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第二章(1)
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リネットがセーナス王国にやってきてそろそろ一年が経つものの、今日はぬくもりに包まれ、非常に寝心地がいい。
だからリネットはもっと眠っていたかったが、その安らかな眠りは男の声によって無情にも妨げられた。
「おはよう、リネット。目を開けてくれ」
間近に聞こえる男の声。低く、どこか甘い響きがする。
「んっ……」
その声から逃げるようにリネットは寝返りを打ち、頭まで毛布を引き上げようとするが、それはあえなく阻止される。
「リネット。起きないのなら、そのまま奪うぞ?」
ぐりっと硬いものが臀部に押しつけられた。
「ひゃっ!」
そこでリネットは思い出した。
ここは、いつものリネットの部屋ではない。重い瞼を必死にこじ開けて確認しても、確かに見慣れない部屋だった。
茶系統で統一された落ち着いた色調の室内だが、どこか華やかさがある。壁紙や調度品には金銀の糸で縁取られた細やかな装飾が施され、窓から差し込む光がその輝きを一層引き立てていた。
「あっ……」
ここは第七騎士団長を務めるラウルの部屋だと記憶している。がっしりとした腕がリネットの腰を包み、背中に伝わるぬくもりが彼の存在を確かに感じさせる。
もぞもぞと身体の向きを変えると、目の前にラウルの美しい顔がある。
「お、おはようございます……」
「おはよう、リネット。口づけてもいいだろうか?」
そのためにリネットはここにいるのだ。
彼は、毎日『おはようのキス』をしないと発情する呪いにかけられている。ただの発情ではない。理性などすべてが失われ、獣と化すような激しい衝動だ。それを無理やり抑え込まれれば、発情のしすぎで死に至るという恐ろしい呪いである。
それでもこの呪いは『おはようのキス』をすれば症状が緩和される。そのため、毎日「おはよう」と声をかけキスをすればいい。
前回の「おはようのキス」からは一日以内に行えばいいので時間帯はいつでもいい。それを過ぎると次第に興奮状態に陥り、一日経てば目もうつろとなって理性を失いかける。その後すぐにキスをするか性交渉をしなければ命を失ってしまうが、性交渉は一回だけではすまない。とにかく次の「おはようのキス」をするまで、性交渉をし続ける必要がある。
つまり、次のキスまでに二日空いた場合、性交渉をし続けなければラウルは死ぬ。
さらにキスの相手は固定。誰彼かまわずキスしていいわけではない。固定された相手以外のキスでは、衝動は続いたまま。
そして、その固定されたキスの相手がリネットなのだ。
ヤゴル遺跡でこの呪いを受けたラウルが、解呪のために魔法院を訪れたのは二日前。彼は失いかけた理性をかき集めて、キスの相手はリネットがいいと指名した。その場にいたのが、リネットの他に既婚女性のブリタ、独身男性のエドガーとヒース。性愛の対象が異性でかつ常識的な感覚を備えていれば、消去法的にリネットになる。独身女性はリネットしかいなかったためだ。
後腐れなく商売と割り切っているプロに頼む方法も提案したが、この場合のデメリットとしてはお金がかかることだろう。
となればやはりリネットを選ぼうとするのは、彼の本能的に間違ってはいない。
そしてリネット自身、彼の呪いの緩和のためにキスの相手に選ばれたことは、滅多にない機会だと思っている。何よりもリネットは、この魔法院で呪いを専門的に研究している。
だからラウルがかけられた呪いが『毎日「おはようのキス」をしないと発情する呪い』だと、症状からすぐに判断できたのだ。ただこの呪い、症状の緩和方法はわかっているが、完全なる解呪方法が解明されていないのが問題だった。
とにかく「おはようのキス」をし続け、症状を落ち着かせている間に、リネットは解呪方法を探さなければならない。
「はい。では、早速お願いします」
リネットが返事をするや否や、ラウルの美しい顔が近づいてきて、唇を塞がれた。
「んっ?」
しかも長い。昨日も思ったが、彼のキスは長くてしつこい。唇と唇を合わせるだけのキスではなく、唇を押しつけた挙げ句、リネットの唇を食むようにして緩急をつけてくる。
その間、リネットの腰はしっかりとラウルの手によって固定され、彼と距離を取ることもできない。
「ん、ん、んん~っ!」
唇を封じられ声を出せないリネットは、「やめろ」という意思表示のために、彼の胸をトントンと叩いた。
