私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25

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第157話

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「それは、」

 口にしかけた言葉が、喉の奥でふっとほどけた。

 言わないことを選ぶのは、いつも少しだけ、痛みを伴う。

 誰かに頼らないということじゃない。
 ただ、誰かを巻き込まないという選択。

 柊先輩の必死さが、ただの心配じゃないことを私は知っている。

 でも、あの男のことを、朝陽先輩に伝えるべきじゃないと思う。

「ただ、心配してただけじゃないかな。しんどくて、声のトーンがおかしかっただけで…ね、心桜ちゃん」

 沙紀先輩の声が、私の沈黙にそっと蓋をするように響いた。

 沙紀先輩が助け舟を出すわけない。

 朝陽先輩にあの男のことがバレたら、まずいことでもあるのだろう。

 その可能性が、私の中で静かに広がっていく。

 でも、今はそれを確かめる必要もない。
 今は、のるしかなかった。

「あ、はい。多分…そうだと思います」

 言葉にした瞬間、胸の奥がじんわりと痛んだ。

 それは、本音じゃない。
 でも、今の私が選べる精一杯の言葉だった。

 朝陽先輩に話したら、きっと心配してくれる。
 きっと何か行動を起こそうとする。

 それは、先輩の優しさだってわかってる。

 でも、これ以上誰かを巻き込むべきじゃないって、私も分かってるから。

「そっ、か、」

 その言葉の間にある小さな間が、私の沈黙を受け止めてくれたような気がした。

 先輩は、何も聞かずに、何も詮索せずに、

 ただ、私の選んだ言葉をそのまま受け取ってくれた。

 そのことが、私にはとてもありがたかった。

「早く元気になって欲しいよね。文化祭も近いんだから」

 沙紀先輩の声が、空気を少しだけ軽くした。

 柊先輩のいない文化祭なんて、想像したくない。

 先輩がいないだけで、色も音も、全部が薄くなる気がする。

「そうですね、」

 返事をしながら、私は柊先輩の顔を思い浮かべていた。

 先輩が元気になって、文化祭を楽しむ。
 その日を、静かに待ちたいと思った。

 焦らずに。
 無理せずに。

「心桜ちゃんは、柊と周わるの?」

 その問いに、 わたしは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

「はい」

 その言葉の中に、 先輩と一緒にいることを選んだ自分を、そっと肯定した。

「そっか。楽しんでね」

 朝陽先輩の声は、変わらず穏やかで、私の心をそっと包んでくれた。

「ありがとうございます」

 その言葉の中に、感謝と少しの照れが込められていた。

 歩道の先に、学校の門が見えてきた。

 朝の光はまだ柔らかくて、 アスファルトの端に落ちる影も、どこか頼りない。

 その光の中に、私の今日が始まろうとしていた。

 その門を見つけた瞬間、足をほんの少しだけ、緩めた。

 門の向こうには、日常がある。
 でもその日常は、昨日とは少しだけ違う。
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