ごめんね、足りなかったよね。

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3章 こんな私でも

162話 何も思わない

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『ああ、そうですか。ご連絡いただきありがとうございました』
 昼休み、父は休憩室で電話に出ていた。相手はフラヴィアナの担任。すぐに助けられ、近所の病院へ運ばれた。命に危険が及んでいるらしい。五分五分とのこと。手術中だと先生は言ったけど、父は疲れから無表情だった。
『……はい。はい。そうですか』
 メモ帳に、先生が言ったことを書き込む。力を入れすぎたせいで、下のメモ帳に黒く重く傷がつく。
『仕事が立て込んでいるので、終わったらうかがいます。ありがとうございました。それでは、失礼いたします』
 そして、母へ、メモに書いたものをメッセージにして送る。特大の溜め息をつき、時計を見る。午後の会議が始まる15分前。今から食べる時間はない。仕方なくランチを抜き、必要な書類を抱えた。
「そういえば、娘さん成人したんだって?」
「うん。写真見る?」
「見たい!」
「初めての孫を……」
「家族旅行で……」
「息子が結婚して……」
「大学で弁護士の……」
「この前行ったランチの写真見てほしいの!」
 すれ違う社員の話を右から左に流し、会議室に向かう父。皆には家族がいて、友人がいて、ごく普通に生活している。私たちの家は壊れてしまった。親だってひとりの人間で、絶対に正しいとは限らない。正しさも間違いも子供は学ぶ。その結果がこれか。思わず、父は鼻で笑ってしまった。

 私がその知らせを聞いたとき、まだオーレリアンが病室にいた。あまりの衝撃に言葉を失う。妹が怪我をした? 2階から転落した? 命が危うい? あの妹が、本当に……?
「その……ありがとうございました」
 ふたりきりになると、また緊張感が走る。両親は妹の元に向かっただろうか? いや、それは……どうだろう。仕事が忙しくて終わらないと溜め息をついていたことは、覚えている。さすがに、フラヴィアナの瀕死に駆けつけない親がいないわけないだろう。
「いまさら何か思うわけじゃないけど……。いつか何かしらやると思っていたから」 
「そう……」
 オーレリアンは口を開いたけど、下を向いて閉じた。私は瞬きをして、窓の外を眺める。また雪が強く降っている。だれもが待ち望む春は、まだ少し遠い。風が吹いて、空気を揺らして震わせる。
「不思議だな。ずっといるのに、悲しいと思わない……」
 妹との思い出を振り返る。思い残したことはあった? 話したいことはあった? やりたいことはあった? 一度でも幸せだと思ったことがあった? 妹が誇らしかった? 姉でいられて嬉しかった?
 ――そんな理想の押し付け、壊してやる。
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