ごめんね、足りなかったよね。

fireworks

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3章 こんな私でも

164話 受容

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 だれもいない家に人が来ているから、だれかと思ったけど。声をかけられ、その人の姿をじっと見たらわかった。レンの母だ。1年以上会っていなかったけど、随分印象が変わった。マスクと杖をついていて、正直言って両親と同年代に見えない。腰が曲がってしまい、歩きづらそう。目元や額のしわが深くなり、息苦しく呼吸する。少なくとも、1年以上前は自力で歩き、年相応の姿で、笑っていた人だったのに。別人のように変わり果てて。
「最後に、あなたに言いたいことがあって来ました」
 オーレリアンは車の鍵をかけ、私の横に立った。ブーツの音が近づいてきて、手を握る。
「知り合いなの。怪しい人じゃないよ」
 と小声で言い、頷くのを確認して。
「はい。どうかしましたか?」
「息子が迷惑をかけました。申し訳ございません……。このとおりです」
 レンの母は精一杯頭を下げると、杖が手から落ちる。けれど、支える力が弱まっているから前に倒れてきそう。こんな状態じゃ、怪我の治りが遅い。手が離れる。オーレリアンは前に出て杖をつかみ、レンの母の手をそこに添えた。
「柱につかまりますか?」
「ああ……。結構です……。手短に終わらせますので。……申し訳ございません……。謝罪すら自力でできないなんて……」
 レンの母はさらに姿勢が低くなってしまい、腰をさすった。全身の震えが止まらないんだ。杖だけじゃ折れてしまいそう。そこまでしてここに来た理由は、なんだろう……?
「それで、どうして……」
「感謝と謝罪のためです。つい1カ月前、あなたと息子が別れていたことを知りました。申し訳ございません。現在、息子は薬物中毒で心と身体を壊し、寝たきりになっています。もう、生きることのできる日数も随分と減りました。烏滸がましいことですが、不肖な息子と付き合っていただいたことに感謝しています」
「いえ、そんな……」
「息子はあなたにひどいことをしてきました。現在の息子の状態は当然の報いといえます。この場を借りて謝罪いたします。大変申し訳ございませんでした」

 レンの母は軽く頭を下げ、杖をつきながら歩いていった。改めて言う言葉なんて何も用意していなかったし、いざその場に立つと消えていったから。一切の情が湧かなかった。あれほど好きだった彼なのに。今では、「どうでもいい」という名の、ガラクタばかり詰まった箱の奥底にしまわれていた。別のことをしていただけで、彼のことなんてすっかり忘れてしまった。
 だからといって、完全に忘れたわけじゃない。ふとした瞬間に、過去のキラキラした思い出と、何も見えなくなった苦痛が蘇る。
 ひとつ確かなことは、彼と私の道は違えた。現在の彼が、元の生活を送ることは極めて困難。……受け入れよう。付き合っていたときも、首を絞められたときも、好きだった気持ちも、噓じゃないから。大切な思い出。ゆで卵が生卵に戻れないように、彼も時間も非可逆的。
 私は彼と違った生き方をする。
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