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第四章(9)
夕食を何にしようかと悩みながら、シアは食料庫の棚の食材をのぞき込んだ。棚に並ぶ食材を見つめ、ミートパイを焼くことに決めた。それにスープとサラダを添えればいいだろう。
ジェイラスは身体が大きいからたくさん食べるかもしれない。足りなくなったら困るから、一緒にパンを焼くことにした。残ってしまったら明日の朝、食べればいいのだ。
オーブンにミートパイをセットし終えたとき、シアははっと気づいた。ジェイラスにお茶すら出していない。
感謝の気持ちを改めて伝えようと、急いでお湯を沸かし、トレイにカップを並べた。
居間に足を向けると、ジェイラスはソファに深く座り、腕を組んで目を閉じている。膝の上には、ヘリオスの小さな頭が乗っていた。微笑ましい光景に、シアの心は一瞬軽くなったが、ジェイラスの目の下にうっすらと見える隈に気づく。
彼は忙しい日々を送っているのだろう。それなのに、子どもたちに剣術を教え、ヘリオスを連れてきてくれた。感謝と申し訳なさが、シアの胸に複雑に絡み合った。
起こすのも悪いと思い、ティーセットを手にしたまま引き返そうとしたとき、カチャリとカップが音を立てた。
ジェイラスの目がぱっと開く。
「あっ。ごめんなさい、起こしてしまいました?」
シアは慌てて謝ったが、ジェイラスは穏やかに首を振った。
「いや、こちらこそすまない。なんだか居心地がよくて、ついうたた寝をしてしまった」
彼の素直な言葉に、シアはティーセットを手にした。
「いえ。もう少し時間がかかりますから、まだ休んでいてください。お茶も出さずに申し訳ありません。……飲まれますか?」
「そうだな。いただいてもいいか?」
「はい」
シアはジェイラスの前にお茶の入ったカップを置いた。それを手にしようとした彼は、膝の上に乗っていたヘリオスの頭をそっとどかす。
「こぼして火傷させたら大変だからな」
そういった些細な気遣いが、シアの心をくすぐる。
「ヘリオスはよく寝ているな」
「そうですね……もしかしたら、朝まで起きないかもしれません。たまにあるんです。夕食も食べずに寝てしまって、そのまま朝までって」
「そうか」
頷くジェイラスの視線は、ヘリオスに向いていた。
「こちら、ギニー国の黒茶です。お口に合うといいのですが」
「黒茶?」
「はい。茶葉が黒いから、そう呼ばれています。あまり出回らないので、ほとんどこの街で消費されてしまいます」
シアの話を聞いたジェイラスは、恐る恐るカップに口をつけた。初めて飲む茶の香りに、ほんの少し緊張しているようだった。
シアは彼の反応をそっと見守った。
「これは、香ばしくて後味がさっぱりしているな」
「はい。渋みがないので、砂糖やジャムをいれなくても飲みやすいのです」
「なるほど」
ジェイラスも気に入ったのか、それとも喉が渇いていたのか、ゴクリゴクリと喉を上下させながら飲んでいた。
「ごちそうさま、うまかった」
カップを置く音が、静かな部屋に小さく響く。
「お口に合ったようで、よかったです」
パイの焼き具合を確認するために、立ち上がろうかどうか、シアは迷った。
だが、ジェイラスと話をするのなら、ヘリオスの寝ている今が絶好の機会だろう。あの言葉の真意を確認したい気持ちもある。
「あの……ジェイラスさん」
声をかけた瞬間、緊張がシアの喉を締め上げた。心臓が早鐘を打つ。
「ジェイラスさんは、どうしてあのとき……私に結婚前提のお付き合いと言ったのでしょうか……」
「あ、あれは! すまない。舞い上がっていただけで、順番を間違えた」
ジェイラスの顔は一瞬で赤く染まり、普段の落ち着きが崩れた。
何に舞い上がって、なんの順番を間違えたというのか。
初めて出会ったときから感じた彼の視線。そして突然の告白。何よりも、ヘリオスとよく似ている顔立ち。
それらがシアの空白の記憶を刺激する。
「もしかして、ジェイラスさんは……昔から私のことを知っていますか?」
ジェイラスがひゅっと息を呑み、紫色の瞳を大きく見開いた。その反応は、シアの言葉が核心を突いたことを物語っていた。
「あの……会長から聞いているかもしれませんが……。私は、自分に関することの記憶がありません。気がついたら、会長の屋敷で寝ていました。どうやら、コリンナやシェリーと一緒に王都からサバドへ向かっていたようなのですが……それまでの記憶がまったくないのです。名前も年もなんのためにサバドへ行こうとしていたのか、王都で何をしていたのか、まったくわかりません」
