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ビバ・水洗トイレ
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「おお…!」
オレは今、この世界で記憶を思い出して以来初めて心から声を出したと思う。
小さな石造りの個室の前、数人の人だかりができているその中心には向こうの世界で見慣れた水洗トイレがあったのだ!
ぎょっとした顔をする使用人やメイドを退けて、オレはずんずんとその中心に向かう。
するとそこで一人のメイドが立ちふさがった。
「カーリー!どうしてこのような場所に姫様をお連れしたのですか!」
カガリ・ラクシュミー…だったか。美人だが、よくオディットに突っかかっているメイドの一人だ。
燃えるような赤髪に金色の瞳。
ハッと目を引かれる美人だが、目つきがきつい。ついでに言葉尻もきつい。
怒鳴られた当のオディットくんはといえば、しれっとした顔で「申し訳ございません」と謝っていた。
「このような場所にアイリーン様をお連れするのはどうかと迷ったのですが、それよりもいち早くゼロセブン様のお目にかかりたいと仰りまして…」
「このような場所で初対面を迎えてどうするのです!」
「お会いしたい、という気持ちが一番大切かと」
心底申し訳なさなさそうに、自身の力不足を訴えるオディットくん。役者だな…。思わずじっと見つめてしまった。
するとその中心にいた桜色の髪の美しい少年が、申し訳なさそうな雰囲気でこちらに向かってきた。
「すまない、待たせてしまってこんなところにまで迎えに来てくれたのかな?」
「えっと、」
心底申し訳なさそうにそう言う美少年。桜色のさらりとした髪に、黒く瑞々しく輝く大きな瞳、ぷっくりとした形の良い唇が心地の良い声音を紡ぐ。顔の半分がスチームパンクな機械になっていることすらその美しさに拍車をかけていた。
本物のゼロセブンだ。オレは想像以上の美少年っぷりに度肝を抜かれた。すごい、乙女ゲームの攻略対象者すごい。
「こんなところですまないね。オレは07。機人族の長にして、姫様、あなたの未来の伴侶だ」
「いや…こっちこそ、ここまで押しかけて悪かった。…アイリーン・シュトラ・ヴェールだ。…逸る気持ちを抑えることができなかったんだ。不作法を許して欲しい」
水洗トイレに逸る気持ちをね、と心の中で付け加える。
するとゼロセブンは少しおかしそうに目を細め、笑った。うっ、イケメンの微笑み眩しい。思わず見惚れそうになっていると、背中を思い切りオディットに抓られる。ハッ、危ない。うっかり見惚れるところだった。
「さて、ここまでご足労頂いてしまったが、もう少しだけ時間が欲しくてね。申し訳ないんだが…」
「なぁ、どうして皆してここに集まってたんだ?故障?」
オレを追い返そうとするゼロセブンに、ずいと詰め寄る。ゼロセブンの目が少し迷ったように動いたが、オレがてこでも動かないのを感じたのか、溜息を吐いてから「そこの…」と説明を始めた。
「これは、オレたち機人族が新しく発明した水洗トイレというものなんだけど、その…どうにも詰まりやすかったみたいでね」
「ほう…」
つまりナニが詰まったと。
まぁ、そんなこともあるだろう。そんなことのために生前のオレは水漏れ、詰まりの修理工として働いていたんだから。オレは肩身狭そうにしてる使用人をちらりとみて、なるほどと頷く。
そこにあるのは、向こうの世界でも見慣れた水洗トイレだ。あの形になるまで、向こうの世界ではいくつか歴史を積み重ねた筈だがこちらの世界では一足飛びにこの形に落ち着いたらしい。
「げーむの世界ですからね」
やかましい。
しげしげと水洗トイレを見るオレの心を読んだのか、オディットがそう小さな声で囁いてきた。
「流石にスッポンまではないのか…」
「"すっぽん"?」
思わずそう呟くと、ゼロセブンが耳聡く聞き返してきた。どう説明したものかと迷っていると、オディットがどこからともなく羊皮紙を取り出して図に描いて説明し始める。
この世界、ゴムなんてあったのか。なんでもありだな。
オレが呆れた様子で二人を見ていると、説明を受けたゼロセブンが感心したように声を上げた。
「なるほど…。圧力の力で詰まりを持ち上げるということか」
「はい。アイリーン様がこのようなトイレが現実となれば必要になると考えていた道具です」
