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第1章 第15話 母として
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国王崩御の報は亡くなってから2~3日でノスユナイア王国全土に知れ渡りました。
12月の北国です。寒風が身に堪える季節であっても国王の葬儀には全国から大勢の弔問者が訪れました。国王逝去翌日から6日間にわたって行われる葬送の義の間中、各地からやってくる貴族や有力者たちの王城への訪問は大挙と言う言葉が相応しいほどの規模で、自家用の軌道サーリング停車場は連日満車、城下都市にある旅館は最上級から最下級まで全て空き無しの状況だったのです。
そんな中でも権力の空白を少しでも短くしようと王下院をはじめとする関係機関は新国王の即位の義の準備にも追われていたのですが、葬送の義が明けて翌日。一通の手紙が王妃を驚かせたのです。
その手紙は南東の国、ケルファール大公国とフラミア連邦王国皇太子からの弔辞だったのです。
冬季である今はレノア山脈を越えての商業活動がほとんどなく、人の行き来がありません。そのため南部海側のノスユナイア湾やマルデリワ方面から東側に人や物資が流れます。その為ノスユナイアの元老院議員までもが東方にこの訃報が届くのは早くても3月以降だろうと予想されていたのです。
ところが大陸の南東に位置するケルファール大公国から弔辞が届いたのです。それも国王崩御の日から数えてたったの1週間ほどであった事に、何かの間違いではと元老院でも王下院でもひと騒ぎあったほどでした。
王国の情報局の諜報部が調べるまでもなく、騒ぎはノスユナイア湾にあるアスティナ港で起こっていたのでそれが人の流れと共に王城のある城下都市にたどり着くのには1日を要しませんでした。
調査員が地元の人々や港に出入りしている商船の船員などから聞き取ったのはこんな話でした。
「いやあ驚いたね。こんな時期にあんなでっかい船が来るとは!」
「そうよ。明日はもしかすると港が凍って立ち往生かもしれないってのに、無謀だーって思ったよ」
「ああ。あれは海王号だった。見たことがある」
「用が済んだらハイサイナラってなもんで、あの巨大船がパッと着てパッと消えた。魔法みたいにな」
「どうせ行くなら凍らないマルデリワ港にすれば安全だろうに」
なぜ明日にも沿岸の港は凍ってしまうかもしれないノスユナイア湾に危険を冒して海王号はやってきたのか。推測の域は出ませんでしたが、到着地をマルデリワ湾と間違えた、或いはより早く弔辞を届けるために王城から最短距離のノスユナイア湾にあるアスティナ港を到着地に選んだかのどちらかです。
しかしケルファール大公国と言えば世界に名だたる海洋国家です。船の進路を間違えるなど考えられません。
年が明けて暫くして事の真相を突き止めた情報部のメルク=マリウス長官はこう報告しています。
「陛下が亡くなられた日の翌日にあたる12月20日に偶然トスアレナの港に停泊していたようですねぇ。しかも我が国から一番近いホレスレット貿易港に。
訃報を知ったケルファール大公国の高速艇、海王号の船長は船団を一時抜けて急遽本国へ出発、驚いたことに五日後に戻ったそうです。あまりにも早く戻ったため、トスアレナの港湾作業員たちの全員が、ククク・・・忘れ物でもしたのかと言ったとか」
この話が本当なら、海王号は片道3000km近い道のりをたったの五日で往復した事になります。
しかし実際はフラミア連邦王国の最西端都市でこの事実を伝光塔で各都市に伝えたという事でしたから往復では2000kmぐらいです。それでもそんな高速で海を走れる船はこの船だけでしょう。
ケルファール大公国はフラミア連邦王国と同盟関係にある海運国家。海を熟知し、どの季節にどの航路であれば一番早く目的地に付けるかを知っていることは言うに及びませんが、なによりもその航海技術を裏打ちする理論に優れているのです。
