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10ー3. 崇高なる虚像の崩壊
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「がっかりしたかな。神だと信じていた存在が、自分と同じ人間だと知ってしまったから」
メライアは申し訳なさそうな表情で、俯いているラリアを見つめた。
「でも、天啓は荒唐無稽な与太話ではなく、確かに未来を予言したものでした。人間に、未来を観る事ができるとは思えません」
ラリアは顔を上げ、縋るように問いかけた。リアス・ウィズザムの名を知っているならば、こんな質問に意味など無いとすぐにわかるはずなのに。
ラリアの双眸は、メライアに無言で訴えていた。「私の神を人間に貶めないでください。私の神は崇高な存在であるはずなのです」と。
「私はリアスから、占星魔術の指南を受けていたから、彼と同じように予言ができるの。あなただけじゃないわ。歴代の勇者は皆、歴代の占星魔術師によって天啓を告げられていた」
想定通りの最悪な返答を聞いたラリアは、一言「なぜ」と力無く呟いた。
「じゃあ、昔話をしよう」
その言葉足らずな問いに対し、メライアは懇切丁寧に語り出した。
「占星魔術師は代々、バビリア王国の重要な未来を予言する事で、国の安寧と繁栄に尽力していたの。けれど、戦争に幾度も勝利していくうちに、王国は予言よりも信仰を重要視するようになった。占星魔術師の言葉より、教会の言葉に従うようになったの」
天啓を告げる時とは違い、抑揚を付けて話すメライアは、誤解されることのないよう、ゆっくりと説明を続けていく。
「周辺国を武力で統合すると、当然国内で軋轢が生じるでしょ。昨日まで敵同士だった人々が、今日からは同じ国民だから仲良くしましょうなんて出来るわけないんだから」
そこまで聴いたラリアは、幼き日に教会で習った歴史を思い出した。王国は、国民の心を一つにするために教会の信仰を取り入れたのだと。
「そこで王国は、国民全員に同一の神を信仰させることで、国内の治安を向上させようとしたの。教会は上手くやったわ。宣教師は読み書き計算を無償で教えながら、信仰の重要性を説くことで、王国に信仰を根付かせていったの。無理矢理に信仰を押し付けるのではなくて、信仰心を持つことが幸福への近道だと時間をかけて刷り込んでいった。信仰が広まるにつれて、治安は良くなったわ。そして、王国における教会の影響力も大きくなった」
まるで、神への信仰を、社会秩序を形成するための手段であるかのように語るメライヤに、ラリアは若干の憤りを覚えた。だが、自分の信じていた神はメライアが演じていた偶像であった以上、この怒りを彼女に向けるのは違う気がした。
「充分な力を持った教会は、自分達の地位をより盤石にするため、占星魔術師を排斥しようとしたの。神様の言葉よりも具体的で必ず起こる占星魔術による予言は、国民の信仰心を低下させかねないと考えてね。知ってる?人間は必ず起こる事より、起こるか起こらないか分からない事の方が好きなのよ。働いてお金を稼ぐのは嫌いなのに、ギャンブルでお金を賭けるのは好きな人が多いのは、それが理由」
メライアは山葡萄水を少しだけ飲み、「美味しいよ」とラリアにも飲んでみるように勧めてから話を続ける。
「教会の信仰はギャンブルに似ている。自分の時間と思考リソースの一部を賭けて、幸福という利益を勝ち取ろうとするところとか、信じても救われない者がいるところとかがね。それに対し、占星魔術の予言は労働に似ている。専門知識を持った人間が然るべき手順に沿って作業すれば、確実な予言が得られるから」
信仰とギャンブルを同列に語るメライアに、どんな感情を抱くべきなのかが、ラリアには分からなかった。ただ、微笑を湛えたメライアの声音には、教会に対する憎悪も、占星魔術に対する熱愛も含まれていないように感じられた。
