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14.彼女が命を育む日(3)
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彼の屋敷は関所を越えてすぐにあった。だからザフロス辺境伯なのだ。
大きくて立派な屋敷が見えてきたときは、レナートとは何者だろうと思った。彼は、肝心の身分を明かしていなかった。
それでも騙されたとは思っていない。彼を信じてここまでついてきたのはウリヤナ自身が決めたことである。
レナートがウリヤナを連れて屋敷へと入った時には、使用人一同が温かく迎え入れてくれた。そして、ウリヤナの妊娠を知るや否や、割れ物でも扱うかのように丁寧に接してくれる。
彼の子ではないのに――。
その気持ちがウリヤナを素直にさせなかった。
お腹に向かって語り掛け、魔力を注ぐ彼の表情は、いつも柔らかい。目元も緩んで、顔も綻んでいる。誕生を今か今かと心待ちにしてくれているのが、ウリヤナにも伝わってくるのだ。
「ああ、そうだ。ウリヤナ。会わせたい人がいるのだが、会ってもらえるだろうか。体調は、落ち着いたのだろう?」
「ええ。心配ないわ」
「だが、顔色がよくない」
「大丈夫よ……ほら、あなたが会わせたい人がいるっていうから、それで緊張しているのよ」
ここに来てから、他の者と会ったことがない。立派な屋敷に住まわせてもらっているが、それも上階にある日当たりのよい部屋で、気分がよいときには庭園に散歩に出る程度だ。
けしてレナートがここに閉じ込めているわけではなく、今は大事な時期だからと過保護になっているだけ。それも、ウリヤナの気分が優れなかった時期が長かったせいだろう。
「そんなに緊張する必要はない。俺の兄だからな」
「お兄様? レナートにはお兄様がいらしたの?」
「ああ、言ってなかったか?」
「聞いてません」
両親はすでに亡くなっていると聞いていたし、このような立派なところで当主を務めているくらいだから、まさか兄がいるとは思ってもいなかった。
ウリヤナが頬をふくらませると、レナートがそれを指でツンとつつく。
ウリヤナもわかっている。彼はわざと黙っていたわけではないのだ。本当に伝えるのを忘れていただけ。もしくは伝えていたと思い込んでいただけ。
そういう人間なのだから仕方ないとは思いつつも、なぜか悔しいとさえ感じる。
「悪かった」
ポンと頭を撫でたレナートは、そっと唇を重ねる。こうやって、さりげなく彼と口づけを交わすようになったのも、悪阻が落ち着いてからだった。
どちらからというわけでもなく、自然とそうなった。夫婦であるならば、何もおかしくはないだろう。
「もう……」
うまく騙されてしまったような気もするが、それすら嫌な気はしない。
「また来る」
そう言って微笑んだレナートは、部屋を出て行った。
だけど、レナートが会わせたいと言った人物が、ローレムバ国の国王だなんて聞いていない。
アンナから「国王陛下がいらっしゃいました」と言われたときは、何があったのかさっぱりわからなかった。
「お兄様ではなかったの?」
「兄だ」
「だけど、国王なのでしょう?」
「だから、兄が国王だ」
「ちょっと待って。あなた、ローレムバ国王陛下の弟ってこと?」
「ふっ、ははは……あいかわらずだな、レナートは」
レナートが会わせたいと言っていた人物が、ウリヤナの目の前にいる。
黒い髪は後ろになでつけられ、額がすっきりと出ている。顔を覆うほどの長ったらしい髪のレナートとは大違いだ。それでも、顔の造りはなんとなくレナートに似ている。
「あぁ、すまない。この愚弟が、何も言っていなかったのだな? 私はランベルト・クインシー・ローレムバ。まぁ、そこにいるレナートの兄だ」
ウリヤナも背筋を伸ばして、名を告げる。
「お初にお目にかかります。ウリヤナ……と申します」