あらゆる技術の発展においてモノづくりの第一人者であるジェミン族ですが、造船だけは彼らをして「今日に至る造船技術の発展にケルファール学府の叡智なくして叶うことはなかった」と言わしめるほどケルファール大公国の技術研究レベルに敬意を払っています。
実は船というハードウェアがあれば誰にでもケルファール大公国と同じことができるとジェミン族も考えていました。しかしそれが間違っている事に気づいたのはまさに今回ノスユナイア王国に起こったことがこれまで何度かあっての事でした。全く同じ船であってもケルファール大公国の船乗りが操るのと並みの船乗りが操るのとでは速度がまったく違うのです。
他の追随を許さない船乗り達、それを支える歴史と伝統。科学技術と叡智。これらは彼らに海を与えました。しかも只の海ではありません。南の大海原である大小のミネール海洋はケルファール大公国の第二の領土と言っても良いほどの場所なのです。
ノスユナイア王国はすぐに王妃とアレスの連名でトスアレナ在住のケルファール大公国領事へ礼状を返信することで感謝の意を表したのですが、王妃ローレルはこのことがきっかけとなって、国王の死が自国内という限定された地域での出来事ではなく世界から注目されていることなのだという事を改めて自覚しました。そして落ち込んでばかりいられないと王下院にもアレスを伴って頻繁に出席するようになり、徐々に生気を取り戻していったのです。皇太子アレスも母のそんな姿を見て自分も悲しんでばかりではいけないといつも以上に勉学や剣術の鍛錬に勤しむようになったようです。
少々頑張りすぎている感じではありましたが、王妃やアレスの変化は民たちにも変化を及ぼしました。国王の死を乗り越えようとアレスやローレルが頑張っている。自分たちもそれを見習おう助けようという気運が高ったのでした。
その結果、王室書簡管理室には激励の手紙が山となって毎日押し寄せ、地方では自警団や軍隊に入隊を希望する者が倍増するという珍事さえありました。
こうなってくると忙しくなるのは国務院やその下部組織ばかりでなく元老院議会も同じでした。自領の民が城下町で騒ぎを起こして迷惑をかけたりするなどあってはならないと街中を元老院の議員が従者も連れずに駆け回るといった状況があちこちでみられるようになってしまったのです。
こうした国民の心意気は王妃にこのうえない喜びを与えましたがそれと同時に亡くなった国王の人望がいかに高かったかを思い知らされもしたのです。
敬愛する夫が築き上げたこの素晴らしい国を時期国王である息子、アレスに確実に橋渡しをしなくてはならないという使命感を王妃が抱くようになったのは当然のことでした。
前王存命中の王妃は政治のことには全くと言って良いほど関与しませんでしたが、自分にアレスの後見人任命権があるという事実を思い出すと、王妃の行動はその一点に向かって集中したのです。
■後見人
「では後見人選定の討議を始めたいと思います」
魔法院長ラットリア=ツェーデルの言葉で始められた後見人の選定討議では様々な意見が飛び交いました。王妃に任命権があるといってもやはり一定期間国の舵取りを任せるのです。しっかりと検討するためには実績や評判などを聞き知っておかなくてはなりません。
しかしはじめは期待に胸を膨らませていた王妃も推薦される人物が紹介されていくうちにため息をつく回数が増えていってしまいました。
政治の世界とは生き馬の目を抜くようだとはよく聞いていましたが、紹介された人物像を掘り下げて知れば知るほどに信用信頼とは一体なんなのかと考えるほどになってしまったのです。
推薦されている人物は以下のとおりでした。
●ハムラン=ケネス=ライジェン侯爵
王家と離縁した元王族で、元老院議員。王弟派の中心人物。
●バヌア=レヴ=フォレスタ。
元老院議員。貴族派。王妃ローレルの遠縁。
●ネオハルド=ディル=エメス
元老院議員。貴族派の中心人物。
●ドレープ=ハリア=モスナン
マルデリワ地方の有力貴族オラトル=ドナウ=ステッカ公爵の親戚筋で元老院の貴族院議員。
無派閥の保守派。
●ニース=パラッツ=キーン