そこでやっとラウルが唇を解放するものの、腰を抱く手はゆるめてくれない。
「団長さん」
リネットは手の甲で濡れた唇をぬぐう。
だからリネットはもっと眠っていたかったが、その安らかな眠りは男の声によって無情にも妨げられた。
「おはよう、リネット。目を開けてくれ」
間近に聞こえる男の声。低く、どこか甘い響きがする。
「んっ……」
その声から逃げるようにリネットは寝返りを打ち、頭まで毛布を引き上げようとするが、それはあえなく阻止される。
「リネット。起きないのなら、そのまま奪うぞ?」
ぐりっと硬いものが臀部に押しつけられた。
「ひゃっ!」
そこでリネットは思い出した。
ここは、いつものリネットの部屋ではない。重い瞼を必死にこじ開けて確認しても、確かに見慣れない部屋だった。
茶系統で統一された落ち着いた色調の室内だが、どこか華やかさがある。壁紙や調度品には金銀の糸で縁取られた細やかな装飾が施され、窓から差し込む光がその輝きを一層引き立てていた。
「あっ……」
ここは第七騎士団長を務めるラウルの部屋だと記憶している。がっしりとした腕がリネットの腰を包み、背中に伝わるぬくもりが彼の存在を確かに感じさせる。
もぞもぞと身体の向きを変えると、目の前にラウルの美しい顔がある。
「お、おはようございます……」
「おはよう、リネット。口づけてもいいだろうか?」
そのためにリネットはここにいるのだ。
彼は、毎日『おはようのキス』をしないと発情する呪いにかけられている。ただの発情ではない。理性などすべてが失われ、獣と化すような激しい衝動だ。それを無理やり抑え込まれれば、発情のしすぎで死に至るという恐ろしい呪いである。
それでもこの呪いは『おはようのキス』をすれば症状が緩和される。そのため、毎日「おはよう」と声をかけキスをすればいい。
前回の「おはようのキス」からは一日以内に行えばいいので時間帯はいつでもいい。それを過ぎると次第に興奮状態に陥り、一日経てば目もうつろとなって理性を失いかける。その後すぐにキスをするか性交渉をしなければ命を失ってしまうが、性交渉は一回だけではすまない。とにかく次の「おはようのキス」をするまで、性交渉をし続ける必要がある。
つまり、次のキスまでに二日空いた場合、性交渉をし続けなければラウルは死ぬ。
さらにキスの相手は固定。誰彼かまわずキスしていいわけではない。固定された相手以外のキスでは、衝動は続いたまま。
そして、その固定されたキスの相手がリネットなのだ。
ヤゴル遺跡でこの呪いを受けたラウルが、解呪のために魔法院を訪れたのは二日前。彼は失いかけた理性をかき集めて、キスの相手はリネットがいいと指名した。その場にいたのが、リネットの他に既婚女性のブリタ、独身男性のエドガーとヒース。性愛の対象が異性でかつ常識的な感覚を備えていれば、消去法的にリネットになる。独身女性はリネットしかいなかったためだ。
後腐れなく商売と割り切っているプロに頼む方法も提案したが、この場合のデメリットとしてはお金がかかることだろう。
となればやはりリネットを選ぼうとするのは、彼の本能的に間違ってはいない。
そしてリネット自身、彼の呪いの緩和のためにキスの相手に選ばれたことは、滅多にない機会だと思っている。何よりもリネットは、この魔法院で呪いを専門的に研究している。
だからラウルがかけられた呪いが『毎日「おはようのキス」をしないと発情する呪い』だと、症状からすぐに判断できたのだ。ただこの呪い、症状の緩和方法はわかっているが、完全なる解呪方法が解明されていないのが問題だった。
とにかく「おはようのキス」をし続け、症状を落ち着かせている間に、リネットは解呪方法を探さなければならない。
「はい。では、早速お願いします」
リネットが返事をするや否や、ラウルの美しい顔が近づいてきて、唇を塞がれた。
「んっ?」
しかも長い。昨日も思ったが、彼のキスは長くてしつこい。唇と唇を合わせるだけのキスではなく、唇を押しつけた挙げ句、リネットの唇を食むようにして緩急をつけてくる。
その間、リネットの腰はしっかりとラウルの手によって固定され、彼と距離を取ることもできない。
「ん、ん、んん~っ!」
唇を封じられ声を出せないリネットは、「やめろ」という意思表示のために、彼の胸をトントンと叩いた。
そこでやっとラウルが唇を解放するものの、腰を抱く手はゆるめてくれない。
「団長さん」
リネットは手の甲で濡れた唇をぬぐう。
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