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本編

19 逃げられない

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 領から王都へは少なくとも3日は掛かると思っていたけど、最初の休憩の時に悟った。ブラッドの乗る馬車だ。普通じゃない。

 馬車は2頭立てで、そのうちの1頭がシュヴァルツだ。王の馬と言われ、俺にしか触らせてなかったのに、ブラッドの馬車に繋がれている。もう一頭もシュヴァルツと同じ、普通の馬よりも大きく凛々しい。色は純白でとても対照的だ。

 馬車を降りて背を伸ばす。ブラッドと話はしていない。乗ってすぐに寝てしまったからだ。寝ると言うよりは緊張で気を失ったに近い。話をするのが怖かった。
 でももう避けられない。王都で真相を目にするより、ブラッドに聞いておいた方がショックが少ないと思うから。

 クロードは御者をしている。そこに身分の差を感じた。
 休憩を終えて馬車に乗り込んですぐに、意を決してブラッドに話しかける。

「ブラッドが王様になったと思ってたけど、違うの?」

 ブラッドは俺の方を見て、俺の手を取って笑んだ。

「いいえ、なぜ私が王だと? 私は自治領の領主でしたが、王ではありません」

 ブラッドを見て、首にタグがないことを知る。国が変わったから、タグを付けなくてもいいことになったのだろうか。

「それとも、シンは私が王になることを望んでいましたか?」

「ううん、違うよ。俺が知らなかっただけだよ。この国のこと、俺まだ全然わかってないから」

 ブラッドとの会話が怖い。何に触れたら怒らせるのか、アイザックとのことをどう考えているのか。俺の立場をどう考えたら良いのか。

「そうでしたね、シンは王に会う前に自治領から逃げたと聞いていますよ? せっかくの機会でしたのに、残念でしたね」

「あ、ああ、そうなんだ。てっきり監禁されていると勘違いしちゃって、怖くて逃げちゃった。あの時、俺が会うのって王様だったんだね。知らなかったから、ごめんなさい」

 自分の保身が嫌になる。思っている事が言えない。考えて話すことの気まずさ。知らない間に汗をかいている。

「ブラッドは、奥さんはいいの? こんなところまで来ていて怒られない?」

 ブラッドの手が俺の手をギュッと握る。

「何を言っているのです? 私に伴侶はいませんよ?」

 俺は思わずブラッドを見た。伴侶がいない? それはどういうこと? 前王と一緒に処刑したとか、そういうこと?

「ああ、それはこの国の決め事のせいでしょうか。確かに私は王女を娶ったことになっていましたが、事実は違います。王女が婚姻相手に選んだ相手が獣人でしたので、体裁を保つ為に私の名を利用した。ですので事実を言えば、彼女は現在の王妃、ですよ?」

 俺はブラッドをじっと見てしまった。本当なのかと思ったからだ。ブラッドには見透かされてる。俺がブラッドの元を去った理由も知っているのだろう。もう良いですか、というように笑まれ、手の甲にキスをした。

 引き寄せられ、唇を塞がれる。舌を入れられ、支配される。

「誤解は解けたでしょう? なぜ泣いたのです? 私以外の人に、泣き顔を見せないでください」

 頬に手を置かれて、指先で涙を拭われる。濡れた唇も指先で拭われ、視線を合わせられる。怒っているのか、呆れているのか、わからない。

 膝の上に向かい合わせで引き寄せて、ズボンが下げられた。そのまま座らされ、何の準備もなく、力任せに入れられた。痛みに耐え、ブラッドにしがみつく。馬車振動がそのまま中を擦る。

「う、ううっ、ん、ん、ん、ん」

 涙が流れる。嗚咽を殺して耐える。痛みしかないのに、一度目のブラッドの精液を奥で受け、滑りが良くなった途端に感じてしまった。

「いやぁ、あ、あ、あっ、ん、ん」

 喘ぐ自分が嫌だ。入れられたら感じてしまうのも嫌だ。拒めない。拒めなかった。薔薇の香りに眩暈がする。
 体勢を変えられ、向かいの椅子に身を置き、後ろから突き入れられる。

「あ、あ、ああっ……」

 涙と鼻水と涎で顔がぐちゃぐちゃになっている。でも顔を見られないから、存分に泣ける。何度も穿たれ、奥に何度も吐き出された。何度もいく自分が許せなかった。

 途中にある街で宿を取り、休んでいる時、ブラッドに客が来たとかで、部屋にひとりになった。
 タグを付けられていないし、ドアだって開けられる。これは監禁じゃない。なのに逃げようと思わない俺がいる。
 逃げてアイザックの所に行っても迷惑なだけ。アイザックには生きる場所があって、寄り添う家族がいる。

 俺が逃げて、アイザックに一緒に逃げてって頼んだところでどうなる? 俺を庇って、今まで培って来たものを何もかも捨てさせて。そんなの想像すらしたくない。アイザックは優しくて良い人だ。俺がいなければ女性と結婚して子どもがたくさんいる未来が描ける。

 ドアがノックされた。

「どうぞ」

 と言うと、ドアが開けられ、クロード入って来た。

「何か必要なものはありませんか?」

「話、したい」

 俺はベッドのヘッドボードを背もたれにして座っていたから、クロードは窓際に置いてある椅子に座った。ちゃんと距離を取ってくれるクロードはとても優しいと思う。

「どうしましたか?」

「副神殿長……今は神殿長なんだっけ。俺と同じ黒髪黒い目だって本当?」

「それは本当ですが、すみません、私は一般の騎士団員ですので、深い事情はわかりません」

 俺はすごく疲れていて、でも眠る気にはなれなくて、今の自分の状況に何か理由をつけたかったからかもしれない。少しでも情報を得たかった。

「副神殿長が戦乱を始めたっていうのは? 本当? 俺が王の馬に乗ったせいだって」

「それは些細なきっかけに過ぎません。あまり気になさらずとも大丈夫です。詳細はブラッドにお聞き下さい」

「……わかった」

「明日も長く馬車に乗って頂きます。早くお休みになってください」

 クロードはそう言って部屋から出て行った。クロードはたぶん全部知っていて、でも話せないのだろう。守秘義務があるのか、個人情報を守る為かわからない。

 ブラッドはまだ帰らない。部屋にベッドがふたつある。そのひとつに上がり、布団を被って目を閉じた。考えると深い沼に引き摺り込まれて戻れなくなる。だから考ないようにした。
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