私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25

文字の大きさ
139 / 181

第139話

しおりを挟む
 私は玄関の鍵を取り出して、ドアに手をかけたその瞬間

「心桜…!」

 突然、背後から声が飛び込んできた。  

 その声は、聞き慣れたはずなのに、今はどこか切迫していて、胸の奥をざわつかせる。

 振り返る間もなく、次の瞬間、腕が私の身体を包んだ。

「っ、先輩、?どうして…せ、先輩?」

 言葉がうまく出なかった。  

 驚きと戸惑いと、何か得体の知れない感情が、一気に喉の奥に押し寄せてきた。

 先輩の腕は、強くもなく、弱くもなく。

 確かに“離すつもりがない”と伝わってくる温度だった。

 玄関の灯りが、二人の影を重ねていた。  
 その光の中で、私はただ立ち尽くしていた。  

 何が起きているのか、頭が追いつかない。  

 ただ、先輩の呼吸がすぐそばにあることだけは、はっきりと感じていた。

「先輩、ほんとにどうしちゃったんですか?」

 声は震えていた。  

 でも、それは怖さじゃなくて、

 “何かを見落としていたかもしれない”という不安だった。

 先輩は何も言わない。  
 ただ、抱きしめたまま、動かない。

 その沈黙が、私の心をじわじわと締めつけていく。

 今日一日、いろんな言葉が飛び交った。  
 誰かの皮肉、誰かの優しさ、誰かの沈黙。  

 そのすべてを受け止めてきたはずなのに、今ここで、言葉のない行動に触れた瞬間、

 私はどうしていいか分からなくなっていた。

 どうしてって、聞いてるのに。  
 先輩は何も答えない。

 こんな先輩初めてだった。

「…ごめん」

 その一言は、先輩の腕の中から漏れた。  

 低くて、震えていて、まるで自分自身に向けているような声だった。

 私は、彼の胸元に押し当てられたまま、その言葉の意味を探ろうとした。  

 何に対しての“ごめん”なのか。  
 誰に向けての“ごめん”なのか。

 「どうして謝るの、?それより、沙紀先輩は?」

 問いかけながら、自分の声が少しだけ震えていることに気づいた。  

 感情の揺れを隠しきれなかった。

 先輩の腕の中にいるという状況が、  
 あまりにも非現実的で、でも、確かに現実だった。

 柊先輩が沙紀先輩を置いて会いに来るなんて、そんなこと、今まで一度も…。

 二人はいつも一緒で、わたしはその背中を見送る側だった。  

 彼の腕の強さが、  

 私の中の“聞きたくないかもしれない答え”を予感させていた。

 先輩が何かを言ってしまったら、その言葉が、今までの関係を壊してしまうかもしれない。  

 「多分…一人で帰ってる」

 その答えが落ちた瞬間、胸の奥がきゅっと縮こまった。  

 その言葉が、先輩の迷いと衝動を物語っていた。

 私はそっと先輩の腕の中で身じろぎする。  
 でも、彼は離さなかった。  

 そのことが、余計に心をざわつかせた。

「多分って、」

 言葉が途切れた。  
 問い詰めたいわけじゃない。  

 ただ、知りたかった。  

 先輩が何を思って、何を選んで、今ここにいるのか。

「気づいたら走り出してたから」

 その言葉は、まるで自分でも信じられないような口調だった。  

 彼の呼吸が少しだけ乱れていて、  

 その中に、焦りと後悔と、何かもっと深い感情が混ざっていた。

 私は、彼の腕の中で静かに目を閉じた。  

 この距離が、今日一日でいちばん近いのに、いちばん遠く感じた。


 私の中で、何かが静かにほどけていく。  
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

処理中です...