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団長(2)
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そして、ニールが心配していたことが現実となる。
『私を魔物討伐に連れていきなさい。そうすれば、その場ですぐに治癒魔法をかけてあげられるわ』
『断る。自分の魔力量を把握できていない者は、足手まといになるからな。お前の面倒をみるほど、俺たちも余裕があるわけではない』
ニールが強い口調で言えば、アズサはむっと膨れる。
『効率が悪いでしょう? 怪我をした人たちをそのままにしておくの?』
『最近では、その怪我も減ってきている。お前はここで回復薬でも作っているがいい』
そう、魔物討伐に向かう者たちも、以前よりも治療を必要とするような大きな怪我をすることは減ってきていた。それは、アズサが作っている回復薬のおかげでもあるのだが、それを彼女に伝えてしまえば、今度はその回復薬づくりに根を詰めるのが目に見えている。だから、ニールはあえてそのことを言わない。
『わかったわ……』
アズサは両手を腰に当てて、大きく息を吐いた。
『今回は我慢する。だけど、回復薬は多めに持っていってね。ないよりはマシだろうから』
なりよいはマシなレベルではなく、大いに役立つレベルである。だが、それもけしてニールは口にしない。
聖女の作る回復薬は、体力も魔力も回復させる。回復薬では怪我は治らないが、体力さえ回復すれば、魔物から逃げることはできる。
そもそも、アズサという聖女は、自分のことを顧みない。なぜか聖女の仕事に尽くす。言われた仕事はきちんとこなすし、言われなくてもこなす。ニールからしてみれば、それが不思議で仕方なかった。
その結果、彼女は大量に回復薬を作っていた。
『わかった。お前の回復薬、有難く持っていく』
ふん、とニールは鼻で笑った。するとアズサも口元を嬉しそうに緩める。それは、ほんの些細な仕草であるが、ニールにはわかった。
ニールが魔物討伐に向かうのは、どちらかというと魔物の生態を研究すると共に、自身が考案した魔法の術式の実力を確認するためでもある。だから、危険を感じれば、自分の命を守ることを優先的に考える。
だが、中にはそうではない者もいる。家族のために、と思っている者はたちが悪い。すぐに命を犠牲にしようとする。
「くそったれが」
心の中で呟いたつもりであったのに、どうやら口に出ていたらしい。
側にいたミロがぎょっと目を見開いた。
「団長!」
一人の魔導士が魔物に襲われそうになっている。ここで誰かが大きな怪我をするなら、アズサが「ほら、見たことか」と自信満々な顔をするに決まっている。挙句、次回の魔物討伐には絶対についてくると言うだろう。
ニールは一人の魔導士を庇うように、魔物と彼の間に身体を割り込ませた。すぐさま、風の魔法を放つ。ニールの魔法は鋭い風の刃となり、振り上げた魔物の腕をバサリと切り落とした。
「グァアアアアッ……」
魔物は雄叫びをあげ、切断された腕からは体液がほとばしる。
「くっ」
飛び散った液体がニールの視界を奪った。すぐさま目元を拭い、続けざまに魔法を放つ。
暴れる魔物の息の根を止める。
「団長」
ドサッと激しい音を立てて魔物が動かなくなり、すぐさまミロが水の入った革袋を手に駆けてきた。
「これで、目を洗ってください」
「ああ、すまない」
手で拭っただけでは、すべての体液はとれなかった。顔中がペタペタとしていて不快だった。
乾いた布に水を浸し、不気味な色の体液を拭きとった。
――ドクン。
心臓が大きく跳ねた。ドクドクドクと力強く血液を全身に送っている。
「だ、団長? 目の色が……」
ミロがいぶかしげにこちらを見つめている。
「おい、誰か。誰か、手伝ってくれぇ……。だ、団長が――」
ミロが助けを呼んでいる。だが、ニールの記憶はそこから途切れた。
『私を魔物討伐に連れていきなさい。そうすれば、その場ですぐに治癒魔法をかけてあげられるわ』
『断る。自分の魔力量を把握できていない者は、足手まといになるからな。お前の面倒をみるほど、俺たちも余裕があるわけではない』
ニールが強い口調で言えば、アズサはむっと膨れる。
『効率が悪いでしょう? 怪我をした人たちをそのままにしておくの?』
『最近では、その怪我も減ってきている。お前はここで回復薬でも作っているがいい』
そう、魔物討伐に向かう者たちも、以前よりも治療を必要とするような大きな怪我をすることは減ってきていた。それは、アズサが作っている回復薬のおかげでもあるのだが、それを彼女に伝えてしまえば、今度はその回復薬づくりに根を詰めるのが目に見えている。だから、ニールはあえてそのことを言わない。
『わかったわ……』
アズサは両手を腰に当てて、大きく息を吐いた。
『今回は我慢する。だけど、回復薬は多めに持っていってね。ないよりはマシだろうから』
なりよいはマシなレベルではなく、大いに役立つレベルである。だが、それもけしてニールは口にしない。
聖女の作る回復薬は、体力も魔力も回復させる。回復薬では怪我は治らないが、体力さえ回復すれば、魔物から逃げることはできる。
そもそも、アズサという聖女は、自分のことを顧みない。なぜか聖女の仕事に尽くす。言われた仕事はきちんとこなすし、言われなくてもこなす。ニールからしてみれば、それが不思議で仕方なかった。
その結果、彼女は大量に回復薬を作っていた。
『わかった。お前の回復薬、有難く持っていく』
ふん、とニールは鼻で笑った。するとアズサも口元を嬉しそうに緩める。それは、ほんの些細な仕草であるが、ニールにはわかった。
ニールが魔物討伐に向かうのは、どちらかというと魔物の生態を研究すると共に、自身が考案した魔法の術式の実力を確認するためでもある。だから、危険を感じれば、自分の命を守ることを優先的に考える。
だが、中にはそうではない者もいる。家族のために、と思っている者はたちが悪い。すぐに命を犠牲にしようとする。
「くそったれが」
心の中で呟いたつもりであったのに、どうやら口に出ていたらしい。
側にいたミロがぎょっと目を見開いた。
「団長!」
一人の魔導士が魔物に襲われそうになっている。ここで誰かが大きな怪我をするなら、アズサが「ほら、見たことか」と自信満々な顔をするに決まっている。挙句、次回の魔物討伐には絶対についてくると言うだろう。
ニールは一人の魔導士を庇うように、魔物と彼の間に身体を割り込ませた。すぐさま、風の魔法を放つ。ニールの魔法は鋭い風の刃となり、振り上げた魔物の腕をバサリと切り落とした。
「グァアアアアッ……」
魔物は雄叫びをあげ、切断された腕からは体液がほとばしる。
「くっ」
飛び散った液体がニールの視界を奪った。すぐさま目元を拭い、続けざまに魔法を放つ。
暴れる魔物の息の根を止める。
「団長」
ドサッと激しい音を立てて魔物が動かなくなり、すぐさまミロが水の入った革袋を手に駆けてきた。
「これで、目を洗ってください」
「ああ、すまない」
手で拭っただけでは、すべての体液はとれなかった。顔中がペタペタとしていて不快だった。
乾いた布に水を浸し、不気味な色の体液を拭きとった。
――ドクン。
心臓が大きく跳ねた。ドクドクドクと力強く血液を全身に送っている。
「だ、団長? 目の色が……」
ミロがいぶかしげにこちらを見つめている。
「おい、誰か。誰か、手伝ってくれぇ……。だ、団長が――」
ミロが助けを呼んでいる。だが、ニールの記憶はそこから途切れた。
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