ウリヤナ・カールと名乗りそうになり、そこで息を呑んだ。レナートと婚姻関係にあるのだから、もうカールではなくザフロス姓を名乗らなければならない。
大きくて立派な屋敷が見えてきたときは、レナートとは何者だろうと思った。彼は、肝心の身分を明かしていなかった。
それでも騙されたとは思っていない。彼を信じてここまでついてきたのはウリヤナ自身が決めたことである。
レナートがウリヤナを連れて屋敷へと入った時には、使用人一同が温かく迎え入れてくれた。そして、ウリヤナの妊娠を知るや否や、割れ物でも扱うかのように丁寧に接してくれる。
彼の子ではないのに――。
その気持ちがウリヤナを素直にさせなかった。
お腹に向かって語り掛け、魔力を注ぐ彼の表情は、いつも柔らかい。目元も緩んで、顔も綻んでいる。誕生を今か今かと心待ちにしてくれているのが、ウリヤナにも伝わってくるのだ。
「ああ、そうだ。ウリヤナ。会わせたい人がいるのだが、会ってもらえるだろうか。体調は、落ち着いたのだろう?」
「ええ。心配ないわ」
「だが、顔色がよくない」
「大丈夫よ……ほら、あなたが会わせたい人がいるっていうから、それで緊張しているのよ」
ここに来てから、他の者と会ったことがない。立派な屋敷に住まわせてもらっているが、それも上階にある日当たりのよい部屋で、気分がよいときには庭園に散歩に出る程度だ。
けしてレナートがここに閉じ込めているわけではなく、今は大事な時期だからと過保護になっているだけ。それも、ウリヤナの気分が優れなかった時期が長かったせいだろう。
「そんなに緊張する必要はない。俺の兄だからな」
「お兄様? レナートにはお兄様がいらしたの?」
「ああ、言ってなかったか?」
「聞いてません」
両親はすでに亡くなっていると聞いていたし、このような立派なところで当主を務めているくらいだから、まさか兄がいるとは思ってもいなかった。
ウリヤナが頬をふくらませると、レナートがそれを指でツンとつつく。
ウリヤナもわかっている。彼はわざと黙っていたわけではないのだ。本当に伝えるのを忘れていただけ。もしくは伝えていたと思い込んでいただけ。
そういう人間なのだから仕方ないとは思いつつも、なぜか悔しいとさえ感じる。
「悪かった」
ポンと頭を撫でたレナートは、そっと唇を重ねる。こうやって、さりげなく彼と口づけを交わすようになったのも、悪阻が落ち着いてからだった。
どちらからというわけでもなく、自然とそうなった。夫婦であるならば、何もおかしくはないだろう。
「もう……」
うまく騙されてしまったような気もするが、それすら嫌な気はしない。
「また来る」
そう言って微笑んだレナートは、部屋を出て行った。
だけど、レナートが会わせたいと言った人物が、ローレムバ国の国王だなんて聞いていない。
アンナから「国王陛下がいらっしゃいました」と言われたときは、何があったのかさっぱりわからなかった。
「お兄様ではなかったの?」
「兄だ」
「だけど、国王なのでしょう?」
「だから、兄が国王だ」
「ちょっと待って。あなた、ローレムバ国王陛下の弟ってこと?」
「ふっ、ははは……あいかわらずだな、レナートは」
レナートが会わせたいと言っていた人物が、ウリヤナの目の前にいる。
黒い髪は後ろになでつけられ、額がすっきりと出ている。顔を覆うほどの長ったらしい髪のレナートとは大違いだ。それでも、顔の造りはなんとなくレナートに似ている。
「あぁ、すまない。この愚弟が、何も言っていなかったのだな? 私はランベルト・クインシー・ローレムバ。まぁ、そこにいるレナートの兄だ」
ウリヤナも背筋を伸ばして、名を告げる。
「お初にお目にかかります。ウリヤナ……と申します」
ウリヤナ・カールと名乗りそうになり、そこで息を呑んだ。レナートと婚姻関係にあるのだから、もうカールではなくザフロス姓を名乗らなければならない。
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