私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第117話

「…知りたいって、思う日は来ないかもしれないよ」  

　小さく呟いた瞬間、胸の奥が静かに締め付けられる。

　自分で言葉にしてしまったことで、その可能性を確かにしてしまったような気がした。

　知りたいと思わないかもしれない――

　それが本心なのかどうかさえ、分からない。

　でも今はまだ、遥希くんの言葉の先にあるものを受け止める勇気がない。

　それは事実だった。

　視線を落として、かすかに指先を動かす。

　無意識のうちに手をぎゅっと握りしめていた。

　爪がかすかに掌に食い込み、その感覚が少しだけ現実に引き戻してくれる。

　鼓動が少し速くなっているのを感じながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。  

「うん。それでもいいよ」  

　遥希くんの声はまっすぐで、優しかった。

　まるで全てを許してしまうような響きがあって、胸の奥がぎゅっとなる。

　彼の言葉はいつも穏やかで柔らかい。

　でも、こうして気持ちを受け止めてもらうたびに、なぜか苦しくなる。  

「それでも…いいの？」  

　思わず問いかけてしまう。

　どうしてこんなにも簡単に許してくれるのか、

　それが分からなくて、自分の言葉を確認するように呟いた。

　視線を床に向けたまま、答えを待つ。

　遥希くんの答えは分かっている気がするのに、それでも聞かずにはいられなかった。  

「うん」  

　変わらない答えに、思わず唇を噛む。  

「傷つけることに、なるかもしれないんだよ、？」  

　言葉を紡ぐたびに、喉の奥がかすかに詰まる。

　彼の優しさを信じたいのに、信じることで何かが壊れてしまうような気がして怖い。

　そう言いながら、自分が一番傷つけたくないのは遥希くんなのだと…

　それが、どうしてなのかは分からない。

「俺は心桜ちゃんの気持ちがいちばんだから」  

　遥希くんは淡々と、けれど柔らかく言う。

　その言葉に、視線が自然と彼へと向かう。

　まるで全部肯定されてしまったみたいで、言葉を返せなくなる。  

　彼の目は穏やかで、どこまでも優しかった。  

「……そういうところ、ずるいよ」  

　小さく呟いて、ゆっくりと視線をそらした。

　遥希くんの優しさに触れるたびに、心が揺れてしまうのが分かってしまうから。  

　彼の言葉が真っ直ぐすぎて、心を落ち着かせることができない。

　彼の優しさがあまりにも強すぎると感じてしまうのは、きっと自分がまだ答えを出せないから。 

「そうかな？」  

　遥希くんは微笑む。

　あまりにも自然で、どこまでも穏やかな笑み。

　その姿を見つめながら、ふっと息を吐いた。

「…後悔しない？」  

　問いかけた声は、思っていたよりも小さかった。

　自分の中でこの質問がどこから生まれたのか分からない。

　でも、彼がこのまま何かを抱えてしまうのなら、それが怖くて聞かずにはいられなかった。  

「何を？」  

　遥希くんは首を少し傾げる。

　その仕草があまりにも自然で、ただ疑問を持っているだけのように見えてしまう。

　その問いに、言葉を詰まらせる。  

「その…私を助けて、」  

　視線を落としながら、小さな声で続けた。

　遥希くんが側にいてくれることが、どこか安心する。

　それでも、ずっと頼ってしまうのではないかという不安が胸を締め付ける。  

　遥希くんはどんなときでもまっすぐで、迷いなく支えてくれる。

　その言葉に救われるたびに、胸の奥が温かくなる。


　それなのに…、


　その優しさにちゃんと応えられない自分がいる。  


　ただ助けだけを求めて、彼が本当に望んでいるものを何ひとつ差し出せない。




　そんな自分が、ひどく情けなく感じる。