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人が出入りする門などには騎士を配置させるものの、この魔獣は外壁を飛び越えてきた。さらに人の目が届かないような、木々の合間をすり抜けて、屯所の近くまでやってきたのだ。
太くて短いしっかりとした四肢、後ろ脚で立ち上がれば人の背丈をゆうに超えるだろう。全身が毛で覆われ、鋭い爪と牙を備えもつ魔獣だった。炎を吐いたり氷の玉を投げつけたりはしないものの、その鋭い爪と牙で人を襲い、さらにそれには人にとって毒となる成分が含まれている。
そして運悪く、その場にいたのはラウニだ。ちょうど洗濯メイドから騎士らの着替えを受け取り、それを各人に配ろうとしていたところだった。
事務官の仕事は、騎士たちの訓練や任務の補助であるため、彼らに必要なものを確認し、補充するのもそのうちの一つ。
先に悲鳴をあげたのは、洗濯メイドである。その声に臆病な魔獣は怯んだものの、なぜかラウニ向かって突進してきた。
驚いたラウニは、綺麗になった洗濯物でつい頭を覆い、身を低くした。くるべき衝撃に備えて、恐怖のあまりに目を瞑る。
だが、いくら待ってもそれがやってこない。
恐る恐る目を開けると、目の前には魔獣と対峙しているオリベルの背があった。
『オリベル団長!』
『ラウニ、怪我はないか?』
魔獣に向けている剣を両手でしっかりと握りしめているオリベルは、ラウニを気遣ってくれた。
『バサラ事務官。こちらへ!』
オリベルが魔獣を相手している間に、ラウニと洗濯メイドを安全な場所へと誘導してくれたのは、第五騎士団副団長のガイルだった。
『ここは我々に任せてください。それよりも、お怪我はありませんか?』
先ほどオリベルにも確認されたばかりだ。
『はい。ですが、着替えが……』
手にしていた彼らの着替えはぐちゃぐちゃになってしまった。
『あぁ。洗濯物を増やしてしまって申し訳ありません。また、お願いします』
そう言ったガイルもオリベルの元へと向かい、魔獣と向き合った。
魔獣は無事、第五騎士団の面々によって討伐され、幸いなことに怪我人も出なかったはず。なのだが――。
(本当に、怪我人はいなかったのかしら? だって、私を助けてくれたオリベル団長の服には血がついていた……誰の血?)
ラウニは水を飲んでいたオリベルのシャツの釦に手をかける。
「ラウニ……な、何を……」
オリベルからは戸惑いが感じられたが、けしてこれからラウニが彼の貞操を奪おうとかそういう状況ではない。
「やっぱり……オリベル団長。どうして黙っていたんですか!」
彼の肩には何かが刺さったような穴が二つあった。
「あのとき、魔獣に噛まれたんですか?」
「大したこと……じゃない」
「私をかばったばかりに……」
「違う……ラウニ、おまえの……せいじゃない……。あのような場所に、魔獣を入れてしまった……俺たちの失態だ」
息も荒いというのに、オリベルはラウニを気遣うような言葉しか口にしない。
「あの魔獣は毒を持っているのを、団長もご存知ですよね? どうしてすぐに適切な処置を受けなかったのですか? もしかして、俺なら大丈夫とか、そんなふうに思っていたわけではないですよね?」
「……うっ……」
どうやら図星だったようだ。
「薬をもらってきます。オリベル団長はおとなしく寝ていてください。あ、せっかくだから先に着替えましょう」
ついでだから、とでも言わんばかりに、ラウニは汗をかいたオリベルの身体を拭き始めた。
「お身体は辛いですか? すぐに薬をもらってきますので、もう少し我慢してください」
「水を飲んだから……少しは楽になった。……迷惑をかけて……すまない」
「そう思うなら、もっと自分の身体を大事になさってください」
ペシっと背中を叩いてから、新しいシャツへと着替えさせる。
「それに、こんなになる前に医務室へ行ってください」
「いや……行こうとしたんだが……身体に力が入らなくて……無理だった」
「私が来なかったらどうするつもりだったんですか!」
腰に両手をあて、ラウニはぷんすかと怒ってみせる。
「いや……ラウニなら、絶対に来てくれると……思っていた。だから、ここで待っていた……」
そう言われてしまえば、ラウニは何も言えない。恥ずかしさとか嬉しさとか、それでも彼のことが心配で、さまざまな感情が入り乱れてどうしたらいいかがわからない。
「……すぐに薬をもらってきます」
それを誤魔化すようにして部屋を飛び出した。
医務室に行き、毒のある魔獣に噛まれたときの治療薬をもらう。本来であれば、怪我をした本人が足を運ぶべきなのだが、その怪我をした者がオリベルで、代理できたとラウニが伝えれば医務官も納得する。
オリベル本人が負傷した事実は、こっそりとしておきたい。とにかく、ラウニが責任をもって薬を預かり、オリベルへ飲ませると医務官と約束する。むしろ、誓約書のようなものを書かされた。