「少し賢い人は、ギャンブルは一時的な快楽を得られるだけで、長期的な利益は見込めないとわかっていた。だから、王国の議員の大半は、表向きは教会を信仰していても、その実は無心論者で、占星魔術の予言をこそ信仰している人が多かったの。でも、国民から圧倒的な支持を得ていた教会からの意見を無下に扱うことも出来なかった」
ラリアは、メライアの笑みが誰に向けられているのかが分かった気がした。
彼女は人類全体を嘲笑しているのだろう。だからこそ、多くの人間が神に信仰を捧げる行為を、賭博の一種だと断じてしまえるのだ。
「占星魔術師の立場は、かなり悪くなったわ。初めは教会からの圧力のせいだったのだけれど、議会の風見鶏な派閥が一斉に占星魔術を乗り捨てて、教会へ尻尾を振りだしたのが主な原因だった。周辺国で王国と一戦交えようなんて気になるような兵力を持った国はいなかったから、当時の占星魔術による予言が、王国の存亡に関わるような大きな未来を告げることが無くなっていたのも、彼らが予言を軽んじるようになった原因の一つでしょうね」
メライアの口角が一瞬だけつり上がったのを、ラリアは見逃さなかった。
過去の行いを嘲るのは現代に生きる者の特権だが、当時の人達が主観的に下した判断を、現在という俯瞰的視点から見て嗤う行為は、好ましいとは言えない。それでも、過去の人物を糾弾する事で、相対的に現代に生きる自分達の賢明さを表そうとする者は多い。
「占星魔術師は、自分が失脚したことよりも、国が予言に耳を傾けなくなることを危惧した。大抵の場合、盛んな者達が必衰の理を忘れた頃に、唐突な衰退が訪れるとあうことを歴史的事実として知っていたから。そこで、当時の占星魔術師が考え付いたのが、魔王と勇者という虚構を創り出し、天啓によって教会の行動を操る現在の構造なの」
それを聞いてラリアは、勇者という役割すらも神聖な場所から失墜していたのだと気付いた。
よくよく考えれば、神だと信じていたものが人工物だったのだから、その神から使命を授けられる事で尊さを保証されていた勇者という役割が神聖でないのは当然なのだが、そこまで頭が回っていなかった。
メライアは申し訳なさそうな表情で、俯いているラリアを見つめた。
「でも、天啓は荒唐無稽な与太話ではなく、確かに未来を予言したものでした。人間に、未来を観る事ができるとは思えません」
ラリアは顔を上げ、縋るように問いかけた。リアス・ウィズザムの名を知っているならば、こんな質問に意味など無いとすぐにわかるはずなのに。
ラリアの双眸は、メライアに無言で訴えていた。「私の神を人間に貶めないでください。私の神は崇高な存在であるはずなのです」と。
「私はリアスから、占星魔術の指南を受けていたから、彼と同じように予言ができるの。あなただけじゃないわ。歴代の勇者は皆、歴代の占星魔術師によって天啓を告げられていた」
想定通りの最悪な返答を聞いたラリアは、一言「なぜ」と力無く呟いた。
「じゃあ、昔話をしよう」
その言葉足らずな問いに対し、メライアは懇切丁寧に語り出した。
「占星魔術師は代々、バビリア王国の重要な未来を予言する事で、国の安寧と繁栄に尽力していたの。けれど、戦争に幾度も勝利していくうちに、王国は予言よりも信仰を重要視するようになった。占星魔術師の言葉より、教会の言葉に従うようになったの」
天啓を告げる時とは違い、抑揚を付けて話すメライアは、誤解されることのないよう、ゆっくりと説明を続けていく。
「周辺国を武力で統合すると、当然国内で軋轢が生じるでしょ。昨日まで敵同士だった人々が、今日からは同じ国民だから仲良くしましょうなんて出来るわけないんだから」
そこまで聴いたラリアは、幼き日に教会で習った歴史を思い出した。王国は、国民の心を一つにするために教会の信仰を取り入れたのだと。