ニンフォル河の河口から東の地域に渡る広大な土地で農園を営む貴族。
彼自身は元老院議員ではないが、キーン一族からは多くの議員や上級士官、官僚を輩出している。
当然政治には通じている。
後見人として何に重きを置くか。とりもなおさずそれは国家の舵取りをすることができる程の政治力ですが、後見人はあくまで後見人で国王ではありません。信用が置けて各方面からの不服不満が一番少ない者を選ぶのが最良といえました。
王族であれば一定の賛同は得られます。というのも何かの間違いでアレスに王権移譲されなくても後を継ぐのが王族であることに変わりはない。つまり万世一系の約束事は守られるからです。
このことからも後見人はもともとは王族であったライジェン公爵が適任と、誰もが考えていました。しかし元老院での彼の評判は反体制的として知られていたのです。
王下院から新法の通達や、国策の是非に対する審議が持ち込まれるなどするとライジェン公爵は批判や反対の立場を多く取っていたのです。効率的ではない、税の無駄遣い、国民を置き去りにするという彼の口癖は元老院では知らぬものはありませんでした。そしてそんな公爵の周りには同じような志や考えを持つ者が集まって、自らを王弟派と名乗って、時には公爵の代わりに王下院の政策を批判する者もいたのです。
王妃は政治には口を出さないという立場を貫いていましたが、政治を疎んじていたわけではないのでその日に行われた政治的活動がどんなものかは把握していたのです。だから伝え聞いていた情報によってライジェン公爵を好ましからざる人物といつも思っていたのです。
しかしライジェン公爵には子もない。外戚といえば王妃ローレルにのみ存在するぐらいで王族直系の人物は驚くほど少ないということが既に危惧されていたことで、三賢者たちも憂いていたことではあったのですが。
「元老院議会の派閥というのはいつも対立しているのでしょう?」と、ローレル。
「協力し合うこともあります」と、ツェーデル。
「然様。いがみ合ってばかりでは埒もありませんからな」と、アガレス国務院長。
「議員の誰かが後見人になったら議会はきっとその人が牛耳ってしまうのではありませんの?」
「いえ。後見人と元老院議員の兼任は法によって禁じていますから、ご心配には及びません」
「でも寄らば大樹の蔭。懇意にしている派閥に多かれ少なかれ影響があるのは決定的ね・・・」
その言葉に誰もが何も言えませんでした。人の欲に歯止めをかけるのは難しく、特に政治的権力となるとなおさら人は大樹に身を寄せようとするのは人間の本性というものです。
「良いではありませんか」ツェーデルはニコリとして言いました。「わが国は王制国家です。元老院はあくまでも助言機関。決定機関ではありません。元老院派閥など勝手に騒がせておけばよいのです」
ツェーデルの実も蓋もない言いようにそこにいた全員が唖然とし、ローレルも一瞬呆然としましたが、すぐにほほえみ返しました。
「そうね」
王妃はそれならばと思い切った事を言いました。
「王国の最高決定機関でもある王下院は後見人と自分と三賢者を配して必ず国王であるアレスを出席させましょう」
その組織形態にはだれも何も文句はありませんでしたが、肝心の後見人が決まらないのではどうにもなりません。ローレルはそれも見越していたかのように一同を見回してから言ったのです。
「このさい後見人には政治的手腕を求めないことにします」
「王妃様?」
この言葉には誰もがひやっとしました。後見人の代わりに自ら国の舵取りを宣言したと同じだったからです。
「勘違いなさらないで。女王になるつもりなどありませんよ。私は」その言葉にホッと胸をなでおろす雰囲気を読み取ってローレルは続けました。
「亡き国王陛下が行なっていたことを先ほど申し上げた王下院で代行すれば良いのです」ローレルは少し黙ってから再び口を開きました。「王下院の名称を変えて再編、という形で構成員を配置しましょう。事にあたる場合はその構成員で合議の上でとすれば法的に問題はないと思いますがいかがかしら?」
ツェーデルがそれに頷き確認しました。
