私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第102話

　昼休み、咲月と向かい合わせて机に弁当を広げ、静かな時間を過ごしていた。

　教室の中は昼休み特有の喧騒が広がり、誰かが笑い合う声や椅子を引く音が飛び交っている。

　それでも、私たちの周りだけは不思議と穏やかな空気が流れていた。

　弁当の残りを少しずつ片付けながら、ふと窓の外に目をやった。

　青空が広がり、遠くで揺れる木々の影が見える。

　その景色に一瞬心が和らぐけれど、胸の中には消えないモヤモヤが残っている。

　それをどう言葉にすればいいのか分からず、弁当の空箱を見つめた。

「…で、遥希と何してたの？」  

　咲月がさりげなく切り出したその言葉に、私は一瞬手を止めた。

　その声のトーンにはどこか探るような響きがあり、その質問が本当に軽いものではないことが伝わってきた。

「え、何って、言ったでしょ？正門でたまたま会ったって」  

　私は笑みを浮かべながら返事をしたけれど、自分でもそれがぎこちないことは分かっていた。

　目を合わせるのが少し怖くなり、視線を弁当の箱に落としたまま話を続けた。

「そんな嘘通用すると思ってる？」  

　咲月の声が少し鋭くなり、胸がドキッとする。

　彼女の目線がこちらに向けられているのを感じながら、私はとうとう視線を上げた。

　彼女の表情には疑いの色が浮かんでいて、隠し事をしているのが明らかに伝わってしまっている。

「やっぱり…ばれてた？」  

　私は小さな声で返した。
　これ以上嘘は通用しないみたいだ。

「当たり前でしょ？」  
　咲月はため息交じりに言った。

「ごめん、」  

　私は小さな声で謝った。

　それ以外どう言葉を紡げばいいのか分からなかった。

「謝らなくていいよ。言いたくないならこれ以上は何も聞かないけどさ、それでも気になって」  

　咲月は優しい声で続ける。

　その言葉に救われた気がして、少しだけ深呼吸をした。

「それが、先輩と喧嘩…いや、一方的に私が逃げたんだけど」  

　とうとう口を開いたけれど、その言葉を言った途端、胸の中にしまっていた思いがざわめき始める。

　思い出すだけで辛くなり、言葉を続けるのが少し怖くなった。

「なになに、また沙紀先輩のせい？」  

　咲月が少し顔をしかめながら尋ねる。

　その質問に、私は慌てて否定した。

「いや、そうじゃなくて…」  

　私は首を振りながら答えた。

　でも、この話を続けるには彼の存在を明かさなければならない。

　それだけはどうしても避けたくて、言葉を切った。

「まぁいいや。それで？」  

　咲月が追及をやめてくれたことで、少しだけ肩の力が抜ける。

「それで、落ち込んでる時に偶然遥希くんと会って。あ、この偶然は嘘じゃなくて本当にたまたま会ってね？」  

　私は慌てて付け加えた。

　その偶然が本当だということを咲月に信じてもらいたかった。

「分かってるって」  

　咲月は自然なトーンで返してくれた。
　信じてくれているみたいでホッとした。

「それで、気分転換にって公園に連れて行ってくれて」  

　言葉を続けながら、その時の光景が頭に浮かんできた。

　青空が広がり、穏やかな風が吹く中で感じた心の軽さを思い出した。

「へぇ、それで何したの？」  

　咲月が興味深そうに尋ねたその声に、私は思わず少し笑った。

「ただ…雲を見てたかな」  

　遥希くんと過ごしたあの時を思い出しながら、静かに答えた。

「雲？」  

　咲月が不思議そうに問い返したその声に、私はもう一度微笑みながら頷いた。

「ふふっ、うん」  

　その時の穏やかな感覚が胸に広がり、心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。

「…そっか。よく分からないけど、良かったね」  

　咲月が優しい声で返したその瞬間、教室の窓から差し込む陽射しが弁当箱を明るく照らした。