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第15話 最も大切にすべきこと
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「匂う……匂うにゃ」
「……やっぱり?」
「赤くて、丸くて、柔らかくて、手のひらで掴めるくらいで、酸っぱくて、甘くて――」
「……トマト?」
「――そうにゃ……トマトにゃ。何があったんにゃ」
「それが昨日、部屋の床が血の海ならぬトマトの海になってしまったんだ」
「なんだと……詳しく」
「あー、何て言ったらいいか――」
どうしよう、それを説明するにはエフティアとの同居についても説明しなければならない。隠すべきだろうか。
でも、ソーニャに嘘をつきたくないな……。
「――説明すると長くなるので、また今度でもいいかな」
「おぉ……どんな長大面白物語なんにゃ」
「君のところのバルハ様ほどじゃないよ」
「それもそうかにゃ……おっ、もうすぐ授業が始まるにゃ」
「嬉しそうだね」
「おいら、あの先生大好きニャ。この授業取ってないやつは人生損してるにゃ」
先生――キルナ=エシェルネシカは、生徒の間では嫉妬のキルナとささやかれている魔法学の先生だ。同僚のベッシュ先生への嫉妬を隠さないので、授業中にベッシュ先生に対する不平不満を口にしない日はない。さらに言うと、剣使という存在が嫌いで、それにまつわるもの全体が嫌いだ。
つまり、彼女は僕やリゼ=ライナザル嬢のことは特に嫌いだ。
赤い長髪はいつもきれいに整えられていて、化粧もしっかり決まっているため、黙っていればきれいな人だと思う。
「いいかしら! この世には、最も大切にすべきことがあるわ! それは何か! ライナザルさん!」
キルナ先生の問いかけに、リゼが威勢よく立ち上がる。
「最も大切なこと! それは――美しさですわッ!!」
「ぜんっぜん……違うわッ!!」
「なんですってぇッ!?」
〈始まったにゃ!〉
〈今日は彼女の日か……〉
「美とはあくまで副次的なものであって、決してそれ自体が人を幸福にすることはないわ!! その証拠に!! あなたが信仰する美神の系譜の祖、フェニム神も世界で一番美しかったというけれど、ぜんっぜん……友人と言える友人がいなかったわ!! ミズ・ライナザル――あなたのように!!」
「ガーンッ!!」
リゼが音を立てて崩れ落ちた。
〈急所一点突きにゃ!〉
〈ひどすぎる〉
目の前の生徒を貶《おとし》めるためだけに、美の大神を引き合いに出すとは、恐ろしい先生だ。
「では、授業を始めましょう――」
「……先生! お待ちになってぇ!」
キルナ女史は、ライナザル嬢のことは脇に置き、授業を進めてゆく。
授業も佳境に入ると、教室内の熱気も高まっていった。
「――だから、あなたたち剣使いの卵が扱う剣の影と同じように、魔法も想起によって姿を現わすわ。こんな風に――」
キルナ先生は、手のひらを天井に向ける。
「――神火」
繊維状の細長い炎が無数に立ち昇ったかと思うと、それらが束になり、龍を模った。思わず教室中が息をのみ、それに魅せられる。
疑いようもなく、神火が目の前に現れたのだ。
このことがどれほど貴重な経験であるかを、僕たちはみんな知っている。
「これで分かったでしょう。魔法がどれほど偉大で美しいものか。無論、このレベルの魔法は今のあなたたちごときには使えないわ……でも、目先の美しさだとか、そういったものに囚われずに、知識を深め、心に映る景色を広げれば、誰にだって魔法は使える」
キルナ先生は教卓に頬杖をついて、最後に言い放つ。
「これで今日の授業は終わるわ――ちっちゃい剣使いたち」
先生は「あー、疲れた」と吐き捨てて、教室を出て行った。
生徒たちは今見た光景について口々に騒いでいる。
「やっぱいいにゃ……出し惜しみなしにゃー」
「余計なことを言わなければ、もっと評価されるだろうに……」
「なに言ってるにゃ。余計なことを言うのがいいにゃ」
「そうかな」
「そうにゃ」
ソーニャと二人で笑っていると、すすり泣きのような声が聞こえてきた。ミズ・ライナザルだ。
「うづぐじがっだですわぁ……」
あれは――
「――美しさが一番ではないと断言する人に、美しいものを見せられて、敗北と感動で板挟み……そんなところかな」
「今のままではおともだちができないのではにゃいかという不安を付け加えて満点にゃ」
「そういえば、彼女に『おともだちになれるか?』って言われて、結局その後うやむやになっているんだよね……」
「別に気にすることじゃないにゃ。友達ってのはそういう風になるのかと言われると微妙だし、『かわいそう』っていう気持ちでなるものでもにゃいと思うし、気が付いたらなってるものだと、おいら思うにゃ」
ソーニャの言うことは、いつもしっくりくる。
「ところで、トマトの話をしてほしいにゃ」
「あぁ、それなんだけど実はエフティアが関係しているんだ」
「そうにゃん? そういえば、フテっちいないにゃあ」
そういえば……そうだ。
いつも前の方の席には座っているけれど、今日も一人で訓練でもしてるのかな。
「いないと言えば、ディナっちもいないにゃ」
「ディナっちって?」
「レディナのことにゃ」
「そう……」
なぜだろう、不意に嫌な予感がしてきた。
「ソーニャ! 急用ができた……かもしれない!」
「別にそこまで正直にならなくても、おいら気にしないにゃ。でもそういうところがいいにゃ」