「つまりそれは、これまで国王陛下の持つ主権を代行していた王下院という組織を、後見人と王妃様と殿下を加えた形で新たに名称を変えて発足するということでしょうか?」
「ええ、でもあくまでも一時的にね。名称を変えるのはこれまでとは違う組織であることを周知したいからです。今ここにおられる方々に、わたくしとアレス、そして後見人を加えた組織です。後見人はその代表ということになるかしら?」
これは誰が後見人になってもその立場を利用させる隙を与えないという意味では有効で、しかも後見人になれない三賢者を決定機関の一員にすることで一定以上の安心感を得ることができます。
将来国王となった自分に助力してくれる人々と今のうちから接していれば、自分が国王としてどう振舞えばよいのかを体得できる。つまり習うより慣れろということなのでしょう。
しかし、後見人が只の飾りであった場合、提起も発議もすべて合議となり、ひとつの案件を決定するまでの時間が必要以上い長くなってしまうという効率的な部分での問題があることを指摘したのは、ディオモレス公爵でした。さらに指揮系や伝達系に乱れが生じる危険性も孕んでいるとも。
「ドルシェ公爵。私は国民も軍隊も元老院議員もアレスへ、いえ、次期国王陛下へ寄せる忠誠心は亡くなられた国王陛下へのそれと変わりないと信じたいのです。万世一系、王族の血脈を第一と考えたとき、正統であるにもかかわらず国民たちからの忠誠を獲得できないようならアレスはそれまでの器です。それに。助言は必要でしょうが、事の大小を問わず次期国王であるアレス自身の意向を少しでも反映させ、己が決断した行いがどういう結果を生むのかを体験させなければ、本当の意味での国主になどなれるはずもありません。中央集権国家運営の頂点のすぐ下で腕を振るっていたあなた方であれば、どのようにふるまえば良いのかはわたくしが語るべくもないことでしょう」
この言葉でそこにいた誰もがローレルの考えを理解しました。王下院をアレスを一人前の国王にするための訓練の場にしようと考えているのだ、と。ローレルには国王として成るためにアレスに王下院という組織で学んで欲しいという意図もあったのです。
意を汲んだディオモレス公爵が王妃に問います。
「殿下。して新機関の名称は既にお考えですかな?」
王妃ローレルは答えました。
「王国評議会ではいかがでしょう?あまり押さえつけるような威圧感がなくてわたくしは良いと思うのですが」
実際問題として名称などなんでもよかったのですが、王妃の心意気をみんなで掬い取って賛美すればよい意味での勢いが得られます。
「では反対の方は挙手を」
ツェーデルがそう言ってぐるりと皆を見回します。
「では王下院に代わる新機関の名称は王国評議会とします」
王下院に出席していたすべての人々から拍手が王妃に贈られました。
通常皇太子は国家運営の素養を身に付けるためまず軍隊に所属して配下を制御したり、経済的な算段をするなどして人や金の流れを学んでゆくことから始めるものでした。一番早道でわかりやすいからです。
それをいきなり国家の頂点に据えて舵取りの一端を担わせるというのはいかにも過酷でした。もしも間違いでもあれば萎縮して何も出来なくなってしまうかもしれません。なにせアレスはまだ14歳なのです。
失敗は必要な経験ですが、未熟な人間に大きすぎる失敗は人生を踏み誤らせる怖れがあります。
とはいえ選択肢が少ないのも事実でした。
国王となったアレスが通常の手順を踏んで軍務管理をはじめようものなら、特定の軍機関にアレスが染まったり、考え違いをしたおかしなシンパを生み出す恐れや、下手をすればアレス自身が唆されて取り込まれ、特定の人物や組織の専横を呼んでしまうかもしれません。
ディオモレス公爵の考えでは、国王たる者は全てを正確に見渡し適切な判断を下せる人物で、特定の機関に肩入れするようでは困るのです。その考えの上に立てばローレルの提案はディオモレスにとって危険をはらんではいるものの、現状では理想的といえました。何しろ後見人に対しての制約を自分で作ることもできるのですから。