なんてさりげなくオレの発想にして、アイリーンを持ち上げてくれるオディットくん。
ありがとう、でもそれは別にオレの発想でなくても良いのよ。
酷く感心した様子のゼロセブンや、メイドたちにオレは肩身を狭くして縮こまる。過分な評価は後で自分の首を絞めることを知っているんだぞ。これでも社会人だったからな。
「すごいね。これならすぐに作ることはできるが…今すぐというわけにはいかないね」
「…これ、アレが詰まっただけだろ?」
困った様子のゼロセブンに、オレはそう問いかける。
まだこの世界にトイレットペーパーはないのか、部屋の隅には小さな陶器の壺があった。使い終わったボロ布をそこにいれておくのだろう。ということは詰まりの原因になるのはアレしかないのだ。
「アイリーン様、何か解決策があるのですか?」
オディットがそうオレに問い掛けるが、その顔には隠しきれない期待があった。
ならばその期待に答えてあげようではないか。元水漏れ修理工の名にかけて!…なんて、大したことするわけではないけどね。
「オディットくん、重曹と酢とぬるま湯はあるのかな?」
「ございます」
オレはスカートをまくり上げて(そこでメイドたちから悲鳴が上がったが、華麗に無視した)、そうオディットに問うと、さっと手に重曹の入った紙袋と酢の入った瓶が渡される。…どうなっているんだ、有能執事。
ここでまた突っ込んで聞くと、「げーむのきゃらですから」と自虐ジョークをかまされそうなので、オレは聞きたい気持ちをぐっと抑えて「ありがとう」と言った。
軽く便座の中を覗き込むと、便座の中の水位も上がっておらずこのままで大丈夫そうだった。流石にみんなの前で汚水をバケツにくみ上げるとなにやら言われそうだしね。
「なら、この重曹を水の中にいれて」
オレはオディットから受け取った重曹を目分量で便座の水のなかに入れていく。そのあと、お酢もどぼどぼと。本当はちゃんと計っていれるべきだけど、ここに計量カップまでないだろうから、目分量だ。
みんなの興味深そうな視線を一身に受けるが、本当に大したことはしないだよな。
「オディットくん、お湯」
「はい」
バケツに入ったお湯に手を突っ込んで温度を確認する。…うん、大丈夫だな。熱すぎると、陶器の便座が割れてしまうおそれがあるのだ。高校卒業して修理工始めたばっかのときは色々とやらかしたな、と青い時代を思い出して遠い目をしてしまう。
オレがドボドボとぬるま湯を便座の中に注いでいると、ゼロセブンから、ほうと感心した声が聞こえた。
「姫様は随分勉強熱心なんだね」
「たまたま知ってただけだよ。…あと、一時間くらい放置してから水を流せばたぶん大丈夫だからな」
オレは隅で縮こまってた使用人にそう声をかけると、恐縮した様子で礼を返される。トイレは詰まるもんだから、気にすんなよ!と笑ってやりたいが、ここでそんな風に言えばどうしてそんなこと知っていると突っ込まれることだろう。オレは曖昧に笑って流す。
それにしてもレバーまで向こうの世界と同じような仕様とは…。ゲームの世界すごいな。
オレが設置されたトイレをくまなくチェックしてると、ふふ、と思わずといった風な笑いが聞こえた。振り向けば、ゼロセブンが酷く面白いものをみる様子でこちらを見ていた。
「姫様はこのような場所に好んで近づくことはないと思っていたけど、オレの想像以上に好奇心旺盛なんだね」
「…便利なものや、面白いものには誰だって飛びつくだろ?」
「飛びついたとしても、普通は新しい道具の問題解決までこんなすぐにはできないよ。…姫様は新しい道具や発明が好きなのかい?」
「…嫌いではないぞ」
ゼロセブンのキュルキュルと忙しなく動く機械の部分の目をじっと見ていられずに、そう誤魔化すよう言うと「そうなんだ」とゼロセブンの嬉しそうな声が聞こえた。
「決められた婚姻なんて面白いはずがないと決めつけていた自分が恥ずかしいな。…ねえ、もっと話を聞かせてよ」
酷く楽しそうな様子のゼロセブンにオレは思わず顔を背ける。
これは…ゲームの強制力とか働いているのか?とりあえず女の子は好きになるようにプログラミングされているとか…?
嫌われるよりは好かれる方がいいが…助けてくれ、オディットくん!と視線を送るが、にこりと微笑まれただけだった。
畜生!今日もイケメンだな有能執事くん!
