【完結】酔っ払った勢いで子どもを授かりました。って、相手は誰?

澤谷弥(さわたに わたる)

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第三話

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* * *


 リュミエール伯爵領に戻ったエリサリナを待っていたのは、母と義姉による立派な淑女になるための教育だった。つまり社交の場で、意中の殿方を振り向かせるための振る舞い方や、社交界を生き延びる話術など。もちろん、今までそういった縁とほど遠かったエリサリナにとっては、騎士団での訓練よりも血反吐が出るような気持ちで授業を受けていた。

 夜会や茶会の誘いを受けた母や義姉は、ここぞとばかりにエリサリナを連れ出す。華やかな場に馴染みのないエリサリナにとって、話を聞いては相づちを打つくらいしかできない。

 異性からダンスに誘われたら踊りなさいと、母からきつく言われているものの、そもそもエリサリナに声をかけるような異性は、うんと年上の男性か見るからに不誠実そうな男性くらいしかいない。つまり、家族が望むような「適齢期で家柄の良い独身貴族」は、まるで現れない。

 恐らくエリサリナの年齢と肩書きが原因だろう。行き遅れの一歩手前の状況。さらに、王国騎士団の元女性騎士。騎士団に所属していたときはさほど気にならなかったが、やはり華やかな社交の場となれば、元騎士という肩書きは「守るべき者」の対象から外れるようだ。どちらかといえば「守ってくれる者」。いや、国と通じている者だったからこそ、下手をすれば自分に「害をなす者」と考えている人も多いらしい。

「はぁ……」

 騎士を辞めて戻ってきたというのに縁談は一向にまとまらない状況では、ため息もこぼれてしまう。せめて剣でも振り回せれば気分転換にもなるのだが、それすら家族からは禁じられている。とにかく、見た目だけでも可憐な女性になれるように、というのが理由である。

 こんなことなら騎士を辞めず、一生を騎士道に捧げればよかったと考えてしまったが、女性が結婚をせずに仕事に生きたという前例はない。となれば、このまま結婚できなければ、神に生涯を捧げ、修道院で慎ましく暮らす道しかない。

 この際、相手を選んでいる場合ではないだろうと、誰もが思い始めたそのとき、一通の手紙が届いた。

「カルデナ侯爵家からです」

 家令が口にした名は、歴史ある名門だ。そんな家から、田舎貴族のリュミエール伯爵家に手紙とは、いったいどのような内容か。

「……縁談だ。エリサリナを妻に望むと」

 信じられないと言いたげな父親は、その場で放心していた。信じられないのはエリサリナも同じである。なぜなら、カルデナ侯爵家とは今まで縁がなかったのだから。

 もしかしたら、社交の場で見かけたかもしれないが、かもしれないというものであって、はっきりそうだとは言えない。つまり、エリサリナはカルデナ侯爵家を認識できていない。

「カルデナ侯爵家って、確か……」

 義姉が言うには侯爵は五十代。長年、子に恵まれず、昨年、夫人を病で失ったとか。

「この際、年上だろうが後妻だろうが、関係ない。この縁を逃すな!」

 どうやら父は、カルデナ侯爵家という家柄に屈したようだ。いや、リュミエール伯爵家から修道女を出したくなかったのかもしれない。未亡人でもないのに、修道女になるというのは、それだけだと認識されるからだ。

 だからリュミエール伯爵が急いで返事を書き、また相手から手紙が届き、十日後に顔合わせが決まった。

 となれば、母と義姉がああでもないこうでもないと、エリサリナのドレスを選び、また厳しく指導する。この家族は、エリサリナによってカルデナ侯爵家と縁続きになるのを望んでおり、かつ修道女を輩出したくない。それがひしひしと感じられた。

 だが、連日の準備でエリサリナも自分で気づかぬ間に疲労がたまっていたらしい。顔合わせを三日後に控えたとき、真っ青な顔をして気を失ってしまったのだ。

「サリー!」

 母親が名を呼ぶ声からは、娘を案じる様子が伝わってきた。
 お母様、大丈夫です……。
 そう言いたかったのに、エリサリナの意識は真っ黒に染まった。



 エリサリナが次に意識を取り戻したときには、自室のベッドで横になっていた。右手にぬくもりを感じる。

「サリー。気がついたのね?」

 そう声をかけてくれたのは母親だ。ずっと手を握っていてくれたのだろう。右手が母親の両手で包まれていた。

「お母様。心配かけてごめんなさい」
「疲労だそうだわ。こちらに戻ってきてからというもの、あなたを振り回してばかりだったわね」

 そんなことない、と言いたかったがそれは事実であるため、言葉を呑み込んだ。嘘はつきたくない。

「ところで、サリー。いい人がいるならば、どうして紹介してくれないの?」
「ん?」
「あなた。妊娠三か月だそうよ」

 母親の言葉が信じられず、エリサリナは大きく目を見開く。

「相手はどなた?」

 声は穏やかなのに、母親の笑顔は不自然だ。目が怒っている。
 ひゅっと周囲の気温が五度くらい下がった気がした。


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