レアロス国の神子 〜転生したら美形な神子の弟でした〜

サクラギ

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5 妖精王サヴィナと鬼人エイン

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 顔に麻袋を被せられ、暴行を受けた。麻袋の中の口にはご丁寧に布が詰められている。声は出せないし、息苦しい。早く終われとそればかりが頭にある。

「庶民のくせに」

「生意気なヤツだ」

 そんな言葉が聞こえる。
 解放された時、すでに人の姿はなく、麻袋を取り、そこが中庭の噴水奥だと知った。

 ぼんやりと空を見る。暗く光の灯らない神殿の深夜は、満天の星に包まれる。

 ティアは笑った。寝そべったまま痛む体を抱えて、切れた口端がピリピリ痛んでも、湧き出る笑いを止められなかった。

 何の為に転生したのかわからない。前世が裕福で自由だったのに、何一つ頑張ることなく、ただ流されて生きていたから、今世はこんなにも不自由なのか。

 前世も庶民だったけど、ごく普通の高校生で、殴り合いの喧嘩などしたことがない。空腹で死ぬことも、誰もいない寂しさも、知らない。

「……兄さま」

 涙が頬を伝う。嗚咽を殺しても、喉が鳴って、荒い息が漏れる。

 コツンと、何かが視界の中に落ちた。見れば傷薬だ。ティアはそれを掴み、半身を起こして周りを見る。誰もいない。

 こういうことをするのは、遠見の出来る精霊の仕業だ。ティアが落ち込んだり寂しいと思っていると、いつもどこからかアメが落ちて来た。

「ありがとうございます」

 ティアは誰もいない所にお礼を言って、まずは痛む口端に塗った。すっと痛みが引く。不思議に思って腕の青黒くなった打撲痕に塗ると、色も痛みも消えて無くなった。

 これはただの傷薬ではない。高度な魔術を練り込んだ高価な物だ。作れる者が限られる手に入れるのも難しい逸品。それをティアにくれる者は限られる。思い当たるのは妖精国のサヴィナだ。

「サヴィナ様、ありがとうございます」

 身体中の傷を消し、落ち込んだ気持ちを切り替える。たとえユリウスの下賜を願う者の思惑の内だとしても、ユリウスを欲しいと願う者がいるのだとわかるから、ユリウスはまだ大丈夫だと思える。

 ユリウスと対面した者は、ユリウスの価値を理解している。それは美しさだけではない、内面から溢れる優しさ、身のこなしの洗練さ、思慮深い態度。でもティアが一番好きなのは甘い表情の笑顔だ。それはきっとティアしか知らない。

「妖精王の加護持ちか」

 暗い陰の向こうから声が聞こえた。
 思わず身構えてそちらを見れば、燃えるような気を持つ者が噴水に座っている。なぜ声を掛けられるまで気づかなかったのかと思うくらい、気づけば重い空気が辺りを覆う。

「違います。貴方と同じ理由ですよ」

 鬼人のエイン。彼もまた、ユリウスの下賜を願う者のひとりだ。

「だったら違わねえな」

 一瞬で距離を詰められ、抱きしめられる距離で後ろ髪を引かれる。

「傷は綺麗に治ったみてえだが、誰にやられた」

「わかりません。袋を被せられていましたから」

 彼はどうやって閉ざされた門の中へ入って来られたのか。しかもティアの暴行を知っている。精霊も鬼人も、距離や時間、そういった物の無効を感じる。

「復讐してやろうか?」

 キスされるかと思う距離で、エインの赤い舌が動く。嬉しそうな笑みが不気味でもある。

「いいえ、結構です。それよりも兄をお願いします。きっと落ち込んでいると思うから」

 唇に僅かに唇が触れたかと思うと、突き放される。地面に尻餅をつき、エインを見上げた。不敵な笑み。楽しそうだ。

「流石の俺でも神殿内部までの侵入は無理だ。残念だがな」

「……なんだ、使えねえ」

 そう言うと、足を蹴られた。

「痛えよ、クソッ」

「おまえくらいだ、俺に刃向かうヤツ。庶民のくせに」

 庶民、庶民。言われ続けていて耳タコだ。だからどうした? 身分は変わらない。よほどのことがない限り。

「あれに地位がねえのはお前のせいだ」

 エインの目が赤く光る。

「おまえを呼び寄せなければ、貴族に名を連ね、こんな醜聞は立たなかっただろうよ」

 エインの言葉が胸に刺さる。

「……俺の、せい?」

 ぬくぬくとユリウスの腕に抱かれて甘えていた光景が浮かぶ。何も知らず、兄の贖罪は当然のことだと思い、許すとさえ思っていた。

「おまえのせいだぜ? ティア」

 エインは笑う。赤と黒の詰襟の軍服、赤く癖のある髪、髪から覗く二本の黒光りした角。化粧を施したような白い肌に赤い目元。黒い瞳に赤い瞳孔。薄い唇の両端に牙が見える。

 エインは鬼、人の絶望が好物だ。
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