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花見の思い出は命懸け

2年生スタート

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「『アクセルレイド・3』! やあぁっ! 」
 大きくジャンプした望月は、桜の木を踏み台にして一瞬で魔人の背後に回った。
 真っ青なツインテールをたなびかせ、それを予期していたかのように横にそれて回避した。
「甘いっちゅーねんアホ! 『召喚』! 」
 魔人の手に握られたのは、矢である。
 弓はどうした? 弓は。
 腕を弧を描くように横に振った魔人だったが、望月は後方に大きくジャンプして信号機の上に飛び乗った。
「逃げんなボケ! 『身体強制超速化アクセルフォーム』! 」
「えっ! あれって……? 」
「はにゃっ? 」
 望月と白鳥がほとんど同時に驚きの声をあげた。
 それもそうだろう。俺だってかなり驚いたさ。魔人が能力を発動した時、長方形と丸い2つの魔法陣が左右から挟み込むように現れたのだ。
「私たちの……」
「魔法陣……? 」
 どうなってんだ? 能力の名前も2人の能力を合わせたような名前である。
「これで最期や。捕獲対象はん、パクらせてもらうで……」
 魔人の黄色く光る目が、この状況のヤバさを物語っていた。

さて、いきなりバトルシーンなんてされたら誰だって戸惑うかもしれない。
 俺としてはこのまま最後まで突っ切ってもいいのだが、どうしてこうなったのかを説明しないとダメだろう。
 遡ること昨日。
 その日は入学式だった。

 桜が舞い散る景色の日に入学式なんて幻想的で、1度は体験してみたい日である。
 ところが現実ってのはドライだ。非常に厳しい。
 桜吹雪はもう見れそうに無かった。昨日降った大雨のせいで、この辺一帯の桜はほとんど散ってしまったのだ。
「マスターマスター! 早く行こ! 遅刻するよー」
 あと10分遅れて出ても遅刻にはならないのだが。
「ゆっくり行かせてくれよ、まだ時間あるんだし」
 朝っぱらから大量の朝メシを作らせてその片付けも全部こなさにゃならんのだ。休憩くらいしないとさすがに死ぬ。労災保険に入った方がいいかもしれないな。
 まだ学校に行ってるわけでもないのに、既にクタクタになった体をダラダラと動かして俺は登校するハメになった。
 通学路には新品のピカピカな制服を着た若々しい顔が何人か見える。今日は入学式なのだ。
 今からちょうど一年前の俺も、あんな感じのウキウキ顔だったのだろうか。そう考えると結構恥ずかしいもんである。
 思えば、一年前のこの日に俺は望月と出会ったんだよな。猫に化けた望月を家に入れて、わけのわからん中学生の黒歴史ノートみたいな設定を聞かされて、中華鍋との戦いを観戦して……。
 あの日以来、俺の人生は大きく変わった。
 毎日育ててたサボテンに向かってただいまとか話しかけるような寂しい日々は、望月たちと出会ってすっかり変わった。
 頭の中で勝手に今までのあらすじを総集編みたいなまとめをして回想する気はないが、脳裏から中々離れない刺激的なものばかりである。油汚れよりタチが悪い。
「あれ? マスター、あれって西田クンじゃない? 」
 望月が指さしている先には、確かに西田がいた。だがなんだか気持ちが沈んでいるようだ。
「オッス西田、どうしたんだ? 今日から2年生になったからって緊張してんのか? 元気なさそうだけど」
 振り向いた西田の顔は、病院に連れていきたくなるくらいやつれていた。目のクマはバカでかいし、いつもよりゲッソリとしていた。
「どうした? マジでなにかあったのか? 救急車かお前ん家の執事さん呼ぼうか? 」
「いや……大丈夫だ。最近なんだかネガティブなことばっか考えるようになっちまってよ。ロクに眠れもしねえんだ」
「ネガティブなこと? 」
「そうだ。アレやったらダメなんじゃないかとか、そんなことばっかし考え始めてよ。俺、もうダメかもしれない……。このままこんなネガティブなこと考えて挙句の果てには自殺とかするかも……」
 こんな時にもスイッチが入ったらしい。西田からただならぬネガティブオーラが漂っている。
 だが俺は西田がネガティブになるなんて藁人形100連発並に不吉なこの現象になんとなく心当たりがある。
 未来から来た俺が言ってたことだ。三好がなんとかエネルギーを発生させ続けて今から1ヶ月後くらいにやばい事態が起こるってやつだ。
 もしかしてこれはその前兆とかじゃないのか? 
 もしもそうだとしたら、マジでとっととあの日にタイムスリップしたい。
 実際、俺は時間遡行から帰った後に立花にスグにあのことを説明した。

