竜の卵を宿すお仕事

サクラギ

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竜管制塔

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 月に一度の行為を終え、研究所の医療機関で検査を受ける。挿入場所の裂傷はないか、腫れはないか。精液が奥まで届いているか、否か。行為後に30分、腰を上げていたか、否か。行為による勃起、吐精があったか、否か。

 問診は男性医師、機関の担当者が男女数名、各々のモバイル端末を開き、何やら打ち込んでいる。顔は上げない、表情は皆無。静まり返った白一色の部屋の中で、機械的に問診と触診がされる。

 最初は戸惑いと屈辱を。二度目は理不尽に思い、それからは淡々と続けて来た。義務、その一言を頭の中で繰り返しながら。

「妊娠の兆候はありません」

 男性医師がエコー画像を見て告げる。
 カレンは特に反応しない。やることやってすぐに兆候がある訳ないし、行為前の診断も受けての事後診断だ。それに竜側には兆候が感覚としてわかるのだという。出来たという感覚が腹の中に吐き出してすぐにわかるというのなら、この診断は竜を疑う行為だし、無駄に恥をかいているだけだ。それでも義務だ。スペア3人を蹴落として掴んだ竜の母体という立場。前を向き、前だけを見て、強くいなければ心が折れる。

「傷も腫れもありませんので、またひと月後、お待ちしています」

 もう何度、同じセリフを聞いたのか。早くシアが終わりを告げてくれたら良い。あと何度、あと何年……。

 部屋に戻り、シャワーを浴びる。中は触診の際に洗浄されている。奥のシアが吐き出したもの以外は。大量の精液が腹の中にある。大きく長いそれは直腸より先に届く。直腸の奥に月に一度開く卵巣があるのだという。そこにシアの精液が届き、留まり、核と反応し、卵になる。卵はひと月かけて10センチ程の大きさになり、産まれて来る。取り上げるのは父に当たる竜だ。知識だけはある。でも事実は知らない。

 女が好きか、男が好きか、どんな背格好でどんな性格が好みか。そんなのもわからないうちから相手が決まっていた。授精するまで、授精できなくなるまで。捨てられるまで。ずっと同じ行為を繰り返す職業、義務。

 息抜きは管制塔からの景色を眺め、ノンアルコールビールを飲んでため息を吐くこと。同じ勤務になった同僚と無駄口を叩くこと。

「まさやん、愛あるセックスってどういうこと?」

 カレンの視線の先、豆粒くらいの位置に白銀の竜がいる。崖の一番上にいて、隣には黒竜がいる。

「真っ昼間っからそれ? ノンアルコールで酔ってる?」

 まさやんは、カレンが初めてここに来た時にいた職員で、その後、5年を何処かに行き、また戻って来て1年になる。カレンの初期の不安と恐れを知り、ついに投げやりになっているのも知っている、珍しい同僚で、のんびりしているところがカレンと馴染みやすい。

「愛あるセックスねえ……」

 煙草が吸えないから、ニコチン入りのガムを愛用している。

「正常位でぶち込んで、キスしながら一番奥に吐き出して、よかったって言われることか? んでもう一回なんて言われたら最高か?」

 まさやんは二人の子持ちだ。男女2人。上の子はもう働いていた筈だ。

「お相手様は愛あるセックスをしてくれないのか? って聞くのは違反だったか」

 まさやんがいけねえって口を押さえるから、思わず笑った。

「いや、俺らのは義務だからさ」

「ああ、そうか。それはなぁ……」

「いつか愛あるセックスがしたいんだよな、俺。好きな人と寄り添って生活するってすげえ憧れる」

 パイプ椅子をギシギシ鳴らしながら、大きく欠伸をする。

「まあ選んだ職種が悪いわな。ここは秘密ごとが多すぎる。家族の負担も大きくてな」

 まさやんは手首に付けたシルバーのタグをカレンに見せた。それは竜に関する情報を漏洩させない為に付けられた監視装置で、職員はみな付けている。情報を漏洩させた瞬間、本人は処罰され、聞いた者も記憶の処理がされる。時折、処理がうまく行かず、廃人になったとの報告もあったとか。そういう制約を承知で契約して入社する。その分の報酬は絶大だ。

「でもまさやんの奥さん、まさやんの収入で会社立ち上げて社長さんなんだろ? 上手いこと行ってる見本だって聞いたけど?」

「まぁな、バリバリひとりで生きて行ける人だからなぁ。じゃねえと俺がのんびりできねえだろ? 相手はさぁ、やっぱ自分に合ってねえとな。あと少しなんだろ? もうちっと我慢して、愛あるセックス? まぁ頑張んな」

 視界の中の白銀の竜が飛び立って行く。追いかけるように黒竜が続く。渓谷の向こう、広い空の下にはどんな光景が広がっているのか。

 管制塔の向こう側には異世界がある。
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