あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
56 / 70

14.彼女が命を育む日(3)

しおりを挟む
 彼の屋敷は関所を越えてすぐにあった。だからザフロス辺境伯なのだ。

 大きくて立派な屋敷が見えてきたときは、レナートとは何者だろうと思った。彼は、肝心の身分を明かしていなかった。

 それでも騙されたとは思っていない。彼を信じてここまでついてきたのはウリヤナ自身が決めたことである。

 レナートがウリヤナを連れて屋敷へと入った時には、使用人一同が温かく迎え入れてくれた。そして、ウリヤナの妊娠を知るや否や、割れ物でも扱うかのように丁寧に接してくれる。

 彼の子ではないのに――。

 その気持ちがウリヤナを素直にさせなかった。

 お腹に向かって語り掛け、魔力を注ぐ彼の表情は、いつも柔らかい。目元も緩んで、顔も綻んでいる。誕生を今か今かと心待ちにしてくれているのが、ウリヤナにも伝わってくるのだ。

「ああ、そうだ。ウリヤナ。会わせたい人がいるのだが、会ってもらえるだろうか。体調は、落ち着いたのだろう?」
「ええ。心配ないわ」
「だが、顔色がよくない」
「大丈夫よ……ほら、あなたが会わせたい人がいるっていうから、それで緊張しているのよ」

 ここに来てから、他の者と会ったことがない。立派な屋敷に住まわせてもらっているが、それも上階にある日当たりのよい部屋で、気分がよいときには庭園に散歩に出る程度だ。
 けしてレナートがここに閉じ込めているわけではなく、今は大事な時期だからと過保護になっているだけ。それも、ウリヤナの気分が優れなかった時期が長かったせいだろう。

「そんなに緊張する必要はない。俺の兄だからな」
「お兄様? レナートにはお兄様がいらしたの?」
「ああ、言ってなかったか?」
「聞いてません」

 両親はすでに亡くなっていると聞いていたし、このような立派なところで当主を務めているくらいだから、まさか兄がいるとは思ってもいなかった。

 ウリヤナが頬をふくらませると、レナートがそれを指でツンとつつく。
 ウリヤナもわかっている。彼はわざと黙っていたわけではないのだ。本当に伝えるのを忘れていただけ。もしくは伝えていたと思い込んでいただけ。

 そういう人間なのだから仕方ないとは思いつつも、なぜか悔しいとさえ感じる。

「悪かった」

 ポンと頭を撫でたレナートは、そっと唇を重ねる。こうやって、さりげなく彼と口づけを交わすようになったのも、悪阻が落ち着いてからだった。
 どちらからというわけでもなく、自然とそうなった。夫婦であるならば、何もおかしくはないだろう。

「もう……」

 うまく騙されてしまったような気もするが、それすら嫌な気はしない。

「また来る」

 そう言って微笑んだレナートは、部屋を出て行った。




 だけど、レナートが会わせたいと言った人物が、ローレムバ国の国王だなんて聞いていない。
 アンナから「国王陛下がいらっしゃいました」と言われたときは、何があったのかさっぱりわからなかった。

「お兄様ではなかったの?」
「兄だ」
「だけど、国王なのでしょう?」
「だから、兄が国王だ」
「ちょっと待って。あなた、ローレムバ国王陛下の弟ってこと?」
「ふっ、ははは……あいかわらずだな、レナートは」

 レナートが会わせたいと言っていた人物が、ウリヤナの目の前にいる。

 黒い髪は後ろになでつけられ、額がすっきりと出ている。顔を覆うほどの長ったらしい髪のレナートとは大違いだ。それでも、顔の造りはなんとなくレナートに似ている。

「あぁ、すまない。この愚弟が、何も言っていなかったのだな? 私はランベルト・クインシー・ローレムバ。まぁ、そこにいるレナートの兄だ」

 ウリヤナも背筋を伸ばして、名を告げる。

「お初にお目にかかります。ウリヤナ……と申します」

 ウリヤナ・カールと名乗りそうになり、そこで息を呑んだ。レナートと婚姻関係にあるのだから、もうカールではなくザフロス姓を名乗らなければならない。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

処理中です...