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名残惜しかったが、彼女たちとの会話を切り上げ、神殿長のもとへ向かった。てっきり今後のことを話し合うためにフェイビアンもいると思っていたが、彼の姿はなかった。
神殿長に挨拶をする。先ほどの終了式では厳かな雰囲気での挨拶だったが、今回は互いに軽い口調で言葉を交わした。
「いつでも遊びに来てください」
そう言ってくれたのが、少し心に響いた。
その後、フェイビアンを捜して神殿内を歩き回り、すれ違う聖騎士たちに別れの挨拶をした。ついでにフェイビアンの居場所を尋ねると、彼は自室にいるとのことだった。
神殿長との話し合いもなく自室にこもっているなんて、ひょっとして引きこもり気質だったのだろうか。そうだとしたら、五年間彼を振り回してしまったのは少し申し訳ない気がする。
そんなことを考えながら、フェイビアンの部屋の前に立った。ノックをすると、すぐに中から返事が返ってきた。
「メルリラです」
「……どうぞ」
たっぷりと沈黙が流れた後、フェイビアンの声が聞こえた。
「失礼します……って、あれ?」
室内はがらんとしていた。いや、もともとこういう部屋なのかもしれない。余計な物を置かない主義――彼ならじゅうぶんにあり得る。
そんな殺風景な部屋にぽつんと置かれた寝台の上に、フェイビアンが腰掛けていた。深い森のような深緑の髪は、窓から差し込む陽光を受けて明るく輝き、紺青の目は手元の書物に注がれている。
「フェイって、ほんと余計なもの持たないタイプよね。この部屋、殺風景じゃない?」
「ああ。俺も今日で聖騎士を辞めるからな」
彼は書物に視線を落としたまま答えた。
「は? え? ええっ!?」
「なんだ、そんなに驚くことか?」
そこでようやく彼は私に顔を向けた。
「そりゃ驚くわよ! 私は規則で聖女を終えるけど、聖騎士のあなたは別に辞める必要ないよね?」
「ああ。俺たちは好きなときに辞められる」
「じゃあ、なぜ?」
「なぜ? わかりきったことを聞くな。辞めたくなったから辞める。いや、続ける必要がなくなったから辞める、が正しいか」
彼の表情は、微塵も揺らがない。
「そ、そう? フェイが自分でそう決めたのであれば、別にいいんだけれど……」
誰かに強制されたのであれば問題だが、どうやらそうではないらしい。
「それで? 聖女メルリラ様はわざわざ俺の部屋にまでやってきて、どんな用だ? 聖力が枯渇したのか?」
「ち、違います。お別れの挨拶に来たんです。五年間、私の専属聖騎士として務めてくださってありがとうございました」
「あ、あぁ。専属としてやるべきことをやっただけだ。礼には及ばん」
「でも、五年間も私の側にいてくれたわけだし。フェイがいなかったら、死んでたかもしれないって瞬間、何度もあったもの……」
「そうだな。おまえはすぐに聖力を暴走させる。人を守りたいという気持ちはわかるが、その気持ちの大きさ故に、聖力の制御を手放すのをやめてくれ。俺たちが何度、ヒヤヒヤさせられたかわかるか?」
彼の瞳の奥に、青い炎が揺れているように見えた。初めて見る、彼の感情の動きだった。
「も、申し訳ありません……」
「いや、だから謝ってもらいたいわけでもない。過ぎたことだ……それよりも……」
彼が真っすぐに私を見つめてきた。
「おまえは聖女を辞めたらどうするつもりなんだ? 今までの聖女はすぐに結婚をしていたようだが」
「あぁ、それね。今、サアラたちにも言われたんだけど。結婚といっても、残念ながら相手がいないのよね」
「……そう、なのか?」
「そりゃ、そうでしょう? 神殿という閉鎖的な場所で、男女の出会いなんて限られているでしょ?」
「そ、そうか……」
なぜか彼の目がきょろきょろと動いている。
「だからね、婚活しようと思って。父や兄は商売やっているから顔が広いでしょう? その伝手で誰かいい人がいたら、紹介してもらうつもり」
「なるほどな。早く結婚できるといいな」
「何よ、それ。私に対する嫌み? 見てなさいよ、すぐに結婚式に呼んでやるから」
「……わかった。そのときは祝いの品をたくさん贈るとしよう」
そう言って、彼は再び書物に視線を落とした。それ以上話す必要はないと悟り、私は口を開いた。
「五年間、お世話になりました。ありがとうございました」
もう一度同じような言葉を伝え、頭を下げたが、どこか感情のこもらない言い方だった。
フェイビアンは私のほうを見ようともせず、返事もなかった。