「……ってわけなんだ。だから立花、予備の『タイム』を使わせてくれ」
 立花はしばらく考え込むような動作をして、俺に向き直った。
「不可能」
 ポツリと、聞き取れるかどうかの狭間くらいの大きさの声だった。
「へ? 」
「それは不可能」
「どうしてだ? 」
 立花は無表情のまま、淡々と述べて言った。
「『タイム』のような強力な魔力が封じられているカードは、同じく種類のカードをもう一度使う時に、しばらく時間がかかる」
「どれくらいかかるんだ? 」
「『タイム』の場合、約2ヶ月」
 俺の顔から血の気が引いていくのを、俺はその時ダイレクトに感じた。
「それじゃ意味無いんじゃ……。どうすりゃいいんだよ……! 」
「どうしようもないこと。仕方がない」
 俺は地面に突っ伏して頭を抱えた。
「立花、なにか良い方法はないか? 俺に出来ることならなんでもやるから……」
 しばらく沈黙が流れた。と言っても、急斜面を流れる流しそうめんみたいな速さでそれは幕を引いたが。
「今のところ良い方法があるわけではない。現状維持が精一杯と思われる」
 俺はもう声すら出せなかった。
 じゃあ、望月たちが死ぬ運命も変えられないってのか……。
 俺の反応を見たあと立花はさらに続けた。
「だから出来るだけその人にプラスエネルギーを発生させる又はマイナスエネルギーの発生を最小限に抑えることに尽力して。それが現状で出来ること」

 というわけで、現状維持を申し渡された俺だが、今んとこやってることと言えば、2、3日に1回くらいのペースで電話会談してるくらいだ。
 こんなもんで現状維持出来るとは思ってないし、かと言って有効な手段があるわけでもない。
 大富豪で例えるなら、7以上のカードを持ち合わせていない状況だ。革命とかも起こせない。将棋なら飛車角落ち、オセロなら端っこ全部取られたって感じだ。
「どうしたの? マスター、随分浮かない顔してるけど。あ、おはよ3人とも。それと西田クンも」
 背後から現れた早瀬によって、俺はボードゲームでこれ以上わかりやすい比喩がないかと探す旅から現実に引き戻された。
「早瀬か……。なんでもねえよ。ほら、たまにあるだろ? ふとしょーもないことでも真剣に考えたくなること」
 俺のとっさにしては中々のクオリティーの言い訳を聞いた早瀬は呆れた顔をして溜め息をついた。
「マスターって……厨二病? 」
 そ~来たかー……。
「なんでそうなるんだよ」
「いや、なんとなくだけど」
 俺はジト目の早瀬の視線に恐怖を感じながら学校までの道のりを歩んだ。早瀬がこうなるとなんて言うか分からんからな。
 ちなみに、俺は立花以外みんなにあの出来事を伝えていない。
 これは俺の単なるワガママである。もしも未来の俺と同じ運命を辿るようなら、せめてそれまでの日々をいつも通り過ごしてその日を迎えたいのだ。
 こうして学校へ辿り着いた俺たちだが、全然中に入れない。
 校門から校舎に繋がる通路で生徒がごった返していたのだ。新入生たちの集いではなさそうである。
 ホワイトボードに貼られたチープな紙を、2年生以上のヤツらが我先にと眺めていた。
 クラス発表のアレか。
 俺は周りの生徒をかき分けてなんとか眺めるくらいの距離まで近づけた。
 えーっと、俺の名前が……。あったあった。
 2年5組だ。西田も望月も三好もいる。結局去年と大して変わってない気がするな。
 その他のメンバーも大きく変わったわけじゃない。ほとんど去年と同じクラスだ。
 せめて西田だけでも違うクラスがよかった。
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