「王妃殿下の深慮に感服いたします。しかし細かい部分についてはより詳細に検討し吟味する必要がありますれば、一度ご出席の方々には各々に考えをまとめていただくために一旦閉会し改めて会議を執り行うことにするのはいかがでしょうか?」
「ありがとう。ええ。それで結構ですよ」
「しかし後見人はいかがなされるのですか?いったい誰を?」
そう言ったのはアガレス国務院長でした。
その問いにローレルはニコリとして応えます。
「国務院長。どうか心配なさらないで。先ほども言ったとおり、政治的手腕はなくとも信頼できる方なら心当たりがありますから」
●◆●※●◆●※●◆●※●◆●※●◆●※●◆●※●◆●
476歳という年齢ともなればマシュラ族でいう所の老人とそれほど変わりがありません。しかし知的な風貌は立っているだけで威厳を滲ませ、周囲に緊張を与えるそんなディオモレス=ドルシェ公爵。
セノン族でありながら自ら進んでノスユナイア王国に仕官したのは300年ほども前のこと。国王より授かった東の小さな所領の主で4代前の国王がレアン共和国との同盟締結の功績を称(たた)えて彼に爵位を与えた時に都合が悪かろうと気を遣って所領を授けられました。
彼としては公務に専念したかったのでその申し出を断ろうとしましたが、既に他界した彼の父であるハストロマ=ドルシェに諭され、それでは所領管理については父に任せるという条件付きで所領をいただいたという経緯があります。
賢者の執務室では三賢者がそれぞれの卓について今日行われた後見人選出の討議についての記録確認を行なっていました。
ふと顔を上げたディオモレスがツェーデルの表情が曇っていることに気がつきます。
「どうしたねツェーデル院長。浮かない顔だな」
ディオモレスにツェーデルは複雑な心境で笑みを浮かべて言いました。
「ええ。王妃様の変わりように少し・・・」
「カーヌ」
「はい」
「君はどうだね?王妃様の様子に何か感じたことは?」
「たぶん」カーヌはツェーデルを見て表情を変えずに言いました。「私はツェーデル院長と同じ思いを抱いています」
「ほう」
「ですが王妃様の変わり様は必然的なことだとも考えています」
ディオモレスはニコリとします。
「うむ。私もカーヌと同意見だね。時期国王陛下であるアレス様のことを思うがゆえの変化。そんなところだろう」
「でも・・・少し心配です」
ツェーデルは憂いを含んだ表情を俯かせて軽く握った拳を口に当てました。
「王妃様はこれまで政治に関わることを極力避けてこられた方です。それはたしかに国家や政治の成り立ちについての知識はじゅうぶんにお有りになるでしょうが、実際と知識として持っている思いとではやはり・・・」
「確かに。だが我々三賢者はこのような事態のために存在し、まさに今、王妃様に助力する時だと思わないかね?足りない部分は我々で補って差し上げることは充分に可能だと、私は思うがね」
ディオモレスは続けて付け加え微笑みました。「王制について言及した君らしくもない。あの時は私も一瞬ドキリとさせられたぐらいだというのに」
「あれは・・・事実を言ったまでで、王妃様の逸る気持ちを助長するつもりはなかったのですが・・・」
「ふむ・・・」
「それにこう申しては語弊があるかもしれませんが、王下院再編についてのご提案も主権が一時的に王妃様にあるとはいえ、実際に認められているのは後見人の任命権だけであるという暗黙の了解が、果たして元老院の人々にどう受け取られるか・・・」
元老院の人々というよりは国王の実の弟であるライジェン公爵に、とした方がツェーデルの気持ちにより近いでしょう。
少し表情を曇らせたディオモレスにカーヌがすっと言います。
「ドルシェ公爵」
「ん?」
「今一度王下院の人たちとは王妃様擁護の再確認をとっておいたほうがよろしいかと」
「やれやれカーヌ、君もなのか?心配症がすぎるな」短い吐息をついたディオモレスは少し間をとってから言いました。「わかった・・・念には念を入れておこう」
「申し訳ありません」
ディモレスは軽く手を挙げて首を振り、気にするなという仕草をします。