薬はときとして毒となる。そういったこともあり、この医務官はいつ、誰に、どれだけ、なんのために薬を渡したかを記録しているのだ。
太くて短いしっかりとした四肢、後ろ脚で立ち上がれば人の背丈をゆうに超えるだろう。全身が毛で覆われ、鋭い爪と牙を備えもつ魔獣だった。炎を吐いたり氷の玉を投げつけたりはしないものの、その鋭い爪と牙で人を襲い、さらにそれには人にとって毒となる成分が含まれている。
そして運悪く、その場にいたのはラウニだ。ちょうど洗濯メイドから騎士らの着替えを受け取り、それを各人に配ろうとしていたところだった。
事務官の仕事は、騎士たちの訓練や任務の補助であるため、彼らに必要なものを確認し、補充するのもそのうちの一つ。
先に悲鳴をあげたのは、洗濯メイドである。その声に臆病な魔獣は怯んだものの、なぜかラウニ向かって突進してきた。
驚いたラウニは、綺麗になった洗濯物でつい頭を覆い、身を低くした。くるべき衝撃に備えて、恐怖のあまりに目を瞑る。
だが、いくら待ってもそれがやってこない。
恐る恐る目を開けると、目の前には魔獣と対峙しているオリベルの背があった。
『オリベル団長!』
『ラウニ、怪我はないか?』
魔獣に向けている剣を両手でしっかりと握りしめているオリベルは、ラウニを気遣ってくれた。
『バサラ事務官。こちらへ!』
オリベルが魔獣を相手している間に、ラウニと洗濯メイドを安全な場所へと誘導してくれたのは、第五騎士団副団長のガイルだった。
『ここは我々に任せてください。それよりも、お怪我はありませんか?』
先ほどオリベルにも確認されたばかりだ。
『はい。ですが、着替えが……』
手にしていた彼らの着替えはぐちゃぐちゃになってしまった。
『あぁ。洗濯物を増やしてしまって申し訳ありません。また、お願いします』
そう言ったガイルもオリベルの元へと向かい、魔獣と向き合った。
魔獣は無事、第五騎士団の面々によって討伐され、幸いなことに怪我人も出なかったはず。なのだが――。
(本当に、怪我人はいなかったのかしら? だって、私を助けてくれたオリベル団長の服には血がついていた……誰の血?)
ラウニは水を飲んでいたオリベルのシャツの釦に手をかける。
「ラウニ……な、何を……」
オリベルからは戸惑いが感じられたが、けしてこれからラウニが彼の貞操を奪おうとかそういう状況ではない。
「やっぱり……オリベル団長。どうして黙っていたんですか!」
彼の肩には何かが刺さったような穴が二つあった。
「あのとき、魔獣に噛まれたんですか?」
「大したこと……じゃない」
「私をかばったばかりに……」
「違う……ラウニ、おまえの……せいじゃない……。あのような場所に、魔獣を入れてしまった……俺たちの失態だ」
息も荒いというのに、オリベルはラウニを気遣うような言葉しか口にしない。
「あの魔獣は毒を持っているのを、団長もご存知ですよね? どうしてすぐに適切な処置を受けなかったのですか? もしかして、俺なら大丈夫とか、そんなふうに思っていたわけではないですよね?」
「……うっ……」
どうやら図星だったようだ。
「薬をもらってきます。オリベル団長はおとなしく寝ていてください。あ、せっかくだから先に着替えましょう」
ついでだから、とでも言わんばかりに、ラウニは汗をかいたオリベルの身体を拭き始めた。
「お身体は辛いですか? すぐに薬をもらってきますので、もう少し我慢してください」
「水を飲んだから……少しは楽になった。……迷惑をかけて……すまない」
「そう思うなら、もっと自分の身体を大事になさってください」
ペシっと背中を叩いてから、新しいシャツへと着替えさせる。
「それに、こんなになる前に医務室へ行ってください」
「いや……行こうとしたんだが……身体に力が入らなくて……無理だった」
「私が来なかったらどうするつもりだったんですか!」
腰に両手をあて、ラウニはぷんすかと怒ってみせる。
「いや……ラウニなら、絶対に来てくれると……思っていた。だから、ここで待っていた……」
そう言われてしまえば、ラウニは何も言えない。恥ずかしさとか嬉しさとか、それでも彼のことが心配で、さまざまな感情が入り乱れてどうしたらいいかがわからない。
「……すぐに薬をもらってきます」
それを誤魔化すようにして部屋を飛び出した。
医務室に行き、毒のある魔獣に噛まれたときの治療薬をもらう。本来であれば、怪我をした本人が足を運ぶべきなのだが、その怪我をした者がオリベルで、代理できたとラウニが伝えれば医務官も納得する。
オリベル本人が負傷した事実は、こっそりとしておきたい。とにかく、ラウニが責任をもって薬を預かり、オリベルへ飲ませると医務官と約束する。むしろ、誓約書のようなものを書かされた。
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