讐炎の契約者

ひやま

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【第二話】長短

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「…ふぅ、片付いたわね。」

 と言って、彼女は目の前の異形の亡骸から目を離して刀を鞘に収める。

「まさか本当に現れるとはねぇ。」

 腕を組み、難しそうな顔をしながら彼女は俺に声をかける。

「まあ、どこからの情報かもわかりませんでしたが、聞くに越したことはありませんね。」
「でも、上からの指示でしょ?実は幹部クラスの異人がさっきのあいつの情報先につかんでたり…。」
「ありえますね。」

 今回、ここで張り込みをしていたのは上層部の指示があったからだ。普通、俺たちは民間人からの情報や、すでに異形が出現してから仕事を行う。それゆえ上層部からの仕事、というのは普段は絶対にないことだ。上層部が何かしらの特別な意図を持って俺たちを派遣したのは間違い無いだろう。

「…んーっ、疲れた…。てかもう定時じゃん。飲み行こ。」
 難しいことは放っておく主義の彼女が思考を投げ捨てて提案する。
「さっき浴びるほど飲んだでしょうが…。」
 彼女は張り込み中、暇だからと言ってこのビルにあるバーに二時間ほど居座り、数十杯分の請求書を俺に渡してきた。おかげで財布が軽い。
「いいじゃんいいじゃん。こいつのせいでアルコール飛んだわ。」
「はあーっ、…どっちみち後始末あるんで、しばらく帰れませんよ。」
「うえー…。」

 彼女はそう言ってその場に腰をおろして両手を後ろについた。その顔はなんともまあ間抜けた顔だ。

 
 さて、遅ればせながら自己紹介といこう。俺の名前は「荒牧あらまきシュウスケ」、25歳男。そして、そこに腰を下ろしたのは俺の先輩兼恋人である「九火ここのいアカリ」。こう見えても、異人「妖狐」と人間のハーフだ。俺の三つ上でかなりの酒豪。そのくせあんまり酒には強くない。
 俺たちは、こういった異形を見つけて駆除する。という仕事を主に行っている政府公認機関の所属。大衆からは対異形警察執行官、略して異警官と呼ばれる。異警官は俺のような純粋な人間は少ない。彼女のような異人のハーフや純粋な異人がそのほとんどを閉めている。ああ、彼女のことも、まず異人、異形のことも追々説明はするが、まあ異人は味方。異形は完全に敵である。と覚えておいてくれ。
 今回の俺たちの仕事は、上層部からの任務であり「商業ビル内に出現すると思われる異形の捜索および駆除」だ。そもそも、異形は市街地に出てくることはあまりない。だがそれなりの頻度ではある。例えるなら、給食にカレーライスが出てくる頻度くらいだ。しかし、その頻度で出てくる異形は大した脅威ではない。まあ、今回はそれなりに人間の脅威、と呼べる程度ではあったと思う。異形も近年では弱体化の一途を辿ってはいるが、油断は禁物だ。現に、年間で数百人が異形関連で犠牲になっている。俺たちの仕事は、この異形から人々を守る仕事だ。しかし、それにやりがいなんてものは感じていない。

「とりあえず本部に連絡はしましたので、先輩も周囲の包囲をお願いします。」

「…。」
 俺の発言に対して、彼女はかなり不満そうな顔をしてこちらを睨む。

「…なんですか、その顔。」
「もう定時です。日も沈んでます。」
「そうですね。それが何か?」
「もうお仕事は終わったはずです。だ・か・ら!ちゃんと私を名前で呼びなさい!」
 そう、彼女とはお付き合いをしている仲であって、オフでは「アカリさん」と呼んでいる。時刻は17時21分、定時を過ぎている。これが終われば直帰の予定だったのだが…。
「…まだ応援と処置班が到着してませんから、仕事は終わってませんよ先輩。」
「くっ…、この仕事厨めっ…!」
 公私は混同しない。これが俺のポリシーだ。仕事は仕事だし、アカリ先輩は恋人であって先輩なのだ。



「…ねえ、あれ異警官でしょ?」
「ね。あんな感じの人がねえ。」
「あいつ刀持ってるぜ、こっわw」
「しっ!聞かれたらどうすんのさ。異人だったら殺されるかもよ?」

 不意に聞こえてきた話声と、目線に気がついた。周囲の民間人は、俺たち異警官を良く思っていない。それもそうだ。俺たちは日々異形を探し出しては駆除して、たまに人が死んでその責任で指を刺されての繰り返しだ。異形がらみのほとんどの世間様のヘイトは俺たちに向く。それに、大体の異警官は売り飛ばされた異人や人間の孤児だったりが多い。アカリ先輩は違うが、俺がそうだ。幼少期に両親が他界し、孤児院に入れられた。その後20歳でこの職についた時から、毎日のように異形を追いかけては駆除、見つけては駆除の繰り返しだ。その中で、感謝なんてされたのは片手で数えられるくらいしかない。だが、今のように心無い言葉を吐かれたり、異形への八つ当たりで殴られるなんてのはザラだ。現に、アカリ先輩はもうすでに聞かないふりをして目を瞑り上を向いている。俺たちは彼らからの税金で生活ができる。彼らもそれを理解しているから、言いたい放題を言えるのだ。俺も、聞かないふりをして適当にやり過ごそう。