「そこで王国は、国民全員に同一の神を信仰させることで、国内の治安を向上させようとしたの。教会は上手くやったわ。宣教師は読み書き計算を無償で教えながら、信仰の重要性を説くことで、王国に信仰を根付かせていったの。無理矢理に信仰を押し付けるのではなくて、信仰心を持つことが幸福への近道だと時間をかけて刷り込んでいった。信仰が広まるにつれて、治安は良くなったわ。そして、王国における教会の影響力も大きくなった」
まるで、神への信仰を、社会秩序を形成するための手段であるかのように語るメライヤに、ラリアは若干の憤りを覚えた。だが、自分の信じていた神はメライアが演じていた偶像であった以上、この怒りを彼女に向けるのは違う気がした。
「充分な力を持った教会は、自分達の地位をより盤石にするため、占星魔術師を排斥しようとしたの。神様の言葉よりも具体的で必ず起こる占星魔術による予言は、国民の信仰心を低下させかねないと考えてね。知ってる?人間は必ず起こる事より、起こるか起こらないか分からない事の方が好きなのよ。働いてお金を稼ぐのは嫌いなのに、ギャンブルでお金を賭けるのは好きな人が多いのは、それが理由」
メライアは山葡萄水を少しだけ飲み、「美味しいよ」とラリアにも飲んでみるように勧めてから話を続ける。
「教会の信仰はギャンブルに似ている。自分の時間と思考リソースの一部を賭けて、幸福という利益を勝ち取ろうとするところとか、信じても救われない者がいるところとかがね。それに対し、占星魔術の予言は労働に似ている。専門知識を持った人間が然るべき手順に沿って作業すれば、確実な予言が得られるから」
信仰とギャンブルを同列に語るメライアに、どんな感情を抱くべきなのかが、ラリアには分からなかった。ただ、微笑を湛えたメライアの声音には、教会に対する憎悪も、占星魔術に対する熱愛も含まれていないように感じられた。
「少し賢い人は、ギャンブルは一時的な快楽を得られるだけで、長期的な利益は見込めないとわかっていた。だから、王国の議員の大半は、表向きは教会を信仰していても、その実は無心論者で、占星魔術の予言をこそ信仰している人が多かったの。でも、国民から圧倒的な支持を得ていた教会からの意見を無下に扱うことも出来なかった」
ラリアは、メライアの笑みが誰に向けられているのかが分かった気がした。
彼女は人類全体を嘲笑しているのだろう。だからこそ、多くの人間が神に信仰を捧げる行為を、賭博の一種だと断じてしまえるのだ。
「占星魔術師の立場は、かなり悪くなったわ。初めは教会からの圧力のせいだったのだけれど、議会の風見鶏な派閥が一斉に占星魔術を乗り捨てて、教会へ尻尾を振りだしたのが主な原因だった。周辺国で王国と一戦交えようなんて気になるような兵力を持った国はいなかったから、当時の占星魔術による予言が、王国の存亡に関わるような大きな未来を告げることが無くなっていたのも、彼らが予言を軽んじるようになった原因の一つでしょうね」
メライアの口角が一瞬だけつり上がったのを、ラリアは見逃さなかった。
過去の行いを嘲るのは現代に生きる者の特権だが、当時の人達が主観的に下した判断を、現在という俯瞰的視点から見て嗤う行為は、好ましいとは言えない。それでも、過去の人物を糾弾する事で、相対的に現代に生きる自分達の賢明さを表そうとする者は多い。
「占星魔術師は、自分が失脚したことよりも、国が予言に耳を傾けなくなることを危惧した。大抵の場合、盛んな者達が必衰の理を忘れた頃に、唐突な衰退が訪れるとあうことを歴史的事実として知っていたから。そこで、当時の占星魔術師が考え付いたのが、魔王と勇者という虚構を創り出し、天啓によって教会の行動を操る現在の構造なの」
それを聞いてラリアは、勇者という役割すらも神聖な場所から失墜していたのだと気付いた。
よくよく考えれば、神だと信じていたものが人工物だったのだから、その神から使命を授けられる事で尊さを保証されていた勇者という役割が神聖でないのは当然なのだが、そこまで頭が回っていなかった。
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