シアの声がむなしく響き、ジェイラスは耳を傾ける。しかし彼は、口を真っすぐに結んだまま、何も言わない。
ジェイラスは身体が大きいからたくさん食べるかもしれない。足りなくなったら困るから、一緒にパンを焼くことにした。残ってしまったら明日の朝、食べればいいのだ。
オーブンにミートパイをセットし終えたとき、シアははっと気づいた。ジェイラスにお茶すら出していない。
感謝の気持ちを改めて伝えようと、急いでお湯を沸かし、トレイにカップを並べた。
居間に足を向けると、ジェイラスはソファに深く座り、腕を組んで目を閉じている。膝の上には、ヘリオスの小さな頭が乗っていた。微笑ましい光景に、シアの心は一瞬軽くなったが、ジェイラスの目の下にうっすらと見える隈に気づく。
彼は忙しい日々を送っているのだろう。それなのに、子どもたちに剣術を教え、ヘリオスを連れてきてくれた。感謝と申し訳なさが、シアの胸に複雑に絡み合った。
起こすのも悪いと思い、ティーセットを手にしたまま引き返そうとしたとき、カチャリとカップが音を立てた。
ジェイラスの目がぱっと開く。
「あっ。ごめんなさい、起こしてしまいました?」
シアは慌てて謝ったが、ジェイラスは穏やかに首を振った。
「いや、こちらこそすまない。なんだか居心地がよくて、ついうたた寝をしてしまった」
彼の素直な言葉に、シアはティーセットを手にした。
「いえ。もう少し時間がかかりますから、まだ休んでいてください。お茶も出さずに申し訳ありません。……飲まれますか?」
「そうだな。いただいてもいいか?」
「はい」
シアはジェイラスの前にお茶の入ったカップを置いた。それを手にしようとした彼は、膝の上に乗っていたヘリオスの頭をそっとどかす。
「こぼして火傷させたら大変だからな」
そういった些細な気遣いが、シアの心をくすぐる。
「ヘリオスはよく寝ているな」
「そうですね……もしかしたら、朝まで起きないかもしれません。たまにあるんです。夕食も食べずに寝てしまって、そのまま朝までって」
「そうか」
頷くジェイラスの視線は、ヘリオスに向いていた。
「こちら、ギニー国の黒茶です。お口に合うといいのですが」
「黒茶?」
「はい。茶葉が黒いから、そう呼ばれています。あまり出回らないので、ほとんどこの街で消費されてしまいます」
シアの話を聞いたジェイラスは、恐る恐るカップに口をつけた。初めて飲む茶の香りに、ほんの少し緊張しているようだった。
シアは彼の反応をそっと見守った。
「これは、香ばしくて後味がさっぱりしているな」
「はい。渋みがないので、砂糖やジャムをいれなくても飲みやすいのです」
「なるほど」
ジェイラスも気に入ったのか、それとも喉が渇いていたのか、ゴクリゴクリと喉を上下させながら飲んでいた。
「ごちそうさま、うまかった」
カップを置く音が、静かな部屋に小さく響く。
「お口に合ったようで、よかったです」
パイの焼き具合を確認するために、立ち上がろうかどうか、シアは迷った。
だが、ジェイラスと話をするのなら、ヘリオスの寝ている今が絶好の機会だろう。あの言葉の真意を確認したい気持ちもある。
「あの……ジェイラスさん」
声をかけた瞬間、緊張がシアの喉を締め上げた。心臓が早鐘を打つ。
「ジェイラスさんは、どうしてあのとき……私に結婚前提のお付き合いと言ったのでしょうか……」
「あ、あれは! すまない。舞い上がっていただけで、順番を間違えた」
ジェイラスの顔は一瞬で赤く染まり、普段の落ち着きが崩れた。
何に舞い上がって、なんの順番を間違えたというのか。
初めて出会ったときから感じた彼の視線。そして突然の告白。何よりも、ヘリオスとよく似ている顔立ち。
それらがシアの空白の記憶を刺激する。
「もしかして、ジェイラスさんは……昔から私のことを知っていますか?」
ジェイラスがひゅっと息を呑み、紫色の瞳を大きく見開いた。その反応は、シアの言葉が核心を突いたことを物語っていた。
「あの……会長から聞いているかもしれませんが……。私は、自分に関することの記憶がありません。気がついたら、会長の屋敷で寝ていました。どうやら、コリンナやシェリーと一緒に王都からサバドへ向かっていたようなのですが……それまでの記憶がまったくないのです。名前も年もなんのためにサバドへ行こうとしていたのか、王都で何をしていたのか、まったくわかりません」
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