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 だが、ファンヌはまだ、一人では分析ができない。ファンヌが答えたことにより、エルランドも引き受けたのも同然なのだ。
「ファンヌ」
 エルランドがファンヌの名を呼んだのは、彼女が一人で分析を行うことができないにも関わらず、勝手にこの案件を引き受けたからわけではない。ファンヌが右手の親指と人差し指で薬の欠片をつまみ、口の中へ入れようとしていたからだ。
「分析をしていない薬を、無闇に口の中に入れてはならない。自我を忘れる効果があるかもしれないと、今、話を聞いたばかりだろう?」
「ですが、ほんのちょっとです。全部を舐めるわけではありません」
「駄目だ。君はすぐに、そうやって何でも口の中に入れようとすることをやめなさい。以前、素手で触れてはいけない薬草に触れ、かぶれたことがあったことを忘れたのか?」
「うっ……」
 分析をするには、口に入れて味を確認することも必要だと思っているファンヌであるのだが、それが過去に何度も問題を起こしている。
 痒みやかぶれはまだいい方だ。腹痛や吐き気を経験したこともある。それでもファンヌは口に入れることをやめない。効果を確認するためにも必要な行為であると言い張るからだ。その結果を報告するたびに、エルランドからは怒られる。
 今は、目の前にエルランドがいたため、わけのわからない薬を口に入れることを止めた。
「父上。ちなみにこの薬の出どこは?」
「ああ。どうやらウロバトの露店のようなのだが、それを手に入れた者たちの記憶も曖昧でな。どこの露店から買った、という確実な証言を得ることもできないのだ」
「自我を忘れると共に、記憶を失う……。危険な薬に違いはないな」
 エルランドは塊になっている薬をじっと睨みつける。外観から何か、情報を得ることはできないかと、探るように。だが、ファンヌも口にしたように『違法薬』の特徴は見当たらない。見た目はいたって普通の『薬』である。
「エルランド。できれば、この出どこも探って欲しいが。可能か?」
「ある程度成分がわかれば、絞れるかと……」
 肘を折り、手の平で口元を包むエルランドは何かを考え込んでいるように見えるのだが。
「エルさん?」
 ファンヌが不安になって彼の名を呼ぶと、エルランドは苦しそうに眉根を寄せた。
「どうかされましたか?」
「す、すまない……。この『薬』……。ベロテニアの者にとっては、危険なものかもしれない……」
 口元を押さえたままのエルランドは、そのまま動かずじっとしている。だが、頭の上から何かが生えてきているようにも見えた。
「ファンヌ。エルが首からぶら下げているそれに、薬が入っているから取り出してくれ」
「え?」
 国王の言葉に、ファンヌはじっとエルランドを見つめる。彼はいつも、首から何かをぶら下げていた。ただの首飾りであると思っていたのだが。
「いや、駄目だ。ファンヌ。君は、エルから離れて」
「えっ?」
 国王は立ち上がると、ファンヌの腕を引っ張り、エルランドの側から引き離す。
 そしてエルランドの首飾りをごそごそと漁り、先ほど国王が口にした薬と思われるものを取り出した。
「エル……。抑制剤だ。飲め……」
「父上……」
 こんな苦しそうなエルランドをファンヌは見たことがない。
「エルさん……」
 ファンヌがエルランドに一歩近づくと、エルランドはまた顔をしかめ、国王の腕を掴んでいる手に力を込める。それはファンヌの位置から見てもわかった。
「誰か。ファンヌ嬢を別室へ連れて行け」
 国王が声を張り上げれば、どこにいたのか騎士や侍女たちが現れた。ファンヌは侍女に手を引かれ、その部屋を出る。だが、背中から聞こえてくるエルランドの苦しそうな呻き声は、しっかりとファンヌの耳にも届いていた。
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