まるで、フェイビアンの形をした置物に挨拶したようなものだ。そう思うことにした。
神殿長に挨拶をする。先ほどの終了式では厳かな雰囲気での挨拶だったが、今回は互いに軽い口調で言葉を交わした。
「いつでも遊びに来てください」
そう言ってくれたのが、少し心に響いた。
その後、フェイビアンを捜して神殿内を歩き回り、すれ違う聖騎士たちに別れの挨拶をした。ついでにフェイビアンの居場所を尋ねると、彼は自室にいるとのことだった。
神殿長との話し合いもなく自室にこもっているなんて、ひょっとして引きこもり気質だったのだろうか。そうだとしたら、五年間彼を振り回してしまったのは少し申し訳ない気がする。
そんなことを考えながら、フェイビアンの部屋の前に立った。ノックをすると、すぐに中から返事が返ってきた。
「メルリラです」
「……どうぞ」
たっぷりと沈黙が流れた後、フェイビアンの声が聞こえた。
「失礼します……って、あれ?」
室内はがらんとしていた。いや、もともとこういう部屋なのかもしれない。余計な物を置かない主義――彼ならじゅうぶんにあり得る。
そんな殺風景な部屋にぽつんと置かれた寝台の上に、フェイビアンが腰掛けていた。深い森のような深緑の髪は、窓から差し込む陽光を受けて明るく輝き、紺青の目は手元の書物に注がれている。
「フェイって、ほんと余計なもの持たないタイプよね。この部屋、殺風景じゃない?」
「ああ。俺も今日で聖騎士を辞めるからな」
彼は書物に視線を落としたまま答えた。
「は? え? ええっ!?」
「なんだ、そんなに驚くことか?」
そこでようやく彼は私に顔を向けた。
「そりゃ驚くわよ! 私は規則で聖女を終えるけど、聖騎士のあなたは別に辞める必要ないよね?」
「ああ。俺たちは好きなときに辞められる」
「じゃあ、なぜ?」
「なぜ? わかりきったことを聞くな。辞めたくなったから辞める。いや、続ける必要がなくなったから辞める、が正しいか」
彼の表情は、微塵も揺らがない。
「そ、そう? フェイが自分でそう決めたのであれば、別にいいんだけれど……」
誰かに強制されたのであれば問題だが、どうやらそうではないらしい。
「それで? 聖女メルリラ様はわざわざ俺の部屋にまでやってきて、どんな用だ? 聖力が枯渇したのか?」
「ち、違います。お別れの挨拶に来たんです。五年間、私の専属聖騎士として務めてくださってありがとうございました」
「あ、あぁ。専属としてやるべきことをやっただけだ。礼には及ばん」
「でも、五年間も私の側にいてくれたわけだし。フェイがいなかったら、死んでたかもしれないって瞬間、何度もあったもの……」
「そうだな。おまえはすぐに聖力を暴走させる。人を守りたいという気持ちはわかるが、その気持ちの大きさ故に、聖力の制御を手放すのをやめてくれ。俺たちが何度、ヒヤヒヤさせられたかわかるか?」
彼の瞳の奥に、青い炎が揺れているように見えた。初めて見る、彼の感情の動きだった。
「も、申し訳ありません……」
「いや、だから謝ってもらいたいわけでもない。過ぎたことだ……それよりも……」
彼が真っすぐに私を見つめてきた。
「おまえは聖女を辞めたらどうするつもりなんだ? 今までの聖女はすぐに結婚をしていたようだが」
「あぁ、それね。今、サアラたちにも言われたんだけど。結婚といっても、残念ながら相手がいないのよね」
「……そう、なのか?」
「そりゃ、そうでしょう? 神殿という閉鎖的な場所で、男女の出会いなんて限られているでしょ?」
「そ、そうか……」
なぜか彼の目がきょろきょろと動いている。
「だからね、婚活しようと思って。父や兄は商売やっているから顔が広いでしょう? その伝手で誰かいい人がいたら、紹介してもらうつもり」
「なるほどな。早く結婚できるといいな」
「何よ、それ。私に対する嫌み? 見てなさいよ、すぐに結婚式に呼んでやるから」
「……わかった。そのときは祝いの品をたくさん贈るとしよう」
そう言って、彼は再び書物に視線を落とした。それ以上話す必要はないと悟り、私は口を開いた。
「五年間、お世話になりました。ありがとうございました」
もう一度同じような言葉を伝え、頭を下げたが、どこか感情のこもらない言い方だった。
フェイビアンは私のほうを見ようともせず、返事もなかった。
まるで、フェイビアンの形をした置物に挨拶したようなものだ。そう思うことにした。
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