私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第76話

「疲れたっ…！」

　椅子に座って伸びをしながら、声を出した。

　長い一日の疲れが少しだけ取れた気がした。

　文化祭の準備や練習で、体も心もクタクタだったけど、やっと一息つく時間がやってきた。

「お疲れ様」

　遥希くんが優しい声で言った。

　その声に、私はほっとした気持ちになる。

「遥希くんもお疲れ様。それじゃあ、帰ろっか」

　私は微笑みながら言った。

「うん」

　遥希くんも微笑みながら答えた。

　私達の間には、穏やかな空気が流れている。

「文化祭終わったらさ、みんなで打ち上げ行きたいよね」

　私は椅子から立ち上がり、バッグを肩に掛けながら言った。

　友達と過ごす楽しい時間が待ち遠しいし、そのことを考えると少しだけ気持ちが軽くなる。

「そうだね」

　遥希くんも同意してくれた。

　遥希くんも打ち上げを楽しみにしているみたいだった。

　教室を出て、廊下を歩きながら会話を続ける。

「それにしても明日香の衣装凄かったね」

　明日香の手作りの衣装が、みんなに大好評だった。

「うん。売り物みたいだったね」

　自他ともに認める才能だった。
　明日香は将来デザイナーになりたいと言っていた。

　彼なら、その夢を叶えられそうな気がする。
　いや、絶対叶えられる。

「それにしても、日が暮れるの早くなってきたね…」

　窓の外を見ると、すでに夕暮れが迫っている。

　季節の移り変わりを感じながら、心の中に少しの寂しさが漂う。

「うん。寒くなってきたし、風邪ひかないようにね」

　その言葉に、遥希くんの優しさを感じて、心が温かくなるのを感じた。

「はーい」

　遥希くんの優しい気遣いが、心に染み渡る。

「そういえば、今日雨降るって言ってたのに、結局降らなかったね」

　朝、お母さんに傘を持っていくように言われ…

「あ、教室に傘置いてきちゃった」

「取りに戻ろうか」

　遥希くんが提案してくれた。

「私、取りに行ってくる。だから遥希くんはここにいて」

　待たせるだけでも申し訳ないのに、また階段を上って…うん。そんな重労働させられない。

「分かった。待ってるから急がなくていいよ」

　遥希くんは優しく言った。

「うん。ありがとう」

　傘を取りに行くために教室へ向かう。

　廊下を歩いていると、誰かが話している声が聞こえてきた。

「そうね、」

　声の主は沙紀先輩だった。

　先輩、学校来れたんだ。良かった。

　話を聞いてはいけないと思って何も言わずに、立ち去ろうとしたその時だった。

「ええ、あの日のことはうまくいったわ。あの子、完全に動揺していたわ」

　私は驚いて足を止め、声のする方に耳を傾けた。

　あの日のこと…？
　一体誰となんの話しを…

「次はもっと強く出て、彼女を本気で怖がらせるのよ」

　怖がらせるって、一体誰を…

「それは駄目。手は出さないで。やりすぎたらだめよ。手を出したりしたら柊が黙ってないから。せっかく二人きりの時間ができたのに、そんなことしたら作戦は全て水の泡じゃない」

　…作戦って、

「っ、」

　私を怖がらせるつもりで…
　あの男の人は、沙紀先輩の指示で動いてたってこと？

　どうして、何のために、？

「もちろん。成功したら、ちゃんと報酬は渡すわ」

　沙紀先輩は微笑みながら電話を切った。

　報酬…。

　その言葉にショックを受け、思わず息を呑んだ。

　沙紀先輩があの男性に指示を出していたのだと知り、恐怖と怒りが入り混じった感情が胸に広がった。

　い、いや、まだそうと決まったわけじゃない。

　いくらなんでも、沙紀先輩が裏ボスなんて…



「沙紀先輩。今の話、どういうことですか？」