「・・・こういった事態はツェーデル院長には初めてのことだし、私とて初めてでないにしても王位の代替わりというのは時代と状況でどうなるかはわかりにくいから憂いがないと言えば嘘になる。それに少なからず不安定になる国情も皆の心に影を落とすのは致し方の無いことだよ」
「謀反など起こらねば良いのですが」
突然カーヌが思いもよらないことを、いや、思っていても口に出すのをはばかられることを呟きました。その言葉にディオモレスはすぐに反応しました。
「そんなことは絶対に起こらない」確信に満ちた表情でディオモレスはカーヌを見、カーヌもその様子に気圧されたように感じます。「確かに我が国の歴史を紐解けば後見人が専横した、または何らかの権力を掌握しようとした事は何度かあった」
カーヌはそれに応えます。
「はい。どの事例も後見人が元老院の何人かの議員や貴族と共謀のうえの出来事でしたが、しかしいずれもあなたや前任の三賢者、そして諜報部や反国家審問委員会の働きによって事無きを得ています」
「そのとおり」ディオモレスは毅然とした表情で言いました。「しかしどの歴史的事実と比べてみても、現状は極めて穏やかだ。注意は必要だがそれも王下院、いや王国評議会だったな。王国評議会の団結があれば切り抜けることは出来るはずだ」
ツェーデルとカーヌは神妙な顔つきで頷きました。
「とにかく我々は王妃様に忌憚無きご意見を差し上げねばならない。当然お気を悪くすることもあるだろう。確信に裏打ちされた言葉は王妃様に安心を与えるが、そうすることはなかなかに難しい。だからこそ我々の存在が重要なのだ。王国評議会において我々の存在こそ確信を得るに必要不可欠なのだという事を忘れてはならない」
ディオモレスはセノン族であることに誇りを持っていましたが、それは己の存在こそがすべての事象を説明するときのゆるぎない証明となる事に絶対の自信を持っていたのです。われらセノンこそが世界の生き証人であると。
「とにかく気配りを忘れずにな。・・・王妃様は気丈に振舞っておいでだが微妙な精神状態であることは明白なのだからね」
言葉を切って念を押すように「こんな時だからこそ我々は行動や言動に細心の注意を払わねばな。二人とも肝に銘じておくように」と言い、「私はこれからカフラー委員長とマリウス長官に会ってくる。二人ともご苦労だった。今日はこれまでとしよう」長衣の裾を翻して踵を返すと部屋を出てゆきました。
「500歳のご老体なのに精力的なお方ね。私も見習わなくては・・・」
「し」
その言葉にカーヌは口に指を当てて微笑みました。
「?」
「まだ476歳ですよ」
「あら」笑うツェーデル。「ドルシェ公爵はそういったことを気になさっていらっしゃる?」
目を微笑ませてカーヌは言いました。「セノン族にとっても476歳という年齢は決して若くはないですからね」
「あなたも気にするタイプ?」
カーヌは眉を上げておどけるような表情を作りました。
「つい先日300歳はまだ若いといわれました」
それは最近亡くなったセノン族の最長老からの言葉でした。
「ふふ。気をつけるわ。・・・さて、魔法院に戻らないと。あなたは?」
「今日はアレス様についていようと思います。彼なりに心労も有りましょうし」
「きっと喜ばれるわ。私もそうしたいところなのだけれど忙しくなってきたから・・・」
「お手伝いできることがあればなんなりと言ってください。無理は厳禁です」
「ありがとうカーヌ。でももう手伝ってもらってるわ」
「?」
「あなたが殿下とご一緒だという事実がどれだけ仕事に専念させてくれるか。感謝の極みですよ」
カーヌは照れるように伏せ目がちに微笑すると手をあげました。
「ではまた会合の席で」
「ええ。殿下にはよろしく伝えておいて。しばらく魔法の授業はできないからと」
「わかりました」
カーヌはアレスの嬉しそうな表情を思い浮かべながらツェーデルの後ろ姿を見送りました。
続く・・・>>>
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