レアロス国の神子 〜転生したら美形な神子の弟でした〜

サクラギ

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4 庶民出の神子

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 神殿前で売られている神子の姿絵は、はっきり言っていつも同じだ。もう何十年も神殿に勤めているお抱えの絵師が、即位決定時に一度だけ姿を見て、描き記す。その後は二度と描いてはならないという決まりがある。5年ごとに交代する儀式だ。同じ絵師がもう何度も描いているせいもあるし、墨の一色絵だからもあるが、角度や距離が違うだけで、美形の男を描いているだけのものだ。

 それがわかるのは、実物を知っているティアだから。姿絵は確かに美形の男だけど、兄とは程遠い。むしろ兄の方が綺麗であるとは、口が裂けても言えない。

「知ってる? 来週から神子様の刻印菓子が発売されるらしいよ。一箱5000ルピ。もうすでに予約がすごくて、一般には販売されないらしい」

「それって神子様の顔の形でもしてるのか?」

「そんなの恐ろしくて食えるかよ。ただの名入りらしいぜ?」

 カズは呆れ顔だ。
 今日もまた、神殿前で姿絵を売っているが、昨日までとは違い、姿絵を求める者が少ない。

「神子が庶民出だと聞いたが本当か?」

 売り場に来た男が詰め寄っている。ティアは驚きで手にしていた姿絵を落としそうになった。

「そんなお話をどこから聞いたのですか? 神子さまは神様の御子です。身分など関係のないことですよ」

「その口ぶりだと事実のようだな」

 舌打ちを残して背を向けた男は出口へ向かう。参拝さえしないようだ。男の通って行く道ではヒソヒソと話す人たちがいる。別の窓口では予約のキャンセル客が詰め寄っていた。

「本当だと思う?」

「どうだろうね?」

 カズに聞かれ、ティアは首を傾げる。
 どこから漏れたのだろう。漏らした者への神の制裁はないのだろうか。

 ユリウスとの面会は月に一度だ。次に会えるのはひと月先となる。それも神子の仕事に空きがあればの話で、ティアはまだ兄と三度しか会っていない。

「今までこんなことは無かったのに」

 売り場の神官が青ざめている。
 神子は神の御子だ。その存在をどんな理由があれ辱めることは神への冒涜である。だが参拝者全てにそれを説いても、神への不満と化して返って来るだけだ。

「これからどうなると思う?」

「さあ、わかんねえよ。俺らはただの見習いだからな」

 カズは貴族の息子だ。しかも上位の。それでもわからないことを、庶民のティアにわかる訳がない。神官見習いでも最下位の身分だ。ユリウスからの計らいがなければどこにも行けない。

 ティアは考えた末、上位神官に問うことにした。ただ庶民のティアにはその伝手がない。だから深夜にひっそりと開く懺悔室を選んだ。

 懺悔室の壁の向こうに誰がいるのかはわからない。ティアの声を知らない神官かもしれないし、ティアの兄がユリウスだと知らない場合もある。それは本当に賭けだった。

「どうぞお話しなさい」

 懺悔室の冷たく暗い部屋に、若くはない声が響く。ティアには声だけでそれが誰かはわからなかった。冷たい汗が背中に伝う。ここの話はここだけのもので、詮索もされないし、特定もされない。そういう決まりがある。

「神の許しの元、お時間を頂きありがとうございます」

 まずは決まり文句を言う。

「兄はこの後、どうなるのでしょうか」

 ティアは机の上に両手を乗せ、硬く握り合わせて震えていた。どうか兄と言うだけで意味の伝わる神官が壁の向こうにいますように。

「それは神の御心次第でしょう。神様の加護がありますように」

 聞こえた決まり文句に奥歯を強く噛んだ。これでは知っている者かそうでない者かもわからない。ティアは深く落ち込んだ。

「……ありがとうございました。神の御加護を」

 それ以上の言葉は聞こえて来ない。懺悔室とはいえ、完全なプライバシーがあるとは思っていない。もしかしたら別室でと言ってくれるような真の神官であって欲しいと願ったが、それも望めない。

 完全に道を失ったティアは、重い腰を上げてドアを開けた。

 頭部に痛みを感じ、意識を失った。
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