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 それから、アルベティーナはどうやり過ごしたのかを覚えていない。アルベティーナの婚約お披露目パーティであったにも関わらず、他の者よりも先にあの場を立ち去った。言い訳はなんとでもなる。
「ティナ、大丈夫かい?」
 アルベティーナが抜けても、最後までパーティに参加していたシーグルードも戻ってきた。パーティの時の堅苦しい衣装ではなく、シャツにトラウザーズという格好だ。アルベティーナも部屋に戻って早々、体を絞めつけるコルセットを外し、柔らかなシフォンドレスへと着替えていた。
「はい……。ごめんなさい、せっかくの場でしたのに」
「いや。私も悪かった。だが、あのタイミングでしかミランと話ができないだろうと思って」
 シーグルードは部屋に置いてあるティーセットで手際よくお茶を淹れると、二つのカップを手にしてアルベティーナの隣に座ると、一つのカップを彼女に手渡した。
「はい。シーグルード様のお気遣いに感謝いたします」
「他人行儀だな」
 そこでシーグルードは、カップに口をつけた。アルベティーナは両手でカップを包み込んでいた。
「君に、いろいろと教えなかったのは悪かったと思っている。だけど、ミランも言っていた通り、君をマルグレットのごたごたに巻き込みたくなかったんだ。その結果、あのバカに利用されてしまったわけだが……」
 シーグルードはよほど悔しかったのだろう。口調からもその怒りが滲み出ている。
「イリダルさんは、なぜ?」
 イリダルはなぜマティアスに協力したのか。それがわからなかった。それに、なぜあのタイミングで騎士団が突入できたのかも。
 あの場から救出されたアルベティーナだったが、今日の『婚約の儀』の準備が優先され、詳しい話は教えてもらえなかった。何しろ、王城に着いた途端、サーレン公爵夫人が引きずるようにしてアルベティーナのことを連れて行ってしまい、シーグルードと引き離されてしまったのだから。
 その後、シーグルードと顔を合わせることもなく、今日という日を迎えてしまった。
「イリダルは……。まあ、あれだな。女遊びがたたって、金が無くなったというのが原因だ。それを知ったドロテオが、金をちらつかせて護衛に雇ったようだ。もちろん、こちらからの情報もドロテオに流していたんだろうな」
「そうですか……」
 短い間とはいえ、共に仕事をこなした仲だ。彼の今後が気にならないと言ったら嘘になるし、イリダルには特に何かをされたわけではない。
「だから、私たちもイリダルには気を配っていた。あの日、ヘドマン伯を騎士団の方で呼び出したのは、イリダルに警戒するようにと事前に伝えるためだ。君もそうだが、もしかしたら夫人が狙われる可能性もあったからね」
 ようするに人質だ。『強暴姫』と呼ばれるアルベティーナ一人を狙うよりも、アンヌッカも狙った方が、こちらの動きを制限できると考えるにちがいない。
「あの日、エルッキが君を迎えに行くと、君の屋敷から怪しい馬車が出ていくところだった。本当はその場で取り押さえることもできたが、マルグレットの奴らをあぶり出すいい機会であるとも思った」
 だからあのとき、シーグルードは口にしたのだ。囮にするような形にして悪かった、と。
「アルベティーナが私の婚約者として内定したことで、その本当の姿を見せてくれるようになった。だから、あいつらが動くことはわかっていた。アルベティーナにはマルグレットの前王の娘という噂も立ったからね。それを利用しようと思った」
「はい……」
「これからのグルブランソンとマルグレットには必要なことだったんだ。あのバカたちをきちんと捕まえておかないと、また同じようなことが起こる。それだけは絶対に避けたいと思っていた」
「はい……」
 アルベティーナが包み込んでいるカップの表面が波打っているのは、彼女が少し震えているからだ。それに気付いたシーグルードは、ひょいとアルベティーナのカップを奪い、彼女を抱き寄せた。
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