「ごめん! また明日!」
「またにゃー」
「……やっぱり?」
「赤くて、丸くて、柔らかくて、手のひらで掴めるくらいで、酸っぱくて、甘くて――」
「……トマト?」
「――そうにゃ……トマトにゃ。何があったんにゃ」
「それが昨日、部屋の床が血の海ならぬトマトの海になってしまったんだ」
「なんだと……詳しく」
「あー、何て言ったらいいか――」
どうしよう、それを説明するにはエフティアとの同居についても説明しなければならない。隠すべきだろうか。
でも、ソーニャに嘘をつきたくないな……。
「――説明すると長くなるので、また今度でもいいかな」
「おぉ……どんな長大面白物語なんにゃ」
「君のところのバルハ様ほどじゃないよ」
「それもそうかにゃ……おっ、もうすぐ授業が始まるにゃ」
「嬉しそうだね」
「おいら、あの先生大好きニャ。この授業取ってないやつは人生損してるにゃ」
先生――キルナ=エシェルネシカは、生徒の間では嫉妬のキルナとささやかれている魔法学の先生だ。同僚のベッシュ先生への嫉妬を隠さないので、授業中にベッシュ先生に対する不平不満を口にしない日はない。さらに言うと、剣使という存在が嫌いで、それにまつわるもの全体が嫌いだ。
つまり、彼女は僕やリゼ=ライナザル嬢のことは特に嫌いだ。
赤い長髪はいつもきれいに整えられていて、化粧もしっかり決まっているため、黙っていればきれいな人だと思う。
「いいかしら! この世には、最も大切にすべきことがあるわ! それは何か! ライナザルさん!」
キルナ先生の問いかけに、リゼが威勢よく立ち上がる。
「最も大切なこと! それは――美しさですわッ!!」
「ぜんっぜん……違うわッ!!」
「なんですってぇッ!?」
〈始まったにゃ!〉
〈今日は彼女の日か……〉
「美とはあくまで副次的なものであって、決してそれ自体が人を幸福にすることはないわ!! その証拠に!! あなたが信仰する美神の系譜の祖、フェニム神も世界で一番美しかったというけれど、ぜんっぜん……友人と言える友人がいなかったわ!! ミズ・ライナザル――あなたのように!!」
「ガーンッ!!」
リゼが音を立てて崩れ落ちた。
〈急所一点突きにゃ!〉
〈ひどすぎる〉
目の前の生徒を貶《おとし》めるためだけに、美の大神を引き合いに出すとは、恐ろしい先生だ。
「では、授業を始めましょう――」
「……先生! お待ちになってぇ!」
キルナ女史は、ライナザル嬢のことは脇に置き、授業を進めてゆく。
授業も佳境に入ると、教室内の熱気も高まっていった。
「――だから、あなたたち剣使いの卵が扱う剣の影と同じように、魔法も想起によって姿を現わすわ。こんな風に――」
キルナ先生は、手のひらを天井に向ける。
「――神火」
繊維状の細長い炎が無数に立ち昇ったかと思うと、それらが束になり、龍を模った。思わず教室中が息をのみ、それに魅せられる。
疑いようもなく、神火が目の前に現れたのだ。
このことがどれほど貴重な経験であるかを、僕たちはみんな知っている。
「これで分かったでしょう。魔法がどれほど偉大で美しいものか。無論、このレベルの魔法は今のあなたたちごときには使えないわ……でも、目先の美しさだとか、そういったものに囚われずに、知識を深め、心に映る景色を広げれば、誰にだって魔法は使える」
キルナ先生は教卓に頬杖をついて、最後に言い放つ。
「これで今日の授業は終わるわ――ちっちゃい剣使いたち」
先生は「あー、疲れた」と吐き捨てて、教室を出て行った。
生徒たちは今見た光景について口々に騒いでいる。
「やっぱいいにゃ……出し惜しみなしにゃー」
「余計なことを言わなければ、もっと評価されるだろうに……」
「なに言ってるにゃ。余計なことを言うのがいいにゃ」
「そうかな」
「そうにゃ」
ソーニャと二人で笑っていると、すすり泣きのような声が聞こえてきた。ミズ・ライナザルだ。
「うづぐじがっだですわぁ……」
あれは――
「――美しさが一番ではないと断言する人に、美しいものを見せられて、敗北と感動で板挟み……そんなところかな」
「今のままではおともだちができないのではにゃいかという不安を付け加えて満点にゃ」
「そういえば、彼女に『おともだちになれるか?』って言われて、結局その後うやむやになっているんだよね……」
「別に気にすることじゃないにゃ。友達ってのはそういう風になるのかと言われると微妙だし、『かわいそう』っていう気持ちでなるものでもにゃいと思うし、気が付いたらなってるものだと、おいら思うにゃ」
ソーニャの言うことは、いつもしっくりくる。
「ところで、トマトの話をしてほしいにゃ」
「あぁ、それなんだけど実はエフティアが関係しているんだ」
「そうにゃん? そういえば、フテっちいないにゃあ」
そういえば……そうだ。
いつも前の方の席には座っているけれど、今日も一人で訓練でもしてるのかな。
「いないと言えば、ディナっちもいないにゃ」
「ディナっちって?」
「レディナのことにゃ」
「そう……」
なぜだろう、不意に嫌な予感がしてきた。
「ソーニャ! 急用ができた……かもしれない!」
「別にそこまで正直にならなくても、おいら気にしないにゃ。でもそういうところがいいにゃ」
「ごめん! また明日!」
「またにゃー」
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