”は素晴らしいんだ!」
ムルドは、事実を話した上でラリアを説得できる可能性に賭けた。はなからこちらを信用する気のないディエスは無理でも、ラリアならば、そのチャンスがあると思ったから。
だが、ムルドの言葉を聴き終えたラリアは、彼に剣の切っ先を向けた。
「あなたの言い分は、洗脳によって人間の自由意志を捻じ曲げる事を正当化しています。確かに、あなたの行いは、多くの人々を貧困の恐怖や無知の呪縛から解放したのかもしれません。ですが、自分の価値観のみに基づいて、他者の選択の余地を奪う行為は許されてはならない」
教会の歪んだ価値観を押し付けられていたラリアにとって、ムルドのした行為は看過できるものではなかった。たとえその行為で、何人もの人間が救われたのだとしても。
「ムルド・シュタイナー。修道騎士の権限で、あなたを拘束します。犯した罪を告白し、正当な裁きを受けて下さい」
その宣言を聴き、ムルドはラリアから距離を取った。彼の目的は、教会が生み出した勇者を”こっち側”に迎え入れる事。そのための手段は、選ばない。
ムルドは叫ぶ。
「あんたらは俺の言葉より、法律に従うんだな。既存の権力の方が正しいなんて証拠はどこにも無いというのに!」
そして右手を掲げ、小さく呟く。
ムルドが呟いたのは滅びの呪文。正確な音程とリズムで韻を踏んだ言葉に力が宿り、純白の鴉に似た形となる。
だが、その鴉は飛び立つ前に翼をもがれ、地に堕ちた。
「な……」
地面に落ちた鴉は、その場で周囲に滅びを齎した。魔法の使用者であるムルドを巻き込んで。
「私にその程度の魔法は通用しません。本当は、正規の手順で裁かれて欲しかったですが、危険思想を持つ魔導士は即刻死罪です。さようなら」
消滅していく身体を見ながら、ムルドは自分の数奇な人生を走馬灯のように思い起こした。
大半が貧しく、虚しく、見るに堪えないような生き様ではあったが、最後だけは、物語の端役くらいの活躍は出来ただろうという事に満足したムルドは、死を越えるという決断を悔いること無く、二度目の死を穏やかに受け入れた。
ラリアが沈黙したのを見て、ディエスが議論に割って入った。
ムルドが「もちろん」と言ったのを聴いてから、ディエスは問いかけた。
「お前は、どうやってその”こっち側”とやらに行ったんだ?まさか単に自殺しただけで、都合よく蘇ったってわけじゃないんだろう」
ラリアとムルドが問答をしている間に、ディエスの中には初めに立てたのとは別の仮説が出来上がっていた。
その仮説とは、ムルドは教会とは違う教義を信仰する集団に洗脳されているのではないか、というもの。そう考えれば、個人の妄言にしては勧誘の言葉がすらすらと出てくる事や、酔ってないにもかかわらず、自信に満ちた表情をしている事にも納得がいく。
「俺は、あんたらと会った後に、一人の女性に誘われたんだ。『私に賭けてみる気はない?』ってさ。それで―――」
その先に興味は無かったディエスは、ムルドの話を遮るように質問を重ねた。
「じゃあ、お前も今の俺達みたいに勧誘されたって事だよな。なら、お前が所属している集団は、俺達以外にも声をかけているはずだ。そうなると、お前のように話を信じた人間だけじゃなく、信じなかった人間も出てくるはずだ。その信じなかった人間を、お前達はどうしたんだ?仕方がないからって解放したのか?違うな。口封じのために殺したはずだ。教会に、お前達の行動が知られないようにするために」
教会は、信者を奪い取ろうとする存在を許さない。特に、教会とは別の教義を信仰する集団は、全身全霊で叩き潰しに来る。教会で噂が流れていない以上、ムルドが所属している集団は、情報の流失を何らかの方法で防いでいるはずだった。
「俺は知らない。俺が誘ったのはあんたらが初めてだ」
ムルドが、自分達が他の人間にも勧誘をかけているという事を否定しなかったのを確認したディエスは、間髪入れずに追求する。
「それにしては誘い方が流暢だったな。仮に、お前が直接勧誘したのは初めてだとしても、誰かから誘い方を教わったんじゃないか?それなら、誘いを断られた時の段取りも教わっているはずだ。まさか、『話を聞いて下さりありがとうございました』とだけ言って解放するわけじゃないだろう」
ムルドは、どうするべきか迷った。
”新しい知性”からの情報で、ムルドはディエスの質問に対する答えを知っていた。また、この事を言えば、平和的な勧誘が出来なくなる確率が高くなるだろうという事も分かっていた。
「そうだ。確かに、誘いを断った人間は殺すことになっている」
そして、その場しのぎの嘘は、すぐにバレるだろうという事も、ムルドは理解していた。
一度嘘を吐くと、その嘘を真実だと偽るために嘘を吐かなければならない。そうして次々と嘘を積み重ねていく内に、巨大な虚構が出来上がり、隠すのが困難になる。
「だが、殺した後は、ちゃんと蘇らせた。蘇った人達は皆、”こっち側”へ来た事に感謝したぜ。”こっち側”に来ると、言葉で言い表せないような解放感みたいなものがあるんだ。”こっち側”に来た奴で、元に戻りたいって言いだす奴はいない。それだけ、”こっち側”は素晴らしいんだ!」
ムルドは、事実を話した上でラリアを説得できる可能性に賭けた。はなからこちらを信用する気のないディエスは無理でも、ラリアならば、そのチャンスがあると思ったから。
だが、ムルドの言葉を聴き終えたラリアは、彼に剣の切っ先を向けた。
「あなたの言い分は、洗脳によって人間の自由意志を捻じ曲げる事を正当化しています。確かに、あなたの行いは、多くの人々を貧困の恐怖や無知の呪縛から解放したのかもしれません。ですが、自分の価値観のみに基づいて、他者の選択の余地を奪う行為は許されてはならない」
教会の歪んだ価値観を押し付けられていたラリアにとって、ムルドのした行為は看過できるものではなかった。たとえその行為で、何人もの人間が救われたのだとしても。
「ムルド・シュタイナー。修道騎士の権限で、あなたを拘束します。犯した罪を告白し、正当な裁きを受けて下さい」
その宣言を聴き、ムルドはラリアから距離を取った。彼の目的は、教会が生み出した勇者を”こっち側”に迎え入れる事。そのための手段は、選ばない。
ムルドは叫ぶ。
「あんたらは俺の言葉より、法律に従うんだな。既存の権力の方が正しいなんて証拠はどこにも無いというのに!」
そして右手を掲げ、小さく呟く。
ムルドが呟いたのは滅びの呪文。正確な音程とリズムで韻を踏んだ言葉に力が宿り、純白の鴉に似た形となる。
だが、その鴉は飛び立つ前に翼をもがれ、地に堕ちた。
「な……」
地面に落ちた鴉は、その場で周囲に滅びを齎した。魔法の使用者であるムルドを巻き込んで。
「私にその程度の魔法は通用しません。本当は、正規の手順で裁かれて欲しかったですが、危険思想を持つ魔導士は即刻死罪です。さようなら」
消滅していく身体を見ながら、ムルドは自分の数奇な人生を走馬灯のように思い起こした。
大半が貧しく、虚しく、見るに堪えないような生き様ではあったが、最後だけは、物語の端役くらいの活躍は出来ただろうという事に満足したムルドは、死を越えるという決断を悔いること無く、二度目の死を穏やかに受け入れた。
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