「…あの、」

 不意に近いところで声がしたかと思うと、さっきアカリ先輩が庇った少年が立っている。こちらを見てモジモジしている。

「どうした坊や。どこか怪我でもしたか?私の守りが甘かったか。」
「ううん、その、お礼しなきゃって…。助けてくれてありがとう。お兄さん、お姉さん。」

 先輩の眉が、一気に上がるのが見えた。そこから彼女は眩しい笑顔で少年に言う。

「いいってことよ!坊や。元気でな!」
「…うん!」

 アカリ先輩に頭を撫でられた少年は、元気に去っていく。少し少年が羨ましい…。しかしまあ、こうやって面と向かって感謝されると気恥ずかしいものだ。これで感謝されるのは…、俺は片手を出して数えてみた。

「何嬉しそうな顔してんの?」
「感謝されたのは久しぶりなので、大いに嬉しい顔をしています。」
「眉毛がちょっと動いただけじゃん。それでよく喜んでるって言えるなあ。」

 あの少年は俺たちを一瞥し、両親らしき人の元へ走っていく。こんな俺たちにも感謝の言葉を送ってくれた、良い少年だ。どこまでも応援したくなるような、そんな小さな背中が遠くなる、と思った時。その足が急に止まる。



 次の瞬間、少年の頭を何かが貫く。見えなかった。どれほどに速かった。

 「は?」

 思わず声が漏れる。アカリ先輩が飛び上がり、周囲は戦慄する。
 気づけば、そこにあった先の異形の骸がぐちゃぐちゃになり、まるで溶けたような跡が残っている。この感じ、まさか…。

「分身…。ってことでいいの?」

「当たりだ。気づくのが遅すぎたが、100点をやろう。」

 奴は真正面から堂々と現れた。奴は人型を保っているが、手、足、背から無数の触手を生やし、胴体や顔も触手を捻り集めてできたような体をしている。のらりくらりとこちらに歩いてくる。
 奴は少年の頭に刺さったままの触手を捻り、その頭部を胴から取り外し、そのまま自身の口らしき部分まで運ぶ。少年の両親らしき二人はその場に膝から倒れ、口を塞ぎ、声にならない激情を叫ぶ。周囲の人間も、先程とは打って変わり、「助けて!」「なんとかしろ!」と、助けを求め逃げ惑っている。
 奴の触手が少年の頭を飲み込む。そして奴は愉悦に浸った声を発する。

「かあぁぁ…、やはり若い人間の脳は美味い。生を実感するなあ。」

 こいつ、人間の脳を食いやがった。異形は普通、食事や栄養を摂取しなくても100年単位で生きることができる。しかし、こいつらには好物と呼べる存在が二つある。そのうちの一つが人間の脳だ。
 それにしても、こいつさっきより明らかに強くなってるよな?いや、本来の力をただ隠していただけなのだろう。今、奴は俺らで倒し切れるかは五分五分だ。応援はまだ来ない。腹を決めるか。

「喜べ。人間。この俺、『怒涛のケゲス』が相手をしてやる。」
「…まじ?そのなりで上位帯な訳?」

 異形は本来名前を持たない。名前を持つのは人間や異人によって名付けられた強力な異形である「上位体」と呼ばれるやつらだけ。つまり、こいつは異形の中でもかなり凶悪な部類に入る。ということだ。

「上位体がホントに何の用でこんな都市部に来たわけ?」
「無論、お前ら人間の世界を終わらせるための下準備だ。俺も、ここに来たばかりの時は貴様ら人間のふりをするのに必死だった。しかし、バレたのならもう隠す必要もなかろう。」
「そりゃね。でも隠れている方が、駆除されなかったんじゃない?」
「ククク、そこまで脳がないと思われているのか。悲しいものだ。俺が出てきたのは貴様らと無謀な戦いを浪するためではない。」
「は?あ、まさか…。」

 「聞こえているか!『氷人ひょうじん』よ!取引は中止だ!一週間後、例の場所にて待つ!その時が、人間の時代の終焉の合図となるだろう!」

 次の瞬間、奴が触手を伸ばして窓際に駆ける。用が済んだから撤退、ってことか…!

「…ッ!待てコラ!」

 と、先輩が自分の刀を投げる。それはもすごい速度で奴の触手に迫っていくが、虚しく空を切るだけ。

バリン!と窓が割れ、ガラスがその場に散らばる。そして奴はその窓から出ていく。ここはビルの8階だ、触手を使って降りていくつもりだろう。俺はすぐに窓際に走り、トランシーバーをとる。

「こちら五課、荒牧。目標は窓を破って逃走。…民間人一名を捕食した。」
『…了解。四課を向かわせる。指示を待て。』

 ザッ、というノイズと共に通信を切る。まずいことになった。上位体レベルの異形の出現ならびに逃走、民間人の犠牲。更には氷人のオマケ付きだ。奴が関わってるのか?ついに尻尾を見せたか…。無意識に、刀を握ったままの手に力が籠る。ともかく、かなり事態は深刻だ。対策を考えないと…。いや、先にこのビルの民間人をどうにかしないと…。

「…。」
「…先輩?」

 アカリ先輩は、静かに少年だったものの近くにしゃがみ込んだ。いつになく、寂しい顔をして。
 そこから応援が来るまで、一時間はかかっただろうか。
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