そんなこんなでオレはバケツを持った間抜けな格好のまま暫く頭を回転させる羽目になるのだった。
オレは今、この世界で記憶を思い出して以来初めて心から声を出したと思う。
小さな石造りの個室の前、数人の人だかりができているその中心には向こうの世界で見慣れた水洗トイレがあったのだ!
ぎょっとした顔をする使用人やメイドを退けて、オレはずんずんとその中心に向かう。
するとそこで一人のメイドが立ちふさがった。
「カーリー!どうしてこのような場所に姫様をお連れしたのですか!」
カガリ・ラクシュミー…だったか。美人だが、よくオディットに突っかかっているメイドの一人だ。
燃えるような赤髪に金色の瞳。
ハッと目を引かれる美人だが、目つきがきつい。ついでに言葉尻もきつい。
怒鳴られた当のオディットくんはといえば、しれっとした顔で「申し訳ございません」と謝っていた。
「このような場所にアイリーン様をお連れするのはどうかと迷ったのですが、それよりもいち早くゼロセブン様のお目にかかりたいと仰りまして…」
「このような場所で初対面を迎えてどうするのです!」
「お会いしたい、という気持ちが一番大切かと」
心底申し訳なさなさそうに、自身の力不足を訴えるオディットくん。役者だな…。思わずじっと見つめてしまった。
するとその中心にいた桜色の髪の美しい少年が、申し訳なさそうな雰囲気でこちらに向かってきた。
「すまない、待たせてしまってこんなところにまで迎えに来てくれたのかな?」
「えっと、」
心底申し訳なさそうにそう言う美少年。桜色のさらりとした髪に、黒く瑞々しく輝く大きな瞳、ぷっくりとした形の良い唇が心地の良い声音を紡ぐ。顔の半分がスチームパンクな機械になっていることすらその美しさに拍車をかけていた。
本物のゼロセブンだ。オレは想像以上の美少年っぷりに度肝を抜かれた。すごい、乙女ゲームの攻略対象者すごい。
「こんなところですまないね。オレは07。機人族の長にして、姫様、あなたの未来の伴侶だ」
「いや…こっちこそ、ここまで押しかけて悪かった。…アイリーン・シュトラ・ヴェールだ。…逸る気持ちを抑えることができなかったんだ。不作法を許して欲しい」
水洗トイレに逸る気持ちをね、と心の中で付け加える。
するとゼロセブンは少しおかしそうに目を細め、笑った。うっ、イケメンの微笑み眩しい。思わず見惚れそうになっていると、背中を思い切りオディットに抓られる。ハッ、危ない。うっかり見惚れるところだった。
「さて、ここまでご足労頂いてしまったが、もう少しだけ時間が欲しくてね。申し訳ないんだが…」
「なぁ、どうして皆してここに集まってたんだ?故障?」
オレを追い返そうとするゼロセブンに、ずいと詰め寄る。ゼロセブンの目が少し迷ったように動いたが、オレがてこでも動かないのを感じたのか、溜息を吐いてから「そこの…」と説明を始めた。
「これは、オレたち機人族が新しく発明した水洗トイレというものなんだけど、その…どうにも詰まりやすかったみたいでね」
「ほう…」
つまりナニが詰まったと。
まぁ、そんなこともあるだろう。そんなことのために生前のオレは水漏れ、詰まりの修理工として働いていたんだから。オレは肩身狭そうにしてる使用人をちらりとみて、なるほどと頷く。
そこにあるのは、向こうの世界でも見慣れた水洗トイレだ。あの形になるまで、向こうの世界ではいくつか歴史を積み重ねた筈だがこちらの世界では一足飛びにこの形に落ち着いたらしい。
「げーむの世界ですからね」
やかましい。
しげしげと水洗トイレを見るオレの心を読んだのか、オディットがそう小さな声で囁いてきた。
「流石にスッポンまではないのか…」
「"すっぽん"?」
思わずそう呟くと、ゼロセブンが耳聡く聞き返してきた。どう説明したものかと迷っていると、オディットがどこからともなく羊皮紙を取り出して図に描いて説明し始める。
この世界、ゴムなんてあったのか。なんでもありだな。
オレが呆れた様子で二人を見ていると、説明を受けたゼロセブンが感心したように声を上げた。
「なるほど…。圧力の力で詰まりを持ち上げるということか」
「はい。アイリーン様がこのようなトイレが現実となれば必要になると考えていた道具です」
なんてさりげなくオレの発想にして、アイリーンを持ち上げてくれるオディットくん。
ありがとう、でもそれは別にオレの発想でなくても良いのよ。
酷く感心した様子のゼロセブンや、メイドたちにオレは肩身を狭くして縮こまる。過分な評価は後で自分の首を絞めることを知っているんだぞ。これでも社会人だったからな。
「すごいね。これならすぐに作ることはできるが…今すぐというわけにはいかないね」
「…これ、アレが詰まっただけだろ?」
困った様子のゼロセブンに、オレはそう問いかける。
まだこの世界にトイレットペーパーはないのか、部屋の隅には小さな陶器の壺があった。使い終わったボロ布をそこにいれておくのだろう。ということは詰まりの原因になるのはアレしかないのだ。
「アイリーン様、何か解決策があるのですか?」
オディットがそうオレに問い掛けるが、その顔には隠しきれない期待があった。
ならばその期待に答えてあげようではないか。元水漏れ修理工の名にかけて!…なんて、大したことするわけではないけどね。
「オディットくん、重曹と酢とぬるま湯はあるのかな?」
「ございます」
オレはスカートをまくり上げて(そこでメイドたちから悲鳴が上がったが、華麗に無視した)、そうオディットに問うと、さっと手に重曹の入った紙袋と酢の入った瓶が渡される。…どうなっているんだ、有能執事。
ここでまた突っ込んで聞くと、「げーむのきゃらですから」と自虐ジョークをかまされそうなので、オレは聞きたい気持ちをぐっと抑えて「ありがとう」と言った。
軽く便座の中を覗き込むと、便座の中の水位も上がっておらずこのままで大丈夫そうだった。流石にみんなの前で汚水をバケツにくみ上げるとなにやら言われそうだしね。
「なら、この重曹を水の中にいれて」
オレはオディットから受け取った重曹を目分量で便座の水のなかに入れていく。そのあと、お酢もどぼどぼと。本当はちゃんと計っていれるべきだけど、ここに計量カップまでないだろうから、目分量だ。
みんなの興味深そうな視線を一身に受けるが、本当に大したことはしないだよな。
「オディットくん、お湯」
「はい」
バケツに入ったお湯に手を突っ込んで温度を確認する。…うん、大丈夫だな。熱すぎると、陶器の便座が割れてしまうおそれがあるのだ。高校卒業して修理工始めたばっかのときは色々とやらかしたな、と青い時代を思い出して遠い目をしてしまう。
オレがドボドボとぬるま湯を便座の中に注いでいると、ゼロセブンから、ほうと感心した声が聞こえた。
「姫様は随分勉強熱心なんだね」
「たまたま知ってただけだよ。…あと、一時間くらい放置してから水を流せばたぶん大丈夫だからな」
オレは隅で縮こまってた使用人にそう声をかけると、恐縮した様子で礼を返される。トイレは詰まるもんだから、気にすんなよ!と笑ってやりたいが、ここでそんな風に言えばどうしてそんなこと知っていると突っ込まれることだろう。オレは曖昧に笑って流す。
それにしてもレバーまで向こうの世界と同じような仕様とは…。ゲームの世界すごいな。
オレが設置されたトイレをくまなくチェックしてると、ふふ、と思わずといった風な笑いが聞こえた。振り向けば、ゼロセブンが酷く面白いものをみる様子でこちらを見ていた。
「姫様はこのような場所に好んで近づくことはないと思っていたけど、オレの想像以上に好奇心旺盛なんだね」
「…便利なものや、面白いものには誰だって飛びつくだろ?」
「飛びついたとしても、普通は新しい道具の問題解決までこんなすぐにはできないよ。…姫様は新しい道具や発明が好きなのかい?」
「…嫌いではないぞ」
ゼロセブンのキュルキュルと忙しなく動く機械の部分の目をじっと見ていられずに、そう誤魔化すよう言うと「そうなんだ」とゼロセブンの嬉しそうな声が聞こえた。
「決められた婚姻なんて面白いはずがないと決めつけていた自分が恥ずかしいな。…ねえ、もっと話を聞かせてよ」
酷く楽しそうな様子のゼロセブンにオレは思わず顔を背ける。
これは…ゲームの強制力とか働いているのか?とりあえず女の子は好きになるようにプログラミングされているとか…?
嫌われるよりは好かれる方がいいが…助けてくれ、オディットくん!と視線を送るが、にこりと微笑まれただけだった。
畜生!今日もイケメンだな有能執事くん!
そんなこんなでオレはバケツを持った間抜けな格好のまま暫く頭を回転させる羽目になるのだった。
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